合併症の減少、医師の負担軽減、安全性の向上を実現した 周術期管理

ホスピタル ビュー
2015.3
Vol. 22
入院期間の短縮化が進む中、急性期病院では周術期管理への
取り組みが新たな課題となっています。
今回ご紹介する岡山大学病院(岡山市)
では2008年、周術期管理
センター PERIO(ぺリオ)を開設、多職種によるチーム医療で術前
から術後まで手厚い管理を行ってきました。
開設から6年、PERIOの運営と進化について、麻酔科蘇生科長であり
同センター長を務める森松博史先生とスタッフの方々にお話を伺いました。
岡山大学病院
麻酔科蘇生科長
周術期管理センター センター長
森松 博史 先生
合併症の減少、医師の負担軽減、安全性の向上を実現した
周術期管理センター“PERIO”の運営
近年、急性期病院の手術件数は年々増加していま
また、DPC制度導入等により手術までの入院期間が約
す。岡山大学病院周術期管理センター(Perioperative
2日へと短縮されていたことも術前管理に影響を与えて
Management Center、以下、PERIO)のセンター長であ
いました。当時、集中治療室を担当し、現在はPERIOで看
る森松博史先生はこの背景について、医療制度の変化
護師長を務める足羽孝子氏は、術前オリエンテーション
や高齢者人口の増加、手技や安全性の向上によって高
の簡潔化や患者間での情報交換の減少等から「患者さ
齢者でも施行可能な手術が増えたこと等を挙げながら、
んが術後の状態を充分イメージできていなかったので、
「PERIO開設までは周術期管理も外科医と麻酔科医が
パニックやせん妄を起こしやすくなっているのではない
行っていたので、十分な時間確保が難しくなり医師は疲
か」
と考えていたそうです。森松先生も、
「インフォームド・
弊しつつあった。特に術前管理は負担が大きく、その体
コンセントに含まれる情報量が減少していたり、理解し
制の見直しは喫緊の課題だった」
と振り返ります。
やすい説明への配慮が不十分になっていたのでは」
と
図1 ■ 岡山大学病院の手術件数の推移 手術件数は2008年のPERIO開設後も増加し続けている。
岡山大学病院
所在地/岡山市北区鹿田町2丁目5-1
病床数/865床
図2 ■
PERIO介入による
手術決定から入院までの流れ
(食道手術の場合) 手術日の決定からPERIO の介入が開始
される。ハイリスク患者の場合は事前
にPERIOで多職種カンファレンスが行
われるなど、電子カルテによる情報共
有と細やかなコミュニケーションが適
切な介入を支えている。術後にはPERIO
看護師が病棟をラウンドして術後の経
過も確認するなど、周術期を一貫して
管理している。
指摘します。
「医師の努力だけでは限界がある。せん妄や
います。PERIO外来は、
まず患者さんと薬剤師との面談に
術後の合併症を減少させ、医師の負担を軽減するには、
よる服用薬の確認からスタートします。副薬剤部長の矢
チーム医療で効率的かつ安全性の高い周術期管理を
尾和久先生は、
「服薬状況を適正に評価できる薬剤師が
行うべき」――このような現場の声から、2008年、同院
持参薬とアドヒアランスを確認することは、医療安全の
のPERIOが始動しました。
重要なポイント」
と説明します。服用薬に関しては正確な
まず術前管理を中心に
多職種による流れを標準化
薬剤部 副薬剤部長
矢尾 和久 先生
薬剤部 PERIO 担当薬剤師
川上 英治 先生
回答を得ることが難しく、多職種ごとに得た情報を集約
すると、手間もかかり不正確な情報が混在してしまいま
す。PERIO担当薬剤師の川上英治先生は「特に抗凝固薬
PERIOは対象手術を呼吸器外科の全身
等は確実に服薬状況を把握しなければ直前に手術の中
麻酔手術に限定し、開設時の課題であった
止ともなり得る。中止薬に限らず薬剤に関する情報は漏
術前管理を中心に開始されました。スタッ
らさず引き出さねばならない」
と話します。たとえば手術
フには、医師、看護師、理学療法士、臨床工
ではよく循環器用薬が使われることから、血圧や循環器
学技士、管理栄養士、薬剤師、歯科医等、
系の薬剤を多く服薬している場合には注意喚起を行う
当初から現在と同様のメンバーが参加し
など、広い視野で周術期に必要な情報を拾い出していま
ていたそうです。
これについて森松先生は、
す。足羽氏は「カルテにはない身体状況を知ることも多
「PERIO の開設目的は医師の負担軽減、
い」
と、薬剤師ならではの情報の収集力が安全面での大
合併症の減少、医療安全等だが、初めての
きな助けになっていると話します。
取り組みでもあり、まずはチーム医療によ
こうして薬剤師面談を終えた患者さんには、看護外
る活動モデルの確立を当初のターゲットと
来、管理栄養士の栄養評価と管理指導、理学療法士によ
した。そこで周術期管理に関わる全職種が
る呼吸訓練、歯科での治療やプラークフリー、歯科技工
介入したうえで適正な評価を行えるよう、
士によるマウスピースの作成等、組織横断的に多職種が
PERIOの必要度が高い診療科のひとつに
介入します(図3)。
絞り込んだ」
と開設時の方針を説明します。
現在、PERIOのほとんどのメンバーは兼任ですが、
図2は、PERIOでの流れの一例を示して
看護師のみが専任スタッフとして9名配置されています。
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図3 ■ PERIOの多職種の役割 患者さんを主体として各職種が専門的な視点で周術期管理に関わる。
専門職による役割分担で
術中の医師の負担軽減等にも貢献
このような術前の活動のみならず、術中、医師が手術
に専念できる体制を整備することもPERIO開設の目的
でした。
「手術件数の増加に伴い、麻酔科医が一人で手
術を担当せざるを得なくなっていた中、医師のサポート
業務や安全性の担保など、術中にも専門職による支援
が必要だと考えていた」
(森松先生)からです。たとえば
従来は麻酔科医が行っていた自己制御鎮痛法(Patient
Controlled Analgesia、以下、PCA)の麻酔薬の調剤は、
PERIO開設後、薬剤師が手術室内の安全キャビネットで
行うようになり、医療安全と麻酔科医の負担軽減に貢献
看護師の役割は多職種の業務を把握して周術期管理を
しています。
円滑に進めていく調整役と、周術期の患者さんの心身に
また同院ではPERIO開設と同時に、術中の麻酔科医を
わたるサポートです。
サポートする 術中管理ナース の育成にも取り組んでき
看護外来では、患者さんが治療に納得したうえで手術
ました。すでに、麻酔に特化した教育、訓練を受けた術
に前向きに臨めるように、まず 意思決定支援 から開始
中管理ナースは11名となり、手術に入って麻酔の記録を
します。手術に関するさまざまな情報、特に術後経過に
つけたり点滴のラインをとるなど、細かな業務やダブル
ついてはクリニカルパスも用いて、退院後に起こり得る
チェックを行うことで麻酔科医の精神的負担の軽減にも
支障とその対処法まで説明します。場合によっては改め
貢献しています。
て主治医に説明を依頼したり、患者さんが別の治療法も
さらに術中管理ナースは、PERIOの看護外来で患者さ
検討したいなどの意向を示す場合には、他の治療を行う
んに手術に関する具体的な説明も行っています。面談を
診療科への紹介を提案することもあります。
通して看護師も患者さんの術前状態や不安な点等を知
足羽氏は「患者さんが十分な情報を得て
ることができ、術中の安全性の向上にも活かしています。
自身の役割を理解し、術前の準備等、主体
「手術で何を行うかや術中の体位等、説明は具体的で、
的に治療に関わることで確実に治療効果が
患者さんの安心につながっている」
(足羽氏)
ということ
あがる」
としていますが、
「意思決定にはリス
です。
クへの理解も必要。術中に関しては医師が
は、患者さんに寄り添う看護師の役割」
と捉
6年間で徐々に活動範囲を拡大
進化を続けることが成功につながる
えています。
開設から6年、PERIOが介入している診療科の外科医
また、術前面談では医師のサポート業務
からは、
「もうPERIOのない手術は考えられない」
との声
として、身体評価も行っています。評価ポイントに見落と
も聞こえてくるそうですが、森松先生は徐々に活動範囲
しがないように麻酔科医と作成したチェックリストを用
を広げていった点が、成功のポイントではないかと考え
い、
リスクが疑われる場合には麻酔科医に診察を依頼し
ています。対象手術を増やし、術前・術中から術後へと
ているということです。
介入の充実を図り、さらに参加スタッフも増員する等、
森松先生はこのようなチーム医療による術前管理につ
PERIOはこの6年でそれぞれを拡大してきました。
いて、
「医師はリスクに応じて介入し、最終的にオーバー
たとえば介入する手術は現在では6診療科にまで増
ビューで評価を行えばよいので、
より治療に専念できる
え、それにともなって介入件数も増加しています(図4)。
環境となった」
とし、開設目的である医師の負担軽減、医
当初は全身麻酔手術にしぼって拡大していきましたが、
療安全に確実に貢献していると話します。
その後、腰椎麻酔の手術等にも介入し、
「関わるスタッフ
伝えるが、術後のQOLについて説明するの
周術期管理センター 看護師長
足羽 孝子 氏
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図4 ■ 対象手術の増加とPERIO介入手術件数の推移
(2014年12月現在)
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各手術でコンスタントな介入が行われていることがわかる。
図5 ■ 呼吸器外科における
65歳以上術後患者の肺炎発症頻度
歯科医、歯科衛生士による摂食・嚥下評価等の術前
の介入が減少に貢献していると考えられる。造影剤
や内視鏡を用いた検査は「専門性の高い歯科を持
つ大学病院ならではの強み」
(森松先生)。
呼 吸 器 外 科で のデー
タから実証されていま
す。たとえば80歳以上
の肺がん手術では、入
院日数 の 中 央 値 が 介
入前の22日から19日へ
と有 意 に 減 少し(p =
0.036)、また早期離床
や歯科医の介入等に
よって、65歳以上の術
後患者の肺炎発症頻
度も図5で示すように
有意に減少しました。さらに、抗凝固薬内服による手術
中止件数は0件へ、術前身体状況再評価での中止も5件
から1件へと減少しており、術前の薬剤師による適切な中
止薬の抽出と看護師による事前の身体評価が大きく貢
が少なくリスクの低い患者さんの場合でも効率化に貢
献していると考えられます。
献できるのか」の検証も進めてきました。
こうした実績をあげる一方で森松先生は、
「まだ介入し
また、2015年1月から、術後管理の充実への取り組み
ていない手術の中には、PERIOが介入しなくても円滑に
として病棟でPCAポンプを使用している患者さんの 術
周術期管理ができている領域もあるかもしれない。
しか
後疼痛管理ラウンド を開始しました。麻酔科医と薬剤師
し、すべての手術はPERIOを通過するとルール化されれ
が疼痛管理を、術中管理ナースが術中の体位による影
ば周術期の流れが標準化され、
トラブルが発生したとき
響や合併症の有無を、そして臨床工学技士がPCAポン
にも迅速な改善策がとれるなど、医療安全上の大きな利
プ の機器設定を確認するなど、毎日4人のPERIOスタッ
点も考えられる」
とし、今後はすべての手術への介入に向
フが多角的な視点で携わっています。
さらに病棟では病
けてさまざまな検証を行っていきたいと考えています。
棟薬剤師が待機し、それぞれの患者さんの容態、疼痛の
現在同院では、地域の多職種で運営する新しい周術
様子をラウンドスタッフに報告して安全性を高めていま
期管理の実現に向け準備を始めたところです。
これは、た
す。川上先生は、
「病棟薬剤師は、最初から自主的にラウ
とえば術前の歯科の治療を地域の歯科医が、服薬状況
ンドに参加し始めた。毎日必ず情報をまとめ、自身の処
の確認を自宅近くの保険薬局の薬剤師が、そして手術は
方提案も用意するなど、意欲的に活動している」
と話して
中核病院が担当するなど、PERIOの活動を地域の多職種
います。矢尾先生も、
「PCAポンプを使用している患者さ
によるチーム医療へと広げていくものです。
「患者さんの
んは多く、術後の容態変化を把握するには病棟薬剤師の
もっとも近くにいる地域の医療職に協力していただけれ
カバーが不可欠。適切な薬物療法について医師と意見
ば、さらに充実した周術期管理が可能ではないか。当院
を交わすことは、病棟での疼痛管理における知識とモチ
のPERIOスタッフは経験を活かし、職種間の橋渡し役を
ベーションの向上になる」
と考えています。
担っていきたい」
と話す森松先生。
データで検証されたPERIOの成果
これからの新たな取り組みとは
PERIOの6年間の実績と成果は、当初より介入してきた
全国に先駆けて開設され、独自の周術期の活動モデ
ルを構築しながら確実に実績をあげてきたPERIOは、
こ
れからも新たな領域にチャレンジしながら進化を続けて
いきます。 企画・発行
BA-XKS-371A2015年2月作成