TPPの行方 第2回 衆議院法制局参与 雨宮 由卓 ︵筆者略歴︶ はじめに 12 リカが本気で相手にしているのは我が 国だけです。それはアメリカと我が国 ているからです。アメリカは我が国以 の貿易額が他の交渉参加国より突出し ら、早1年が経とうとしています。平 外の国にいくら譲歩しても痛くもかゆ 成 れていた閣僚級の交渉が実質決裂に終 た。当の大臣はマスコミ報道の火消し 向けにメッセージを送っていました もう一つ、我が国が重要5項目を聖 域としてここだけは死守すると、国内 わったとマスコミ各社は報じていまし に躍起でしたが、筆者も手前味噌にな が、やはり、アメリカはこの重要5項 技術の先進性等どれをとっても超大国 けの軍部の圧力に屈し、物量の統計や なにせ、外交術に長けているアメリ カに対し、かつて、我が国は精神論だ では砂糖に関税をかけ、安いオースト トラリアのFTA︵二国間の自由貿易︶ ん。したがって、アメリカは対オース オーストラリアには到底かないませ 目 に つ い て も 風 穴 を 開 け て き ま し た。 アメリカにかなわなかったにもかかわ ラリア産の砂糖がアメリカ国内に入っ るようなものでした。そもそも、アメ てしまう。乗り遅れたら大変だ﹂と急 TPP参加表明した当時の我が国首 脳 は、﹁T P P と い う 最 後 の バ ス が 出 か矛盾していませんか。 一 方 で、 ア メ リ カ は 大 農 業 国 で す が、 らず、無謀にも弓を引いてしまいまし てこないよう水際で抑えています。何 歳の少年︵進駐軍最高司令 リカという国は自国の利益になること かし、農業分野を切り捨てる覚悟で参 しょうか。 が卸してくれなかったというところで 加表明しましたが、案の定そうは問屋 は他国がどうなろうとも主張を譲らな 官マッカーサーの発言︶がけんかをす ど大人と た。アメリカと我が国とでは、ちょう た。 りますがこのことは予想しておりまし くもありません。 年2月下旬、シンガポールで行わ TPPについて会員の皆様にご紹介 したのが平成 年の 月号でしたか 25 い傾向にあります。 12 1975 衆議院事務局採用 2008 衆議院法制主幹 2010 衆議院農林水産委員会専門員 2011 衆議院内閣委員会専門員 2013 衆議院事務局退職 現在 衆議院法制局参与 12 前回も筆者が述べましたように、例 えば、TPP交渉 か国のうち、アメ 15 26 賑わせていますが、その紙面の片隅に は、﹁ マ イ ナ ン バ ー 医 療 や 金 融 も │ 政 第では、オバマ大統領はTPPに本格 いわゆるオバマ・ケア︵国民皆保険の 府、有識者会議で検討﹂とありました。 アメリカの事情 加えて、アメリカのお国事情があり ます。それはアメリカの中間選挙が今 充実︶に軸足を置くのか注視していく 筆者は、あ∼、やはりなと思いました。 的 に 取 り 組 ん で く る の か、 そ れ と も、 小さく掲載されていました。その内容 年 月4日に行われます。アメリカの 必要があると考えております。 マイナンバーは2016年に運用が始 まりますが、現在は診療情報や金融な し、アメリカは大統領︵行政権︶と議 立法と行政が一体化しているのに対 ょうか。 大胆な決断ができないのではないでし オバマ大統領としても中間選挙までは ものです。これらの分野でマイナンバ 会議を設置し、議論を始めようとする について、IT総合戦略本部に有識者 貿易促進権限︵TPA︶が与えられま フリーハンドを与えるため、議会から のため、通常は、大統領に外交交渉の を修正する権限も保持しています。こ 条約承認権だけではなく、条約の内容 かけているアヒルを形容︶になってい も実現せず、ちょうど横たわって死に 待をしつつ、オバマ大統領の政策が何 ます。レイムダック︵次の大統領に期 も、オバマ大統領の任期は2年を切り 療費の抑制に貢献すると考えておりま 一方、政府にとっても年々増加する医 す る と 言 っ て も 過 言 で は あ り ま せ ん。 は医療関係について利便性が数段向上 ンバーが認められますと、個人として 見ておりますが、診療情報にもマイナ す。 くことも想定されます。 25 す。したがって、中間選挙後の結果次 伝統的に南部大農場などの富裕層で どに対して、片や共和党の支持基盤は きます。昨今ではTPP問題が紙面を について、その後の経過を紹介してお 筆者が課題として取り上げました問題 情報の最もセンシティブなもので、他 然に増えていきます。診療情報は個人 広がれば、その個人情報を扱う者も当 中間選挙後と思われます。 マイナンバーの現況 個人・政府共にウィン・ウィンの関 民主党の支持基盤は伝統的に北部労 話題は逸れますが、本誌平成 年8 係ですが、筆者が心配するのは、個人 働者層︵デトロイトの自動車産業︶な 月 号 の マ イ ナ ン バ ー 法 の 解 説 の 中 で、 情報の管理についてです。対象範囲が 領 に 権 限 を 与 え て い ま せ ん。 た ぶ ん、 す。しかしながら、未だに議会は大統 な条約を締結しようとしても、議会は ます。例えば、大統領がTPPのよう ーを適用するには法律の改正が必要で な お、 今 年 の 中 間 選 挙 が 過 ぎ る と、 ど の よ う な 勢 力 分 野 に な っ た と し て すので、施行は早くて2018年頃と 会︵立法権︶との権限が峻別されてい が内閣を組織する制度︶ をとっていて、 6 年 ︶ が 改 選 さ れ ま す。 し た が っ て、 どについては認めていません。それら な議院内閣制︵議会の多数派のトップ っています。我が国がイギリスのよう 中間選挙は、下院の全部︵任期が2 年のため︶と上院の3分の1︵任期は 統治制度は、厳格な三権分立で成り立 11 16 がって、情報管理の徹底が図られなけ 人に秘匿しておきたいものです。した 化されると思う方もいるかもしれませ は困るかもしれません。国家管理が強 の対象となると、一部資産家にとって 課すなど年々厳しくなっています。 や海外資産の状況について報告義務を と思われます。期限の長短はあります ただし、TPP締結国域内からの原材 層には、税務当局が各国との情報交換 したがって、会員の皆様の職種には、 T P P の 影 響 は 少 な い と 思 わ れ ま す。 ればなりません。 しかしながら、医療や金融の分野ま でマイナンバーが浸透すれば、利便性 が、最終的には、TPPは域内では関 ×…合意見えず △…米国が歩み寄るもアジアとの対立解けず ○…合意に近づく ◎…ほぼ合意 関税撤廃 × ⑪ 商用関係者の移動 ◎ ② 知的財産権 △ ⑫ 電子商取引 ◎ ③ 環境 △ ⑬ 貿易円滑化 ◎ ④ 国有企業改革 △ ⑭ 衛生植物検疫 ◎ ⑤ 労働 ○→◎ ⑮ 貿易救済 ◎ ⑥ 原産地規制 ○ ⑯ 貿易の技術的障害 ◎ ⑦ 政府調達 ○ ⑰ 電気通信サービス ◎ ⑧ 投資 ○ ⑱ 制度的事項 ◎ ⑨ 越境サービス ○ ⑲ 紛争解決 ◎ ⑩ 金融サービス ○→◎ ⑳ 技術や人材の協力 ◎ ◎ 分野横断的事項 我が国の経済情勢 料や製品の輸入について影響があろう ん。現に、海外へ資産を逃している階 だけではなく、真に給付の手を差し伸 税をゼロにしていくからです。 ① また、金融に対してもマイナンバー べなければならない低所得者への救済 が可能となり、国民に対する公平感が 深まると思われます。 うにするとしています。 小さく産んで大きく育てるとの方針 どおりに事が運んでいるようです。 TPPの分野別進捗状況 さて、本題に戻しますと、TPPは ました。 以上続き、拡大しています。財政赤字 も膨らむ一方です。 我 が 国 は 高 齢 化・ 人 口 減 少 が 進 み、 内需が縮んでいるのに大丈夫なのでし ょうか。我が国が経験した高度経済成 ょうか。こんな心配をしているのは筆 長はもう再現できないのではないでし 上表をご覧いただくと、他の分野で 交渉が進んでいるものの、関税撤廃に 道で農業分野が取り上げられているの 2012年3月期決算でパナソニッ ク が7 7 2 1 億 円 の 赤 字 を 出 し ま し 者だけではないような気がします。 の分野で交渉されています。 思わしくありません。貿易赤字は2年 や納税証明などを申請・取得できるよ 今はアベノミクスにより円安・物価 高が誘導されていますが、このところ、 2017年1月からネット上で、登記 て は 行 政 手 続 を 簡 素 化 す る 方 針 で す。 していき、結局、産業の空洞化を招き 我が国の経済が円高・デフレ基調に 一方、政府は、法人番号︵企業版マ イ ナ ン バ ー︶ を 使 っ て、 企 業 に 対 し あったとき、国内の企業は海外に進出 出所…日経新聞(H26.2.26 付け朝刊)。それを、H26.7.13 付け朝刊で進捗状況を修正。 ついては壁に当たっています。新聞報 21 はこのためです。 17 の行方< 2 > TPP んでした。赤字の原因は何だったので 企業の赤字に、筆者も驚きを隠せませ た。戦後日本を引っ張ってきた最優良 あります。それは、制度上、FTAを み、各国は積極的にFTAを結びつつ 現在、WTOが立ち行かない現状に鑑 り ま す。T P P もF T A の 一 種 で す。 図るからです。 結んだ国とそれ以外の国とで差別化を しょうか。 円高のため販売競争が不利だったこ ともあるでしょう。しかしながら、主 るを得ません。 ︶ 、物の価格が主たる判 したら、どんなに高くても人は買わざ ば、その会社しか作れない物があると る物に差別化される特性がなく︵例え ﹁ 商 品 ﹂ と い う 意 味 で す が、 生 産 さ れ す。 者は安い日本車を買うことになりま 分安くなりますから、アメリカの消費 についてアメリカの現地価格は関税の の関税はゼロとします。自動車の価格 を結んだとします。そして、鉱工業品 たる原因は製品のコモディティ化の進 どういうことかと言いますと、例え 行 に あ り そ う で す。 コ モ デ ィ テ ィ は、 ば、仮に、我が国がアメリカとFTA 断基準とされる製品という意味です。 国と比べて人件費の安い韓国のサムス の日本車は苦戦を強いられます。 メリカとFTAを結んでいない我が国 そう見ていきますと、例えば、エレ このように、実際は、韓国がアメリ クトロニクス事業で言いますと、我が カとFTAを結びましたから、未だア ンには価格競争で負けますし、そのサ その中国もさらに人件費の安いインド 皆様は是非活用すべきと思います。 ムスンも昨今では人件費の安い中国と したがって、 TPP︵FTAの一種︶ の 競 争 で 業 績 が 落 ち て い ま す。 ま た、 が 締 結 さ れ た ら、 面 倒 だ と 思 わ ず に、 等の国との価格競争に負けていくこと を取得させるためのマニュアルがあり 商工会議所のサイトには、原産地証明 メントや概説があります。また、日本 外 務 省 や 経 済 産 業 省 の サ イ ト に は、 発効したFTAの協定書などのドキュ でしょう。 TPPが締結されたら活用すべき 我が国は各国とFTAを結びつつあ 18 がFTAに基づく原産資格を満たして ます。この原産地証明とは、輸出産品 も出てきます。そこで、政府は日豪F なければなりません。尻込みする企業 は参議院も可決し、国内法が整備され が先ほどの新聞記事です。今国会中に な ぜ、T P P 交 渉 が 進 ま な い の か、 この日豪EPAにヒントがあります。 日豪EPA条約が正式に発効されるよ 現困難といわれています。そこで、各 にありましたが、その理想は早々と実 ま す。 そ の 後︵ た ぶ ん 来 年 中 に は ︶、 WTOの理想は多国間同士の関税撤廃 簡素化の検討に入りました。当然、T うです。 い る こ と の 証 明 書 の こ と を い い ま す。 TAの署名を機に、原産地証明制度の であることを Made in Japan PPの発効も視野に入れていると思わ いわゆる 証明するものです。日本の自動車一つ れます。 したことは前述しました。 国は二国間のFTAやEPAに走り出 とってみても、全ての部品が日本製と オーストラリアとのEPA締結 当該条約の内容を概説しますと、日 本は鉱工業品︵例えば自動車︶を即時 は限りませんから、どの程度の割合で あれば、日本製といえるのか難しいと 2 0 1 4 年 月 1 日 付 け の 新 聞 に 関税撤廃でオーストラリアに輸出する TPPもFTAの一種ですが、交渉 は、﹁日豪EPA法案を衆議院で可決﹂ ことができます。一方、オーストラリ 参加国は か国に及びます。その中で、 ころです。加えて、煩雑な手続きをし と報道されて 関税︵加工用の冷凍牛肉は現行 ・5 アは日本へ牛肉を段階的に低減された す。 最大公約数を見つけるのは相当困難で 月に日豪EP す。 今 年 の 4 Aの一種で 輸入制限︵セーフガード︶を発動する 以上に増えたときは関税率を元に戻す ただし、日本は、牛肉の輸入量が一定 の開放を要求しませんでした。日豪E オーストラリアは我が国に対してコメ は ほ と ん ど し て い ま せ ん。 こ の た め、 %から 年目で関税 ・5%まで段階 オーストラリアは世界有数の農業国 的に低減︶で輸出することができます。 です。しかしながら、コメの生産は実 PAではコメは関税撤廃の対象外とし Aが大筋合意 EPAはFT い ま す。 こ の 12 ことができます。 38 さ れ、 7 月 に 19 国内法を整備 しないように バッティング と国内法とが と、 当 該 条 約 締結されます す。 れ一人思わなかったと記憶していま 農業大国とのFTAがまとまるとはだ リ ア と の 通 商 交 渉 が 始 ま り ま し た が、 輸出できれば、韓国車にも競り勝つこ 日豪EPAの締結について、筆者は大 アとが互いにウィン・ウィンの関係に 当 時 は 我 が 国 の 農 業 団 体 が 猛 反 発 し、 とができます。我が国とオーストラリ いに驚きました。7年前にオーストラ あったと思われます。 人︶が小さいながらも即時関税撤廃で ーストラリアの人口は約23 00 万 し た。 条 約 が は署名されま 国民の関心はTPP交渉に対するほ ています。一方、我が国としても、オ ど で は な か っ た の か も し れ ま せ ん が、 ーストラリアの自動車の市場規模︵オ 18 し ま す。 そ れ 19 の行方< 2 > TPP 11 の行方< 2 > おわりに 我が国は、日米同盟の庇護の下、経 済発展を遂げてきました。アメリカの 力が相対的に落ちてきたと言われます 会のあり方にもメスを入れようとして います。これらの方向転換はTPP締 結後の農業分野の壊滅を防ぐための布 石のように思われます。 障、国土保全等のため農業分野を保護 が、東アジア情勢を考えると、まだま たとえ、 TPPが締結されようとも、 我が国は、世界食料危機、食料安全保 だ、アメリカに助けてもらわなければ なりません。 えられるのは、政府による農家への直 ることは見込めませんから、そこで考 最終的には、我が国はアメリカに譲 しなければなりません。 歩し、TPPは妥結すると筆者は見て コメ農家は安い輸入米に押され、ま た農業所得は下がることはあれ、上が います。 争点のコメの扱いですが、現行関税 を維持して、その代わり、米国産の関 す。■ 税 ゼ ロ 輸 入 枠 を 拡 充 や 新 設 す る の か、 接所得保障が復活されるように見えま それとも、コメの関税を下げるかにな るかと思われます。他の農産品項目で は、関税の下げ幅と輸入制限措置要件 の組み合わせが焦点になりそうです。 この背景には、農業分野の衰退があ ります。 農業従事者の高齢化や離農が目立っ てきました。国政選挙でも農業関係の 集票力が低下しています。 したがって、 現政権は、今後農業を見限ることもあ り得ます。 この1年の農業分野をウォッチして いますと、減反制度の廃止や農業委員 TPP 20
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