ボスポラス海峡横断鉄道工事における アクセスシャフト動揺 - 大成建設

大成建設技術センター報
第 41 号(2008)
ボスポラス海峡横断鉄道工事における
アクセスシャフト動揺制御工法の開発
本田 隆英*1・織田 幸伸*1・伊藤 一教*1・上野 成三*2
Keywords : Flow, Karman’s vortex, excitation, oscillation
流れ,カルマン渦,励振,動揺
1.
はじめに
200km
黒 海
現在,トルコのイスタンブール中心部を東西に結ぶ
鉄道トンネルを施工中であり,このうちボスポラス海
峡を横断する約 1.4 km の部分を沈埋トンネルで施工す
ボスポラス海峡
マルマラ海
る(図-1参照)。トンネル函体の最大設置水深は約
60 m で,完成すると沈埋トンネルとしては世界最深の
海底トンネルとなる。ボスポラス海峡は黒海とマルマ
ラ海をつなぐ長さ約 30 km の海峡であり,黒海からマ
ルマラ海へと流れる淡水系の表層流と,マルマラ海か
(a)平面図
ら黒海へと逆流する塩水系の底層流とによる二層流に
approx. 1.4 km
なっている。さらに,表層の流速は 2.0 m/s を越える場
合があり,流況の変化が速い。以上の流況特性は海洋
工事にとって非常に厳しい条件となる。工事を安全か
つ確実に行うため,流況観測や流況予報システムの構
築および水理模型実験による沈埋施工方法の検討がこ
れまで進められてきた 1)~
11)
。
工事のうち,既設トンネルへの作業員および資材の
(b)縦断図
図-1 ボスポラス海峡とトンネル施工位置
Fig.1 Location of the Bosphorus Strait and construction site
搬入を行うためのアクセスシャフト(以下,AS と呼
ぶ)が設置される(図-2)
。AS の設置水深は約 30 m
であり,AS は受架台のガイドに沿って設置される。流
れなどにより AS が大きく動揺すると,ガイドが損傷
して AS を設置することができない。AS の設置確認に
関する水理模型実験を実施したところ,一様流中で AS
に想定を大きく超える動揺が確認された。そこで本研
究では,この動揺発生メカニズムの解明と,その有効
アクセスシャフト
(AS)
な制御工法を開発することを目的に,水理模型実験を
流 れ
実施した。
*1
*2
ガイド
海底トンネル
図-2 アクセスシャフトの設置イメージ
Fig.2 Image of setting for Access Shaft
技術センター土木技術研究所水域・生物環境研究室
国際支店土木部土木技術部技術室
29-1
大成建設技術センター報
2.
実験方法
第 41 号(2008)
べて気中重量を対象とした。重量と重心位置を表-1
に示す。
2.1
2.1.2
実験模型
2.1.1
AS 模型形状
動揺制御工
動揺制御工は,これまで一般的に使用されているカ
実機の AS は,図-3 に示すような短径 3.15 m,長径
ルマン渦制御工
12)~ 15)
を参考に,写真-2 に示す 5 種
8.6 m,高さ 26.0 m の小判型断面の中空柱状構造で,下
類の制御工について検討した。
方に向かうにつれ部材厚は大きくなり,スチールで製
2.2
実験方法
作される.水理模型実験に使用する AS 模型はステン
水理模型実験は,大成建設(株)技術センターの水
レスで製作し,重量および鉛直方向の重量バランスを
理実験棟に設置された二次元長水槽(長さ 47.0 m,幅
実機に合わせて調整した(写真-1)。模型縮尺は 1/50
0.6 m,高さ 1.6 m,最大流量 12 m3/min)を用いて実施
に設定したため,AS の模型寸法は短径 6.3 cm,長径
した。AS 設置工事の施工限界流速は 3 kt(= 1.5 m/s)
17.2 cm,高さ 52.0 cm となる。なお,鉄の比重 7.85 に
であるが,当海域は流況変化が速いことから工事中に
対し,ステンレスの比重は 7.93 であるため,両者の比
突然流速が大きくなったことを想定し,ここでは流速
重の違いは 1%程度である。したがって,重量調整はす
4 kt(= 2.0 m/s)の鉛直一様流を与えた。模型実験の相
似則にはフルード相似則を用い,実験縮尺はすべて
1/50 とした。
3.15m
8.6m
2.2.1
AS 吊下時の動揺計測
AS を吊り枠を介して 4 本の吊下げワイヤーで吊下げ,
2 本の支持ワイヤーを交差させて AS の上流側上端に取
26.0m
り付けた(図-4 参照)。吊下げワイヤーおよび支持ワ
イヤーは,ウィンチにより遠隔操作可能とした。AS の
挙動は,ビデオカメラにより録画するとともに,下端
については,水槽前面のガラスを通してレーザー変位
図-3 AS 形状(実機スケール)
Fig. 3 Shape of AS( proto model )
写真-1 AS 模型
Photo 1 AS model
計により,図-5 に示す上流側の 1 点で水槽横断方向
の変位を計測した。
2.2.2
表-1 AS の重量と重心位置
Table 1 Weight and gravity center of AS model
実
模
機
目
気中重量
重心位置
(AS 上端から)
標
AS を水路内に固定し,4 kt の流れを作用させ,AS
上端に設置した 6 分力計を用いて AS に働く x, y 方向
型
実
流体力測定
の流体力を測定した。ただし,x は流下方向,y は流下
測
200 tf
1.60 kgf
1.568 kgf
16.0 m
32.0cm
32.0 cm
直角方向を示す。流体力の計測時間は 105 s,サンプリ
ング周波数は 20 Hz とした。
2.3
実験ケース
AS 吊下時の動揺計測において,まず写真-2 に示し
メッシュ間隔
0.5m
(a)ネット
1.5m
5m
(b)プレート
(c)フラッグ
(d)流線形
写真-2 水理模型実験で検討した動揺制御工
Photo 2 Countermeasures for AS oscillation
29-2
3m
0.5m
(e)ダブルフィン
大成建設技術センター報
第 41 号(2008)
᳓〝ო㕙
線
形
ダ
ブ
ル
フ
ィン
流
ッ
グ
レ
ー
ト
フ
ラ
᳓〝ო㕙
474
ᐔ㕙࿑
防
止
工
な
し
600
d/D
࠙ࠗࡦ࠴
プ
࠙ࠗࡦ࠴
1.0
0.9
0.8
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0.0
ネ
ッ
ト
૏⟎೙ᓮࡢࠗࡗ࡯
図-6 各種制御工の動揺低減効果
Fig.6 Oscillation reduction of countermeasures
࠙ࠗࡦ࠴
3.1
動揺低減効果
3.1.1
写真-2 で示した 5 種類の制御工に対する動揺低減
1280
ษਅߍࡢࠗࡗ࡯
動揺制御工の比較
効果を,図-6 に示す。同図の縦軸は,AS 下端の平均
動揺量(両振幅)d を AS 短径 D(= 3.15 m)で除した
࠙ࠗࡦ࠴
無次元平均動揺量 d/D を示す。制御工なしのケースで
は,AS 短径 D に対して 6 割程度の大きな動揺量が確
520
ࠕࠢ࠮ࠬࠪࡖࡈ࠻
認された。ネット型およびプレート型制御工では,制
451
ᡰᜬࡢࠗࡗ࡯
৻᭽ᵹ
御工なしに比べて AS の動揺は半減した。さらに,フ
ラッグ型,流線形型,ダブルフィン型制御工では,AS
᳓〝ᐥ
下端の動揺量が AS 短径の 1 割以下に抑制されており,
஥㕙࿑
高い動揺防止効果が確認された。なお,図-6 に示す
図-4 実験条件
Fig.4 Experimental condition
ダブルフィン型制御工の諸元は,H = 50 cm, θm = 45 °で
ある。
3.1.2
高さ H
ダブルフィン防止工
FLOW
動揺計測点
ダブルフィン型制御工
ダブルフィン型制御工の高さ H および設置角 θm に対
設置角
θm
する動揺防止効果を,図-7 に示す。高さが小さい
θm
H/D = 0.08 のケースでは,設置角 θm = 45 ° ~ 52.5 °の
範囲で d/D = 0.1 以下の高い動揺防止効果が得られた。
2.05m
H/D = 0.16 以上では,動揺防止効果の得られる設置角
範囲が 30 ° ~ 60 °に拡大することが確認された。
図-5 動揺計測点とダブルフィン制御工
Fig.5 Measuring point and double-fin form
次に,設置角を θm = 45 °に固定し,高さ H/D に対す
る動揺防止効果を図-8 に示す。H/D = 0.08 以上で動揺
た制御工の動揺低減効果を確認した。その結果,後述
するようにダブルフィン制御工にもっとも高い効果が
得られたため,図-5 に示すフィンの高さ H や設置角
θm をいくつか変化させ,AS の動揺量および抗力を計
測した。同計測結果から,ダブルフィン制御工の効果
が有意に表れる H, θm の諸元範囲を同定した。
3.
防止効果が現れ無次元平均動揺量は d/D = 0.05 程度と
一定になり,H/D の増大にともなって動揺防止効果が
低減することはない。ただし,後述するように,H/D
がある程度大きくなると,AS に働く抗力も大きくなる
ため,H/D の大きな制御工は現実的でない。
3.2
流体力
ダブルフィン型制御工を設置した場合の長軸方向平
均抗力 Fx を,図-9 に示す。同図は,横軸に無次元高
実験結果および考察
さ H/D,縦軸に平均抗力 Fx を示す。設置角は θm = 45 °
に固定した。同図より,H/D = 0.2 以上で AS に作用す
29-3
大成建設技術センター報
d/D
1.0
0.9
0.8
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0.0
d/D
H/D=0.08
H/D=0.16
に着目し,AS 背面に発達する後流渦の発生・発達挙動
H/D=0.24
H/D=0.32
を観察し,AS の動揺メカニズムの究明を試みた。
AS を吊下げた状態で,上方から AS 背後に発生する
渦の挙動をビデオカメラで撮影した。画像分析結果か
ら,制御工がないケースでは,AS 背後でカルマン渦が
左右交互に発生し,その渦分布は流下方向に非対称で
0
図-7
第 41 号(2008)
10
20
30
40
50
60
70
80
AS の反対側にまで到達する様子が確認された(写真-
90
θm(deg.)
3(ⅰ)
)。本実験の吊下げ系では回転支点が AS 上流側
ダブルフィン型制御工の高さおよび設置角に対する
動揺低減効果の有効範囲
Fig.7 Effective range of H and θm with double-fin
に位置するため,AS 下流端で発達する非対称な渦の負
圧領域は AS を回転させるモーメントとして大きく寄
与し,さらに AS が回転したときに生じる両側面の圧
力差によっても,AS に大きな動揺が生じたと考えられ
1.0
0.9
0.8
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0.0
る。
次に,動揺低減効果の低いダブルフィン(H = 25 cm,
θm = 30 °)を設置したケースでは,カルマン渦の発達
がフィンにより抑制され,AS 動揺は制御工なしに比べ
て低減した(写真-3(ⅱ))。さらに,動揺低減効果の
0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1.0
高いダブルフィン(H = 50 cm, θm = 45 °)を設置したケ
H/D
ースでは,AS の反対側まで回り込むカルマン渦の発生
が完全に抑制され,フィンで挟まれた領域が滞留域と
図-8
ダブルフィン型制御工の高さに対する動揺低減効果
(設置角:θm = 45 °)
Fig.8 Oscillation reduction with various H of double-fin
なり,これは流下方向に対して常に対称に存在する
(写真-4)。このため,動揺にともなって AS が少し
変位(回転)しても,滞留域の負圧は回転モーメント
Fx(kN)
150
としてではなく復元力として作用し,動揺が抑制され
たと考えられる。
100
4.
50
0
おわりに
水理模型実験により数種類の動揺制御工法を確認し
0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1.0
H/D
た結果,ダブルフィン型動揺制御工法に最も高い効果
が得られた。ダブルフィン型動揺制御工法は,無対策
図-9
ダブルフィン型制御工の高さに対する平均抗力
(設置角:θm = 45 °)
Fig.9 Drag forsce with various H of double-fin
時に比べてアクセスシャフトの動揺量を 85 %低減でき
ることが示された。
ダブルフィン型動揺制御工が有効に機能するパラメ
る平均抗力 Fx の急激な増大が確認された。前節で示さ
タ範囲は,アクセスシャフト短径に対する高さが 0.1
れたように,動揺防止効果は H/D = 0.08 以上で有効に
~ 0.2,設置角が 30 ° ~ 60 °であることが示された。
機能することを考慮すると,動揺制御工の高さ H は
アクセスシャフトの動揺は,アクセスシャフト背後
AS 短径 D に対して 0.1 ~ 0.2 程度が適切であるとい
に発生する後流渦の影響によるものであることが結論
える。
付けられた。
3.3
なお,ダブルフィン型動揺制御工を現地適用し,
後流渦
別途実施した実験のうち,AS を固定し動揺しない状
態での静的な流体力の測定結果からは,制御工の有無
に対する流体力の違いが現れず,制御工の動揺低減メ
カニズム解明に至らなかった。そこで,制御工の機能
として AS が動揺する状態における後流渦の変化特性
29-4
2007 年 4 月,アクセスシャフトを許容精度内で無事に
設置することに成功した。
大成建設技術センター報
第 41 号(2008)
(a)
(e)
(a)
(e)
(b)
(f)
(b)
(f)
(c)
(g)
(c)
(g)
(d)
(h)
(d)
(h)
(i)制御工なし
(無次元動揺量:d/D = 0.60)
(ⅱ)ダブルフィン型制御工(H = 25 cm, θm = 30 °)
(無次元動揺量:d/D = 0.38)
写真-3 後流渦の様子
Photo 3 Behavior of wake vortex
3) 本田隆英,織田幸伸,八重田義博,伊藤一教:捨石施工
シミュレーションシステムの開発,土木学会年次学術講
演会講演概要集第 2 部,pp.225-226,2006.
4) 織田幸伸,伊藤一教:二層流場の動的変動を考慮した流
況予測手法の開発,沿岸域学会誌,Vol.19,No.4,pp.1324, 2007.
5) 本田隆英,織田幸伸,上野成三,八重田義博,伊藤一
教:大水深強潮流下における薄層捨石基礎の高精度施工,
海洋開発論文集,Vol. 23,pp.339-344,2007.
写真-4 ダブルフィン型制御工(H = 50 cm, θm = 45 °)の
6)
織田幸伸,伊藤一教,上野成三,小山文男,栄枝秀樹:
後流渦の様子(無次元動揺量:d/D = 0.05)
ボスポラス海峡横断鉄道トンネル建設工事における流況
Photo 4 Behavior of wake vortex with double-fin form
予測モデルのシステム化と精度検証,海洋開発論文集,
Vol. 23,pp.345-350,2007.
参考文献
7) 織田幸伸,伊藤一教,本田隆英,上野成三,小山文男,
栄枝秀樹:ボスポラス海峡横断鉄道トンネル建設工事で
1) 織田幸伸,伊藤一教,上野成三,勝井秀博,東江隆夫,
の流況予報システムによる函体沈設の可否判断,海岸工
小山文男,栄枝秀樹:ボスポラス海峡横断鉄道トンネル
学論文集,第 54 巻,pp.941-945,2007.
建設工事における流況観測と流況解析,海岸工学論文集, 8) 織田幸伸,伊藤一教,本田隆英,上野成三,小山文男:
第 52 巻,pp.1421-1425,2005.
ボスポラス海峡横断鉄道トンネル建設工事における流況
2) 織田幸伸,伊藤一教,高山百合子,上野成三,栄枝秀
予報システムの開発,大成建設技術センター報,第 40 号,
樹:ボスポラス海峡横断鉄道トンネル建設工事の施工支
2007.
援ツールとしての 3 次元流動シミュレーション,海洋開
発論文集,Vol. 21,pp.903-908,2005.
29-5
大成建設技術センター報
9) Oda, Y., T. Honda T., Ito K., Ueno S., Koyama F., Sakaeda H.,
Iversen C. and Likke S., Real-time Current Forecast for Tunnel
Immersion Work of Bosphorus Rail Tube Crossing Project,
Turkey, International Conference on Coastal Enginnering, 2008.
(to be printed)
10) 本田隆英,織田幸伸,上野成三,八重田義博,伊藤一
教:ボスポラス海峡横断鉄道トンネル建設工事における
沈設時の函体挙動に関する実験的検討,土木学会年次学
術講演会講演概要集第 2 部,2008.(印刷中)
11) 伊藤一教,織田幸伸,本田隆英,小山文男:ボスポラス
海峡沈埋トンネルの潮流予報システムの適用性,土木学
会年次学術講演会講演概要集第 2 部,2008.(印刷中)
29-6
第 41 号(2008)
12) 高久達將:つり橋主塔に生ずるカルマン渦の観測実験
仕切板 ネットによるカルマン渦発生の防止効果,土木
学会年次学術講演会講演概要集第 1 部,28 巻,pp.431432,1973.
13) 藤本信弘,大橋治一,本田明弘:円柱ケーブルの渦励振
に関する研究,土木学会年次学術講演会講演概要集第 1
部,46 巻,pp.458-459,1991.
14) 平田勝哉,中村泰治,深町信尊:高風速でのギャロッピ
ング(スプリッタ板つき正方形柱について),土木学会年
次学術講演会講演概要集第 1 部,46 巻,pp.484-485,
1991.
15) 大東義志,松本勝,藤井大三,重村好則:斜張橋ケーブ
ルの空力振動の制振効果に関する研究,土木学会年次学
術講演会講演概要集第 1 部(A),51 巻,pp.482-483,1996.