救急隊員の研修とドクターカーの運用を柱とした 救急ワークステーション

ホスピタル ビュー
2015.6
Vol. 23
近年、救急隊の出動件数の増加、救急救命士の処置範囲の拡大
等から救急業務の質の担保が求められています。
このような中、“救急
ワークステーション”を新たに設置し、消防局と医療機関が密に連携し
て救急隊員の生涯教育と病院研修に取り組む地域も増えてきました。
そこで今回は、2007年に救急隊常駐型の救急ワークステーションが
設置された新潟市民病院(新潟市)を訪ね、救命救急・循環器病・脳卒中
センターのセンター長であり救急科部長を務める広瀬保夫先生に、研修
体制やドクターカーの運営についてお話を伺いました。
新潟市民病院
救命救急・循環器病・脳卒中センター センター長
救急科部長
広瀬 保夫 先生
救急隊員の研修とドクターカーの運用を柱とした
救急ワークステーションの取り組みと成果
当院の救命救急センターは、2007年10月に当院が新
救急医療を提供するには、機動力のある救急体制の整
築移転した際、循環器系と脳神経系の診療の強化を目指
備と医療の早期介入が必要です。そこで、医師と消防局
し、名称を「救命救急・循環器病・脳卒中センター」
と改称
員が密に連携して24時間365日で運用するドクターカー
して再スタートしました。病床数も32床から50床に増床
を導入し、ともに市が運営する市民病院と消防局がス
し、私たち救急専門医を核としてすべての診療科の協力
テーションで協働することで、救急医療の質の向上に取
体制の下に運営されています。
り組むこととなったのです。
移転に伴い、病院敷地内に当センターに隣接するかた
ちで新設されたのが、
「新潟市救急ステーション」です。
近年、全国に広がりつつある救急ワークステーションで
すが、当ステーションのようないわゆる“救急隊常駐型”
以外にも、各署から救急隊を病院に派遣して日勤帯のみ
運用する“救急隊派遣型”等、その体制はさまざまです。
このように地域に応じたかたちで運用が広がっているの
は、救急ワークステーションという出動機能を備えたOJT
研修の場が、救急医療の質向上に有効であることが認識
され始めたからではないでしょうか。
当ステーション設立のきっかけは、平成の大合併で新
潟市域が大幅に拡大されたことでした。全市民に平等に
新潟市民病院
所在地/新潟市中央区鐘木463-7
病床数/676床
図1 ■ 新潟市救急ステーション
ドクターカーは、以前から同院が所有していた“改造車
タイプ”と、消防局所有の“高規格救急車”の2台。普段
は、迅速性が高く小回りの利く後者で出動している。
救急ステーションの機能
1.
2.
3.
4.
高度救急隊(ドクターカーの運用)
救急隊員の教育研修体制の充実
応急手当普及啓発活動の拠点
特殊感染症患者の迅速な移送
救急救命士と医師
救命率向上に貢献するそれぞれの役割
改造車タイプのドクターカーは
災害時の出動及び重症患者を都内に搬送する場合等に使用するため、
通信機器や医師しか使用できない高機能医療機器が搭載されている。
当ステーションでは主な機能を4つ掲げていますが、
その柱となっているのが、“高度救急隊によるドクター
場出動の双方をうまく稼働させることが、救命率の向上
カーの運用”と“救急隊員の教育研修体制の充実”です
に結び付くのだと考えています。
(図1)。これらは、新潟市の充実したプレホスピタルケ
救急救命士がプレホスピタルケアで提供する救護活
ドクターカーの円滑な運用を支える
指令課との連携と問答式キーワード
動は、
メディカルコントロール体制下での“プロトコール
当院では、ステーション開設以前から改造車タイプの
ベース”の活動が基本であり、近年の特定行為の範囲の
ドクターカーを所有していましたが、病院独自で運用し
拡大や医療技術の高度化等に対応できるよう、教育研修
ており、交通事故等で患者さんが車内に閉じ込められる
体制の確立は必須です。
しかしその一方で、プロトコー
などの搬送困難な場合にのみ出動していました。
しかし、
ルのみでは解決できない場合や一刻も早い医療の介入
当ステーション開設とともに消防局のドクターカーも配
が必要な場合もあることから、救急救命士だけではなく、
置され、指令課からの出動要請による運用となってから
ドクターカーによって医師も現場に赴きさまざまな役割
は出動件数が一挙に増加するなど
(図2)、指令課との連
を果たすことが、
プレホスピタルケアの充実につながっ
携構築がドクターカーの有効活用につながりました。
ています。
このような円滑な運用には、要請基準として導入した
たとえば多数負傷者発生事故の出動では、
トリアージ
“キーワード”システムが奏功しています。
これは、あらか
による順位づけ、搬送先の決定や配分等を速やかに行う
じめドクターカーが出動すべきと設定された病態等を
ために、医師の裁量権を現場に持ちだすことが非常に役
(図3)、通信指令員が通報者の連絡から迅速かつ的確
に立っています。
また、脳卒中の症例では、適切な病院へ
に抽出できるように導入されました。
しかしここでのキー
迅速に受け入れ依頼をかけるなど、私たち医師が現場で
ワードとは単なる単語ではなく、状況に応じて交わされ
できることのほとんどが、そのあとの治療につなげるた
る“問答式”のもので、
この質問に対してこう回答があれ
めの“判断”です。つまり、
プレホスピタルケアには必ず次
ば出動、
と細やかに定められています。当初は単語から
のステップが存在するため、早期の処置の提供にとどま
開始されましたが、通信司令員の知識や経験値が上がる
らず、確実に次の治療へとつなげることが医師の出動現
に伴ってキーワードの見直しが行われ、
より多様な状況
場での役割となることが多いのです。
に応じられる問答式へと変化していきました。活動当初
このようなことから、救急隊員の研修の充実とドクター
は、救急隊が現場到着後に出動を要請するケースも多く
カーの運用によって、
プロトコールベースの救護活動を
見られましたが、通信指令員の研修とキーワードの改善
行う救急救命士と、裁量権をもって医療を行う医師の現
の積み重ねによって、現在ではほとんどが覚知時の要請
アの提供に不可欠な両輪となっています。
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2015.6
Vol. 23
図2 ■ 出動件数の推移
ドクターカーは広大な新潟市全域が対象。高度救急隊と
して、同院の救急医1名、同ステーションの長期研修者と
短期研修者である救急救命士がそれぞれ1名、機関員
1名の計4名が乗り込む。
図3 ■ ドクターカー出動事案
図4 ■ 新潟市の心肺停止患者社会復帰率の推移
ドクターカー運用後の社会復帰率は概ね全国平均より高い
数値で推移している。
1. 目撃のあるCPA
2. 高エネルギー外傷
3. 多数負傷者発生事故
4. 閉じ込め事故
5. 急性の心疾患(~6時間)
6. 急性の脳卒中(~4.5時間)
7. アナフィラキシー疑い
8. 気道緊急
9. 現場要請
によって出動しています。
れ、指導に携わる救急救命士が不在であることや、
ドク
また、
これらキーワードには、“患者さんを拾い上げる
ターカーの出動現場で安全管理を担う、高度救急隊長と
ため”と“現場で医療を行うため”の2つの役割があり、
して経験を積んだ救急救命士の配置等が課題として挙
それぞれの場合でドクターカーの有効性が表れてい
がってきました。そこで研修体制を見直し、2010年度か
ます。たとえば前述の脳卒中の場合は明らかに前者であ
らは、指導者の役割も担う1年間の長期研修者と、6当務
り、通信司令員の情報から脳卒中の疑いを前提に医師
18日間の短期研修者による研修体制に改め、
ドクター
が現場に赴いて判断し、t-PAの投与準備を依頼して搬送
カー等、長期研修者を隊長とした高度救急隊でのOJT
します。
これによって迅速な投与が可能となり、たとえば
と、ステーション内で行われるOff-JTで構成しました。
こ
当院でのt-PA施行件数はドクターカー運用前の1ヵ月あ
れにより研修が円滑に運営され、病院研修にあたる医
たり0~2件から2~6件へと増加しました。
また後者の場
師や看護師の負担が軽減されただけではなく、実習面で
合では、院外での心肺停止症例が挙げられます。医師の
は静脈路確保の実施回数が増え、救急現場での成功率
みが可能な抗不整脈薬の投与等による現場での自己心
が明らかに向上するなど、大きな成果が挙がっています。
肺再開が増加し、予後改善と社会復帰率の向上に結び
どうしてもドクターカーの運用が注目を集めることにな
付いていると考えられます(図4)。
りますが、救急ワークステーションの目的のひとつは救
このような成果は、アンダートリアージが回避できた
急隊員の継続的な研修であり、病院研修で特定行為等
結果だと受け止めています。一方、オーバートリアージと
の技術と経験値を上げることです。
また、
ここ数年は指導
のバランスは難しく、ある程度は許容しなければなりま
救命士の必要性が認識されていることからも、長期研修
せんが、今後はさらに出動要請の精度の向上にも一丸と
者がオリエンテーションや指導にも携わることは、自身
なって取り組みたいと考えています。そのためにも、年に
の指導者としてのスキルアップにもなるなど、
この体制
2回、当ステーションで行われる通信司令員との研修で、
のメリットは大きいと考えています。
ロールプレーイングによるインタビュースキルの向上や
開設から約7年半、消防との協働による救急ワーク
キーワードの検討と改訂、実例の振り返りによる検証等
ステーションは密な連携によって活動を強化しながら、
を通して、オーバートリアージの件数の減少につなげて
円滑に運用されています。
しかしその一方で、移転時に
いく考えです。
増床したにも関わらず、当センターでは満床状態が頻発
長期研修者と短期研修者の導入で
教育研修体制を改善
している状況です。現在、
ドクターカーの患者さんの約3
分の1は地域の医療機関にお願いしていますが、今後も
引き続き後方ベッドの確保と地域連携の構築が必要で
当ステーションのもうひとつの主な機能である教育研
す。新潟市のみなさんが安心してこの地域で医療が受け
修は、当初、救急救命士が交代で約1ヵ月間の研修に参
れられる環境づくりに尽力することを市民病院の使命
加する体制で開始されました。
しかし研修を重ねるにつ
とし、引き続き全力で取り組んでいきます。
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2015. 6
Vol.23
2015年度機能評価係数IIの概況
2015年度に入り、中央社会保険医療協議会・DPC評
分布範囲等がまとめられました(図1)。合計値での医
価分科会では、2016年度改定に向けた検証や議論が
療機関群別最大値をみると、Ⅰ群では長崎大学病院の
活発化しています。今年度第1回目にあたる4月27日の
0.0608、Ⅱ群では昨年に引き続き済生会熊本病院の
会合では、2015年度の機能評価係数Ⅱの概況報告が
0.0704、Ⅲ群も昨年と同じく岩手県立磐井病院の0.0818
行われました。
という結果となりました(図2)
。
調整係数廃止に向け
ますます重要となる機能評価係数II
後発医薬品係数では
DPC病院の約19%が最大値を取得
2012年度から順次進められている、調整係数の基礎
今回の報告で特に注目された係数は、2014年度改定
係数と機能評価係数Ⅱへの置き換えは、2018年度に完
で新たに設定された後発医薬品係数です。
了する予定です。基礎係数は医療機関群別で設定され
この係数は後発医薬品の使用について数量ベース
るため、それぞれの病院別に評価される機能評価係数
で評価したものですが、評価上限である使用割合60%
Ⅱの数値向上は、今後の健全な病院経営における重要
に達している病院は増加し、最大値の0.01274はDPC病
な課題となっています。
院1580施設の約19%にあたる303施設が取得、377施
この日の分科会では、2015年度の機能評価係数IIの
設が0.012以上と分布上で最も多くなっています(図3)
。
図1 ■ 機能評価係数Ⅱの分布範囲等
また、中央値をみると0.00843とほかの6つの係数と比
べても高いなどの結果から、
「7つの係数への配分は等
分とされている中で、相対的に当係数の重みが大きい」
ことや、
「ばらつきが大きいため、中央値との差がつき
やすくなっている」等の意見が挙がりました。
DPC対象病院では後発医薬品の使用が促進されて
いると考えられる一方で、次期改定に向けては、評価方
法を含めた見直しを求める意見も出ており、今後は重
みづけのあり方等も検討課題となりそうです。
図3 ■ 後発医薬品係数の分布(全病院) 図2 ■ Ⅰ群、Ⅱ群、Ⅲ群の合計値トップ病院の各数値
企画・発行
BA-XKS-374A2015年5月作成