Digest 08

08
2015
Vol.45 No.8
Digest
ダイジェスト
特集
クォークの世界
支配者グルーオンの謎……32 ページ
R. エント(米国立トーマス・ジェファーソン加速器施設)
T. ウルリッヒ/ R. ベヌゴパラン (ともに米国立ブルックヘブン研究所)
「クォークの海」を探る……42 ページ
中島林彦(編集部)/協力:柴田利明(東京工業大学) 日経サイエンス
続々発見 エキゾチックな新粒子 ……48 ページ
中島林彦(編集部)/協力:堺井義秀(高エネルギー加速器研究機構) 2
核子と総称される陽子と中性子の半径は 1000 兆分の 1 m
程度と超微小だ。ただ,核子を構成する素粒子クォークは無
限小の点と考えられるので,クォークの立場から見れば核子
内部も宇宙のような広大な世界だ。そこはクォークと,その
反粒子の反クォークに満ちあふれた「クォークの海」になっ
ていて,重力とも電磁気力とも違う強大な力,その名も「強
い力」によって支配されている。グルーオンという素粒子が
伝えるこの強い力の振る舞いは量子色力学(QCD)によっ
て記述されるが,QCD がいったいどんな物質世界を構築し
ているのか,わからないことの方が多い。日本を含む世界の
研究機関が,様々な加速器実験によって,微小だが広大で謎
に満ちた世界を探っている。
日経サイエンス 2015 年 8 月号
医学
痛み信号の経路に注目
慢性疼痛を鎮める 新アプローチ……54 ページ
S. サザーランド(サイエンスライター)
腰痛や頭痛,関節炎などの慢性的な痛みに苦しむ人は一般
の想像以上に多い。米国の場合,がんと心臓病,糖尿病の患
者の合計よりも多く,経済的な損失でも上回っている。慢性
疼痛は治療が難しく,特に神経性の痛みは一般的な抗炎症薬
がほとんど効かない。モルヒネなどのアヘン製剤は急性の激
痛には有効だが,深刻な副作用のリスクを伴う。より安全で
効果の高い薬の開発は長らく壁にぶつかっていたが,いまや
その状況は変わり始めている。ある種のイオンチャネルなど
GERALD SLOTA
疼痛だけに関与する分子経路が発見され,新薬開発の新たな
標的が明らかになった。次世代の鎮痛剤として,動物の毒液
に含まれる物質も試験されている。
海洋学
海氷融解と波の悪循環
氷を壊し気候を揺さぶる北極海の大波……62 ページ
M. ハリス(科学技術ライター)
北極の氷が地球温暖化モデルの予測よりも速いペースで融
解している。モデルが考慮に入れていない何かが起きている
ようで,以前には見られなかった巨大な波がその原因らしい。
海氷が解けると,水面が開けて波が成長する余地が生まれる。
ANDY MANN NATIONAL GEOGRAPHIC
その大波がぶつかって周囲の海氷が消え,水面が開けて,さ
らに波が立つ──という悪循環だ。こうして新たに開けた北
極海は,はるか遠くの天候パターンや沿岸を形成している永
久凍土の侵食,国防にも影響を及ぼす可能性がある。北極の
大波の実態を把握すべく,多数の自律型無人観測機を展開し
て波高や水流,温度,塩分濃度などのデータを収集する科学
的な追跡調査が始まった。
日経サイエンス 2015 年 8 月号
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Digest
ダイジェスト
特集
ナノ医薬 2015
小よく大を制す……88 ページ
J. フィッシュマン(SCIENTIFIC AMERICAN 編集部) 狙い撃ち抗がん剤……90 ページ
D. F. マロン(SCIENTIFIC AMERICAN 編集部) 賢い包帯……93 ページ
M. ペプロー(科学ジャーナリスト) ナノボットを放て!……96 ページ
L. グリーンマイアー
(SCIENTIFIC AMERICAN 編集部)
DNA 二重らせん分子の直径は 2nm ほどだ。
いまやこうした極微の分子を操作して組み立て
ることが可能になり,新たな医薬と診断法につ
ながりつつある。この特集では,ナノ医薬が現
在何をもたらしているか,近い将来に何が可能
になるか,そしてさらに先の未来はどうなるか
を考察する。
現在の主要テーマは抗がん剤で,精巧に調整
された構造によって腫瘍組織に浸透する薬が好
成績を収めつつある(「狙い撃ち抗がん剤」)。
近未来には傷の治癒を促すナノ粒子を含んだ包
帯や,治癒が進んでいない場合に医師に知らせ
てくれる包帯が登場するだろう(
「賢い包帯」)。
HARRY CAMPBELL
さらに将来,薬剤を小さな運搬車に載せ,血流
を通して目的の病巣に届けることが可能になる
と期待されている(
「ナノボットを放て!」)。
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日経サイエンス 2015 年 8 月号
生命科学
ゲノムに見えた背景
シクリッドの進化……68 ページ
A. メイヤー(独コンスタンツ大学)
ティラピアやエンゼルフィッシュを含むシクリッド科(カ
ワスズメ科)の魚は 2500 種を超える。体形や色,
行動も様々
で,脊椎動物で最も多様性の大きなグループだ。この驚くべ
き多様化をもたらしたのは何なのか。近年に数種のシクリッ
JACK UNRUH
ドのゲノムが解読され,進化を加速したとみられる特徴がい
くつか見つかった。また別の特徴からは,同じ適応がシクリ
ッドの別の系統で繰り返し進化したことに説明がつきそうだ。
心理学
生活支える「心の筋肉」
セルフコントロールの心理学……76 ページ
R. F. バウマイスター(米フロリダ州立大学)
セルフコントロールは自制心,
意志力などとも呼ばれ,
日々
の生活や仕事で他者とうまくやっていくうえで欠かせない。
いわば 心の筋肉 として働いていて,その筋肉に蓄えられ
ているエネルギーが枯渇する場合もある。甘いお菓子の誘惑
DANIEL STOLLE
に抵抗するために自制心を使った人々は,その後,難しい課
題に粘り強く取り組めなくなることが著者の研究で明らかに
なった。訓練で筋力を強化することもできる。
セキュリティー
もはや人ごとではない
サイバー戦争を生き抜く知恵……84 ページ
K. エラザリ(サイバーセキュリティー専門家)
サイバー攻撃が後を絶たない。先日も日本年金機構から約
125 万件の個人情報が流出した。今後は大企業や官公庁だけ
でなく現代の技術を利用する誰もが攻撃の標的となるだろう。
対策は? 著者は政府や企業が独力で安全を確保することは
JUSTIN RENTERIA
できず,ホワイトハッカーの力を活用するなど一種の 分散
型の免疫系 を築く必要があると説く。個人もサイバー環境
の汚染に注意し,この免疫系を支える必要がある。
日経サイエンス 2015 年 8 月号
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