平成20年度 美術科教育臨床を通 して( fulltext ) - 東京学芸大学リポジトリ

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臨床科目の実施と課題 : 平成20年度 美術科教育臨床を通
して( fulltext )
太田,朋宏; 片岡,眞幸; 大根田,友萌
東京学芸大学紀要. 芸術・スポーツ科学系, 61: 67-78
2009-10-00
http://hdl.handle.net/2309/107151
東京学芸大学学術情報委員会
東京学芸大学紀要 芸術・スポーツ科学系 61: 67 - 78,2009.
臨床科目の実施と課題
── 平成 20 年度 美術科教育臨床を通して ──
太田 朋宏 *・片岡 眞幸 *・大根田 友萌 **
美術・書道講座
(2009 年 6 月 26 日受理)
OHTA, T., KATAOKA, M. and OHNEDA, T.: Enforcement and verification of a clinical subject − Consideration of the result of having
carried out department of arts educational clinical enforcement −. Bull. Tokyo Gakugei Univ. Division of Arts and Sports Sciences., 61:
67-78. (2009)
ISSN 1880-4349
Abstract
We carried out a department of arts educational clinical one in the Heisei 20.
And we verified the progress and reports.
We checked the effect on teacher training and we also discovered some problems simultaneously.
Key words: Arts education, Clinical enforcement
Department of Arts Education, Tokyo Gakugei University, 4-1-1 Nukuikita-machi, Koganei-shi, Tokyo 184-8501, Japan
要旨 : 平成 20 年度 授業科目 美術科臨床を実施し,その経過とレポート等の提出物を検証した。その結果,教員
養成上の効果を確認したが実施にあたってのいくつかの課題も明らかになった。
はじめに
成の中心を担って来た東京学芸大学(以下本学)であ
るが,昨今の厳しい情勢にあっては重い腰を上げざる
現在東京学芸大学においては教職につく学生数が学
を得ず,一昨年学生キャリア支援センターが設立され
年の 6 割に届くべく様々な手立てを講じている。その
教職推進への組織立った対応を本格的に図り始めた。
背景には独立行政法人化いらい組織としての存在意義,
私学や予備校並の教員採用試験対策ゼミナールなども
目的を国や社会に対して明確化する必要が生じたこと。
そのひとつであるが,本務ともいえる大学のカリキュ
また激しく変化する経済状況にあって就職先としての
ラムもまた見直しがなされ,教員養成に力点をおいた
教職に私立大学も目を向けて本格的に取り組み始め,
授業科目が新たに開設されている。
厳しい競争にさらされつつあることなどが先ず挙げら
今回取り上げた教育臨床科目もその一環である。こ
れよう。
れらの授業科目は今後の教員養成系課程において重要
師範学校から始まり長らく首都圏の初等中等教員養
な位置を占めるものと推定される。美術科教育臨床と
* 東京学芸大学 芸術・スポーツ科学系 美術・書道講座(184-8501 小金井市貫井北町 4-1-1)
** 東京学芸大学附属小金井中学校
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東 京 学 芸 大 学 紀 要 芸術・スポーツ科学系 第 61 集(2009)
いう授業科目も初年度ではあるが授業を実施してみて
業参観を行なった。理由は上記の長所となる継続的な
考えさせられるところが少なからずあった。そこで授
観察を行なうことでより深い学習が期待できること。
業の経過と履修生の意見,感想を検討する事でその可
また大学と同じ敷地内に位置することで短時間で行き
能性や問題点を検証する。
来できることによる。このことは本学 2 年次生の詰まっ
た時間割の中で参観の時間を確保するための大変大き
1.美術科教育臨床の概要
な要因となった。大学の時間割における本授業は木曜
日の 2 限に置かれている。この時間帯だけで行けると
1.1 臨床科目の位置付け
ころは限られる。また大学の時間割は90 分区切りであ
美術科教育臨床は教科・教職に関する科目(SE科
り,中学校の50 分区切りとはずれがある。このずれを
目)として区分される。これまでもSE科目は存在した
調整しながら回数通えるところは附属小金井中学校し
が今回の改訂に伴って大幅に改編され,各教科と情報
かない。
処理,各教科の指導論や教材論,教科のカリキュラム
たしかに附属という場は他の公立学校に比較して特
研究,そして臨床科目がセットとして設定された。そ
殊であるという意見もあるが生徒の学習状況や教員の
れぞれが各教科における教職強化の役割を担っている。
指導方法を観察することを学ぶ,と言う観点から見れ
美術科教育臨床の対象は中等教員養成課程 美術専
ば差異は少ないと考える。授業の進行に際して細かな
攻(B類美術)の 2 年次学生で必修扱いとなっている。
連絡が取り易いのも附属の良いところであろう。
ちなみに初等教員養成課程 美術選修(A類美術)に
対しては図画工作科教育臨床等が開設され中等のそれ
1.3 担当者
とは区別がなされている。このあたりは教科によって
担当は常勤教員の太田と平成 20 年度特任教授の片岡
対応が異なり,初等中等共通の科目で対応している教
眞幸の 2 人。太田は木材工芸を専門とする美術科教室
科もある。また必修もしくは選択必修扱いが多いもの
の実技担当教員であるが,片岡は校長等を歴任し教育
の,必修選択の区別も教科間で様々である。なお美術
現場を知り尽くしたベテラン教員である。詳しくは後
科教育臨床の履修生は20 年度15 名(全員B類美術)で
述するが片岡には学校行事等のため附属中学での授業
あった。内女性は13 名,男性は 2 名。
参観ができない木曜日に授業の参観および授業に関る
基本となる諸要因についての講義をお願いした。
1.2 対象校の選定
これに参観先の附属小金井中学校の美術担当教員の
本授業は臨床の名前のとおり実際の教育現場に出向
大根田友萌が現場での指導にあたった。
いて授業参観なり授業補助なりの活動を行なうことで
教科に関する理解や知見を深めることを目的としてい
1.4 参観計画の作成
る。形式的には教育実習に近いものである。
太田が大根田から附属中学の授業計画を預かり,そ
方法として複数の学校や教育現場を見てまわるかた
れを基に 1 年から 3 年までの授業時間割表を作成する。
ちや,特定の学校なりクラスなりに対象を絞って一定
履修生はその表と自分の大学での時間割とを比較して
期間継続的に観察するかたち,あるいはそれを適度に
参観にゆける授業を選ぶ。その際,半期15コマ分の授
混ぜた中間型が考えられる。前者は幅広く様々な教育
業時間を考慮して一人当たり少なくも 6 回は参観する
現場を見ることができる反面,場所によっては移動に
こと。また一まとまりの題材をできるだけ継続的に観
時間をとられたり交通費がかかったりする。また個々
察できるように配慮することと,1 年から 3 年まで異な
の参観先の承諾も得ねばならないなど引率の手間がか
る学年の授業を 1 回は見るように要請した。
かる。加えて 1 回限りの参観ではその現場の一面しか
さらに決して広くない教室で 1 回に15 名全員が参観
知ることが出来ない可能性がある。
すると生徒にも圧迫感を与えるであろうし教員も授業
対して後者の特定の対象に限定して継続的に観察を
を進めにくいと予想されるので 1 授業につき 3 ∼ 4 名
行なう場合はその学校やクラスあるいは生徒の学習状
で分散するように指示を出した。かなりの矛盾もある
況を経時的に把握することができる。一単元の題材を
要求であるが履修生は苦心しながら参観予定を作成し
追って観察することが可能となる。反面他の現場との
てくれていた。この分散については結局最少 1 名,最
比較はできない。それぞれに長所短所があり状況に応
多 6 名のところが生じてしまったが,これは前述した
じて選択する他はない。
ように大学の時間割を縫って参観の日時を設定しなけ
今回は後者の附属小金井中学校に対象を限定して授
ればならないことから止むを得ないことと思われる。
− 68 −
太田,他 : 臨床科目の実施と課題
参観予定表ができると太田はそれを附属中の大根田
徒に交じってクロッキーや制作に参加したり,大根田
に返送して確認をしてもらい,都合が悪ければ調整を
からの依頼で参考例となる作品を制作したりしており,
行なった。今回は人数も含めて大根田がいろいろと配
そのことがまた強い印象となって残っている様子が見
慮してくれたためか変更はほとんどなかったと記憶し
てとれる。
ている。なお附属中学における授業予定は半期全てに
わたって厳密に組まれているわけではなく変更される
1.6 片岡による講義
事も多いのが実情である。そのため今回の参観予定の
附属に限らず小中学校においては行事等のため固定
作成も10・11月分,12 月分,1 月以降分と 3 回行なわ
された時間割どおりに授業が行なわれないことが少な
なければならなかった。次月の具体的な授業計画がで
くない。今回もたまたま木曜日にそのようなケースが
き次第大根田から太田に送ってもらいその都度学生に
入ったためと,半期15コマ分の授業時間数に対応させ
よる参観計画の作成と返送を繰り返した。
るため,片岡と話し合って授業参観方法を初めとして
授業を理解するための講義をその時間帯に行なうこと
1.5 授業の進行
とした。そして何より片岡の豊かな教職上の知見を学
美術科教育臨床の授業自体は10 月16日のオリエン
生に伝えてもらえる絶好の機会と考えたからである。
テーションから始まった。大根田から提供されていた
講義は大学の教室を使って,10 月23日から始まり都
附属小金井中学校における平成 20 年度の美術科年間指
合 6 回行なった。講義題目はそれぞれ「授業参観とそ
導計画(表 1 )と各学年の「教科のねらい」および評
「授業計画と教材」
「学習意欲を高め
の観点について」
価方法についての資料(表 2 )を配布し解説を行なっ
る授業」
「教育計画と教育課程」
「授業の中の生徒理解」
た。次に10 月と11月の授業予定を提示し参観計画を作
「授業の中の評価」であった。表 4 は片岡講義の出席
成させたが,その際参観計画の作成の項で述べた諸条
記録である。傍で聞く講義は必ずしも履修生にとって
件を提示し,必要であれば互いに調整し合って参観日
判りやすいものばかりではなかったが,授業を構成し
を決めるようにした。初回のこともあり確定には 1 週間
運営してゆく上での要点を的確にまとめあげたもので
を要した。
あった。全てを理解すれば他の教科・教職科目(SE
以降,間に 6 回の片岡の講義をはさみながら参観が
科目)は不必要となるほどの内容のある講義であった。
進められた。参観にあたってはオリエンテーションと
講義に使用した資料を資料 3 に示すので具体的な内容
23日の講義の際に基本的な注意や方法について説明し,
はそちらを参照されたい。
参観毎に授業観察記録の作成提出を義務づけた。資
2.授業効果の考察
料 1 ,資料 2 は履修者AとBの授業観察記録である。
ともに 6 回以上参加した熱心な履修生である。
また表 3 は参観の記録である。大学の本授業時間と
2.1 レポートの検証
重ねることができる木曜日に参観者の人数が多い。し
ここでは授業終了後に各自の参観体験を振り返って
かしこの場合対象学年は 3 年に限られる。なお参加者
書かせたレポートを通してその効果について検証する。
の氏名はアルファベットのA∼Oに置き換えてある。
履修生15 名全てのレポートをここに記載することは不
体調や都合で予定の日に参観できなかったことも数例
可能なため履修生Mのレポートを取り上げることとす
あったが大方作成した予定に従って授業参観を行なう
る。
「中等美術教育における学習指導方法とは」と題さ
ことができた。
れたこのレポートは 4700 字を超える長文で今回の授業
実のところ当初授業の計画を立てた際,単なる授業
参観の全体をよく把握したものとなっている。以下文
参観から一歩進んだ授業補助的な参加を期待していた。
面を追って見て行く。
筆者は同日 1 限に大学院の美術教育フィールド研究と
レポートは「今までは教育を受ける立場であった私
いう同様の性格の授業を担当していたため毎回参観の
たちが,今後は指導する立場となることにより,さま
状況を観察できたわけではないが,見た限りでは今一
ざまな変化があった。今回“美術科教育臨床”の講義
歩授業参加まで踏み出せず観察に終始していたように
の中で授業見学を行なうことで,今までとは違った視
思われる。これは後で話を聞くと受け入れ側の大根田
点で見ることができた。
」の書き出しで始まる。既に教
も履修生もどこまで授業に関って良いのか判断し難い
職への意識の高さがうかがえる。文は以下につづく。
ところがあったためと判った。
「私が授業見学をしたクラスは,主に 1 年生であっ
しかしながら観察記録にあるように日によっては生
た。 3 年生の授業ではほぼ卒業制作を行なっていると
− 69 −
東 京 学 芸 大 学 紀 要 芸術・スポーツ科学系 第 61 集(2009)
いうこともあり,全体を通して教師の話を静かに聞き,
点があるとすればこの導入が丁寧を超えて長すぎるの
制作に没頭しているといった印象を持った。しかし 1
ではないかと思った。 中略
年生は終始私語が止まず,教師の発言もあまり耳に入っ
生徒たちが後半は話を聞いていないという事が見られ
ていないという印象であった。全体にムラがあり,い
た。 中略
つも話を聞いている生徒は積極的に発言しているもの
が,各授業で導入の復習を行う際は簡潔に行なうこと
毎時間の導入が長すぎて
単元の初めの導入は長くてもよいとは思う
の,それ以外の私語に夢中になっている生徒は話を聞
が望ましいのではなかろうか。作業を早く進めたいと
いていないために教師の質問に答えられないといった
いう生徒たちの思いが伝わった。
」この点については本
状況であった。3 年生は受験を控えている事もあり,集
授業を参観した履修生のほとんどが指摘している。文
中力に長けていたのかもしれない。 中略
は時間という物理的な要因から,言葉で表される内容
そうした印
象の中,私は教師を目指す立場から,実際の教育現場
の問題点の指摘へと続く。
でどういった指導方法が効果的であるのか,どういっ
「またパワーポイントを利用した導入で問題だと思っ
た展開が生徒の興味を引き付けるのかに注目し見学す
たのは“具象”と“抽象”という説明の部分である。
ることにした。各授業見学の中で見学する人物を決め,
実際に生徒たちに言いたいのは,見えているそのもの
あるときは教師を,あるときは生徒に重点を置くことに
を,もっと簡単にしてみようということであったと私は
した。
」ここでは自分なりの観察方法の視点を定めて参
解釈している。しかし説明時には“具象”から“抽象”
観に臨んでいたことが判る。
にしようということであった。ただでさえ“具象”と
「まず初めに教師に重点を置いて見学することにし
“抽象”という言葉に不慣れな上,美術に興味のない生
た。大学 2 年生の私たちは実際に授業をすることはな
徒も少なからずいるなかで,こうした説明はわかりに
くとも,学習指導要領に基づいて指導案を制作するこ
くかったように思う。その後のイメージスケッチの形を
となどを学んでいたので,実際の授業においてはどう
簡単にするという説明はわかりやすかったが,生徒た
なるのかとても注目した。今回の授業見学した制作の
ち自身はなぜそうしているのかということが理解でき
内容は“造形表現”で,自然における美しい形や面白
ず,結局その前の説明が引っかかり,見よう見真似で
い形を見つけ,それに粘土を付けて立体作品を制作す
やっているだけのように思った。 中略
るということであった。 中略 この授業を見学してよ
は“具象”と“抽象”があったのに,
“具象”→“抽象”
画像の説明で
かったと思うところは,まず礼をする前にざわついて
にするという説明の画像がなかったことも分かりづら
いる時は必ず静かにならなければ始めないということ。
くなってしまった原因かもしれない。もし画像を利用し
騒いでいる生徒たちに無理に注意することなく,教師
て説明するならば,石膏像を面取りされたものと二つ
が静かに押し黙り,全体が静かになったところでやっ
並べて見せることでもう少しわかりやすくなったので
と始めるということである。そうすることによって生徒
はないかと思う。
」この点も本授業参観者の多くが指摘
自身が騒がしい状況を作っているのは自分たちである
していたことであるが,Mは題材と学習者との関り方,
ということを自覚することができ,同時に自分たちから
指導者と学習者の関り方,双方に目をむけて細やかに
静かな状況を作ろうとする。全体を見渡し,状況把握
観察し,自分なりの改善案を提示している。ここは造
をする力を養うことができる。
」ここでは授業以前の,
形と抽象概念とを結びつける中学校らしい本題材の中
しかし授業を進める上で不可欠な生徒の把握方法につ
心をなすところでもあり教員が苦労していることもう
いて押さえている。
かがえる。Mも恐らくそのことを理解した上で批判を
続いて「次に導入部分が丁寧で,生徒たちがしっか
以下のようにまとめている。
りついてくるようにということが前提に作られている
「中略 中等美術教育というのは難しい点が多々あ
ことが伝わってくる。言葉だけでは伝わりにくい部分
る。小学生のうちはまだ美術が楽しいと言われていた
も画像を使い視覚的に理解がしやすかったように思う。
ものが,なぜ中学生になると嫌いになってしまうのか。
特に芯材の説明部では,芯材のみの画像とその芯材を
それは中学生になると,自分の求めているものと実際
利用して作られた“具象”彫刻をみせることによって,
に制作したものに差がうまれることや,いきなり専門用
芯材の大切さがわかりやすかった。なぜこの芯材が必
語を使われて美術に興味がなくなってしまうのである。
要となるかということも生徒たちに質問し,説明した。
」
私は言葉はあとから付いてくるもので,まずはいろい
この文面からは教師の工夫や手立てについて,その効
ろな制作方法があるということを教えることの方が大
果や重要性についての理解がうかがえる。
切だと思う。楽しいと思えば,自ずと専門用語も利用
次に文は批判に転ずる「中略
することのほうが説明することが簡単であることを理
逆にこの授業の問題
− 70 −
太田,他 : 臨床科目の実施と課題
解するからである。
」以下,引き続き自分なりの意見が
他のものも含めてレポートから読み取れることは,
述べられる。
問題意識や分析の深さに個人差があるものの,授業参
「その他に,中学生は小学生に比べれば集中力が増す
観して良いと思ったところ,あるいは気になった点や
のかもしれないが,逆にいろいろなものに興味が増え
問題を感じたところは履修生の多くに共通していたこ
る時期で,集中力に欠けやすいとも思う。そうした中
とである。そして筆者が見た一見手持ち無沙汰な参観
での授業の展開はテンポよく行なうことが効果的だと
の様子よりはるかにしっかりと指導者や生徒について
いえる。話を聞いていないから丁寧に説明してわかり
観察していたということである。
やすくするよりも,いっそのこと早い授業展開で説明
これは授業の初めに片岡による授業観察についての
も早くこなせば,聞き逃せばわからなくなってしまうの
講義がなされていたこと,また参観ごとに観察記録を
だから自分たちから聞くようになるだろう。授業時間
作成し提出させたことの効果が大きいと考えられる。
が短いのだからなるべく制作に時間を充てられたほう
簡単なものでも観察記録を作成することは自分が何を
がよい。授業見学をして違う視点で見るようになって
見,何を感じたかを確認することであり,それによっ
から数回ほどで生徒たちの本音を耳にすることができ
て自ずと自分の視点が整理されてゆくことになる。
た。授業に対しての不満や,制作方法の疑問,実際に
は教師には聞けないので生徒同士で話し合いをしてい
2.2 臨床科目の可能性
る。教師はグループを回る時に,そのグループの制作
現在本学においてはこの臨床科目を初めとする一連
を見つつも他のグループの話に耳を傾ければそうした
のSE科目の他,学校インターンシップ( 2 年次から,
ことが聞こえてくるかもしれない。
」
単位あり)とか学校教育ボランティア(単位なし)と
「今回の授業の問題点は美しい形を探すことが目的
いった制度がスタートしている。より早い時点から教
だったのか,
“具象”彫刻を制作することが目的だった
育現場に触れる機会を作ることで教職推進を図ろうと
のか分かりづらかったことが問題点として言える。今
するものである。また 3 年次から始まる教育実習の効
後の授業を組み立ててゆく中で,生徒たちに何を求め
果を向上させるねらいもある。学生がそれぞれの立場
ているのかということをはっきりさせないといけない
から参加出来るよう,いろいろな手立てを講ずること
ということがわかった。そうすれば,評価の方法もや
は良いことであろう。
りやすくなるのではないか。美術の学習指導というの
しかし今回美術科教育臨床を実施してみてこのよう
はどこまで教えてよいのか難しいところがある。しか
な臨床科目を有効に機能させるためには単に授業参観
し私はそこで悩んでいる子どもに自発的になるように
するだけではなく,それなりの手立てを伴わなくては
と放置することはよくないと思っている。以前私はそ
ならないように感じた。具体的な目的設定と状況設定
うした学校ですごしていたため美術が大嫌いであった。
および結果をまとめる段取りを講じておかねば効果は
少なくとも何で悩んでいるのか,求めているものまで
望めない。
の道筋は教えてもよいと思うし,必要な事であると思
また本授業の場合 20 年度大学側は 2 人の教員で担当
う。
」このように自分の経験を踏まえて感想を述べてい
でき,しかも 1 人は教科教育の専門家であったため結
るレポートは他にもあったが指導を前提に明確な意見
果として有意義なものに出来たと考えるが,これを 1
として表現されたものは少なかった。レポートの最後
人で実施した場合にはかなりの負担が予想される。考
は以下の言葉で結ばれている。
えられる対策の 1 つは他の教科・教職科目との連携で
「指導方法にはいろいろなものがあるが,私が最低限
あろう。授業内容や実際の活動が重複することは教員
必要だと思うことは,広い視野を持ち続けること,生
学生双方の負担になり返って授業の効果を低下させる
徒たちにわかりやすい方法で教えること,わざわざ難
ことになる。各教科のSE科目を 1 つのプロジェクト科
しい言葉を用いないこと,授業の目的をはっきりさせ
目と捉え担当教員がチームとなって運営するような視
ておくこと,生徒を放置しておかないことである。皆
点が必要と考える。
当たり前のようで実践することは難しいことではある
と思うが,最低限忘れずに意識して行なわれなければ
いけないことであると私は思う。
」以上意見の是非は別
にしてMのレポートからは参観を通じて授業に対する
自らのスタンスを確立できる力があることが読み取れ
よう。
− 71 −
東 京 学 芸 大 学 紀 要 芸術・スポーツ科学系 第 61 集(2009)
表−1 附属小金井中学校における平成 20 年度後半の指導計画
(第一学年)
月 指導題材
学習活動
10 人物クロッキー
(通年)
メッセージカード
(領域:工芸)
学習のねらい
・動勢や量感,バランスを意識し,かたちを捉え描く
ポップアップを取り入れた ・ポップアップの基礎的技能を身につける
メッセージカードを制作する ・意図に応じた材料の生かし方など造形感覚を働かせ創意工夫する
11
自然の中の心棒彫刻 木や石を心棒にした塑像彫 ・立体としてのものの見方や形態の表し方を,意図に応じた材料の生か
刻を制作する
し方など基礎的技能を身に付ける
・心棒となる素材の質や形からイメージを膨らませ,その特徴を生かし
た造形が展開できる
12 (領域:彫刻)
1
2
名画から生まれる
物語
3 (領域:鑑賞)
絵画をもとに物語を展開させ ・想像力を働かせ,作者の心情や表現意図と表現の工夫を感じ取り鑑賞
る
に親しむ
・構図,色彩,タッチの効果について考える
・他者との鑑賞でのコミュニケーションによって感覚の違いや共通点が
存在することを実感できる
(第二学年)
月 指導題材
10 人物クロッキー
(通年)
学習活動
学習のねらい
世界観光ポスター
(
11 領域:表現,デ
ザイン)
ポスターを制作する
・ポスターの機能を理解し,形や線,色彩を使い広告内容を
意図的に伝達する
・各地における自然や世界遺産への興味関心を高め,よさや
美しさを知る
12 具象から見出す抽 固定形態をもたないものの形の変化に ・固定形態を持たないもののかたちの変化に興味をもち,か
象彫刻
(水光火風など)具体的なかたちから抽
たちの面白さに気づく
(領域:表現,彫刻) 象的美しさを見出し彫刻を制作する
・具体的な形から特徴や面白さを見つけ,抽象的なものの捉
1
え方や解釈をし,かたちの美しさを見出し表現する
2
仏像・古建築の見方 仏像と文化史から見分けまで
古建築の美意識と時代の変化
(領域:鑑賞)
・
「人と文化」の実物の文化財に触れることを見据え,それら
を味わうための仏像や古建築における基礎的知識や見分け
方歴史背景などを学び知識を備える
3
(第三学年)
月 指導題材
10 人物クロッキー(通年)
(共同制作)木彫レリーフ
11 (個人制作)
木彫レリーフ(領域:表
12 現,彫刻)
学習活動
学習のねらい
学校に飾るレリーフをクラスで ・それぞれの表現主張ができるとともに協調性をもって制作
制作する
が進められる
立体の圧縮空間での表現
・立体を捉え,圧縮空間へ置き換えた時の表現の追及を通し
て立体感覚を養う
・木彫においての技法を研究する
1
2
自分にとっての表現とは レポート
何か
・それぞれにおける「美術とは何か」という考えを確立しま
とめる
3
− 72 −
太田,他 : 臨床科目の実施と課題
表−2 附属小金井中学校における美術科のねらいと評価の仕方
教科のねらい
(第一学年)
・美術の世界に興味を持ち,意欲的に取り組んでいるか
・ものの見方や感じ方を大切にして,美しさやよさを感じる心を養っているか
・いろいろな情報を集めて,自分なりの考えを作っているか
・材料や用具を理解して生かし,技法を工夫することで自分の感じていることや思いを表現しているか
・制作過程や作品を通して自分の気持ちを表し伝える事ができているか
・自分とは違った感じ方やものの見方を,ほかの人の作品や制作過程から学んで理解したり尊重することができるか
(第二学年)
・美術の世界に興味関心を持ち,楽しく意欲的に取り組んでいるか
・ものの見方や感じ方を大切にして,豊かな感性心を養っているか
・いろいろな情報を集めて,自分独自の表現や鑑賞を楽しく追求しているか
・材料や用具を生かし,技法を工夫し自分の感じていることや思いを大切に表現しているか
・制作過程や作品を通して自分の気持ちを表し伝える事ができているか
・自分とは違った感じ方や見方を他から学び,理解し,取り入れたり,参照して自分の考えや工夫の仕方を変えたり
して発展させてゆくことができるか
(第三学年)
・美術の世界に興味関心を持ち,意欲的に取り組んでいるか
・ものの見方や感じ方を大切にして,豊かな感性心を養っているか
・いろいろな情報を集めて,自分独自の考えを確立しているか
・材料や用具を生かし,技法を工夫し自分の感じていることや思いを表現しているか
・制作過程や作品を通して自分の気持ちを表し伝える事ができているか
・自分とは違った感じ方や見方を他の人の作品や制作過程から学び,理解したり,尊重したりすることができるか
・日本および諸外国(西洋・アジア)の美術文化を鑑賞し味わい,違いや共通性,それぞれのよさなどを造形的に
理解したり尊重したりすることができるか
評価の仕方
・観点別にABCの 3 段階で評価する。Aは「充分満足」
Bは「概ね満足」
Cは「努力を要する」
・評価にはB+とB−を加えて 5 段階でつける
・題材の評価はA,B+,B,B−,Cを総合して観点別評価ABCを決める。B+,B,B−は通知表ではBとなる
・評定は観点別評価の状況を総合的に判断して決める
− 73 −
東 京 学 芸 大 学 紀 要 芸術・スポーツ科学系 第 61 集(2009)
表−3 美術科教育臨床 附属小金井中学校参観記録
教 科:教科・教職に関する科目(SE)
美術科教育臨床
対 象:中等教育教員養成課程 美術専攻(B類美術)15 名 必修
参加者:A∼Oで示す
月・日
10 / 28 火
10 / 29 水
10 / 30 木
11 / 5 水
11 / 6 木
11 / 7 金
11 / 11 火
11 / 18 火
11 / 25 火
11 / 26 水
11 / 27 木
12 / 2 火
12 / 3 水
12 / 4 木
12 / 9 火
12 / 10 水
12 / 11木
12 / 12 金
12 / 16 火
12 / 17 水
12 / 18 木
1 / 19 月
1 / 22 木
1 / 26 月
時限
3
2
3
2
3
4
5
3
3
3
2
3
4
3
2
3
4
4
2
3
5
3
3
3
2
3
4
3
クラス
1A
1D
3D
1D
3D
3B
2B
3B
1A
1A
1D
3D
3B
1A
1D
3D
3B
1B
1D
3D
2B
1A
1B
3D
2D
3D
3B
1A
参 加 者
O
A.C.F.N
D.F.G.O.N
A.C.F.N
I.J.K.L
I.J.K.L
A.B.E.N
B.E.M
B.M
B.E.O.M
A.C.D.G.H
D.H.I.J.K.L
G.H.I.J.K.L
B.E.M
A.D.F
J.K.L
J.K.L
B.E.M
A.C.N
D.G.H
C.G
B.E.M
N
D.H
O
F.I.J.K.L.O
D.F
O
人数
1
4
5
4
4
4
4
3
2
4
5
6
6
3
3
3
3
3
3
3
2
3
1
2
1
6
2
1
表−4 片岡眞幸講義出席記録
木曜 2 限 講義棟N206 教室
月・日
10 / 23 木
11 / 13 木
11 / 20 木
12 / 11木
1 / 15 木
1 / 29 木
講義題目
授業参観について
授業計画と教材
学習意欲を高める授業
教育計画と教育課程
授業の中の生徒理解
授業の中の評価
出席者
A.B.C.D.E.G.I.K.L.M.N.O
B.C.D.E.F.G.H.I.J.K.L.M.N
A.B.C.G.H.i.J.K.L.M.N 2 名介護体験
A.B.C.D.E.F.G.H.I.J.L 1 名介護体験
C.D.E.F.G.H.J.K.L.M.N
A.B.C.E.I.K.L.M.N
− 74 −
人数
12
13
11
11
11
9
太田,他 : 臨床科目の実施と課題
資料−1
− 75 −
東 京 学 芸 大 学 紀 要 芸術・スポーツ科学系 第 61 集(2009)
資料−2
− 76 −
太田,他 : 臨床科目の実施と課題
資料−3−1
− 77 −
東 京 学 芸 大 学 紀 要 芸術・スポーツ科学系 第 61 集(2009)
資料−3−2
− 78 −