シリア, パノレミ ラ地方の陸水の水質について

シリア,パルミラ地方の陸水の水質について
穣・遠藤 邦彦・高林 光雄
田場
の北方から西南方へ走る山脈部には,白亜紀・ジ
1.はじめに
ュラ紀の石灰岩・白雲岩・砂岩が露出し,全般に
非常に石灰質に富む集水域をなしている(図一
西アジア西部に位置するシリアは,ヨーロッパ
5)。
と東アジアを結ぶ交通の要所で,古くから文化の
この地方の降水は主として地中海方面よりもた
栄えた地域であった。
現在では,旧石器時代の洞窟遺跡をはじめ,人
らされるが,その多くは地中海に沿って南北に走
類・文化吏上重要な遺跡が多数発見され,発掘が
る標高2000∼3000mのレバノン山脈によりくいと
進められている。この報告は,東京大学西アジァ
められる。
調査団が1974年にシリアのパルミラ盆地にある,
従って,レバノン山脈より西側では年降水量は
ドゥァラ洞窟の調査を行った際,その一員として
600∼800mmであるが,東側では200mm以下と
調査に参加した遠藤が,この附近の陸水を採取し
なり,東に進むに従ってさらに減少する。
もち帰ったので,それ等の陸水の分析を行い,そ
パルミラ盆地では年平均降水量100mm以下で
の結果の一部をまとめたものである。
最高気温は7月に約40℃,最低気温は1月で一8
パルミラ盆地は,シリアの首都,ダマスカスの
℃,月平均最高気温は29℃,最低気温は5・6℃を
北東約200㎞,シリアの中央部を北東から南西に
示す。この較差は約20℃である(図一3,4)。
のびる山脈の東南,北緯34。33’,東経38。20’付近
さらにThomthwaite,L.W.(1948)の式を使
に位置する内陸盆地である。盆地は東西方向に細
長い楕円形をしており,その標高は約400mであ
9ヂ 職き TURKεY
る。また,この盆地の西方には,アド・ダウ盆地
(Ad−Daww Basin)をはじめとして,多くの盆
地がある(図一1,2)。
,,
海岸部を除くと,シリアの大部分はなだらかな
高原・丘陵で占められるが,この高原丘陵地域の
地質の特徴は,図一5のシリア地質図に示される
R 轟 Q
鐵・
ように,第三紀の石灰岩・泥灰岩等,比較的軟質
の石灰質堆積岩に広くおおわれていることで,白
亜紀・ジュラ紀の硬質の岩石は,中央部を北東一
JORD昌N
ゆ
享
南西に走る山脈に沿って露出するだけである。シ
SAUD l
リア南部には,第三系をおおって,新第三紀およ
100
び第四紀の玄武岩が熔岩台地をつくっている。
パルミラ盆地をとりまく丘陵地は,第三紀の石
灰岩・泥灰岩・砂岩よりなり,分水界をなす盆地
一47一
0
㏄ ㈱
E G Y P T
図1.パルミラ盆地の位置
ARAB l A
300 40D麗m
研究紀要(1976)
、一ノ
濾/
ってこの盆地の蒸発量
を求めてみると表一1
の様に年間可能蒸発量
は,973.6mmを示し
年平均降水量の9倍も
あり,乾燥気候をうら
ずけている。
パルミラ盆地の中心
部には,東西約25㎞,
南北約10㎞にわたる植
生がほとんどみられな
い低湿地があり,サブ
ハと呼ばれている。年
間降水量80∼120mm
ムd−Oawwga5h
が集中する雨期には,
ここに湖が出現する
が,乾期には通常干上
翁
6 Pa巳my『a Ba5in
ってしまう。1973∼19
押』驚 o
74年にかけての雨期に
は,近年にない異常な
降雨・降雪がこの地域
にもたらされ,湖面は
.評\
o
一〇km
図2. パルミラ盆地周辺の採水地点
サブハ地帯全体に広ま
り,乾期に至っても完
全に干上ることなく,
乾期の終りに近い1974
年8月末においても,東西10㎞程の湖が残存し
←一一噌月平均最高気温
た。サブハ地帯の周辺部には,小灌木や草本類が
温
生育しており,これらが風成砂をその周辺に捕え
C
て生じた無数の小丘(ネブカと呼ばれる)からな
尋40
る砂丘地帯(ネブカ地帯)が分布する(図一6)。
十30
砂丘地帯をとりまいて,後期洪積世の湖の広が
十20
りを示す湖岸段丘地帯が比高数mの段丘崖をもっ
十lo
て接している。湖岸段丘地帯は盆地をとりまく山
地・丘陵地の麓にむかって,扇状地地帯に漸移し
一1
2345678910“12
図3.パルミラ盆地の月平均気温
ていく。扇状地地帯にはいると勾配は急速に増
し,パルミラ付近では,サブハ地帯と扇状地上端
の比高は約40mに達する。湖岸段丘,扇状地地帯
一48一
シリア・パルミラ地方の陸水の水質について
400恥m
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イ
Annuαl Precipitotion1952解,960
(World Weothor R■cord5}
∼
図4, パル叉ラ盆地付近の降水量
表2.パルミラ盆地の月平均蒸発量と降水量(1955∼1960年)
1 2 3
誹識階i、1:l
PRECIPト
TATION 15・5
6 7 8 9
4 5
9.5 12.9
18.3 23,6
15.2 29.2
61.4 105.4
10,5 15.0
12’019’3
1・「11芽三2[1全NNUA丑
28.4129.530.125.820,8i
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$ぴcl
12,9
讐:鷹1駅li鵬
29.212,3皿m 973.6mm
15。0…
20,2m皿 100.Om皿
{」m{一一
には多くの井戸が掘られており,特にパルミラの
おこすと,大きさは砂粒大から,大きなもので5
街の周辺には,飲用・生活用及び農業用水用の井
㎝程度のものが,砂層やシルト層中に含まれてい
戸が多く・電動ポンプで汲み上げられている。パ
た。なおイシシェットでは,30㎝の深さから最大
ルミラ付近の井戸の水位は地表下20m程度であ
8c皿の自形結晶を含む粗大な石膏の層が現われる
る。サブハ地帯に接する湖岸段丘上には,主とし
など,全体に粗粒なものがみられた。しかし,数
てベドウイン用の井戸があり,水位は地表下1∼
c皿大の粗粒なものの分布は,それほど広くないよ
L5mと非常に浅い。
うで,他の地点からは発見されなかった(図8−
パルミラの街はずれ,盆地と山地の接するとこ
1,一3)。
ろに湧水があり,公衆浴場および洗濯場となって
このような,サブハ地帯を中心に性格を異にす
いる。この湧水は,パルミラ盆地の西縁に沿って
る地形帯が規則的に同心円状に分布するパルミラ
北東一南西に走る断層に関連をもつ裂力水と思わ
盆地や,この盆地に接するアド・ダウ盆地,その
れる(図一7a)。
最上流部の白亜紀の石灰岩,泥灰岩・フリントよ
また,イシシェット付近では,雨期あるいは雨
期末の最高水位を示す旧湖岸線の周辺の表面に粗
.大な石膏の自形結晶が散乱しており,表面を掘り
り構成されるラジメイン山等は,それぞれ性質を
異にする陸水が分布していると考えられるので,
その性状を明らかにするため,これ等の各地点
一49一
研究紀要(1976)
套翁
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.ヨ
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白
一一一『毎
⇒
L Me面zoicOP想oU脇論
2.Jura面c
3. C『etaceo鵬
4.Pa置aeo即“e
5、Neo即胸e
矢印の位置はパルミ,
図5、シリア地質図(U.S.S.R.〔1:50万〕Geological Mapによる)
析。一部のものは重量法により分析。
(図一2)でサンプリングを行った。
Na+,K+,Ca2+,Mg2+ :原子吸光法,淡光光
2・分析方法
度法により分析。
実験室に持ち帰った試料を,次の方法で分析を
Sio2 :モリブデン酸による比色分析。
行った。
pH :東亜電波社製pHメーターHM−
3.結 果
6A型により測定。
水質分析結果を表一2に,採水地点と水質との
電導度 ;東亜電波社製電導度計CM−2A
関係を図7−a,7−bに示す。なお乾燥地帯
型により測定。
の水質を比較するため,参考資料として米国の
HCO3一 :pHメーターを用い滴定法により
GREAT SALT LAKEの分析結果を載せた。
4.3BXとして分析。
以下試料番号順に結果を述べる。
Cl一 :モールの滴定法により分析,なお
採水地点1。
一部のものはチオシアン酸第二水銀
パルミラ盆地サブハ地帯シェジャラの湖岸より
による比色法で分析。
10∼30mの湖面,水深約40∼60c皿の地点で1974年
SO42− 1クロム酸バリウム酸懸濁法で分
8月19日採水した表層水(図7−a・8−1)。pHは
一50一
φ
シリア・パルミラ地方の陸水の水質について
集 水
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5
10㎞
図6.パル ラ盆地の地形帯
7・50で微アルカリ性を示す。電導度は39,8QOμ◎/
み,飲用水として使われる井戸は,この地点の北
㎝(25℃)と大きな値である。陽イオンではナトリ
西方の扇状地上に多い(図7−a,8−1)。
ゥムが9,600mg/Z,陰イォンでは塩素が15,300
pHは7・26,電導度は35,100μび/㎝(25℃)と
mg/Zと大きな割合を占めている。ヘキサダイヤ
く試料1>より低くなっている。湖水への供給水
グラムは,マグネシウムイオンの占める割合が海
量がく試料1>の地点より多いので希釈されたた
水のそれに比較して小さくなったパターンを示し
めと思われる。ヘキサダイヤグラムは硫酸イオン
ている(図7−a,8−1)。
が占める割合がく試料1>より大きくなってお
採水地点 2・
り,海水やGREAT SALT LAKEの示すパタ
パルミラ盆地イシシェット。湖岸,水深約10㎝
ーンとは少し異っている。
の場所で8月30日採水した表層水。
採水地点 3,
水際に沿って藻および藻の遺体が分布してい
パルミラ盆地シェジャラ。サブハ地帯に島状に
る。雨期の湖岸線の位置から推定すると,この付
孤立する湖岸段丘上の井戸で9月3日採水した。
近の乾期における水位の低下速度は約L5mに及
地質的には,南方の湖岸段丘地帯と連結してい
ぶ。この地点はサブハ地帯の北側に当り,相対的
て,南方より酒養されていると、悪われる。井戸は
に降水量の多い北西側の山地からのワジが流れ込
直径約1.5m程で深く掘りこまれているといわれ
一51一
研究紀要(1976)
N 謝酪嚇
S
轡の欝
騨 石灰岩,泥灰岩,白雲岩
砂岩,泥岩
‡
400mab。▼eseale▼el
380
参
野セジヤラ井芦 テル・クセイベ井戸
1 争l l冒琴 1
9 5 4 2 1 3 6
や
10 図軸数字は採水地点
雪
叉診
600
10。25meン召0 0.25 600me/召 0
井戸
No.4
50meノ召 0 50
0
2000m%
1000
湖水
No.2
50m肋0 50
0
700me/召
800
湖水
No.1
50m胞0 50 goom吻
0
900
図7−a,パルミラ盆地の地形断面図及びヘキサダイヤグラム(ヘキサダイヤグラムの凡例は図7−b,標準海水に示す)
るが,深さは不明である。水位は地表下1mであ
穴の断面には,粗砂ん細礫大の石膏の結晶を主
る。井戸の縁にそってアシ(現地名,クスバ)が
たる構成物とする石膏層が,シルト質細砂層・塩
騨生している(図7−a,8
2)。
の薄層と互層をなして卓越するのが観察される。
電導度は2,640μび/c皿と湖水に比較して低い
特に最下の石膏層が帯水層となっている。水は穴
が,井戸水としては大きな値と思われる。溶存イ
を1m掘りさげたときしみ出しはじめ,約1時間
オンは1,500mg/Zも含まれており,HCO3一は
で水深30α阻になり安定した(図7−a,8−1,8−
6・22me/」と大きい。 ヘキサダイヤグラムは,湖
3)。
水のものとはまったく異ったパターンを示してい
この試料の,電導度は111,500◎/㎝と極端に大
る。
きい。湧出状態から考えると,地層中の塩類を多
採水地点4,
く溶かし込んでいると思われる。なおこの電導度
パルミラ盆地,パルミラ南東方,シェジャラの
の値は25℃におけるNaCIの飽和溶液と同じで
対岸。雨期の最高水位の湖岸線に近い旧湖底に掘
ある。溶存イオンの合計量は133g/Zと極端に多
りこまれた,深さ1mの穴にたまった地下水を9
い。湖水のサンプルと同様,ナトリウムイオンと
月4日採水したもので,水面は地表下70c皿にあ
塩素イオンの占める割合が大きい。ヘキサダイヤ
る。
グラムの形はGREAT SALTLAKEと同じで
一52一
シリア・パルミラ地方の陸水の水質について
パ、
ラジメイン山
矩ζ鍵欝 井戸靱ス憲ラ山聯一ル山
ノ
も
ヤ
ヤ
ワジ。トルクマンワ罵鷲.下
l l
8 7
図中の数字は採水地点
遡L
遡L
50m吻0 50
5m馳 0 5
標準海水 SO4
Mg
HCO3
C1
灘翻
螺巨
Ca
Na十
灘騰懸
nnme/ρ
500me/2 0
500
GREAT SALT LAKE
2000me/4
0 2000
図7−b
ラジメイン山アド・ダウ盆地の地形断面図及びヘキサダイヤグラム
表2.水質分析結果
譜灘\
3 4 5
6 7 8 9
1
1 2
乳5・17・26
pH
λ
HCO3〕
c1一{
μC/cm
25℃
me/Z
mg/l
me/l
S・42一{ mg/Z
me/Z
Ca2+{
mg/J
me/l
Mg2・l
mg/Z
me/Z
Na・{
mg/l
me/Z
K+
Si・2{
CATION
ANION
3!1::
lng/Z
me/l
lGREATISEA
SALT1
LAKEIWATERl
$221α96i
乳65「叫8・ 乳64 一・62
3!ll躍 11灘繋:1:1::i211鴛ll!儲
8.08
113500
8。621
鰯囎翻
11慧19
磯8:§8
6響li
975。1
2600・ 35001 470 15500 430α 380 960 5.30 470 1.90
54・1…72・99・79323
7921787
89・5 7・91 20・00・11
9・790・04
1・938333,1
54・419・1 L65
1833.34
122696572
39・539・3160・gi34・7
536 43881.6
28・5
1070 81,0 193
5980
g・13 0・17
6.13 88、810.9gl
翻llli6111 4311議閑嬬:ll
7蹴器
4・7378ロ4・・ ・8831317,・5・21・・2・・261・6・21。・・3
1鐸
g鵬羅
7鮎1
mg/Z
17・215・・22・gFg・55
me/l
512146228・q246・
488i441 28・3』218・
me/Z
10
ll繍ll:昂I
3L334・・ 3・・133・7・・33
一53一
430
18980
535.23
2650
55.17
400
19.96
1270’
104.44
10650
543001
1111i
463.06
ll諾
380
9.72
8:器
26・8 19・7 22・g 12・7 24・81・91
441 2$646・63・57133・・ α28
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謝
2。28
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研究紀要(1976)
1卜
辛
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8
蚤
図8−2 No.3採水地点(シェジャラ井戸)断面図
11s 艇
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喫
ρ
ト
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9
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蚤
憧
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忘蜜
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ムムムムムムー一石こう層
輝畢
…’圭雪竺葦鷺…命塩の薄層
△込一8五込五φシルト質細砂層
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図8
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3 No,4採水地点(パルミラ南東,旧湖岸)断面図
区
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三 髪
一 碧
彙 煮
) 騒
拠 誰
〆風成小丘(ネブカ)
1/
器署
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1.1m
一ぎ石こう層
≡……
やト
…慧シルト質粘
…≡…
本
水位
り
あ
ゆ
風成砂
1.7m
云雪一
唱
至互ンルト質砂・石こうを含む
至互シルト質砂
区
m
車陛
最
唄
念
図8−4No.5採水地点(パルミラ南東方,砂丘地帯)
断面図
恥
ム
ξ
唱
謎
赴
羅
図8−5No。7採水地点(ワジ・アビアッドの井戸)
断面図
一54一
シリア・パルミラ地方の陸水の水質について
洞
魎浴場
窟 _ =
6、2me/Zと大きい。ヘキサダイヤグラム
は,<試料3>のパターンを少し大きく
洗濯場
したタイプである。
採水圭也点、 7。
ワジ・アビァッド(白いワジの意)が
図8−6No,9採水地点(ハマムの湧水)概略図
アド・ダウ盆地に注ぎ込む直前の位置に
ある。
ある砂礫質のワジ床に掘りこまれた井戸で,9月
採水地点 5.
20日採水した。直径約1・2m・水面は地表下約1・5
砂丘地帯の地下水。パルミラ盆地,パルミラ南
m,深い井戸ではなく,ベドウィンによって利用
東方,シェジャラの対岸,パルミラ寄り,<試料
されている(図7−b,8−5)。
4>の地点の西方500m。サブハ地帯をとりまい
パルミラ盆地より約20㎞西方の,山地部に近い
て広く発達する砂丘地帯に掘りこまれた深さ約
地点であるため,水質もかなり異っている。pH
1,75mの穴にたまった地下水で,9月4日採水し
は8.00とアルカリ性で,電導度は3,560μび/㎝
た。
である。ヘキサダイヤグラムは硫酸イオンとカル
小丘を形成している部分は風成砂よりなるが,
シゥムイオン量が大きなパターンを示し,サブハ
その下には,石膏や,塩の結晶を多く含んだシルト
帯の中で採水した試料とはちがう。<試料3,6>
質砂層や,シルト質粘土層などの旧湖底・湖岸堆
のパターンともまたちがう型を示している。
積物がみられ,古くはこの部分も湖底であったこ
採水地点8,
とを示す。地下水は深さ175㎝でしみ出しはじめ,
ワジ・アビアッドの支流,ワジ・トルクマンの
水深約5㎝で安定した(図7−a,8−1,8−4)。
最上流部,ラジメイン山の頂上に近い白亜紀の岩
最高時の湖岸線より周辺よりにL5㎞はなれて
盤に掘られた井戸で,9月20日採水した。裂力水
いる地点であるが,電導度は32,400μび/c皿と大き
または空洞水と思われ,ラジメイン山に住むベド
な値である。pHは7・80と微アルカリ性を示す。
ウィンによって飲用水として使用されている(図
ヘキサダイヤグラムはナトリウムと塩素イオンの
7−b)。
占める割合が大きいが,硫酸イオン,マグネシウ
パルミラ盆地とは異った,環境にあるため,水
ムイオンの値も大きい。これは旧湖底堆積物中の
質も今までの井戸とは異なる。電導度は294μ0/
塩類を多量に溶かし込んでいるために溶存イオン
cmと小さくなっている。ヘキサダイヤグラムは,
量が多くなっているものと、思われる。
HCOゴとカルシウムィオンがわずかにふくらん
採水地点 6.
だパターンを示す。
サブハ地帯の南岸をなす湖岸段丘上に掘られ
採水地点 9,
た,テル・クセイベ井戸より9月3目に採水。
パルミラの街の西,盆地の西縁のハマムにある
ここより南方は扇状地地帯に漸移する。盆地南
湧水を10月に採水した。裂力水と思われる。盆地
部にほぼ定住したベドウィンが,主としてラクダ
のへりから洞窟を通して,盆地内部へ引いてき
等の家畜用に使用している。井戸は径L5m程
て,大きなプール状の施設が設けられており,公
で,水面は地表下1mにある。深さは不明である
衆浴場として,大部分のパルミラの住人が利用し
(図7−a,写真1)。
ている。
pH7.64,電導度2,600μび/c皿と〈試料3>の
プールの下には洗濯場が設けられている。かな
シェジャラの井戸の分析値と近い。HCO3一は
り古くからあるものらしく,湧出量も豊富であ
一55一
研究紀要(1976)
る。pHは8,22とアルカリ性で,電導度は3,090μ
みれば,それほど大きなちがいは認められない。
5/c皿である(図7−a,8−6)。
(KELLER,[19611GEWASSER UND WASS−
ヘキサダイヤグラムは,ナトリウムイオンと,
ERHAUSHALT DES FESTLANDES)。
塩素イオンが主成分となるパターンをしており,
次に盆地中の水の濃縮過程について考えてみる
試料3,6に近い。
と,
採水地点 1α
1) 短期的な濃縮の過程
レバノン山脈の最高峯コルネ・サウーダに近い
雨期,乾期の交代による年間の周期的変化
標高3,000m付近の残雪を8月9日採取した。山
で,雨期に希釈され,乾期に濃縮,析出が起
脈の頂上部は比較的なだらかで,浅い谷が発達
きる。
し,多数のドリーネが分布する。雨期にもたらさ
2) 長期的な濃縮の過程
れた雪は,このような凹所に残る(写真3)。
湖水中の塩分濃度は,年々流入塩によっ
パルミラ地方に供給される雨も,このように溶
て,濃縮されていく。これは,古い湖岸段丘
存イオンは小さな値を示すと思われる。その雨
の存在などからみて,少くとも,10万年以上
が,盆地の中心部へ浸透する過程で,集水域の地
の間連続されてきたものと考えることができ
層と接触することによって,多量の塩類が供給さ
る。
れるため,濃度が高くなるのであろう(図7−a)。
3)流域内の水の流下に伴う,濃縮の過程
降水がこの流域にもたらされてから,湖に
4、考 察
流入する過程で進行する濃縮である。
先に述べた様な環境にある盆地の水収支を
以上3つの様になる。
WORLD WEATHER RECORDS等の資料を
この様な,濃縮の過程を図一9のキーダイヤグ
もとに,推定すると,次の様になる。
ラムでみてみると,
パルミラ盆地の流域面積は,約5000抽2,その
山地の雪やラジメイン山の井戸水(試料8,10)
中心にある湖の面積は約200㎞2,この地域全体の
は炭酸塩型を示すが,山地から,ワジを経て盆地
年平均降水量は100mmであり,年間の蒸発量
に注ぐ間に炭酸塩が沈殿し同時にSO42一が増加
は,計算値として,1000mmを得ている。また現
し,アド・ダウ盆地への入口に近い試料7のワジ
地の観察によれば,湖の水位の年間変動量は1、5
の井戸水になると硫酸塩型となる。
mと考えられる等の資料から,水収支項の収入分
パルミラ盆地内の湖岸段丘の井戸(試料3,6)
としては降水のみであるから,全流域へ降った水
では,硫酸塩が沈殿し塩化物が増加して硫酸塩型
(雨)が湖に集中したものとすると,湖の表面積の
から塩化物型への移行型となる。
25倍が全流域の面積であるから,湖の水位は2.5m
さらに,サブハ帯(試料1,2,4,5)では湖水
あがることになる。
の蒸発による濃縮と,これに伴なう硫酸塩(石膏)
一方,支出としては蒸発量が1000mmあり,こ
の析出により,塩化物は急激に増加し,塩湖の最
れに地下滲透が加わる。この両者の合計が,湖の
終的なものである塩化物型を形成する。
水位の変動量1・5mと等しい。従って,収入の2.5
このような過程は,炭酸塩は,ワジ沿いの堆積
mの60%が湖に入ったことになる。残りの40%は
物や扇状地堆積物のマトリックス中に,セメント
地域からの蒸発散であろう。
物質として析出していること,サブハ帯の雨期の
この60%の流出係数が,妥当かどうかは,この
湖岸線付近や,湖岸段丘堆積物中に,大量の石膏
地域では不明であるが,他の地域の値と比較して
結晶が発見されること,あるいは,サブハ帯中心
一56一
シリア・パルミラ地方の陸水の水質について
部では,湖が干上るとともに,表面に塩
化物が析出し,白色の薄いクラストを一
SO4
面に残すことなどにより根拠づけられよ
う。
湖の中心部には,浅い溝や凹みを掘っ
て,塩田がつくられ,パルミラの住民に
良質な塩を供給している。
7罵
以上のように,パルミラ盆地および,
その周辺地域では,山地より盆地の中心
3翼
にある湖へ水が移動する過程で,炭酸塩
面9
5
x6
型→硫酸塩型→塩化物型への変化がみら
2
4
1
れる。
10
これは,淡水湖が塩水化する一般的な
8濡
C豊
図雪・湧水
x 地下水
⑭ 湖水
HCO3
パターンで,この事実は,アメリカ合衆
図9。パルミラ盆地および周辺のANION組成の変化
塩湖やメキシコ高原の湖等で報告されて
国西部の乾燥地帯の湖,チベット高原の
いる (HUTCHINSON,19751FREY,
1963)。
文
献
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一57一
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研究紀要(1976)
On the chemical composition of the inland water
aroun4the Palmyra Basin in Syria
Yutaka TABA,Kunihiko ENDO and Mitsuo TAKABAYASHI
The chemical analyses were done for snow,groundwater andねke water sampled at several
Iocations in the Palmyra Basin and its vicinity.
The results of the analyses show that owing to interactions with porous media,the chemi−
ca玉composition alters from the carbonate type to the chloride type through the sulfate type as
the ground・and surface water flow down from the surrounding highland to the central lowland
of the basin.Moreover,a great amount of evaporation especially in dry season secularly increa・
ses the concentration of the lake water and builds up a salt lake around the center of the basin・
58
灘鵬
Photo.1
テル・クセイデ井戸(採水地点6)ベドウィンのたっ
ているところに井戸がある。
Photo.3
レバノン山脈の最高峰,コルメ・サウーダに近い標高
3000m地点の残雪(採水地点10)
無灘縷㈱・灘唖
Photo。2
乾期に干上った雨期の湖底,縞模様は旧湖岸線。遠方
に水面が見える(採水地点4→2)
Photo・4 ワジ・アビアッドの井戸(採水地点7)