第一席 道 峽戸 七望

第一席
道
明石市立江井島中学校二年(兵庫県)
峽戸 七
望
お茶を始めた頃、少し正座をしただけで、足がしびれてしまい、
立ち上がるのに一苦労だった。一年たった今、正座にもすっかり慣
たのが、お茶の栽培の始まりだと言われている。当時、お茶はぜい
たくなものとされていた。貴族の遊びごとだった様だ。時代は移り、
次第に庶民にも広まり、質素な中に、心から誠意をもってお客様を
もてなすという精神的な部分を生かした「わび茶」が始まった。わ
び茶の精神は、千利休によって受け継がれ確立されたのは戦国時代
の最中だった。争いとはかけ離れた茶道が当時、大変に重んじられ
たのには、時代を反映した訳があるのだろう。織田信長や豊臣秀吉
といった戦国武将と名を連ねる千利休。疲れた心と体に、一服のお
茶がもたらしたぬくもりが人々の求めていたものであったのではな
ところで、お茶を飲み干す時ズズッと音をたてること、これは不
作法ではなく、吸いきりという、正しい作法だそうだ。日本の音の
いだろうか。
新しい畳の香りが大好きだ。実は私の家には、和室はない。なのに、
文化で、美味しく飲み干しましたということを伝えるものだそうだ。
れてきた。そもそも、畳の上での生活から遠退いている日常。私は、
そう思うのは、日本の心がしみついているからだろうか。
あり、どんなに偉い武将も頭を下げ、身を小さくして入るにじり口。
一つ一つの作法の意味を知るとまた面白い。茶道の前では皆平等で
茶道、華道、武道、日本の伝統文化には、道という漢字がついて
いるものが多い。道、長く続くもの。そして、道はつながっている。
では、茶道とはどういったものなのか。お茶の道、その始まりは
いつなのか調べてみた。昔、唐に渡り仏教を学んだ最澄が、お茶の
それを知ることによって、より素晴らしい演奏ができるのだと。
どんなものにも、作られたきっかけがあり、時代が反映されている。
けではなく、その音楽が作られた時代の背景を知ることが大切だと。
来る限りの方法でおもてなしする。いつ死が訪れるか分からない時
お茶を点てる。一期一会、最後の出会いとなるかもしれない方を出
れかけている何かを教えてくれる。優しさであったり、思いやりで
物を大事にした時代。そんな中、受け継がれてきた茶道。私達が忘
お茶の先生がおっしゃった。お茶は、仏様に向けて、お道具に対
して、そしてお客様に対して敬意を払い点てるものだと。仏を敬い、
扇子で結界を作り、自分自身が謙虚であることを示す。
種を持ち帰り、それを比叡山のふもとに植えたことが日本でのお茶
代であったからこそ生まれた文化であったのだと思うとせつなくな
私はピアノを習っているのだが、コンクールに出場した時、ある
先生がおっしゃっていた。音楽を表現する時、ただ単に音を出すだ
の始まりだ。その後、平安時代の末、宋の時代となった中国に栄西
る。
あったり。戦国の世を癒した力を知り、誰かのために思いを込めて、
という僧侶が渡り、質の良い茶の木を持ち帰り、京都の栂尾に植え
平和な日本の中で生きる私達は、歴史を忘れがちだ。しかし世界
には、今もなお、争いが絶えない国がたくさんある。茶道という文
化が生まれた歴史を、そこに関わった人の思いを大切にし、そして、
平穏に暮らせることに感謝する。そういった心を養い、茶道と向き
合いたいと思った。
時代を越えて受け継がれてきた茶道。その道は続いている。途切
れることなく、この先もずっと。