[02] 俺の亭主が発情期を迎えました。。。 さなか !18禁要素を含みます。本作品は18歳未満の方が閲覧してはいけません! タテ書き小説ネット[X指定] Byヒナプロジェクト http://pdfnovels.net/ 注意事項 このPDFファイルは﹁ノクターンノベルズ﹂または﹁ムーンラ イトノベルズ﹂で掲載中の小説を﹁タテ書き小説ネット﹂のシステ ムが自動的にPDF化させたものです。 この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また はヒナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用 の範囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止 致します。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にど うぞ。 俺の亭主が発情期を迎えました。。。 ︻小説タイトル︼ [02] ︻Nコード︼ N2961BZ ︻作者名︼ さなか ︻あらすじ︼ 付き合って一ヶ月。はじめて行ったナオ君の家はたくさんの人が ︱︱ 天然ワンコ×フェロモン一途剣道少年のラブちょっと 居て⋮つうかあんたら、発情しすぎっ!!は、な、れ、ろおおお! ! だけコメディ落としの作品です。︵★はエロ描写を含みますのでご 注意下さい︶ 1 01 効かない人︵前書き︶ ﹃俺の亭主が絶倫ワンコとなりました。。。﹄の続きです。 こちらもやっぱり息抜きで書いた作品なので、支離滅裂の色々ツッ コミどころ満載かと思いますが、大目にみてやって下さい。サブタ イトルも統一感なくてごめんなさい。途中、視点が行き来します。 読みづらくてすみませんんん! 2 01 効かない人 ﹁でさあ、公式が覚えられないなら作ればいいんだよ、だって﹂ ﹁あはは。ナオらしいじゃん﹂ ﹁笑い事じゃないってばー﹂ ふじさわせん 俺、私立FAB高等学校に通う一年の藤澤煎に、学外の友達が出 来た。 ちおんいんかをる 都立C高等学校2年の智恩院薫。 ナオ君の家のお隣さんの三男坊だ。 黒髪にストレートパーマをかけてつやつやに輝かせ、アシンメト リーにカットされた髪のおかげで、右目が殆ど前髪にかかっている。 ナオ君は俺の実家のお茶屋でバイトをしていたが、実は学校の先 輩だった。 更に、全国屈指の進学校であるFBA校の特進クラスに居る。 俺はこの学校に、剣道というスポーツ推薦で入れてもらえた身。 決して勉強で入れたわけではないので、毎日の授業が難解だ。 勉強は2つ年上の先輩のナオ君に教えてもらっている日々。 ﹁俺もC校に行く予定だったのに﹂ ﹁今からでもいいから来いよ! 楽しいぞー﹂ 薫は学生生活を楽しんでいるのがありありと感じられた。 3 俺もそれを望んでいたはずなのに。 ﹁今更行けないよ⋮⋮﹂ 俺は自分の体を見た。 淡い黄色の半袖シャツの袖口や前ボタンの両サイドに濃紺のスト ライプが入っている。襟は二重で、下の襟は袖口と同じ濃紺の所謂 ドレスシャツというものだった。 その上に着るニットのベストは、紺地に薄い水色とシアンのアー ガイル柄。 おまけにパンツは青をベースに茶色のラインが入ったタータンチ ェック。 ︱︱どこにいても目立つ制服。 商店街の小さなお茶屋の俺の実家に、私立の高い制服を買っても らっている以上、俺はそこから逃げるわけにはいかない。 ﹁ちょっとあれ!﹂ ﹁うそ、FBA校の制服じゃん!?﹂ ﹁すごーい。ちょー頭良いんだ!﹂ ﹁もう一人はC校? 二人共イケメンじゃない?!﹂ ファーストフード店で薫と話をしていたため、野外の音が聞こえ てきてしまった。 それに気付いた薫がタレ目を細め、俺を見てニヤッと笑う。 ﹁もてるねー、煎は﹂ 4 ﹁違うよ。薫の事でしょ﹂ ﹁まあね﹂ 自分のルックスに自信がある薫。それを隠さない。 C校の制服は白いシャツに赤いネクタイ、グレーのギンガムチェ ックのパンツというシンプルなもの。 それなのに通りすがりの人にまで騒がれるのは薫が、彼女たちが 言うように“イケメン”だから。 俺の切れ長の目と違うタレ目は優しい印象だが、微笑むと少しエ ロティックに見える。 それが余計に女の子たちを煽っているのだと、自分で知っている。 ﹁薫はモテるね﹂ ﹁そりゃそうだろ﹂ さも当然のように言う。 俺はそれに嫉妬しているわけではないから、嫌味に聞こえない。 ﹁煎だってモテるじゃん﹂ ﹁⋮⋮それ、あっちの意味で?﹂ ﹁そう。そっちの意味﹂ 再びニヤッと笑う。 今度は本当にエロい視線を俺に送ってきた。 ︱︱わかりもしないくせに。 俺たちが具体的な名称を出さなかった正体は、俺の体臭と言う名 5 のフェロモンだ。 ナオ君に言われるまで気付かなかったが、俺の体臭は芳醇なお茶 の香りがするそうだ。 お茶屋の息子だから当然だろうと言ったがそれとは違うらしい。 ︱︱官能的な香り。 ︱︱誘うフェロモン。 ﹁薫には効かないじゃん﹂ ﹁だって俺は俺が好きだもん﹂ ﹁そうだね⋮⋮﹂ ナルシスト。堂々と言うところが素晴らしい。 この薫にただけは俺の匂いがわからないようで、皆がこぞって俺 の匂いを嗅ぎたがる中、﹁汗クセエ﹂とばっさり切ってくれた。 ︱︱だから一緒に居る。 体臭がフェロモンだと気付いた時から、誰と居ても距離間がいつ もより近い気がしていた。 特に部活の後が酷い。 わざとらしく体を触ってくる輩が増えてきたのだ。 ﹁あ、でも女の子たちも好きだよ。自分の次に、だけど﹂ ﹁はいはい﹂ そのナルシストとイケメンを利用して、薫は女の子たちを食い物 にしていた。 6 ︱︱智恩院の男はみんな、そうなのか? ︱︱血筋か? 俺は薫の兄達を思い出す。 7 02 敵 ナオ君はバイトを辞めた。 本格的に家業である茶道を再開させるために。 そのきっかけを与えたのが俺らしい。 ほうしょうなおのしん ナオ君こと宝祥尚之進は正式に、雪尚斎流の25代目当主“候補 ”となった。 せっしょうさいりゅう 雪尚斎流はナオ君の産まれた宝祥家と、薫の産まれた智恩院家の 2つの血筋で守られてきた流派だ。 当主にはどちらかの家の者が継ぐことになる。 だからナオ君は“候補”。 当主候補は智恩院にも居る。 ちおんいんゆきむら 智恩院の長兄、智恩院雪村。 既に25歳で師範代となり、雪尚斎流の茶道を教えている。 190センチ近い長身は俺にとって威圧でしかたない。 くろと ︱︱あいつも! ︱︱玄都!! 目下、俺のライバルとなった玄都は雪村の弟、薫の兄、つまり智 恩院の次男坊だ。 8 ヤツは大学を卒業して、家督を継げる立場でもないのに雪尚斎流 に弟子入りした。 今は当主であるナオ君の父、24代目雪尚斎流当主の小間使いを している。 俺が玄都を敵視する事になったのは、初めてナオ君の実家に行っ た時だった。 ﹁ここが実家の玄関ね﹂ 優しい笑顔で言ってくれるナオ君。 それは以前、俺がナオ君の家の入口を、茶道の教室用の入口と勘 違いしていた事に由来する。 ﹁⋮⋮わかったよ﹂ 過去の失敗をわざわざ暴いてくるナオ君。 でもわざとじゃない。ナオ君は天然なのだから仕方ない。 俺はその巨大な門を見上げた。 数寄屋門。 格子の向こうには飛び石が広がり、立派な松が生えている。 ナオ君は躊躇することなく、格子の横にあるインターホンを押し た。 ﹁ナオです。帰りました﹂ 9 ﹃はい。お帰りなさいませ﹄ 丁寧な口調の男性の声がした。 ﹁お父さん?﹂ ﹁お弟子さん﹂ ナオ君が苦笑いをして答えた。 ︱︱そりゃそうだ。 俺の父親とは違う。 茶道の当主がインターホンを取るわけがない。 しかもここはその茶道の実家だ。弟子が居てもおかしくない。 ﹁住み込みなんだ﹂ ﹁うーうん。玄都さんはお隣さんだよ﹂ ﹁くろと?お隣さん?﹂ 俺は一歩下がってナオ君が指差す方を見る。 一般的な家が3軒は建ちそうな広さの外壁が続いている。しかも ここは高級住宅街。 ︱︱金持ちが弟子入りかよ。 そのお弟子さんである玄都が格子の向こうに現れた。 ﹁お帰りなさいませ。学校のお友達⋮⋮ですか?﹂ 10 玄都は俺をじっと見ていた。 ﹁ただいま帰りました。バイト先でお世話になっているところの息 子さんです﹂ ︱︱同じ制服を着てるんだから、後輩でいいのに。 ナオ君は玄都に更なる俺の説明を与えたとは気付いてないらしい。 ﹁藤澤煎です﹂ ﹁智恩院玄都です。でも覚えてくださらなくて結構です﹂ 着流しにメガネの男が見下すように俺に言った。 ﹁⋮⋮﹂ ︱︱どういう意味だ。 玄都は眼鏡で隠しているタレ目を細め、少しだけ口角を上げて言 った。 ﹁茶名を頂きますから、そちらで覚えてください﹂ ﹁そろそろお免状もらえそう?﹂ 茶名とは皆伝された人が名乗ることが出来る名前のことだ。 それは、玄都が一人前であるという証拠。 ﹁はい﹂ 玄都は俺とは違う口調でナオ君に返事をした。 11 ︱︱こいつは敵だ。 俺は本能的に察知した。 それを相手も感じたらしい。 少しだけこちらを見て笑っているように思えた。 168センチと小柄なため、人から見下されることはしょっちゅ う。 ナオ君は俺よりも10センチも高いので、いつも見下されている。 玄都はナオ君よりも更に背が高く180センチ近くありそうなの みくだ で、俺を見下ろすのは当然だろう。 ︱︱でも、違う。 みお “見下ろす”のと“見下す”のは意味が違う。 俺は敵意を剥き出しにしたまま、歩き始めた二人の後を追った。 しかし、ナオ君が直ぐに歩みを止めて俺を振り返る。 ﹁ちょっと、煎!? 発熱してるから!!﹂ 突然、俺の頭のてっぺんに手のひらを押し付けた。 ナオ君がよく俺の匂いを嗅いでいるところ。 どうやらここからもフェロモンを感じるらしい。 ナオ君の顔は少し赤くなっていた。 12 俺は玄都を敵とすることで闘志が燃え、体が発熱していたらしい。 その結果、フェロモンという体臭が漂ってしまった事になる。 ﹁でも﹂ 敵が目の前に居て警戒しないわけにはいかない。 俺が言葉を選んでいると、玄都が匂いに気付いてしまった。 ﹁ん? ⋮⋮お茶の香り?﹂ そう言って遠くを見つめた。 そちらには茶道教室がある場所だ。 ﹁ほら!﹂ ナオ君が俺に小声で言って、急かされるようにナオ君の部屋に通 された。 13 03 戻って来い ﹁煎は直ぐに発汗するんだから、気をつけてよ﹂ これは恋人としての警告。 フェロモンの分泌を抑えろと言っているのだ。 俺とナオ君はバイト先の子とバイトに来る人の関係。 学校の先輩と後輩の関係。 それ以外に先月から付き合ったばかりの恋人関係が追加された。 ﹁もう7月だから、暑いのはわかるけど﹂ 俺たちは既に衣替えを迎え、互いに半袖シャツに変わっている。 ナオ君が竹で作られた昔ながらのうちわを渡してくれた。 ︱︱そっちの暑いじゃないんだけど⋮⋮ 天然だ。 俺が玄都を敵視したのは気付いてないらしい。 ︱︱ナオ君らしい。 俺はそれを受け取り仰ぐ。 俺の実家で使っているプラスチック製のものとは違う。 微かに白檀の匂いがしている。 14 ﹁やっぱりナオ君って匂いフェチじゃん⋮⋮﹂ 思わずぼやいてしまう。 ﹁そうかも﹂ いつもは﹃違う!﹄と否定するナオ君が今日は素直に認めた。 そしてぎゅっと抱きしめられ、思い切り息を吸われたのがわかっ た。 二人きりの部屋に入ったということはこういうことだ。 ナオ君に体を許してから、物理的が距離が一気に近づいた。 俺に触れているのが好きらしい。 ひと目をはばからなくていい時は、とにかく俺の体のどこかを触 っている。 ﹃常に煎を感じたいから﹄と言っていたが、 ︱︱近くで匂いを嗅ぎたいだけじゃないの? と、くんくんと鼻を鳴らしているナオ君を見て思う。 俺は匂いフェチではないので、その気持ちがわからない。 ﹁半袖ってズルいよね﹂ そう言って、ナオ君は俺の脇に鼻を突っ込んだ。 ﹁ちょっとナオ君、やめて。汗かいてるから! くすぐったい!!﹂ 15 ﹁ふふ⋮⋮﹂ 全然聞いていない。 ナオ君は俺の体臭が人を酔わせるフェロモンだと言った。 この状況がまさに匂いに酔っているという事なのだろう。 俺の気持ちを置き去りにして、ナオ君は勝手に一人でどこかへ行 ってしまう。 ﹁はあ⋮⋮﹂ ︱︱いつもそうだ。 自分の体に鼻をつけるナオ君の頭を撫でた。 ナオ君が嬉しそうに大きな瞳を細めた。 ︱︱やっぱり犬じゃん。 大きな体でエヘッと笑う姿はゴールデンレトリバーだ。 茶の道に戻ったのに髪を黒に戻さない、茶色の髪に指を絡ませる。 古いしきたりを断ち切りたいナオ君のポリシーらしい。 指先をナオ君の頭皮に触れさせると、ビクッと体が反応した。 ﹁ナオ君って本当、感じやすいよね﹂ ﹁煎に、触られてるからっ、だよ﹂ ︱︱嘘つけ 学校でたまたま見かけたナオ君。 16 俺が声をかける前に同級生に、挨拶代わりに肩を叩かれているだ けでビクッと体を震わせていた。 ︱︱それとは違うのはわかるけど。 頬を少し染めて、大きな瞳がうっとりと輝いている。 既に俺の匂いに酔いしれてしまっている上に、俺が触っているの だから、体が反応してしまうのだ。 ﹁本当に俺だけ?﹂ 一人で酔いしれているナオ君に、わざと意地悪に聞いてみる。 ナオ君がそれにようやく気付いて少し上目遣いで見つめてきた。 ﹁煎だけだよ。証明してあげる﹂ ナオ君が犬から人に変わり、優しいキスをしてくれた。 17 04 五感︵★︶ 頭を埋めた腕の隙間からちらっと、煎の切れ長の目が僕を射抜く。 その目で見つめられているだけでもゾクゾクする。 ︱︱艶っぽい 最近益々、色気が増してしまった気がする。 反り返る背中からくびれた細い腰、腰高に持ち上げられている真 っ白な尻と、順に指を滑らせる。 指からなめらかな感触が伝わってくる。 その指を脚へと移動させる。 細く引き締まって筋張った太もも。 がっちりしたふくらはぎなのに片手に収まるくらい細い足首。 かかとは驚くほど固く、豆の潰れた手のひらと同じよう。 白く細く美しいのに剣道で鍛えられた体が芸術品だと言っている。 その体に僕という異物が入る。 ︱︱背徳感 それをも甘んじで受け入れたくなる程、煎の香りが部屋を満たし ている。 煎が僕の手に手を重ねてきた。 18 ﹁煎?﹂ その手は導かれるように煎のペニスを握らせる。 ︱︱﹁して欲しい﹂って言えないんだ。 僕とのセックスはまだ恥ずかしいらしい。 煎はあまりして欲しい事もしたい事も言わない。 言わないけれど、態度で主張する。 ︱︱武士みたい 僕が導かれた大きくなっているペニスを握ると中がギュっと締ま った。 そして艶やかな瞳が憂いで僕を見つめる。 ︱︱いや、花魁かな 僕は一度腰を引き、煎を布団に仰向けにさせた。 恥ずかしくて視線を逸らした煎が、部屋の置行灯を見ている。 綺麗な顔が照らされ、目元がうっすらと赤みを増している。 ︱︱凄い色気 僕は煎の脚の間に屈みこむ。 ︱︱色香も⋮⋮ 19 より濃厚な煎のフェロモンは大事な部分からも出ているのだと、 最近気付いた。 匂いの根源を探り当ているように顔を煎のペニスに近づける。 ﹁ナオ君⋮⋮﹂ 切なそうな声が聞こえる。 ﹁わかってるよ﹂ ︱︱匂いを嗅いでないで、舐めろってことくらい。 もう先端から汁が溢れそうだった。 舌先でそれをすくって味わう。 ︱︱まだだな。 単なる先走り汁。 煎の甘い精子の味はしてこない。 ﹁煎、出して⋮⋮僕にちょうだい﹂ 僕は甘い蜜を求めるように煎のペニスを口に含み、蜜の詰まる袋 を優しく揉みしだく。 ﹁ん⋮⋮ナオ君、そうじゃ⋮⋮なくて﹂ ﹁え?﹂ 言われて顔をあげると、煎が僕の頬に手を添えた。 20 ﹁手でいいから⋮⋮﹂ ﹁手? ⋮⋮でも、それじゃあ飲めない﹂ ﹁もう、飲まなくていいから!﹂ ︱︱飲みたいのに。 最初に1回、煎の甘い精子を飲ませてもらった。 それが誘引の原因となり、もっともっと僕を甘い味で満たして欲 しくなる。 しかし、煎はあまりそれを望まない。 僕は煎に顔を引かれて前のめりになる。 目の前に綺麗な真っ白い肌の煎が居る。 その煎は恥ずかしそうに目を逸らして、僕のペニスを自分の中に 埋めていった。 ﹁煎⋮⋮抜かれたの、嫌だった?﹂ 照れている煎は答えてくれない。 だから答えは肯定。 ︱︱僕とのエッチがもっとしたいってことだよね? ︱︱キュンとしちゃうじゃない! 僕は気持ちを伝えるように煎を抱きしめる。 そして自ら腰を押し進めた。 ﹁んん! ⋮⋮んっ﹂ ﹁煎、好きだよ。大好き!﹂ 21 ぶつかり合う体の間からぬちゃぬちゃとエッチな音が響き始める。 視覚、聴覚、触覚、嗅覚を満たしてくれる煎。 ﹁気持ちいい? 煎、前よりよくなってる?﹂ ﹁ん⋮⋮なって、る⋮⋮から﹂ ﹁あ、こっちね﹂ 煎のペニスを握り、腰の動きに合わせて上下に動かす。 ﹁んんっ⋮⋮ん⋮⋮﹂ 煎がたまらず手の甲を自分の口元へ運び、そのまま小指と手のひ らを噛んでいる。 僕との間に手が差し込まれてしまった。 僕は煎の親指を口に含む。 ﹁ん! ⋮⋮あんっ⋮⋮んん﹂ たまらず、噛んた口の隙間から煎の甘い声が出る。 ︱︱そこも甘いって知ってる? 僕は煎の手を退けるように、煎の唇に舌を這わせる。 受け入れてくれる煎の口がうっすらと開く。 僕の舌にゆっくりと舌を絡ませてくれる。 22 味覚をも満たそうとする煎。 ︱︱五感全部を刺激して、 ﹁ふあっ⋮⋮ん⋮⋮あ⋮⋮﹂ ︱︱僕を全て満たして、 ﹁あんっ⋮⋮あ⋮⋮んん﹂ ︱︱煎無しなんて考えられない! 煎の細い脚が僕の腰に絡みつく。 ﹁イキ⋮⋮そうっ﹂ ﹁いいよ、出して﹂ ﹁ナオ君、ナオ君!﹂ 煎が僕の首に腕を絡ませて、より深いキスをせがむ。 全身を縮こまらせるように煎が力を入れた。 ︱︱イキそうなのはわかるけど、 ︱︱僕の方が逝きそうだよ!! 煎の全身は筋肉で出来ているのではないかと思うくらい、小さく て細い体から恐ろしいパワーが出る。 首と腰を締められて落されそうになるのを堪えて煎に快楽を与え る事に専念する。 ﹁イク!⋮⋮んんっ!!﹂ 23 仰け反らせた白い首からフェロモンが一気に放たれる。 ︱︱ああ、濃厚⋮⋮ 煎の香りには段階があることに気付いた。 普段の運動で流される汗とは異なり、射精した後に出る汗の方が よりエッチな気分になるフェロモンが出されることがわかってきた。 はあはあと息をする煎の首に噛み付く。 ︱︱たまらない! 僕は煎とすればする程、性欲を抑えることができなくなる。 ︱︱匂いに酔っちゃってる⋮⋮ ︱︱だけじゃない 煎が五感を刺激するようなエッチをするから、もっと欲しくて止 められなくなる。 ﹁待って⋮⋮ナオ君、ちょっと待っ⋮⋮んっ﹂ ﹁待てないよ﹂ 付き合えってまだ1ヶ月でこんなに煎に溺れてる。 ︱︱僕、どうなっちゃうんだろう。 自分の進む道は自分で決められる。 24 でも煎とは二人で歩んでいく道。 一人ではどうなるかわからない。 ︱︱煎はどうしたいの? もっと僕に教えて欲しい。 25 05 最悪の目覚め ﹃証明する﹄と言ったナオ君は俺に欲情をぶつけてきた。 ︱︱足腰立たなくなるまで⋮⋮ まさかナオ君が、自分の実家でそこまでするとは思わなかった。 結局俺は動くことが出来ず、ナオ君の実家に泊まることになり、 次期当主候補様に上げ膳据え膳をしてもらう事態に陥っていた。 そのナオ君は現在、お稽古に行ってしまっているため、俺はナオ 君の部屋で一人、布団の上でゴロゴロしている。 純和風の部屋。 床の間には掛け軸が飾られ、花が生けてある。 床脇の棚には扇が飾られていて、あまり物がは置いていない。 付書院は細工が美しく、室内の暗さから、築年数がかなり経って いるのだとわかる。 それでも付書院の横にある障子からは光が降り注いでいるので、 この部屋は日当たりが良いのだろう。 ﹁金持ちのぼんぼん⋮⋮﹂ お隣さんの家の大きさに驚いたが、ナオ君の家だってかなりのも のだ。 26 畳の数をかぞえる。 ﹁12畳か﹂ ︱︱広っ⋮⋮ 同じ和室でも俺の部屋とは違いすぎる。 ︱︱それだけじゃない。 俺はお茶の香りを感じる。 実家とも自分の体臭とも違うもの。 ︱︱これが茶道のお茶の香りか⋮⋮ 俺は外の空気が吸いたくなって、立ち上がり障子に手をかける。 ﹁んっ⋮⋮﹂ まだ少しだけ腰に痛みが残っていた。 ︱︱泊まるんじゃなかった。 昨日の夜なら何とか帰れたかもしれない。 初めての訪問で初めてのお泊りをして、ナオ君の性欲が歯止めが 効かなくなってしまった。 ︱︱何回ヤッたんだろう。 俺は途中、何度か意識が飛んでいたので数なんて覚えていない。 27 障子を開けた先は板の間の縁側が有り、ガラスの向こうに立派な 日本庭園が広がっていた。 ﹁はあ⋮⋮﹂ ある程度、想定していたけど、これまで手入れの行き届いた庭と は思わなかった。 ︱︱絶対、鯉とか居るはず。 俺は庭の真ん中に広がる池を見て思った。 ﹁少し歩いても怒られないかな?﹂ 俺はそこで自分がまだ寝間着のままだと気付いた。 ナオ君が用意してくれた寝間着は旅館で着るような浴衣だった。 ︱︱これだってさっき着たばかりだけど。 一晩中犯されたおかげで服など着ている時間はなかった。 朝方、ナオ君が稽古に行く前にようやく着せてくれた。 そこでやっと俺は少しだけ眠ることが出来た。 ﹁あ、起きられましたか?﹂ ﹁え? あ、はい﹂ 突然声を掛けられて驚いた。 28 離れた縁側に膝をついて言ったのは玄都だった。 縁側のガラスを磨いているらしい。 ︱︱目覚めが悪い。 敵視した昨日を思い出して少し嫌な気分がした。 ﹁そんなあからさまに敵意をむき出しにしないでください﹂ 玄都はクスクスと笑いながらこちらに近づいてくる。 ﹁⋮⋮﹂ そして俺を見る目つきが真剣になった。 ﹁お茶屋の息子さん、でしたっけ﹂ ﹁はい﹂ ︱︱それがどうした! 突然、上方にあった玄都の顔が近付いてきた。 条件反射で逃げると、手を掴まれていた。 ﹁な、何だよ! 離せっ!!﹂ ﹁⋮⋮これは失礼しました﹂ 俺の言葉にあっさり玄都は手を離してくれた。 握られた所が少し痛い。 29 ﹁ナオさんはまだお稽古中ですから戻りませんよ。お庭、ご覧にな りますか?﹂ 先ほどの真剣な表情から、普通の顔に戻って淡々と説明をされる。 ﹁はい⋮⋮﹂ ﹁では今、お召し物を﹂ 玄都は﹁失礼します﹂と俺に三つ指をついて礼をして、縁側を歩 いて行ってしまった。 ︱︱あんたは何なんだ⋮⋮ 俺には到底理解なんてできない、大人の行動だった。 一人で着れると言っても、玄都は﹃客人をもてなすことも努めで す﹄と言って俺に絽の長着と襦袢を着せた。 終始無言なのが逆に怖く感じる。 着付けが終わり、玄都が部屋の隅に置いてある俺の荷物を見てい た。 ﹁剣道をされてるんですね﹂ 昨日は土曜日。 午後の練習を終えてからそのままナオ君の家にやってきたので、 道具を持っていた。 30 ﹁あ、はい﹂ ﹁お庭ではよく、綾姫さんも素振りをされてますよ﹂ ﹁あやめ?﹂ 初めて聞く言葉だった。 玄都は驚いたような顔を作って﹁おや、聞いてませんでしたか﹂ と言って教えてくれた。 ナオ君には6歳年下の妹がいた。 現在小学6年生の綾姫はお茶の稽古もそこそこに、剣道に夢中に なっているとのこと。 ﹁素振りしてもいいんですか?﹂ 正直、体がおかしい。 普段しないような体勢を何度もしていたため、体に妙な筋肉疲労 のだるさが残っている。 それを払拭したかった。 ﹁ええ、構いませんよ﹂ 玄都は眼鏡の奥で目を細め、俺に場所を提供した。 31 06 揺れる炎 ナオ君と付き合って1ヶ月。 互いに稽古や部活で会える時間はあまりなく、その代わり会えた 時の反動が如実に現れ、ナオ君の愛情表現が無限に繰り出される。 最近は腰に響く痛みがたまに、全身に響いて酷く甘い感覚になる ことがある。 俺はそれをかき消すように竹刀を振るった。 ﹁煎さんは素振りの回数を数えないんですか?﹂ 玄都が聞いてくる。 ﹁数に意味はありません。己がどれだけ必要なのかは、自分でわか ります﹂ ﹁武士、ですね﹂ ︱︱ちょっと嬉しい。 時代劇の立ち回りに憧れて竹刀を握ることを決めた俺としては、 それにどんな意味が込められているかはともかく、武士と評価され るのは嬉しかった。 そんな俺をただ、玄都は眺めていた。 ﹁ちょっと煎、何やってるの!?﹂ 32 お稽古から戻ってきたのだろう。 ナオ君が自分の部屋の障子を開け放って叫んでいた。 ﹁何って、素振り﹂ ﹁こんな炎天下で! 玄都さんも何で止めてくれなかったんですか !﹂ ナオ君は着物姿なのに小走りに俺の元まで近付いてきた。 ︱︱見事なすり足。 ナオ君を最初、忍者だと思ったのはこのせいだ。 お茶をやるうえですり足は大事で、畳の上では条件反射だった。 今は着物を着ているから自然とすり足のような歩き方になる。 ﹁しかも半裸で﹂ 近づいたナオ君は少し涙目で、俺の上半身を脱ぎ捨てて腰にぶら 下がる着物を持ち上げた。 そしてさっと目を逸らす。 ﹁あ⋮⋮﹂ ナオ君の頬が少し赤いので理由がわかった。 ﹁汗臭い?﹂ ﹁くらくらする﹂ 33 炎天下で素振りをして大汗をかいている俺は、ナオ君にとって性 的対象でしかなくなってしまった。 恥ずかしそうにナオ君が俺に着物をかけた。 ﹁風呂貸して。流すから﹂ ﹁うーん⋮⋮﹂ 渋っている。 ちょっと嫌な予感がしたのは腰が少し痛んだからだ。 ︱︱発情しちゃったか⋮⋮ こうなることは考えていなかった。 ただ、自分の体を元に戻したかっただけなのに、これではもっと ヤラれると腹をくくったところで、玄都に声をかけられた。 ﹁せっかくですから、手合わせしてはどうですか?﹂ 眼鏡の奥の目が細められ、笑っている。 ﹁手合わせ? 誰と?﹂ ﹁ナオさんと﹂ ﹁え?﹂ 目を逸らしているナオ君を見つめた。 ﹁ナオ君、剣道やってたの?﹂ ﹁宝祥家の人間が剣道くらいできないでどうします﹂ 34 ﹁⋮⋮﹃くらい﹄?﹂ 嫌味な言い方だった。 ﹁ちょっと、玄都さん!﹂ ナオ君が否定するように玄都に言葉を返した。 ﹁煎は剣道で引き抜きされた子なんだよ! 勝てるわけないじゃん﹂ ﹁⋮⋮﹃勝てるわけない﹄?﹂ 俺の中にある炎がゆれた。 ﹁それ、勝つつもりでいるって事だよね?﹂ ﹁そりゃ勝負だし、でも煎には叶わないって⋮⋮﹂ ナオ君が口ごもりながら答えた。 ︱︱へえ、これはいいや。 ﹁勝負はやってみないとわからないじゃん。玄都さん、ナオ君の準 備って出来るんですか? 俺、剣道着持ってるんで﹂ ﹁はい﹂ 玄都は目を細めて返事をした。 ﹁煎⋮⋮﹂ ナオ君から、先ほど酔っていたフェロモンの顔の赤さは消えてい た。 35 36 07 本当の闘志 煎は僕の部屋で着替えている。 僕は客間で剣道着に着替えていた。 ﹁なんでこんなことに⋮⋮﹂ とても同じ部屋には入れない。 ︱︱初めて見た煎の闘志 体そのものが炎のようにゆらめき、威圧感がすごかった。 声をかけてくれるなという空気を放ち、敵意をむき出しにする。 ﹁僕に敵意なんて⋮⋮﹂ 落ち込んでいる僕をよそに声を掛けられる。 ﹁ナオさん、準備は出来ましたか?﹂ ﹁はい⋮⋮﹂ 玄都に呼ばれて襖を開けると、竹刀を渡された。 ﹁あ⋮⋮﹂ 昔は嫌で重くて泣いていたこの竹刀が今は軽く感じられる。 ︱︱そうか! 37 ︱︱だから、僕は剣道をやらされてたんだ! 日々の茶道の稽古での鍛錬が、剣道につながっていることをやっ と知れた。 真っ直ぐ立ち上がる事やブレない手先への気配りは全身の筋肉を 使う。 ︱︱茶道だって体力使うんだからね! 竹刀を握って、煎の居る庭に出る。 いつの間にかギャラリーが増えていた。 稽古が終わった生徒たちが低い生垣の外から見ているのだ。 ﹁煎⋮⋮﹂ 人の歩みを止める程のフェロモンが出ているのはもちろんだが、 これから何かが行われるのだという興味が人を留まらせる。 ﹁やるなら真剣勝負だ﹂ 僕は少し離れたところで軽く素振りをする。 ﹁あ⋮⋮﹂ 前よりもずっと竹刀は軽く振れる。 ︱︱こんなに軽かったっけ? 38 思うように動く竹刀。 止めたい所でピタッと止まってくれる。 ︱︱ああ、凄い。 僕の中で何かがじわりと広がる。 小学生の時に勝負の前に感じたこの感覚。 酷く高揚する。 ︱︱煎と戦える。 ︱︱戦いたい! 僕は煎の前まで歩み寄る。 ﹁僕の実家で当主候補が負けることなんて許されないから、本気で 行くよ!﹂ ﹁当然。真剣勝負だ﹂ 防具が無いので寸止め1本勝負というルールになった。 審判は言い出した玄都がかってでてくれた。 互いに一礼をして前に進み蹲踞をし、竹刀を正眼に構え目を合わ せる。 ︱︱え? さっきの立ち昇る炎のような威圧が闘志ではないことがわかった。 妖艶とも言える切れ長の目が僕を射抜く。 39 ただ、いつものものとは全然違う。 背筋が凍るほどの寒気。 ︱︱こっちが本当の闘志!? ︱︱こ、怖い! 多分、これは本能なんだと思う。 手が勝手に震えて剣先が震えている。 その先に真っ直ぐこちらを狙う煎の剣先がまるで刃物のように見 えていた。 ︱︱違う、違う! 僕は一度目を閉じて自分に言い聞かせる。 ︱︱勝負は勝つ! 再び目を開いた先にいる煎が少し笑ったように見えた。 ﹁始め!﹂ その瞬間に試合が終わっていた。 ﹁うそっ⋮⋮﹂ ﹁一本⋮⋮いや、二本か、これ﹂ 玄都もあまりのことで状況が掴めていない。 40 でも僕の喉元に、煎の竹刀の剣先が突き刺さろうとしている。 ﹁勝者!!﹂ 玄都が煎の方の腕を上げた。 当然だ。 その瞬間に一気に歓声がわいた。 そして煎がゆっくりと竹刀を下ろすが、その瞬間ですらもこちら を噛み殺してきそう程の闘志は消えていない。 お互い元の位置に戻って蹲踞をし、竹刀を納めて下がり、再度一 礼をして煎を見ると、いつもの煎に戻っていた。 ﹁ふわああああ⋮⋮﹂ 僕はその場にへたり込んでしまった。 ﹁ナオさん!?﹂ ﹁尚之進さん!?﹂ 突然座ってしまったので、驚いた皆が声をかけてくれる。 ﹁死ぬかと思ったあ⋮⋮﹂ 本当の感想だった。 そして脇腹に手を当てる。 寸止めされているのは確かなのに何故かアザのような痛みを感じ 41 る。 審判である玄都に声をかけられて、僕が上段に構えながら立ち上 がろうとした時に胴、それに気付く瞬間に腕は完全に上段の構えに なっていて、後ろに下がった煎が、空いている僕の喉に突きを食ら わせたことになる。 ︱︱スタートダッシュが早すぎる。 へたり込んだ僕の元に煎がやってきた。 ﹁ナオ君、遅っ﹂ 差し伸べられた手を取ろうとするが、先ほどの恐怖を体感してし まったので、指先が勝手に震えていた。 それを打ち消すように大きな声を出す。 ﹁煎が早すぎなの!﹂ 手を握ると、その手の平は固く力強い。 ︱︱この手に敵うわけないのに。 ﹁負けちゃった﹂ ﹁悔しかったら何度でも受けて立つよ?﹂ ﹁もう結構です﹂ 僕は先程の恐怖を思い出して身震いをした。 42 43 08 有効 ﹁その勝負、私が挑みます!!﹂ そう叫んでその場に立ち入ったのは少女だった。 真っ白な丸襟にふんわりとした袖のシャツを着て、赤い大柄のチ ェックプリーツスカートを履き、真っ白い靴下とベレー帽が眩しく、 背中には黒いランドセルが見えた。 ︱︱ランドセルに制服? ︱︱この娘も私立に通ってるってオチか。 誰もが彼女の名前を叫んだ。 あやめ ﹁綾姫さん!﹂ ︱︱この子がナオ君の妹か。 ナオ君と同じ大きな瞳を持ち、前髪と頬にかかる髪がまっすぐに 切りそろえられている。 そのほほはまだぷっくりと赤く、いかにも小学生らしかった。 走りこんできた勢いで背中に伸びているポニーテールの毛先が揺 れていた。 ﹁綾姫!!﹂ ナオ君が驚いて妹の名前を呼んだ。 44 ﹁気持ちはわかるけど、お兄ちゃまも負けちゃった人だから、ね?﹂ ︱︱⋮⋮あ、ナオ君が優しい。 今まで見せていた優しさとは違う、妹をいたわる口調が新鮮だっ た。 ﹁それはナオ兄ちゃまが弱いからでしょ! 私なら勝つ!﹂ ︱︱確か剣道にハマってるんだってけ。 ナオ君がゴールデンレトリバーなら、綾姫はチワワだろうか。 ナオ君の胸元くらいまでしか身長がない。 そのチワワは吠えている姿が微笑ましたかった。 ︱︱小さい子って可愛いな。 それに気付いたナオ君が苦笑いを浮かべる。 ﹁ごめんね、煎。綾姫、まずはご挨拶なさい。お兄ちゃまの⋮⋮﹂ そこでふとナオ君は顔を染めた。 ︱︱おいおい、このタイミングで? 笑ってしまった。 ﹁あはは。お兄さんの後輩の藤澤煎です。初めまして﹂ ﹁はじめまして⋮⋮宝祥綾姫です﹂ 45 さっきの威勢はどこへやら。 ナオ君の後ろに隠れるように、綾姫ちゃんが身を潜めた。 ﹁え?﹂ ﹁あ!﹂ そう言ってナオ君が鼻を鳴らした。 そして綾姫ちゃんを見ている。 ﹁お兄ちゃま、あの人いい匂いがするの⋮⋮﹂ 綾姫ちゃんは俺を見て少し頬が染められている。 なぜかという理由は小学生にはわからないようだが、感想は素直 だった。 ︱︱この娘にも有効なの!? 俺がナオ君を見ると、ナオ君は泣きそうな顔をしていた。 ﹁煎、シャワー浴びておいで﹂ ﹁うん⋮⋮そうする﹂ 全身汗だくになった剣道着を脱いでシャワーを浴び、制服に着替 えた。 今日こそは帰らないと明日の学校の準備が間に合わない。 その意志の表れを示したつもりなのに、なかなか帰らせてはもら えなかった。 46 俺の膝の上には綾姫ちゃんが乗っている。 ﹁そこをどきなさい、綾姫﹂ それを満面の笑みでこめかみに血管を浮き立たせながら言うナオ 君。 ︱︱妹に対してあからさまな嫉妬をしている。 ︱︱面白い。 俺が思わず笑うと膝に収まる綾姫が大きな目で俺を見上げた。 ﹁面白い?﹂ ﹁面白いよ﹂ ﹁煎、面白がってないで、ね? 綾姫、お兄ちゃまは煎と大事なお 話があるの。だから綾姫は自分の部屋に戻りなさい﹂ ﹁いーやー。煎と一緒に居る﹂ そう言って抱きつかれる。 ナオ君の嫉妬の視線が痛いほど突き刺さった。 ﹁あはは⋮⋮﹂ 俺も正直どうしていいかわからない。俺には姉しか居ないし、近 所の子供達からこんなにも慕われたことはない。 ︱︱いや、これもフェロモンのせいか。 ﹁ほら綾姫、煎が困ってるでしょ?﹂ 47 ﹁困ってるの?﹂ 大きな瞳が少し潤んで見上げてくる。 ︱︱ナオ君とは違う意味で可愛い。 ナオ君にするのと同じように頭を撫でてやると嬉しそうな顔をし た。 ﹁綾姫ちゃんは可愛いね﹂ 素直な反応に素直に言葉に出してしまうと、益々ナオ君が嫉妬を した。 ﹁煎も! そんなに綾姫にかまってないで!!﹂ ︱︱“構わないで”の間違いでしょ。 ナオ君を見つめると言葉に気付いたのか、少しはにかんで視線を 逸らした。 ︱︱ナオ君の方が可愛いよ。 クスっと笑うと綾姫ちゃんの手が俺の頬に触れてきた。 ﹁ん?﹂ ﹁今の、もう一回やって﹂ ﹁今のって?﹂ ﹁わかんない、今の。すごい綺麗だった⋮⋮﹂ 48 その言葉にナオ君がハッとして強引に綾姫を俺の膝から持ち上げ た。 ﹁ダメ。あれは兄ちゃまへの特別だから!﹂ 本心なのだろう。 妹にそんなことを言っても通じる年齢じゃないのに、ナオ君は必 死だった。 その時、突然襖の向こうから声が掛けられた。 ﹁おーい、尚之進ー。入るぞー﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ 一瞬にして綾姫ちゃんが凍りつく。 ナオ君は綾姫ちゃんを自分の背後に隠すように、姿勢を正した。 49 09 許嫁 襖が開かれ、欄間に手をかけながらくぐるようにして室内にあご ひげを生やした大男が現れた。 着流し姿はだらしなく、黒髪は少し伸びていて、何よりも⋮⋮。 ﹁臭っ!!﹂ 俺とその人は同時に声を発した。 綾姫ちゃんは相手から隠れるようにその場に座り込み、ナオ君の 背中に擦り寄っている。 ﹁雪村さん、お教室がないからって昼間から! お酒臭いです﹂ ナオ君が気付いて自分の鼻を抑えた。 そして手で目の前を仰いでいる。 ︱︱﹁香水臭い!﹂も、付け加えとけ! 昼間っから酒と女遊びに興じていた事が、聞かなくてもわかって しまった。 ﹁何の御用ですか?﹂ ﹁用ってわけじゃねえんだけど、玄都から、尚之進を負かせた奴が 居るって聞いたから、見に来た﹂ そして俺をジロッと見られる。 50 少しタレ目で細められる目は見覚えがあった。 俺がそれに気付いて目つきを変えると﹁おおっ﹂と声をあげる。 ﹁いい目をするじゃねえか。俺は智恩院雪村だ﹂ ﹁藤澤煎です﹂ 俺は差し出された手を断るように、畳に手をついて頭を下げた。 雪村は﹁へえ﹂と感心したような声を出す。 その俺の頭の直ぐ上に、雪村の顔があるのは気配でわかった。 このまま顔を上げては雪村の顎にダイレクトに頭がぶつかる。 初対面でいきなり喧嘩をふっかけるわけにはいかない。 俺は耐えるしかなかった。 ﹁原因はお前か⋮⋮﹂ そう言って鼻を鳴らす。 ︱︱俺、そんなに臭うの!? 少し悲しくなってきた。 さっきシャワーを借りたばかりで体臭は抑えられていると思った のに、雪村にもわかるくらい香りが出ているらしい。 ︱︱あ、でもさっき﹁臭い﹂って!? 最初に言われた言葉を思い出して、もしかしたら俺の香りを単な 51 る体臭と思ってくれる人が現れたのかと思い、少しだけ気持ちが和 らいだが、直ぐに自分の身を案じた。 ﹁お前の匂い、すっげえな⋮⋮股間直撃。完勃ちしてる﹂ 小声だったのだろうが、静かな室内には卑猥な言葉が響きわたっ ていた。 ﹁雪村さん!!﹂ ナオ君が俺から雪村を引き剥がすと同時に、俺の前に綾姫が現れ て両手を広げる。 ︱︱え? 何で俺が守られてんの⋮⋮? 小学生に守られる程弱くはない。 俺は状況が理解出来なかった。 ﹁何やってんの、綾姫﹂ 雪村の低い声が綾姫ちゃんの体を震えさせる。 ︱︱何で? 怯えてる!? ﹁煎はダメ!﹂ ﹁は?﹂ それは俺も同じ意見だった。 なぜ俺はダメなのか? 何がダメなのかさっぱりわからない。 しかしそれは、綾姫ちゃんもわかっていなかった。 52 ﹁何が?﹂ ﹁わからないけど、ダメ!!﹂ ﹁⋮⋮﹂ さすがに誰もが絶句した。 ︱︱何この、本能行動の塊なチワワは。 ︱︱でも⋮⋮ ﹁男は女の子を威嚇するためにいるんじゃねえんだよ!﹂ 俺は立ち上がって綾姫と雪村の間に立つ。 ﹁煎⋮⋮﹂ 試合に見せた時にの真剣な眼差しを雪村に送ると、ナオ君が怯え たような声を出した。 大体の人間は試合中に俺に睨まれると戦意を喪失するらしい。 目つきが悪いからだろう。 ナオ君は一度目を閉じて再度精神統一をしたからまだ強い方だ。 しかし雪村は違っていた。 笑っている。 ﹁綺麗な顔していっちょまえに吠えるじゃねえか﹂ 53 小馬鹿にされているのがわかった。 ︱︱あったまきた!! 俺は素早く荷物から竹刀を持って雪村に突きつける。 ﹁そういう態度が一番、ムカツクんだよ!﹂ ﹁煎! 何やってるの!!﹂ ナオ君が驚いて声を出すが、雪村は動じない。 ﹁武器に頼らないと勝てない、か﹂ 吐き捨てるように言われ、更に俺の怒りが増した。 しかしもう、雪村は俺を相手にしていなかった。 ﹁綾姫、よく見ておけ﹂ 俺の剣先をすっと柳のように交わした雪村は、簡単に俺の手首を 持って翻した。 俺は一瞬にして畳にねじ伏せられる。 ︱︱何、今の⋮⋮ ﹁お前は武器に頼らず、自分の力だけで身を守らないとダメなんだ。 剣道はそのへんにしといて、合気道に専念しろ。あとお茶のお稽古 も、だ! 今日さぼっただろ! おじいちゃまが待ってて⋮⋮って、 綾姫!!﹂ 54 頭と手首を押さえつけられ、俺はかろうじて視線だけで綾姫ちゃ んを見た。 綾姫は少し涙目になりながら、部屋から立ち去った。 襖がぴしゃっと閉められる。 ﹁こら、綾姫!!﹂ ナオ君が腰を浮かせて怒るものの、綾姫ちゃんには届いていない ようだった。 ﹁⋮⋮悪かったな﹂ そう言って雪村が俺を開放した。 ︱︱屈辱的。 ボサボサで無精な男の合気道に、ナオ君にも勝った俺の剣道が負 けた。 俺が起き上がると、ナオ君が雪村に声をかける。 ﹁雪村さん。もう少し綾姫に優しく接してください。あれじゃあ怯 える一方だ﹂ 確かにその通りだった。雪村を見て綾姫は常に怯えていた。 ﹁わかってるよ!﹂ 少し言い方がやさぐれている。 55 ︱︱あれ?少し印象が違うかも⋮⋮ 先ほどの小馬鹿にした態度は玄都にそっくりだと思ったが、今は 普通になっている。 ﹁だけど⋮⋮﹂ 雪村が俺をちらっと見た。ナオ君も俺を見ている。 ︱︱俺? ﹁子供とは言え、あいつは本能で行動するから、時々お灸を据えて やらねえと﹂ ﹁それなら僕がやりますから﹂ ﹁出来てなかったじゃねえか﹂ ふと雪村が入ってくる前の事を思い出した。 ナオ君が何を言っても俺の上から退かなかった綾姫ちゃん。 それを、力というものを魅せつけて自ら退かせた。 ︱︱この人は一体⋮⋮? 俺は雪村を見つめた。それにナオ君が答えてくれる。 ﹁僕と同じく、雪尚斎流の25代目の智恩院家の当主候補の雪村さ んは﹂ 俺は次の言葉で理解した。 56 ﹁綾姫の許嫁なんだ﹂ 57 gat 10 悪臭 “I it !” 英会話の授業で先生が言っていた言葉は、たぶん、こういう時に 使う単語なんだろうと、やっと理解することができた。 雪尚斎流を守る宝祥家と智恩院家は代々男子の出生率が異様に高 く、女の子が産まれることは稀なのだという。 その中で歳の離れた綾姫が生まれたことは両家にとって祝いごと で、蝶よ花よとして甲斐甲斐しく育てられている真っ最中とのこと。 そして宝祥家に産まれた瞬間から、智恩院家に嫁ぐ事が決まって いる身の上。 もちろんそれは、次期当主の妻となるため。 ︱︱まだ小学生だぞ!! ナオ君が古いしきたりを変えたいと思っている理由は自分のため だけじゃないことがわかった。 ︱︱産まれた時から結婚相手が決まっているなんて!! ︱︱妹のためにも、変えたいんだ。 しかし雪村は違っていた。 ﹃ルールには従うべき﹄という考えを持っているらしい。 58 いくら一回りも歳が離れていると言っても、家が綾姫を娶れとい うのであるのだから、娶るのが当然だと思い、妻になるなら芯の強 い女になってもらわないと困るから、他の人のように綾姫をちやほ やせず、育てているのだという。 ︱︱あれは威圧だよ、完全に。 ナオ君はそれをわかっているから、複雑なのだろう。 ︱︱ナオ君の抱えてるものって、大き過ぎる。 いくら考えるのが好きだというナオ君でも、普通の男子高校生が 考える内容ではない。 伝統がある家柄だからこそ問題となる御家騒動。 ︱︱俺には無縁だ。 そう思っていたのは俺だけはなかった。 ﹁ナオー、いるー?﹂ 明るく通る声がナオ君の部屋にこだました。 ﹁あ、はい。どうぞ﹂ さっさと退室してしまった雪村。 その場に残された御家騒動をひと通り説明してくれたナオ君の部 屋に、新たに声をかける人が現れたのだ。 59 ﹁この前のさー⋮⋮って、何ここ!? 汗臭っ!!﹂ その人は襖を開けた瞬間に鼻と口を手で覆った。 タレ目の目元が雪村にそっくりだった。 ﹁え? 汗?﹂ ナオ君がきょとんとしていると、その人は勝手知ったる我が家の 如く、ナオ君の部屋を横断し、障子を乱暴に開け放つと、縁側の窓 をあけて室内の空気を循環させた。 ﹁ただでさえ陰気臭い部屋なのに汗くさくて、まさにカオス﹂ 両手を上げて首をかしげる姿が日本人離れしている。 和室のナオ君の部屋に、この上なく似合わない。 それは洋服を着ているせいもある。 今まで合った人すべてが着物を着ていたので、むしろ洋服でいる 人の方が違和感だった。 ﹁⋮⋮悪臭の原因はあれか﹂ その人が俺の防具袋を見つめていた。 その中には汗まみれになっている剣道着が入っている。 ﹁そうかな?﹂ ナオ君が確認するように近づき鼻を鳴らず。 60 そしてうっとりとした顔をした。 それを知らずにその人はナオ君に命令する。 ﹁そうだよ! ちょっとそれ、外に出して﹂ ﹁嫌!!﹂ ナオ君が即答で返事をした。 頬がちょっと赤い。 ︱︱発情してんなよ、馬鹿犬⋮⋮ 俺は情けなくなった。 ﹁それはすみませんでした﹂ 俺はナオ君を押しのけて、防具袋を持ち上げようとするが、ナオ 君は全身を使ってそれを阻止してくる。 ﹁ダメ! 薫、話しなら縁側でしよう。ね!﹂ ︱︱ナオ君が必死過ぎる。 俺が防具袋を持つ手を緩めると、ナオ君も力を抜き、ささっと立 ち上がって俺の手を引きながら縁側で仁王立ちしている薫と呼ばれ た人の元までやってきた。 ﹁まあ、道具を大事にするのは当然だあね﹂ そう言って、改めて俺を凝視した。 61 ﹁ナオの学校の人?﹂ 俺がナオ君と同じ制服を着ているからの質問なのだろう。 ﹁後輩の藤澤煎です﹂ 俺は昨日から何回自己紹介をしているのだろうか。 ナオ君の家には人がいっぱい居て、その度に自分の名を明らかに してきている。 ﹁俺、薫。カオルじゃなくて、カ・ヲ・ル、ね。ヨロー﹂ ノリが軽い。 ニコっと笑ってくれる顔はどこかアイドルのようだった。 ﹁薫は雪村さんと玄都さんの弟で、僕の1歳年下だから今、高2な んだ﹂ ナオ君が説明をつけたしてくれた。 ︱︱通りで目元が似てると思った。 ﹁え、何? アニキ達、知ってんの?﹂ ﹁うん。この狭い家じゃあ、さすがに会うからね﹂ ︱︱どこが狭いんだ。 俺は大豪邸を見て思った。 62 ﹁ユキ兄も?﹂ ﹁さっきまで居たよ﹂ ﹁へー﹂ ユキ兄とは雪村のことを言ってるようで、薫にとってその人がこ こに居たことは、感心することらしい。 ﹁んで、ナオの後輩ってことは俺とタメ? ⋮⋮の割りには小さい なあ﹂ 智恩院家は長身の家系なのだろう。 雪村も玄都も背が高かった。 そして三男坊のこの薫も長身だった。 ︱︱俺とは10センチ近く違う。 横に立ち並ぶナオ君とほぼ身長が同じくらいだった。 ﹁高1です。これから成長する予定なんです﹂ ﹁なんだ、年下じゃん。あ、敬語止めて。俺そういう堅っ苦しいの 嫌いだから﹂ はっきりと自分の意見を主張する。 そしてポンポンと俺は何故か肩を叩かれる。 ︱︱初対面で、何? ︱︱堅苦しいのが嫌とは言え⋮⋮ 何故か笑顔だった。 63 薫の言動がよくわからない。 ﹁ちょっと薫。その誰彼かまわず触る癖、止めて。特に煎には﹂ あからさまな嫉妬は綾姫だけじゃなく、薫にも向けられている。 ︱︱いくらお隣さんでも⋮⋮ ︱︱その言い方はちょっと、誤解されるから。 自分たちの交際は認められるものではないことは十分にわかって いる。 だからこそ公にしていないのに、ナオ君はそれをわかっていない のだろうか。 ︱︱これだから天然は。 ﹁ナオ君、変な言い方しない。別に部活でもそんなんよくあるし﹂ ﹁え!? あるの!?﹂ ナオ君は泣きそうな顔をして俺を見た。 ︱︱そんなに驚くことかよ。 それより聞きたい事があった。 ﹁俺、変なお茶の匂いとかしませんか!?﹂ 部屋を開け放つほどの悪臭と感じた薫なら、俺の香りに酔わない 人だと思いたかった。 64 ﹁敬語無しね。⋮⋮クンっ﹂ そう言って薫は俺の匂いを嗅いだ。 ﹁いや? 普通。つうか防具入れ? あれ危険だね﹂ ﹁うん、危険。危険﹂ 薫が言う危険とナオ君の中の危険の意味が違っていることがよく わかった。 ︱︱でも、これで! 俺の香りをフェロモンと感じない人間が現れたことで、俺は少し 安堵できた。 ﹁よかった⋮⋮﹂ 思わず声に出すと薫はきょとんとしていた。 ﹁え、何? どうしたの?﹂ ナオ君が事情を薫に説明してくれた。 65 11 ナルシスト 俺の香りをフェロモンと捉えない薫。 それは薫自身がナルシストで自分に酔いしれているから、他に関 心がいかないのだろと思う。 その証拠に、ちょいちょいと髪の毛先を整える癖がある。 そしてよくガラスを見ている。 そこに投影されている自分を見るためだ。 その他への関心のなさは当然、御家騒動にも当てはまる。 我関せず。 ナオ君の悩みを知っているけれど特に感想を持たない薫。 私見がないからこそ、ナオ君は年の近い薫に話を聞いてもらって いるようだった。 俺はガラスとそれを見ている薫の間にあるものを見つめた。 ﹁これから練習?﹂ ﹁そう﹂ 嬉しそうに笑う薫は歳相応の顔をしていた。 やんちゃ盛りの高校2年生。 ギターを手に、青春を謳歌しているのが目に見えてわかる。 66 ﹁煎は?﹂ ﹁俺は⋮⋮﹂ ガラスとは反対側を見る。 ファーストフード店には似合わない和服の男二人と白いベレー帽 の少女が一人。 ﹁はあ﹂ 思わずため息をついてしまうと、薫がそれに気付いて横目でその 団体を見つめる。 ﹁あの人達、自分らがどれほど目立ってるかなんてわからないんだ ろうね﹂ ﹁うん﹂ そこには薫の兄である雪村に玄都、そしてナオ君の妹の綾姫ちゃ んが居た。 興味津々でハンバーガーを食べている綾姫ちゃんを、二人の男が 面白そうに見ている。 ﹁雪尚斎流の人って、こういう店、出入り禁止されてるの?﹂ ﹁知らん﹂ ﹁⋮⋮ですよね﹂ 薫が家業の事情を知っている方がおかしい。 小学生で高級茶碗を壁にたたきつけて割ったところから、薫の実 家への反抗期は未だ続いている。 67 それを象徴するような誰でも入れる都立C高等学校の制服とバン ド活動。 ピアスも開けてアクセサリーをつけて。 ︱︱これでモテないはずがない。 ﹁何? 惚れた?﹂ 薫が笑って聞いてくる。 ﹁はいはい。惚れました。惚れました﹂ 適当に言っても薫は満足する。 でも誰に褒められても本当の満足は自分の言葉でしか得られない。 ﹁当然でしょ。俺は最高だから﹂ ︱︱うざいくらいのナルシスト。 ﹁じゃ、そろそろ行くわ。またなー﹂ ﹁おう、練習がんばれよー﹂ ﹁当然っ!﹂ 立ち去り際に俺に送ってくれるタレ目の笑顔は周りに居た客にも ばらまかれ、わあっと声が上がるほどだった。 ︱︱どんだけモテる気なんだ、あいつは。 俺は薫を見送ってから再度ため息をつき、食べ残ったポテトが乗 るトレーを持って、異様な軍団の中に入っていった。 68 69 12 亭主を支える ﹁で、今日は何? 何でこんな店にいるの﹂ 最近はやたらと付け回される事が多くなった。 しかも薫と居ると必ずと言っていいほど、この人達に会う。 ︱︱薫が情報を横流しにしているからだ。 ただ、二人の話し合いに割り込んでくるような無粋なことはしな いので、放っておいている。 ︱︱だってこの人達だって。 ﹁綾姫が食べたいって言ったから﹂ さも当然に答える雪村。 甘やかさない方向のはずが、俺からすればかなり綾姫ちゃんを甘 やかしている内の一人に見える。 俺は空いている玄都の席の横に座った。 さりげに少し尻の辺りに手を添えられる。 ︱︱セクハラめ! 玄都はわざとこういうことをしてくる。 睨みつけてもクスっと笑うだけなので、はたいてその手を落とす。 毎度のことなので、玄都も気にしていないところが更に腹立たし い。 70 綾姫ちゃんが俺の持ってきたトレーに乗っているポテトを見てい た。 ﹁食べる?﹂ ﹁うん!﹂ 目を輝かせて頷く綾姫ちゃん。こういうところはナオ君にそっく りだ。 一口食べて嬉しそうにする綾姫に玄都が忠告する。 ﹁あまり食べると太りますよ﹂ ﹁綾姫は少し太った方がいいんだよ。出る所は出てもらわねえと困 る﹂ それは雪村の理想の嫁像があるからだろう。 ﹁太らないもん!﹂ そう言う綾姫の頬は幼さが残るぷっくりとしたものだった。 ﹁可愛いっ⋮⋮﹂ 笑いながら言ってしまうと、綾姫が頬を染めて雪村の袖に隠れた。 ﹁煎、俺の嫁を誘惑すんな﹂ ﹁全くです﹂ 二人はそう言いながらも俺の顔を食い入るように見ている。 71 ﹁どうせ誘惑すんなら﹂ 綾姫が隠れてるのを良い事に、雪村が俺に手を伸ばしてくる。 その目つきはいやらしくて何を考えているのか直ぐにわかるほど だった。 その手を制してくれたのは玄都だった。 ﹁兄さん、止めてください。ナオさんに叱られますよ﹂ ﹁叱られるって⋮⋮あ﹂ 息を切らして、三人目の和服の男が現れた。 金色に近い茶髪の着流し姿。 ﹁ナオ君⋮⋮﹂ ﹁遅いから心配してたら、みんなでここに居るって、お弟子さんが 教えてくれて﹂ ゼイゼイと息をしながら言葉を紡いでいる。 ﹁これから行くのに、そこまでして来なくても﹂ 俺はこれからナオ君の家に行く予定だった。 それを迎えに来てもらった形となる。 ﹁迎えに来ないと、あなたが誘拐されてしまうかもしれませんから ね﹂ 72 玄都がそう言って俺を見ている。 ︱︱おまえが一番誘拐犯っぽいよ! 何を考えているのかさっぱりわからない玄都の言動は、俺の理解 を超えている。 ﹁誘拐なんてされるかよっ﹂ されるとしたら間違いなくこの4人だろう。 豪邸に住む雪尚斎流のお家元の人たち。 ︱︱俺なんて誘拐しても身代金すら払えないくらい貧乏だ! 俺を私立の高校へ行かせるので四苦八苦している親を見ていると、 お家柄の違いとはこうも顕著かと思わされる。 ﹁煎は私が守る!﹂ ﹁綾姫、そのためにはまず稽古だ﹂ ﹁ううー⋮⋮﹂ 諭す雪村にナオ君が言葉を続ける。 ﹁雪村さんもです! 今日はお教室でしょ! 早く帰って準備をし てください﹂ 雪村が慣れた手つきで着物のたもとから携帯電話を取り出して時 間を確認する。 ﹁やばい、そろそろ時間か﹂ 73 ボサボサ頭で無精髭の雪村だが、雪尚斎流の師範代なので自分の 担当する教室というコマを持っている。 ﹁帰るぞ、綾姫﹂ ﹁はーい﹂ 素直に従う綾姫ちゃん。 雪村のお茶の教室の生徒の一人でもある。 ﹁玄都、あれの手配って出来てるか? えっとー﹂ ﹁はい。水屋に確認しておきました﹂ あれという単語だけで通じる兄弟。 雪尚斎流の門下生として弟子入りしているが、現在は当主の付き 人。 内部事情に一番詳しい人物だった。 仕事に気持ちを切り替えた二人が席を立つと、綾姫ちゃんも立ち 上がる。 ﹁僕たちも帰ろう﹂ ナオ君に微笑まれ、俺も席を立つ。 長身和服の男三人に、私立の小学生と進学校の制服を着た俺。 薫の時以上のざわめきが周りで起きているが、この人達はそれに 気付いていないのか気にならないのか、完全に無視している。 74 誰もが憧れる視線を送る先の人たちは、歳にそぐわないそれぞれ の悩みを抱えているなど、思いもしないだろう。 ︱︱でも俺が ナオ君を見つめる。 ︱︱亭主を支える。 俺の視線に気付いたナオ君が少し頬を染めた。 そして声に出さずに口だけで俺にメッセージを送る。 “あ・と・で” ﹁⋮⋮﹂ ︱︱伝わっていない。 当然だ。これが天然のナオ君らしさなのだから。 75 12 亭主を支える︵後書き︶ 駄文にお付き合いいただき誠にありがとうございました。 ナオ君を取り巻く人物説明のようなお話になってましたね︵;´∀ `︶ エロ要素が1回とか無いわあー。 シリーズ化したので、次回作にてR18フル活用して参りたいと思 います。 評価並びに閲覧、お気に入り登録等、感謝感激、雨あられです! ありがとうございます!! 76 PDF小説ネット発足にあたって http://novel18.syosetu.com/n2961bz/ [02] 俺の亭主が発情期を迎えました。。。 2014年2月23日15時18分発行 ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。 たんのう 公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、 など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ 行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版 小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流 ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、 PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。 77
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