TPPの行方 第2回(2015/03/13)

TPPの行方
第2回
衆議院法制局参与
雨宮
由卓
︵筆者略歴︶
はじめに
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リカが本気で相手にしているのは我が
国だけです。それはアメリカと我が国
ているからです。アメリカは我が国以
の貿易額が他の交渉参加国より突出し
ら、早1年が経とうとしています。平
外の国にいくら譲歩しても痛くもかゆ
成
れていた閣僚級の交渉が実質決裂に終
た。当の大臣はマスコミ報道の火消し
向けにメッセージを送っていました
もう一つ、我が国が重要5項目を聖
域としてここだけは死守すると、国内
わったとマスコミ各社は報じていまし
に躍起でしたが、筆者も手前味噌にな
が、やはり、アメリカはこの重要5項
技術の先進性等どれをとっても超大国
けの軍部の圧力に屈し、物量の統計や
なにせ、外交術に長けているアメリ
カに対し、かつて、我が国は精神論だ
では砂糖に関税をかけ、安いオースト
トラリアのFTA︵二国間の自由貿易︶
ん。したがって、アメリカは対オース
オーストラリアには到底かないませ
目 に つ い て も 風 穴 を 開 け て き ま し た。
アメリカにかなわなかったにもかかわ
ラリア産の砂糖がアメリカ国内に入っ
るようなものでした。そもそも、アメ
てしまう。乗り遅れたら大変だ﹂と急
TPP参加表明した当時の我が国首
脳 は、﹁T P P と い う 最 後 の バ ス が 出
か矛盾していませんか。
一 方 で、 ア メ リ カ は 大 農 業 国 で す が、
らず、無謀にも弓を引いてしまいまし
てこないよう水際で抑えています。何
歳の少年︵進駐軍最高司令
リカという国は自国の利益になること
かし、農業分野を切り捨てる覚悟で参
しょうか。
が卸してくれなかったというところで
加表明しましたが、案の定そうは問屋
は他国がどうなろうとも主張を譲らな
官マッカーサーの発言︶がけんかをす
ど大人と
た。アメリカと我が国とでは、ちょう
た。
りますがこのことは予想しておりまし
くもありません。
年2月下旬、シンガポールで行わ
TPPについて会員の皆様にご紹介
したのが平成 年の 月号でしたか
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い傾向にあります。
12
1975
衆議院事務局採用
2008
衆議院法制主幹
2010
衆議院農林水産委員会専門員
2011
衆議院内閣委員会専門員
2013
衆議院事務局退職
現在
衆議院法制局参与
12
前回も筆者が述べましたように、例
えば、TPP交渉 か国のうち、アメ
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賑わせていますが、その紙面の片隅に
は、﹁ マ イ ナ ン バ ー 医 療 や 金 融 も │ 政
第では、オバマ大統領はTPPに本格
いわゆるオバマ・ケア︵国民皆保険の
府、有識者会議で検討﹂とありました。
アメリカの事情
加えて、アメリカのお国事情があり
ます。それはアメリカの中間選挙が今
充実︶に軸足を置くのか注視していく
筆者は、あ∼、やはりなと思いました。
的 に 取 り 組 ん で く る の か、 そ れ と も、 小さく掲載されていました。その内容
年 月4日に行われます。アメリカの
必要があると考えております。
マイナンバーは2016年に運用が始
まりますが、現在は診療情報や金融な
し、アメリカは大統領︵行政権︶と議
立法と行政が一体化しているのに対
ょうか。
大胆な決断ができないのではないでし
オバマ大統領としても中間選挙までは
ものです。これらの分野でマイナンバ
会議を設置し、議論を始めようとする
について、IT総合戦略本部に有識者
貿易促進権限︵TPA︶が与えられま
フリーハンドを与えるため、議会から
のため、通常は、大統領に外交交渉の
を修正する権限も保持しています。こ
条約承認権だけではなく、条約の内容
かけているアヒルを形容︶になってい
も実現せず、ちょうど横たわって死に
待をしつつ、オバマ大統領の政策が何
ます。レイムダック︵次の大統領に期
も、オバマ大統領の任期は2年を切り
療費の抑制に貢献すると考えておりま
一方、政府にとっても年々増加する医
す る と 言 っ て も 過 言 で は あ り ま せ ん。
は医療関係について利便性が数段向上
ンバーが認められますと、個人として
見ておりますが、診療情報にもマイナ
す。
くことも想定されます。
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す。したがって、中間選挙後の結果次
伝統的に南部大農場などの富裕層で
どに対して、片や共和党の支持基盤は
きます。昨今ではTPP問題が紙面を
について、その後の経過を紹介してお
筆者が課題として取り上げました問題
情報の最もセンシティブなもので、他
然に増えていきます。診療情報は個人
広がれば、その個人情報を扱う者も当
中間選挙後と思われます。
マイナンバーの現況
個人・政府共にウィン・ウィンの関
民主党の支持基盤は伝統的に北部労 話題は逸れますが、本誌平成 年8 係ですが、筆者が心配するのは、個人
働者層︵デトロイトの自動車産業︶な 月 号 の マ イ ナ ン バ ー 法 の 解 説 の 中 で、 情報の管理についてです。対象範囲が
領 に 権 限 を 与 え て い ま せ ん。 た ぶ ん、
す。しかしながら、未だに議会は大統
な条約を締結しようとしても、議会は
ます。例えば、大統領がTPPのよう
ーを適用するには法律の改正が必要で
な お、 今 年 の 中 間 選 挙 が 過 ぎ る と、
ど の よ う な 勢 力 分 野 に な っ た と し て すので、施行は早くて2018年頃と
会︵立法権︶との権限が峻別されてい
が内閣を組織する制度︶
をとっていて、 6 年 ︶ が 改 選 さ れ ま す。 し た が っ て、 どについては認めていません。それら
な議院内閣制︵議会の多数派のトップ
っています。我が国がイギリスのよう
中間選挙は、下院の全部︵任期が2
年のため︶と上院の3分の1︵任期は
統治制度は、厳格な三権分立で成り立
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がって、情報管理の徹底が図られなけ
人に秘匿しておきたいものです。した
化されると思う方もいるかもしれませ
は困るかもしれません。国家管理が強
の対象となると、一部資産家にとって
課すなど年々厳しくなっています。
や海外資産の状況について報告義務を
と思われます。期限の長短はあります
ただし、TPP締結国域内からの原材
層には、税務当局が各国との情報交換 したがって、会員の皆様の職種には、
T P P の 影 響 は 少 な い と 思 わ れ ま す。
ればなりません。
しかしながら、医療や金融の分野ま
でマイナンバーが浸透すれば、利便性
が、最終的には、TPPは域内では関
×…合意見えず
△…米国が歩み寄るもアジアとの対立解けず
○…合意に近づく
◎…ほぼ合意
関税撤廃
×
⑪
商用関係者の移動
◎
②
知的財産権
△
⑫
電子商取引
◎
③
環境
△
⑬
貿易円滑化
◎
④
国有企業改革
△
⑭
衛生植物検疫
◎
⑤
労働
○→◎
⑮
貿易救済
◎
⑥
原産地規制
○
⑯
貿易の技術的障害
◎
⑦
政府調達
○
⑰
電気通信サービス
◎
⑧
投資
○
⑱
制度的事項
◎
⑨
越境サービス
○
⑲
紛争解決
◎
⑩
金融サービス
○→◎
⑳
技術や人材の協力
◎
◎
分野横断的事項
我が国の経済情勢
料や製品の輸入について影響があろう
ん。現に、海外へ資産を逃している階
だけではなく、真に給付の手を差し伸
税をゼロにしていくからです。
①
また、金融に対してもマイナンバー
べなければならない低所得者への救済
が可能となり、国民に対する公平感が
深まると思われます。
うにするとしています。
小さく産んで大きく育てるとの方針
どおりに事が運んでいるようです。
TPPの分野別進捗状況
さて、本題に戻しますと、TPPは
ました。
以上続き、拡大しています。財政赤字
も膨らむ一方です。
我 が 国 は 高 齢 化・ 人 口 減 少 が 進 み、
内需が縮んでいるのに大丈夫なのでし
ょうか。我が国が経験した高度経済成
ょうか。こんな心配をしているのは筆
長はもう再現できないのではないでし
上表をご覧いただくと、他の分野で
交渉が進んでいるものの、関税撤廃に
道で農業分野が取り上げられているの 2012年3月期決算でパナソニッ
ク が7 7 2 1 億 円 の 赤 字 を 出 し ま し
者だけではないような気がします。
の分野で交渉されています。
思わしくありません。貿易赤字は2年
や納税証明などを申請・取得できるよ 今はアベノミクスにより円安・物価
高が誘導されていますが、このところ、
2017年1月からネット上で、登記
て は 行 政 手 続 を 簡 素 化 す る 方 針 で す。 していき、結局、産業の空洞化を招き
我が国の経済が円高・デフレ基調に
一方、政府は、法人番号︵企業版マ イ ナ ン バ ー︶ を 使 っ て、 企 業 に 対 し あったとき、国内の企業は海外に進出
出所…日経新聞(H26.2.26 付け朝刊)。それを、H26.7.13 付け朝刊で進捗状況を修正。
ついては壁に当たっています。新聞報
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はこのためです。
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の行方< 2 >
TPP
んでした。赤字の原因は何だったので
企業の赤字に、筆者も驚きを隠せませ
た。戦後日本を引っ張ってきた最優良
あります。それは、制度上、FTAを
み、各国は積極的にFTAを結びつつ
現在、WTOが立ち行かない現状に鑑
り ま す。T P P もF T A の 一 種 で す。
図るからです。
結んだ国とそれ以外の国とで差別化を
しょうか。
円高のため販売競争が不利だったこ
ともあるでしょう。しかしながら、主
るを得ません。
︶
、物の価格が主たる判
したら、どんなに高くても人は買わざ
ば、その会社しか作れない物があると
る物に差別化される特性がなく︵例え
﹁ 商 品 ﹂ と い う 意 味 で す が、 生 産 さ れ
す。
者は安い日本車を買うことになりま
分安くなりますから、アメリカの消費
についてアメリカの現地価格は関税の
の関税はゼロとします。自動車の価格
を結んだとします。そして、鉱工業品
たる原因は製品のコモディティ化の進
どういうことかと言いますと、例え
行 に あ り そ う で す。 コ モ デ ィ テ ィ は、 ば、仮に、我が国がアメリカとFTA
断基準とされる製品という意味です。
国と比べて人件費の安い韓国のサムス
の日本車は苦戦を強いられます。
メリカとFTAを結んでいない我が国
そう見ていきますと、例えば、エレ このように、実際は、韓国がアメリ
クトロニクス事業で言いますと、我が カとFTAを結びましたから、未だア
ンには価格競争で負けますし、そのサ
その中国もさらに人件費の安いインド
皆様は是非活用すべきと思います。
ムスンも昨今では人件費の安い中国と
したがって、
TPP︵FTAの一種︶
の 競 争 で 業 績 が 落 ち て い ま す。 ま た、 が 締 結 さ れ た ら、 面 倒 だ と 思 わ ず に、
等の国との価格競争に負けていくこと
を取得させるためのマニュアルがあり
商工会議所のサイトには、原産地証明
メントや概説があります。また、日本
外 務 省 や 経 済 産 業 省 の サ イ ト に は、
発効したFTAの協定書などのドキュ
でしょう。
TPPが締結されたら活用すべき
我が国は各国とFTAを結びつつあ
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がFTAに基づく原産資格を満たして
ます。この原産地証明とは、輸出産品
も出てきます。そこで、政府は日豪F
なければなりません。尻込みする企業
は参議院も可決し、国内法が整備され
が先ほどの新聞記事です。今国会中に
な ぜ、T P P 交 渉 が 進 ま な い の か、
この日豪EPAにヒントがあります。
日豪EPA条約が正式に発効されるよ
現困難といわれています。そこで、各
にありましたが、その理想は早々と実
ま す。 そ の 後︵ た ぶ ん 来 年 中 に は ︶、 WTOの理想は多国間同士の関税撤廃
簡素化の検討に入りました。当然、T
うです。
い る こ と の 証 明 書 の こ と を い い ま す。 TAの署名を機に、原産地証明制度の
であることを
Made in Japan
PPの発効も視野に入れていると思わ
いわゆる
証明するものです。日本の自動車一つ
れます。
したことは前述しました。
国は二国間のFTAやEPAに走り出
とってみても、全ての部品が日本製と
オーストラリアとのEPA締結
当該条約の内容を概説しますと、日
本は鉱工業品︵例えば自動車︶を即時
は限りませんから、どの程度の割合で
あれば、日本製といえるのか難しいと
2 0 1 4 年 月 1 日 付 け の 新 聞 に 関税撤廃でオーストラリアに輸出する TPPもFTAの一種ですが、交渉
は、﹁日豪EPA法案を衆議院で可決﹂ ことができます。一方、オーストラリ 参加国は か国に及びます。その中で、
ころです。加えて、煩雑な手続きをし
と報道されて
関税︵加工用の冷凍牛肉は現行 ・5
アは日本へ牛肉を段階的に低減された
す。
最大公約数を見つけるのは相当困難で
月に日豪EP
す。 今 年 の 4
Aの一種で
輸入制限︵セーフガード︶を発動する
以上に増えたときは関税率を元に戻す
ただし、日本は、牛肉の輸入量が一定
の開放を要求しませんでした。日豪E
オーストラリアは我が国に対してコメ
は ほ と ん ど し て い ま せ ん。 こ の た め、
%から 年目で関税 ・5%まで段階
オーストラリアは世界有数の農業国
的に低減︶で輸出することができます。 です。しかしながら、コメの生産は実
PAではコメは関税撤廃の対象外とし
Aが大筋合意
EPAはFT
い ま す。 こ の
12
ことができます。
38
さ れ、 7 月 に
19
国内法を整備
しないように
バッティング
と国内法とが
と、 当 該 条 約
締結されます
す。
れ一人思わなかったと記憶していま
農業大国とのFTAがまとまるとはだ
リ ア と の 通 商 交 渉 が 始 ま り ま し た が、 輸出できれば、韓国車にも競り勝つこ
日豪EPAの締結について、筆者は大
アとが互いにウィン・ウィンの関係に
当 時 は 我 が 国 の 農 業 団 体 が 猛 反 発 し、 とができます。我が国とオーストラリ
いに驚きました。7年前にオーストラ
あったと思われます。
人︶が小さいながらも即時関税撤廃で
ーストラリアの人口は約23 00 万
し た。 条 約 が
は署名されま
国民の関心はTPP交渉に対するほ ています。一方、我が国としても、オ
ど で は な か っ た の か も し れ ま せ ん が、 ーストラリアの自動車の市場規模︵オ
18
し ま す。 そ れ
19
の行方< 2 >
TPP
11
の行方< 2 >
おわりに
我が国は、日米同盟の庇護の下、経
済発展を遂げてきました。アメリカの
力が相対的に落ちてきたと言われます
会のあり方にもメスを入れようとして
います。これらの方向転換はTPP締
結後の農業分野の壊滅を防ぐための布
石のように思われます。
障、国土保全等のため農業分野を保護
が、東アジア情勢を考えると、まだま たとえ、
TPPが締結されようとも、
我が国は、世界食料危機、食料安全保
だ、アメリカに助けてもらわなければ
なりません。
えられるのは、政府による農家への直
ることは見込めませんから、そこで考
最終的には、我が国はアメリカに譲 しなければなりません。
歩し、TPPは妥結すると筆者は見て コメ農家は安い輸入米に押され、ま
た農業所得は下がることはあれ、上が
います。
争点のコメの扱いですが、現行関税
を維持して、その代わり、米国産の関
す。■
税 ゼ ロ 輸 入 枠 を 拡 充 や 新 設 す る の か、 接所得保障が復活されるように見えま
それとも、コメの関税を下げるかにな
るかと思われます。他の農産品項目で
は、関税の下げ幅と輸入制限措置要件
の組み合わせが焦点になりそうです。
この背景には、農業分野の衰退があ
ります。
農業従事者の高齢化や離農が目立っ
てきました。国政選挙でも農業関係の
集票力が低下しています。
したがって、
現政権は、今後農業を見限ることもあ
り得ます。
この1年の農業分野をウォッチして
いますと、減反制度の廃止や農業委員
TPP
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