CINARS, over a quarter of a century The vision and

国際交流基金 The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
Presenter Interview
May 28, 2010
プレゼンター・インタビュー
CINARS, over a quarter of a century
The vision and accomplishments of founder Alain Pare
CINARS四半世紀の歩み
創設者アラン・パレの挑戦
アラン・パレ氏(Alain Paré)
CINARS(Conference Internationale
des Arts de la Scene)
カナダ・ケベック州のモントリオールで
カナダの舞台芸術を海外に普及すること
を主な目的に隔年(11月)で開催され
ている国際舞台芸術見本市。「プラット
フォーム(Platform)」と「フォーラム
(Forum)」で構成されており、「プラット
フォーム」では、各国から参加するダンス、
演劇、音楽、マルチディシプリナリー・アー
ツなど、約30のショウケースと約150団体
CINARS(International Exchange for the Performing Arts)は、カナダ・
ケベック州のモントリオールで隔年に開催されている国際舞台芸術見本市だ。1984
年にカナダの舞台芸術を海外に普及することを主な目的にスタートしてから四半世
紀。いまでは世界約 60 カ国から 1,000 人以上のアーティストやプレゼンターら
が集う世界最大規模の見本市の一つに成長した。創設者のアラン・パレにその歩み
と CINARS が果たしてきた役割について聞いた。
(聞き手:吉田恭子[日米カルチュラル・トレード・ネットワーク・ディレクター]
)
のブース・プレゼンテーションが行われる。
■
また、「フォーラム」では、資金調達やネッ
トワーキングに関する勉強会やワークショッ
プが開催され、プロフェッショナルな交流や
情報交換が行われる。会期中には「オフ・シ
海外市場の開拓を目指したシナール
ナール(OFF CINARS)」と呼ばれる自主公
演が市内30カ所以上で行われ、カナダ国内
外から多数のアーティストたちが集う。
http://www.cinars.org/
── CINARS(シナール)は、1984 年にケベック州モントリオール市に設立され
た舞台芸術の見本市として知られています。そもそもの設立の経緯から聞かせてい
ただけますか。
シナールの創設当時は、カナダの舞台芸術のために非営利のサービス組織とイベ
ントをつくること自体が重要でした。カナダは広大な国土をもちますが、人口は僅
か 3,400 万人です。米国は、カナダより狭い国土に人口 3 億人なので国内の需要で
興行が成り立ちます。でもカナダでは、モントリオール、トロント、バンクーバー
などの大都市を除き、中小都市の場合、興行で採算はとれません。モントリオール
でさえ、例えばロベール・ルパージュの作品が上演される場合でも公演回数は 6 回
くらいが限度です。観客数つまり需要が限られているので、舞台芸術のサバイバル
のために海外市場の開拓と需要を生み出すための仕組みが不可欠だったのです。
それで、シナールを立ち上げ、海外からプレゼンターや企画担当者を呼んで、アー
ティストの作品を見せました。目論見は当たり、ラララ・ヒューマン・ステップス
やルパージュをはじめとした様々なカンパニーやアーティストの作品が注目され、
海外から招聘されるようになりました。その成果は私たちが期待した以上の驚くべ
きものでした。今では、カナダのアーティストは海外からの需要が多く、カナダ国
内をほとんどツアーしなくなりました。ルパージュも、ヒューマンステップスも、
また、例えばダンスカンパニーが新しい作品をつくる場合なども、基本的にカナダ
国内は新作のためのラボラトリー(実験室)という構図になっています。
──シナールは、ケベック州やモントリオール市がイニシアチブをとって創設した
のですか。
シナールは私が個人で始めたものです。当時、私はモントリオールのフランス協
会(French Association)のプレジデントをしていました。そのような会合で、
「プ
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ラットフォーム」
(後述)の必要性について話し合ったのがきっかけでした。幸い、
私はケベック州の文化大臣(Minister of Culture)と懇意にしていました。彼は芸
術家の支援に熱心で、シルク・ド・ソレイユに 100 万ドルの経済支援をしたことも
あります。州のサポートを得て、第 1 回目のイベント開催が実現しましたが、最初
はとても小規模で、5、6 カ国から 50 人ほどが集まっただけでした。それがどんど
ん大きくなり、忙しくなったので、私は自分の会社を売って、シナールに専念する
ことにしました。
──パレさんご自身は、シナールを始める前は何をされていたのですか。
私は、モントリオールの大学でコミュニケーションとマーケティングを勉強し
た後、プロモーターとプレゼンターの仕事を始めました。スタッフもいて、1 年に
400 公演くらいを上演し、カナダ国内だけでなく海外での公演ツアーも手がける比
較的大きな会社でした。その仕事を数年続けた後、私は、シナールのようなシステ
ムとイベントが必要なことに気がついたのです。まだ若くて、ナイーブで、何に首
を突っ込んだのかもわからないまま、奇妙なアドベンチャーを始めてしまったわけ
です(笑)
。
──ケベック州はフランス語文化圏で、フランス語とその文化を継承し、発展させ
ていく意識の高い土地柄ですが、そのこともシナールの誕生に関係していますか。
はい。シナールを始めた頃というのは、ちょうどケベック以外、つまり英語文化
圏のカナダで、米国アーティストのコピーのような作品が盛んになってきた時期で
した。ケベックのダンスの振付家や俳優、劇作家たちは、
「私たちは他の英語圏のカ
ナダとは違って、フランスを含めたヨーロッパ系文化の影響が強い」と言い、私た
ちはパワフルなアメリカ系文化と競争するには、
「違うもの、新しいもの、独自のもの」
が必要だと話し合いました。
そうしたビジョンに基づいて生まれたカンパニー、例えば、シルク・ド・ソレイユは、
動物を登場させず、洗練された振付を導入して、既存のサーカスとは全く違う新し
いサーカス芸術をつくり、人気を得ました。また、ケベックは、ラ・ラ・ラ・ヒュー
マンステップスやオー・ヴァーティゴ(O VERTIGO)
、カンパニー・マリー・シュ
ワナード(Compagnie Marie Chouinard)などを輩出し、「ダンスを変えた州」と
も言われました。私自身、最初に彼らの作品を観た時はショックを受け、このよう
な作品は誰からも受けないし、プレゼンターも上演しないのではないかと思いまし
た。しかし予想に反して、彼らの作品はこれまでにない需要を掘り起こしました。ちょ
うど若い世代が新しい芸術を求めていたのでしょう。既存の確立したクラシック芸
術ではなく(もちろんそれが悪いというのではないですが)、刺激的な新しい芸術表
現に多くの人々が惹きつけられました。そして、海外からシナールに参加したプレ
ゼンターたちがそれを見て、「これは自分の国にはない表現だ。自国の観客に見せな
ければ、フェスティバルで上演しなければ!」と、とても大きな反響を呼びました。
──それは、ケベックの芸術の新しいアイデンティティになったと言えますか。
そうです。その頃から今に至るまで、カナダの他の地域では「ケベックは特別だ
から」とか、
「ケベックと比べられては困る」と区別するようになりました。現在、
国外をツアーするアーティストの約 80 パーセントが、ケベック州のモントリオー
ルのアーティストです。ケベック州政府が、そのような新しい芸術の創造、制作に、
多大な支援をしたからこその結果でもあります。それは、オンタリオや他のカナダ
の州や欧米に比べても、ずっと大きな支援です。他の州は、長期的に芸術に投資し
てこなかった。そこが大きく違います。
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25 年間で変わったこと
── 25 年間の歴史の中で、シナールはどのように変わってきましたか。
実は、10 年ほど前のことですが、多くの参加者から厳しい指摘をされました。
「私
たちは、ケベックやカナダのアーティストを数多く招聘して公演を行っているのに、
そちらは全然私たちの国のアーティストを招聘してない」と。その通りでした。一方、
カナダのプレゼンターたちも「シナールに行く必要はない。カナダのアーティスト
のことはもうわかっているから」と公言していた。そこで、シナールで海外のアー
ティストを紹介し、それをカナダのプレゼンターが見に来るようにすることも重要
だということになり、互恵主義に基づく方針を打ち出して、内容を変えていきました。
2008 年に開催したシナールのショーケースでは、ケベック、ケベック以外のカナダ、
カナダ以外のアーティストの比率は、2 対 1 対 2 くらいですから、いまでは海外か
らのアーティストが約 4 割を占めています。
シナールは、カナディアン・プラットフォームではなく、インターナショナル・
プラットフォームと呼ばれたいし、そうありたいと思っています。各国のプレゼン
ターがモントリオールに来て、様々な国のアーティストと出会い、作品を発見する
ということでいいわけです。それでも、モントリオールで開催するのですから、我々
はネットワークの要に位置していますし、アーティスト同士が刺激しあうので、カ
ナダやケベックのアーティストのためにもなります。84 年の開始当初はケベック州
のアーティストを海外へ紹介するのがシナールの主目的でしたから、この点は大き
く発展・変化したことになります。
またカナダに限らず、全体的なトレンドとして、数年前からアーティスト、作品、
プレゼンター、観客、すべてにおいて新しい世代が出てきているように思います。
私たちの世代が新風を吹き込んだ 20 年前がそうであったように、新たな時代の胎動
を感じます。今はちょうど芸術の創り手が色々な可能性を模索していて、面白いもの、
そうでないものが混在していますが、それを受け入れ、見守り続け、サポートしな
ければなりません。もしかすると、大きなトレンドは、日本か他の国から出てくる
かもしれない。それが全体を変えるほどの影響をもつかもしれません。
──現在、シナールでは「トレーニング」の領域に力を入れているように思います。
3、4 年前にある事実に気がつきました。私の回りのアーティストのエージェント、
マネージャー、ダンスやシアターカンパニーやサーカスのディレクターなどが、皆、
50 歳か 55 歳以上で、若い人たちがいないのです。「これは大変だ。自分たちの世代
の持っている経験、専門知識や技術を若い世代に伝えなければ。海外公演のためには、
アーティストや作品をどのようにプロモートし、どのような準備が必要か、そのノ
ウハウを伝える必要がある」と思いました。
*1
シナールはアーティストのエージェントやマ
ネージャーを対象に、海外市場の開拓と、アー
ティストの海外公演に関するトレーニングセ
ミナーを、国内外で 100 回以上行ってきた。
その内容をより充実させ、2008 年 12 月に
モントリオールで “Stakes, ingredients and
strategies for international touring” と 銘
打った 5 日間集中セミナーを開催した。
それで 2009 年に 5 日間の集中セミナー(* 1)を企画しました。20 人程の小規
模のグループに対して、経験を積んだエキスパートがマーケティング、プロモーショ
ン、戦略的計画性、ディベロップメント(助成金をはじめとするファンドレイジング)
などを教えました。私たちの世代が体当たり式で自分たちで身につけてきたノウハ
ウを、若い人たちとシェアしようということになったのです。このトレーニング/
セミナーは、とてもうまくいっていて、毎年新しい人たちが参加してきます。面白
いのは、セミナーを受けて、自分は舞台芸術業界に向いていないことがはっきりと
わかり、別の道に進む人もいるということです。普通は 2、3 年経験しないとわから
ない向き、不向きがセミナーでわかるのだから、彼らの時間や労力の節約にも役立っ
ている(笑)
。海外からもこのようなセミナーに対する要望があり、最近ではフィン
ランドやノルウェーでも行いましたし、スペイン、韓国からも要望があります。日
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本でもワークショップやセミナーをする話があります。
それから私のオフィスには、1 週間に 2、3 度、カンパニーの人が相談に来て、こ
のような会話をしていきます。
A:
「イタリアにツアーに行きたいのですが、アドバイスしてください」
C:
「貴方のカンパニーはどんな作品をつくるのですか?」
A:
「青少年対象の作品です」
C:
「では、コンタクト先としては、これらのところが良いと思います(リストな
ど渡す)
。でも、まずは、イタリアに行って彼らに会うことを強く薦めます。ただ
DVD や E メイルを送るだけではなく、彼らと会って、顔を見ながら話をする。そこ
からはじめることが大事です」
そして、資金、労力、時間を無駄にしないためにも、良い計画をたてることをア
ドバイスしています。
──そのようなコンサルティングは、年間を通して無料で行っているのですか。
はい。スタッフのサラリーは公的な資金で賄っていますから、このようなサービ
スを常時、無料で提供することができるのです。シナールはカンパニーに対して、
「情
報提供、テクニカルサポート、戦略的計画など、何でも、いつでも相談に来てください」
と言っています。
──現在、スタッフは何人でバジェットはどれくらいですか。
スタッフは 5 人で、予算はプラットフォームが隔年開催なので、開催年が約 100
万カナダドル、そうでない年が大体 50 ~ 60 万カナダドルです。この種のイベント
の事業母体としては、予算は小さいほうだと思います。
人が出会い、信頼関係を築く「場」としてのプラットフォーム
──先ほどから舞台芸術の「マーケット」ではなく、「プラットフォーム」という言
葉を使われていますね。
「プラットフォーム」という言葉が実はキーワードで、よくみんなで議論をしてい
ます。今の時代、私たちがやっていることを表現するのに、
「マーケット」という言
葉は適さなくなってきていて、「ネットワーキング」または「ミーティング」という
言葉のほうがより適切だと思います。舞台芸術業界の関係者たちが、様々な国から
ジャンルを超えて集まり、互いに会って情報を交換する、これまで蓄積してきた知
識やノウハウをシェアする、互いの国の新しい芸術家とその表現を発見する、といっ
たことを目的としたイベントというか「場」なのですから。
シナールや TPAM(東京芸術見本市)といったプラットフォームの他にも、業界
* 2 IETM
ベルギーを拠点とするコンテンポラリー・パ
フォーミング・アーツの国際ネットワーク。
「Informal European Theatre Meeting」
と し て 1981 年 に 始 ま り、2005 年 に
「International Network for Contemporary
Performing Arts」に改称。
* 3 ISPA
International Society for Performing Arts
は、舞台芸術専門家たちのネットワークの構
築を目的に、1949 年に設立された会員制の
非営利国際組織。
関係者が一堂に会するコングレス(Congress)として、IETM(* 2)や ISPA(*
3)などがあり、各地でアーティストや作品、アート・フェスティバル等に関する情
報の交換などを行っています。このような集まりで私たちがやっていることは「売
り/買い」という単純なことではありません。舞台芸術をプロモートし、上演する
という私たちの仕事には、長期のプロセスが必要です。フォローアップのため、お
互いに知り合うために、何度もこのような場に行かなければなりません。信頼関係、
人間関係を築かなければなりません。そうした意味合いを込めて、特にここ 2、3 年、
シナールでは「マーケット」という言葉は使わず、「プラットフォーム」という言葉
を使うようにしていますし、してもらっています。人が出会い、知り合う「窓口」
「場」
、
という認識です。
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──実際に、上演アーティストや演目の決定、契約に関しても、そのような人と人
との繋がりや信頼関係の上に成り立っているといえますか。
はい。今はまさにそうした時代だといえます。インターネットや E メールがあっ
ても、離れていてはやはりできないことです。生身のコンタクトが重要です。ある
プレゼンターは私にこう言いました。「2 週間ほどの間に DVD やプロモーション冊
子が合計 50 枚くらい送られてくる。私にそれを全部見ている時間があるはずはない。
部屋の隅に積み上げられて、結局ゴミ箱に行ってしまう。アーティストを選ぶ時は、
まず自分と人間同士のリレーションがあるエージェントやカンパニーを考える。彼
らの作品を実際に観に行き、またリレーションを深める」。酷いといえば酷いかもし
れないけれど、理解できます。競争はとても激しいのです。
以前は、送られてきた DVD を観て、アーティストやエージェントにアプローチす
るというケースも比較的多くあったようですが、そのやり方は間違いだったと思い
ます。今では、私は DVD や CD を名刺のように考えてます。名刺の場合と同じよう
に、本当に “ わかる ” ためには、実際にその人に会って、話をしなければなりません。
人間同士が何度も顔を合わせ、より包括的な話、例えば新しいダンスのトレンドが
どうなっているとか、アーティストの直面している問題などを話し合うことが大事
です。観客や一般の人々が何を欲しているかも話します。
「これは見なければ、見せ
なければ」と実際に肌で感じることが必要です。
──パレさんも、ほとんど毎年のように TPAM にいらしてますね。
日本とのコンタクト、緊密なリレーションを持ち続けるためで、それは日本から
多くの関係者にシナールに参加してもらうことに結びつきます。そしてまた、日本
のアーティストのトレンドや成熟の過程を見ていくことも重要だと思っています。
現地で現状を見聞きし、こちらの状況を伝える。そのためには、当然 TPAM に、何
度も参加しなければなりません。その長いプロセスを経て、プラットフォーム同士
の連携、パートナーシップも育っていきます。
ですから、
「一度は TPAM に行こうと思うが」というような相談を受けると、「1
回だけ行くのなら止めたほうがいい」と言います。お金、時間、労力の無駄です。
少なくとも 3 回、4 回、5 回と行ってこそ、日本で行われている創造活動が理解で
きます。もちろん、日本以外の国についても同じです。
私は、日本に来たら日本の独自の文化が反映された作品を観たいといつも思いま
す。アメリカ文化のコピーなどには興味がありません。日本人は日本人でいてほしい。
「これは、日本以外のどこにもない」というものが欲しい。独自性があり、プロフェッ
ショナルでもあるものを期待しています。私が日本で見てきたアーティストは若手
が多いですが、10 年間見続けてきて、確かに成長し、成熟してきているのがわかり
ます。
ケベック州が支えてきたシナール
──シナールを支えてきたケベック州政府の芸術支援についてお話しいただけます
か。
ケベック州政府は、1992 年に「ケベックの文化政策、私たちの文化、私たちの将来」
という 150 ページにわたる文化政策に関する文書を発表しました。そこに書かれて
いた基本的な考え方は、今も変わりません。ケベックの芸術と文化の発展は、
国際マー
*4
「ケベック州芸術人文評議会」と訳されてい
る州立公社
ケット抜きには考えられないということです。一つの芸術作品が海外に出ることに
よって、2 年、3 年と上演される “ 生命 ” を持つことになります。
同年、
州の文化省は、CALQ(ケベック・アーツ・カウンシル)
(* 4)を設立しました。
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文化企業開発会社
海外ツアーを行う舞台芸術のアーティストもシナールも、CALQ から支援を受けて
います。また、95 年にはもう一つの州立文化公社である SODEC(* 5)が設立され、
映像、工芸、録音、出版などを支援の主たる対象としています。SODEC が商業的文
化芸術産業のサポート、CALQ が非営利の文化芸術団体の支援をしているという役
割分担です。
──カナダ連邦政府レベルでの支援はどうですか。
ケベック州に倣って連邦政府は 15 年ほど前から芸術支援を始めました。しかし、
昨年から新政府になり、芸術への予算が削減され始めました。そのため、連邦政府
の文化大臣とオタワで会見し、「芸術文化業界は、連邦政府が投資する 1 カナダドル
に対し 5.5 カナダドルをもたらしている(助成金などの政府の補助が 5.5 倍の政府
収入になる)
」という調査結果を報告しました。仕事をつくり、雇用を生んで経済効
果をもたらし、しかもカナダのイメージアップをしてカナダという国をプロモート
している。例えば、カナダのアーティストの海外公演の場合でも、航空会社はエア・
カナダで、航空券も国内で購入します。海外公演の収入もカナダ国内に戻って来る
わけなので、海外で使ってくるのは、宿泊代とレストランでの食事だけだと説明し
ました。大臣は、そのような経済効果については、算出法に関しても結果に関して
も知らなかったと、随分感心していました。芸術文化は海外を含む他の地域からの
観光客も引き寄せること、ビジネスをつくること、それを論証する必要があります。
──政府の芸術文化への支援カットなどに対処するための「アーツ・アドボカシー」
もシナールでやっているのですか。
「投資が 5.5 倍のリターンになる」というような
明確な数字を提示することは、ポリシーメーカーに対して有効だと思います。
芸術の経済効果に関するリサーチは、シナール自体が専門家の助けを借りて行い
ました。これは、カナダ全域に対して行ったもので、約 2,500 の芸術団体やマネー
ジメントを対象に調査をし、35%の回答を得ることができました。3 月末に、この
新しい調査の結果を政府に送りました。カットの影響はこのアンケート調査にも顕
著に出ていて、多くのカナダのカンパニーが海外ツアーをキャンセルし、収入を失っ
たことがわかりました。例外は、州レベルでカットがなかったケベック州のアーティ
ストだけです。
私は、文化大臣に「支援を止めるということは、せっかく築いてきたものを台無
しにします。また初めから立て直さなければならなくなります」と訴えました。例
えば、シナールが TPAM に毎年参加する理由は何かというと、日本の人たち、アー
ティストやプレゼンターと、リンク、関係を築いていくためです。何度も言うよう
に、長期的な投資、計画の一部なのです。だからもし、ある年、私たちが参加しな
いということになったら、次の年に来た時に失ったものを取り返さなければならな
い。それがとても困難だということが、新しい政権になって 2 年経つのですが、な
かなか理解してもらえません。
そして、バンクーバーでオリンピックを開催したために、多くの文化のための資
金がスポーツに移されてしまいました。前のオリンピックでカナダ勢は振るわなかっ
たため、政府は何億という資金をウィンタースポーツとアスリートに投資しました。
オリンピックが終わったので、カットした資金を文化に戻してくれるよう、期待し
ているのですが…。新聞記事によると、開催地であるブリティッシュ・コロンビア
州は巨額の負債を抱えてしまったとのことです。同州の文化予算はなんと、95%カッ
トされたのですよ。想像を絶するひどさです。そしてその負債を返済するには 5 年、
10 年とかかる。それを文化セクター、アーティストも背負わなければならないので
す。
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── NPO 芸術業界に携わる人は、自分の都市がオリンピックを招聘するという時、
諸手を挙げて賛成しないように注意しなければなりませんね。
そうですよ。モントリオールでも 76 年に夏季オリンピックを開催しましたが、負
債を返済するのに 20 年、いや 25 年もかかりましたからね。国の知名度を上げるに
は良いかもしれませんが。それでまた今回も連邦政府は文化予算をカットするので
はないかととても心配しています。でも、地元ケベック州にとっては幸いなことに、
州政府は、連邦政府からの支援がなくても、ケベック州のアーティストへの支援は
続ける、と言ってくれています。他の州の芸術文化業界は非常に苦しい状態に陥っ
ています。政府支援カットの悪影響は、新しい創造活動やツアーをはじめ、様々な
面で大きく、長く続くでしょう。シナールとしては、もちろんケベック州以外のカ
ナダのアーティストもサポートし、プロモートしたいですが、各州からの援助なし
では非常に難しくなります。
北京に生まれる新たなプラットフォーム
──ところで、今度は北京でもアーツマーケットが始まると聞きました。ペレさんは、
アドバイザーになられそうですが、上海にもアーツマーケットがありますし、そこ
との関わりも含めて、どのようなビジョンをお持ちですか。
早耳ですね(笑)。中国政府から依頼を受けて、北京の新しいアーツマーケットの
コンサルタントをします。大きな方向としては、最初から国際的なものを目指しま
す。現在、上海のパフォーミングアートフェアは、国内の舞台芸術に焦点が絞られ
すぎていると私は思います。中国政府の「中国の舞台芸術を海外にプロモートしたい」
という意向を反映しているからです。ただ問題は、日本や韓国をはじめ、同様のマー
ケットを開催している他の国にはストラクチャーがあって、劇場施設のマネージメ
ントやアーツフェスティバルのノウハウがありますが、中国は随分事情が違います。
まずは、ストラクチャーをつくること、ノウハウの伝達、トレーニングが必要では
ないかと感じています。その反面、
「私たち流」に変えることへの懸念、
「変えたく
ない」という思いもあります。
──具体的に、中国はどこが大きく違うのですか?
例えば、ケベックのアーティストを中国にツアーしようとして、アーティスト
フィーに話が及んだ時、
「なぜ、フィーを払わなければならないのですか?」と聞か
れました。中国では、バレエやオーケストラ、オペラなどの芸術家は国から給与を
もらっている国家公務員だからです。月曜から金曜まで、決まった時間にリハーサ
ルをして、年間 200 公演こなしても、10 公演しかなくても、給与は同じです。私は、
中国におけるアーティストの非常に安定した経済基盤を、変えなければならないな
どとは思いません。そこが難しいのです。
それから、中国の舞台芸術は伝統的なものがほとんどですが、多くのプレゼンター
は、コンテンポラリーな、そしてオリジナルな芸術表現を求めています。ですので、
例えば、今私が提案しうるアイデアの一つは、他の国から振付家を呼んで来て、伝
統的なトレーニングを受けたダンサーと新しいコンテンポラリーな作品を創るとい
うようなことです。それに中国の若い世代は、資金力もあり、教育も受け、海外に
も出て、もちろんインターネットで育っていますから、
「新しいものを観たい」と思っ
ています。彼らは両親たちのようにバレエやオペラに行きたいとは思っていません。
でも彼らの求めているものはまだ中国にはない。基本からつくる必要があるので、
非常に時間のかかる、長いプロセスの話になります。例えば、日本や韓国から振付
家を呼んで新しいダンスを共同制作するとか。演劇や音楽でも、同様に共同制作の
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可能性を探ることになると思います。そういうものが生まれてこそ、カナダからでも、
日本からでも、諸外国のプレゼンターが中国のアーツマーケットで、オリジナルな
他の国にはないものを見つけに行くという構図が成り立つようになると思います。
私は、
「まず、貴方たちにとってどうするのが一番良いかを話し合いましょう」と
いう姿勢でいます。そして、話し合った後、決めるのは彼らです。自分たちの結論
でないといけないと思います。2005 年には、韓国で PAMS(ソウル舞台芸術見本市)
* 6 Performing Arts Market Seoul
2005 年に始まった韓国ソウルの芸術見本
市。KAMS(Korea Arts Management
Service:芸術経営支援センター)により運
営されている。
* 7 Korea Arts Management Service
韓国政府文化体育館観光部傘下の芸術経営支
(* 6)を立ち上げましたが、その際は 2 週間ソウルに滞在し、スタッフのトレーニ
ングを行いました。その後、韓国のアーティストをプロモートする為の組織 KAMS
(芸
術経営支援センター)
(* 7)もつくりました。その際、シナールのモデルを使いま
したが、私は「自分流に、自分の国に合うようにアジャストしていくことが大切だ」
と一貫して言ってきました。アジアでは、欧米型ではなく、アジア流にアレンジす
ることが大切だと思います。
援センター。2006 年に発足。
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