テーマ1小結(1.0MB) - 東北芸術工科大学 文化財保存修復研究センター

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テーマ1 小結
岡田 靖
本研究のテーマ1では、研究対象地域における地域文化遺産の複合的な分野での調査活動を通じた総合的
な把握と、歴史文化の背景を交えた新たな価値の創出を目的に活動を行ってきた。
初年度目には、まずは本研究と目的を一にする文化庁で実践されている歴史文化基本構想のモデル事業の
視察を行い、行政主導による地域の文化財保護の実践手法を学ぶことで本研究推進のための手掛かりとした。
また同時に、中心的な研究対象地域に据えた西川町、大江町、高畠町において各町から発行されている町史
の読み解きを行い、そこから得られた歴史文化背景の把握をもとに三町それぞれにおいて一箇所ずつ選定し
た寺院の調査を実践して、各町の文化的特徴をつかむところから研究を開始した。研究二年度目には、初年
度目に実践した視察および調査活動から得られた各町の文化背景への理解をもとに、研究対象地域に共通す
る主要なキーワードとして、
「制作者」
「為政者」
「出羽三山信仰(湯殿山信仰)
」
「民間信仰」
「生活文化」
「素
材」
「自然資源」などを選定し、それらを着目点とした研究展開を図ることとした。さらに研究三年度目には、
本研究の標題にもあげた地域文化力についての考察を深め、本研究における地域文化力の定義づけを踏まえ
た3点を方針に据えることで、研究の目的を明確にした。このように、研究を進めながら研究の方向性や目
的を修正し、内容や密度を段階的に高めながら5年間の研究展開を図ってきた。
二年度目に設定した研究キーワードは、本研究を進める際の対象地域における歴史文化の横軸と位置付け
ている。そして、時間の流れに沿う時代的な変遷の視点が縦軸となり、横軸となる複数の研究キーワードが
横断的かつ複合的に絡み合いながら、縦軸に絡み合う形で現出したものが、地域で展開された歴史文化の姿
なのだと考えた。その際、従来の文化財保護の研究で行われてきたモノを単体で評価する方法ではなく、地
域に残る文化財をその地域で展開された歴史文化とともに包括的にとらえ、その文化財の集合体を“地域文
化遺産”として位置付けて研究を進めた。その包括的かつ総合的な地域文化遺産の把握のために、彫刻、絵
画、建築、遺跡などの複合的な専門分野で調査研究に取り組んだことが本研究における重要な研究姿勢であ
る。
そのような研究手法による5年間の研究において、各キーワードを通じて多くの成果を得ることができた。
その成果の詳細は本報告書の各章を高覧いただきたいが、本小結では研究によって得られた成果を縦軸にす
えた時間軸に沿ってまとめたい。
研究対象地域とした山形の各町における古代や中世の歴史については、古代に山形の一部を統治していた
とされる摂関家や奥州藤原家などの荘園時代、中世では奥州合戦の功績によって寒河江荘や長井荘を得た大
江氏の影響などについて研究考察を進めたが、文献資料が少ないうえにモノとしての文化遺産の事例も少な
く、その詳細を解明するまでの成果を得ることはできなかった。しかし本研究において、高畠町と米沢市の
中間に位置する戸塚山古墳群における遺跡の発掘に関する研究成果や、仏像の調査研究において平安時代や
鎌倉時代に制作された文化遺産を再発見するなどの成果を得ることができた。それらは主に、調査において
の美術史的見解から得られた成果であったが、本研究において、一部の仏像において使用されている木材の
樹種同定調査や放射性炭素年代測定や年輪年代測定における年代測定などの科学的な検証を実践した。それ
らの成果は、本報告書ではなく本センターから発行した紀要に掲載したため、合わせてお読みいただきたい。
いずれにしても、古代や中世に制作されたモノが現存する事実は、文献が語ることができなかった歴史的事
象を解き明かすための大きな手掛かりとなることであろう。
室町時代においては、全国的に地方武士の台頭が顕著となり、ここ山形においても県内の各地で文化的活
動が活発化してきたことが遺された文化遺産から知ることができた。本研究内でその具体的事例として報告
したのが、山形県内に4体存在する京都七条西仏所の仏師である康住および大貳の銘がある仏像についてで
ある。またこの時代、鎌倉時代から当該地を統治してきた大江氏が山形へと拠点を移し、直接的に統治する
ことでその勢力を伸ばしていくのだが、今回の研究において、その拠点となった寒河江市などにおける大江
氏関係の寺院の調査まで進むことができなかった点は大きな反省である。
山形を語る時に中心的な存在として着目した出羽三山信仰に関しては、室町時代以降の信仰について少な
からず成果を得ることができた。出羽三山信仰は、神仏分離によって多大な影響を受け、特に神社へと変更
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された旧大日寺や旧本道寺、または旧日月寺には、ほとんど江戸時代以前の遺物が残されていないという現
状であった。しかし、明治期に散逸した仏像の追跡調査や、岩根沢地区の宿坊調査を実践したことにより、
江戸時代以前の遺物が多数確認され、少なからず往時の出羽三山信仰の隆盛を知る手掛かりを得た。
江戸時代になると仏教が大衆にまで広く浸透して行くことが知られているが、ここ山形においても各地の
檀家寺や街角にある祠などに、宗派ごとの信仰の展開ととともに地域住民らの生業に関係する民間信仰の展
開がみられたことが、遺されている文化遺産から窺い知ることができた。それらは、没者の供養や現世での
利益を願う地蔵信仰や観音信仰、最上川の舟運に関係する金毘羅信仰や農業に関する天候を祈願する雷神信
仰、または子宝を願う男根をかたどった奉納品などの多岐にわたり、それらの信仰の様相が地域に遺された
仏像や絵画、絵馬などに見て取れる。現代においては地域の生活体系や生業が変わり、特に過疎化が進む山
間部では、それらの信仰が既に廃れてしまっている現状がある。しかしその痕跡は、仏像や絵画だけでなく、
建物の様式からも窺い知ることができるし、かつて盛んであった青苧栽培や養蚕の活動も、文化遺産の調査
から知ることができるのである。
江戸時代中期頃に最上川の舟運や北前船の航路が確立したことなどを背景に、山形は経済的に大きな発展
を遂げるのであるが、その富の元となった紅花とともに山形の重要な特産品であった青苧の研究も、本研究
における特筆した成果と言えるであろう。なぜなら、文化的な活動の発展の背景には必ず経済的な発達があ
り、経済的な発達の背景には取引品が存在するからである。そして、その活発な山形の経済を背景にして、
江戸時代後期から近代にかけて多彩な文化的活動が花開いていく。仏像においては、京都七条仏師の作例が
数多く確認されたり、七条仏師に師事した地元仏師(林家仏師一族)の活躍がみられたりと、今回の研究で
調査した中で最も多い制作事例が確認されたのもこの時代である。また絵画においても、絵馬や天井画に地
元の絵師が腕をふるい、多彩な活動が展開されていたことが文化遺産の調査から見えてきた。さらに獅子頭
の研究においては、地域を越えた複数の奉納品が西川町の獅子ヶ口諏訪神社に奉納されている事実から、当
時の人々の往来の活発さが垣間見えた。無論、江戸時代に最盛期を迎えた出羽三山信仰においても全国から
多くの参詣者が訪れ、多様な文化的交流が展開されたことが文化遺産から知れるのである。
そして幕末の不穏な世相となってもなお、それらの文化的活動は活発に行われていくが、明治維新による
戊辰戦争では、奥州越藩同盟に参加した山形(出羽国)も戦地となり、各地で大きな被害を受けた。また、
明治新政府によって出された神仏分離令は、神仏混淆の修験道の拠点であった出羽三山信仰に大きな影響を
与えることになる。その時の過激な廃仏毀釈によって失われた文化遺産は膨大な量にのぼり、それ以前の歴
史が文化遺産とともに失われた。しかし、その反動としておきた宗教や文化的諸活動への再興は、山形に新
たな文化を生み出した。その時代に当該地において活躍した人物として本研究において着目したのが、山形
の仏師の新海宗慶、竹太郎親子と、画家である高橋源吉である。彼らの遺した文化遺産の研究を通じて、幕
末から明治期にかけて混乱した山形の文化的様相が垣間見え、中央からの視点では語られなかった地方から
の視点による歴史を知る重要な成果を得ることができた。
そして現代、本研究において重点的に取り組んだのは、高畠町において採掘される石に関する研究である。
明治以降に採掘が本格化され、今日まで日常的に利用され続けてきた高畠石を再認識した本研究の取り組み
は、住民にとっては当たり前の存在であった石の価値の再評価へと繋がり、何を残していくかという文化財
保存の最も重要な観点を示唆する成果を得るに至った。また、戸塚山古墳群の発掘における地域で産出され
る石の特性が活かされた石室の研究を通じ、その土地固有に存在する資源が文化の発展に大きく関係してく
ることを再認識する成果も得ている。
以上、テーマ1における研究では、地域に存在する多様な文化遺産を調べ上げ、横軸に据えた研究キーワー
ドが複合的に混じり合うことで、各地で各時代に展開された文化的様相の歴史を明らかとなる成果を得たの
である。
文化遺産とは、その土地の歴史文化を証明する存在であり、その蓄積が地域の個性を形づくってきたとい
える。しかし、地域で生み出された文化的所産は、時代が変容してくにつれてその意義も変わり、モノとし
ての役割を終えて忘却されていくことがある。そして、地域の歴史的、文化的情報を内包したまま、地域の
中にその断片を埋没させていく。本研究は、それらの地域に埋もれた断片を調査を通じて丁寧に拾い上げ、
その断片を研究キーワードを手掛かりにしてもう一度組み立て直し、かつての文化的様相を復するようにパ
ズルを創っていくような研究であった。既に失われてしまったピースも多くあったが、遺されたピースが組
み合わさることで、かつての人々の生活の息吹や地域で展開された文化的なモノガタリを知ることができた。
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その地域文化遺産のパズルを再構築した成果は、最終年度に実践した研究成果展「ヤマノカタチノモノガタ
リ ― 地域文化遺産の保存と伝承 ―」において、研究によって再認識された地域固有のモノガタリを交え、
再発見された地域の文化遺産を一堂に展示した。また、その本研究で得られた地域のモノガタリを展覧会の
図録において執筆し、それを以て本研究テーマ1の最終成果とした。
地域の文化は、その土地の地理、気候などに深く関係し、その土地の中で人々が生業を営み、経済的な流
通や信仰による人々の往来の中で文化的交流がなされていくことで、多様に、複雑に発展していくものであ
る。時が過ぎ、生活が変わっていっても、土地の風土は大きく変わることはない。そこに生きる人々の気風
というものもそこに起因することであろう。そして、その文化的展開の蓄積が土地の歴史をつくり、さらに
次の人々の生活を形作っていく。つまり新たな文化は、地域に根ざした文化の土壌の上に発生するものなの
であろう。文化遺産を保護する目的は、地域固有に発展してきたその土地の歴史文化を守ることに他ならな
いが、その必然性は新たな文化を育むためにあると言っても過言ではない。
現代の日本社会は、資本主義経済による効率化が進められる中で都市集中型の生活体系が進み、産業の形
態も大きく変わりつつある。そして、交通の便が悪い山間部から人が離れ始めることで過疎化が進み、全国
的に生じている少子高齢化はその地域の過疎化をさらに加速させている。そのような状況の中で地域の文化
遺産を如何にして守っていくのか、その問題は一朝一夕で解決できるものではないが、地域社会を再生して
いくためにも、地域に潜在する過去の遺物を今一度見つめ直し、地域の歴史文化の土壌というものを再構築
していくことが肝要なのではなかろうか。とはいえ、文化遺産をただの宝として単品主義に評価するだけで
は、全く見えてこない地域の歴史がそこには存在する。包括的に地域をとらえ、丁寧に散らばった歴史の断
片を組み合わせていくことでのみ、地域の確かな歴史の息吹を感じることができることであろう。なぜなら、
歴史認識の規範となる文献には、書き手が恣意的に操作した情報が多分に含まれているため、文献だけが伝
える歴史は全てが真実とは限らないという見方がある一方で、モノの形状、素材、技法などに内包された情
報は、文献よりも歴史的事実を如実に伝えてくれることがあるからである。だからこそ、その文化遺産から
得られる情報を組み立てて歴史を検証していくことで、その土地で展開された真実の文化的様相が見えてく
るのである。そこには、中央史では語られなかった真実の地方史があるのではなかろうか。その見方は、こ
れからの地域社会を生きる我々の重要な観点となるであろう。そして、過去の歴史文化と現代の生活文化と
を繋なげ、足元にある地域の歴史文化を知ることで、その土地に対する愛着が喚起されていく。現代におけ
る地域社会が抱える課題は山積してはいるが、地道に、着実に、足元にある歴史文化を見つめ直していくこ
とが、地域再生の未来へ活路を開く一つの有効な手段となるのではなかろうか。
参考文献
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『東北芸術工科大学文化財保存修復研究センター
紀要NO.
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得られた造形理解に関する考察~」
『東北芸術工科大学文化財保存修復研究センター紀要No
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『東北芸術工科大学文化財保存修復研究センター紀要NO.
3』東北芸術工科大学文化財保存修復研
究センター、2013
7) 大場詩野子「高橋源吉≪大石田風景(仮題)
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4』東北芸
術工科大学文化財保存修復研究センター、2014 8) 北野博司・長田城治『高畠石の里をあるく』東北芸術工科大学文化財保存修復研究センター、2014
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9)『平成22年度文化財保存修復研究センター研究成果報告書』東北芸術工科大学文化財保存修復研究センター、2011
10)
『平成23年度文化財保存修復研究センター研究成果報告書』東北芸術工科大学文化財保存修復研究センター、2012
1
1)
『平成24年度文化財保存修復研究センター研究成果報告書』東北芸術工科大学文化財保存修復研究センター、2013
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『平成25年度文化財保存修復研究センター研究成果報告書』東北芸術工科大学文化財保存修復研究センター、2014
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『ヤマノカタチノモノガタリ―地域文化遺産の保存と伝承―』東北芸術工科大学文化財保存修復研究センター研究成果展図録、
2014
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