2012年 - 早稲田大学理工学術院総合研究所

ASTE Vol.A20 (2012) : Annual Report of RISE, Waseda Univ.
L-アミノ酸リガーゼ
RizA および RizB の X 線結晶構造解析
研究代表者 新井 利信
(理工学研究所 次席研究員)
1. 研究課題
近年、ペプチドの持つ有用な物性や機能性に着目した開発研究が医薬品・食品・化粧品などの様々
な分野で展開されている。我々はこれまで、微生物由来酵素である L-アミノ酸リガーゼ(Lal)を
利用したペプチド合成研究を展開してきた。Lal は保護基を持たない遊離のアミノ酸を基質として
ATP の加水分解反応と共役してペプチドを生成するため、発酵法などの環境負荷低減型合成プロセ
スへの応用展開が可能であり、物質生産において非常に優位性の高い酵素であると言える。他の研
究グループの成果も含めると、様々な微生物から約 20 種類の Lal が取得されているが、結晶構造
を解くことに成功している Lal は、現在までに 2 例のみである。そのため各酵素に特有な基質特異
性や合成されるペプチド鎖長を制御する機構を解明するためには、さらなる立体構造情報の取得が
不可欠である。本研究では、複数種類の Lal 立体構造を明らかとし、これらの情報から Lal の構造
と機能との相関を考察することで上記課題を解決することを目的とした。
2. 主な研究成果
Bacillus subtilis NBRC3134 由来 RizA の結晶構造解析
構造解析の研究対象として、Bacillus subtilis 由来の RizA および RizB と命名した 2 種類の Lal
を選択した。両酵素とも B. subtilis において Rhizocticin と呼ばれるペプチド性抗生物質の合成に
2.1.
関わる酵素であり、RizA はアルギニン(Arg)を N 末端に配したジペプチドを特異的に合成し、
一方で RizB はバリン(Val)やロイシン(Leu)などの分岐鎖アミノ酸を中心としてオリゴペプチ
ドを合成する Lal である。RizA に関しては、昨年度までにネイティブ酵素の単結晶から 2.0Åの良
好な X 線回折像を得ることに成功しており、さらには多波長異常分散法による位相決定を目的とし
て Se-Met 置換型 RizA の精製工程の確立ならびに単結晶の取得にも成功している。本年度では取
得した Se-Met 置換型 RizA の単結晶を大型放射光施設 Photon factory(つくば)にて X 線解析試
験を行った。その結果、最大解像度 2.8Åの反射を得ることに成功し、先のネイティブ酵素のデー
タと併せて解析することで位相の決定ならびに構造計算から RizA 立体構造を解くことに成功した
(Fig. 1)。
Fig. 1. Ribbon diagram of the
overall RizA structure.
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ASTE Vol.A20 (2012) : Annual Report of RISE, Waseda Univ.
RizA の全体的な構造は既に取得されている 2 種類の Lal 構造と類似しており、構造を重ね合わ
せた結果では、特に活性中心付近での重なりが良好であった。また、活性中心においては RizA の
N 末端基質 Arg に対する基質特異性を決定する因子として、適切な位置に酸性アミノ酸が位置する
ことを確認した。したがって、これらの間に電荷による相互作用が働くことで塩基性アミノ酸 Arg
が強く認識されている可能性が示唆された。一方、RizA の C 末端側のアミノ酸基質に対する特異
性は低く、様々なアミノ酸が取り込まれることが確認されている。RizA 構造において、C 末端の
アミノ酸が配すると推定される基質ポケットが空間的に広くなっており、側鎖の小さなアミノ酸か
ら大きなアミノ酸まで許容されることが示唆された。
2.2.
B. subtilis NBRC3134 由来 RizB の結晶構造解析
RizB においては昨年度までにネイティブ酵素の精製工程を確立している。本年度では精製 RizB
の結晶化スクリーニングを実施した。しかしながら、種々の条件を検討したが単結晶を得ることは
できなかったことから、検討対象を変更し、RizB と同様の活性を示す Bacillus licheniformis
NBRC12200 由来 BL02410(一次配列相同性:約 60%)について検討を行うこととした。BL02410
においては単結晶を取得することに成功し(Fig. 2)
、続いて行った X 線回折試験では、最大解像度
3.0Åの反射を得ることに成功した(Fig. 3)。
Fig. 3. X-ray diffraction pattern
of the crystal of BL02410. The
data was collected at Photon
factory (Tsukuba, Japan).
Fig. 2. Micro crystal of BL02410.
3. 共同研究者
木野 邦器(早稲田大学・先進理工学部・応用化学科・教授)
胡桃坂 仁志(早稲田大学・先進理工学部・電気情報生命工学科・教授)
香川 亘(明星大学・理工学部・総合理工学科・准教授)
4. 研究業績
4.1.
学術論文
T. Arai, A. Noguchi, E. Takano, K. Kino, Application of Protein N-Terminal Amidase in
Enzymatic Synthesis of Dipeptides Containing Acidic Amino Acids Specifically at the
N-Terminus, J. Biosci. Bioeng., 115, 382387 (2013).
M. Suzuki, Y. Takahashi, A. Noguchi, T. Arai, M. Yagasaki, K. Kino, J. Saito, The Structure of
L-Amino
Acid Ligase from Bacillus licheniformis, Acta Crystallogr. D Biol. Crystallogr., 68,
15351540 (2012).
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ASTE Vol.A20 (2012) : Annual Report of RISE, Waseda Univ.
T. Kagebayashi, N. Kontani, Y. Yamada, T. Mizushige, T. Arai, K. Kino, K. Ohinata, Novel
CCK-Dependent Vasorelaxing Dipeptide, Arg-Phe, Decreases Blood Pressure and Food Intake
in Rodents, Mol. Nutr. Food Res. 56, 14561463 (2012).
4.2.
総説・著書
新井利信、”微生物由来リガーゼ酵素を用いた有用ペプチド合成法の開発” 早稲田産学連携レビュ
ー2012、7879、朝日新聞出版、2012
4.3. (招待)講演
4.4. 受賞・表彰
4.5. 学会および社会的活動
新井利信、木野邦器、”L-アミノ酸リガーゼ TabS を用いた機能性ジペプチド合成”、酵素工学研究
会第 68 回講演会、2012 年 10 月、東京
八木田歩、有村泰宏、新井利信、木野邦器、”大腸菌由来ポリ--グルタミン酸合成酵素 RimK の諸
性質解析”、2012 年度日本生物工学会大会、2012 年 10 月、兵庫
T. Arai, Y. Arimura, A. Yagita, K. Kino, ”Poly--glutamic Acid Synthesis Using a Novel
Catalytic Activity of RimK from Escherichia coli K-12”, 6th International Congress on
Biocatalysis 2012 (biocat2012). Hamburg, Germany, September 2012.
5. 研究活動の課題と展望
本研究課題は滞りなく進捗しており、RizA については構造を決定することに成功した。RizA の
結晶構造情報から本酵素の基質特異性に大きく影響を与える可能性のある残基が見出されてきて
おり、今後この部位に種々の変異を導入することで、その役割を検証していく予定である。次に、
RizB においては結晶化条件を見出すことが困難であったことから検討対象を変更した。新たに検
討を開始した BL02410 は単結晶の取得ならびに X 線回折試験において反射を得ることにも成功し
ている。今後、継続的に検討を重ねることで次年度中にも構造を決定できる可能性があると考えて
いる。RizA や構造既知の二種類の Lal がジペプチドを特異的に合成する酵素であったのに対して、
BL02410 ではオリゴペプチドを合成する酵素であることから、本酵素の立体構造を解くことで、
ペプチド鎖長を決定する因子の特定につながるものと期待している。以上のように、構造と活性と
の関連性を明らかとすることで、将来的には所望する任意の活性を発現できるような酵素への機能
改変を実施し、有用性の高いペプチドを高品質かつ効率的に生産するバイオプロセスの技術基盤を
確立することを目指していく。
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