国 語 コ ー ス 現 代 文 第 2 回 γ

国語 コース 現代文 第2回
次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
なにゆえに死者の完全消滅を説く宗教伝統は人類の宗教史の中で例外的で、ほとんどの宗教が何らかの来世観を
有しているのであろうか。なにゆえに死者の存続がほとんどの社会で説かれているのか。答えは単純である。(ア)死
者は決して消滅などしないからである。親・子・孫は相互に似ており、そこには消滅せずに受け継がれていく何か
(a)
チンデンしており、過去によって規定されている。この過去こ
があるのを実感させる。失せることのない名、記憶、伝承の中にも、死者は生きている。もっと視野を広げれば、
現在の社会は、すべて過去の遺産であり、過去が
そ先行者の世界である。そもそも、
「故人」とか「死んでいる人」という表現自体が奇妙である。死んだ人はもう存
在せず、無なのであるから。ということは、こうした表現は、死んだ人が今もいることを指し示している。先行者
は生物学的にはもちろん存在しないが、社会的には実在する。先行者は今のわれわれに依然として作用を及ぼし、
われわれの現在を規定しているからである。たとえば某が二世紀前にある家を建て、それを一世紀前に曾祖父が買
い取り、そこに今自分が住んでいるという場合、某も曾祖父も今はもう亡いにもかかわらず、彼らの行為がいまな
お現在の自分を規定している。先行者がたとえまったくの匿名性の中に埋没していようとも、先行者の世界は
ゲンゼンと実在する。この意味で、死者は単なる思い出の中に生きるのとはわけが違う。死者は生者に依然とし
(b)
て働きかけ、作用を及ぼし続ける実在であり、したがって死者を単なる思い出の存在と見なすことは、時として人々
に違和感を醸し出す。人々は死者を実体としては無に帰したと了解しつつも、依然として実体のごとく生きている
かのように感じるのは、そのためである。
名、記憶、伝統、こうした社会の連続性をなすものこそ社会のアイデンティティを構成するのであり、社会を強
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固にしてゆく。言うまでもなくそれは個人のアイデンティティの基礎であるがゆえに、それを安定させもする。し
たがって、個人が自らの生と死を安んじて受け容れる社会的条件は、杜会のこうした連続性なのである。
人間の本質は社会性であるが、それは人間が同時代者に相互依存しているだけではなく、幾世代にもわたる社会
の存続に依存しているという意味でもある。換言すれば、生きるとは社会の中に生きることであり、それは死んだ
人間たちが自分たちのために残し、与えていってくれたものの中で生きることなのである。その意味で、社会とは、
生者の中に生きている死者と、生きている生者との共同体である。
以上のような過去から現在へという方向は、現在から未来へという方向とパラレルになっている。(イ)人間は自分
が死んだあともたぶん生きている人々と社会的な相互作用を行う。ときにはまだ生まれてもいない人を念頭に置い
た行為すら行う。人間は死によって自己の存在が虚無と化し、意味を失うとは考えずに、死を越えてなお自分と結
(c)
ヨウセイでもないということであ
びついた何かが存続すると考え、それに働きかける。その存続する何かに有益に働きかけることに意義を見出すの
である。ここで二つの点が大事である。まず、それは虚妄でもなければ心理的
る。それは自分が担い、いま受け渡そうとしている社会である。第二に、人ははかない自分の名声のためにそうし
ているのではないということである。むろん人間は価値理念と物質的・観念的利害とによって動く。したがってこ
こでは観念的利害が作用してもいるのであろうが、それは価値理念なしには発動しない。ここで作用している価値
理念とは、「犠牲」ということである(後述)。
社会の連帯、つまり現成員相互の連帯は必ず表現されなければならない。さもなくばそれは意識されなくなり、
弱体化してしまう。まったく同じことがもう一つの社会的連帯、つまり現成員と先行者との連帯にも当てはまる。
この連続性が現にあるというだけでは足りない。それは表現され、意識可能な形にされ、それによって絶えず覚醒
されるのでなければならない。この縦の連続性=伝統があってこそ、社会は真に安定し、強力であり得る。それゆ
え、先行者は象徴を通じてその実在性がはっきり意識できるようにされなければならない。(ウ)先行者の世界は、象
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徴化される必然性を持つということである。他方、来世観が単なる幻想以上のものであるなら、何らかの実在を象
徴しているのでなければならない。来世観は、実在を指示する必然性を持つということである。これら二つの必然
性は、あい呼応しているように思われる。
人類の諸社会で普遍的に非難の対象となることの一つは、不可避の運命である死をひたすら呪ったり逃れようと
する態度であり、あるいはそうした運命のゆえに自暴自棄となり頽廃的虚無主義に落ち込むことである。どのよう
(d )
ショウヨウとして従うことを期待されている。それは無論、死ねばよいと思われているのと
な社会でも、人間は、老いて行くことを潔く受け容れるように期待されている。死がいかんとも避けがたくなった
ときに、その運命に
はまったく異なる。悲しみと無念の思いにもかかわらず、そうした期待があるということなのである。ここでは事
の善し悪しは一切おいて、なにゆえにそうした普遍性が存在するのかを考えてみたい。それは来世観の機能と深い
関わりがあるように思われるからである。
年老いた個体が順次死んでいき、若い個体に道を譲らないなら、集団の存続は危殆に瀕する。老いた者は、後継
者を育て、自分たちが担っていた役割を彼らが果たすようになるのを認めて、退場していく。これが人間社会とそ
こに生きる個人の変わらぬ有りようである。その場合、積極的に死が望まれ求められるのではない。人は死を選ぶ
のではなく、引き受けざるを得ないものとして納得するだけであり、生を諦めるのである。それは他者の生を尊重
するがゆえの死の受容である。これは、他者の命のために自分の命を失う人間の勇気と能力である。たとえ客観的
(エ)
他者のために死の犠牲を払うことは評価の対象となる。これこそ宗教が死の本質、そして命の本質を規
には社会全体の生がいかに脆い基盤の上にしか据えられていなくとも、また主観的にそのことが認識されていても、
それでも
定する際には多くの場合に前面に打ち出す「犠牲」というモチーフである。それは、全体の命を支えるという、一
時は自らが担った使命を果たし終えたとき、他の生に道を譲り退く勇気であり、諦めなのである。それは、自らの
生を何としてでも失いたくない、死の不安を払拭したい、死後にも望ましい生を確保しておきたいという執着の対
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極 で ある 。 一方 でそう し た執 着 を捨 てきれ な いの が 人間 である と 見な が らも 、主要 な 宗教 伝 統は 、まさ に それ を
コクフクする道こそ望むべきものとして提示する。このモチーフは、いわば命のリレーとして、先行者の世界と
(e)
生者の世界とをつないでいる価値モチーフであるように思われる。そうであれば、(オ)先行者の世界に関する表象の
時間的、空間的な同一性や一貫性。
(宇都宮輝夫「死と宗教」)
基礎にある世俗的一般的価値理念と、来世観の基礎にある宗教的価値理念との間には、通底するないし対応すると
(英語)
―identity
ころがあるように思われる。
〔注〕 ア
○イデンティティ
傍線部ア「死者は決して消減などしない」とあるが、どういうことか、説明しなさい。
(英語) 並列ないし平行すること。
―parallel
(仏語) 中心思想、主題。
―motif
問一
傍線部イ「人間は自分が死んだあともたぶん生きている人々と社会的な相互作用を行う」とあるが、どうい
パ
○ラレル
モ
○チーフ
問二
問四
問三
傍線部オ「先行者の世界に関する表象の基礎にある世俗的一般的価値理念と、来世観の基礎にある宗教的価
傍線部エ「他者のために死の犠牲を払うことは評価の対象となる」とあるが、それはなぜか、説明しなさい。
傍線部ウ「先行者の世界は、象徴化される必然性を持つ」とあるが、それはなぜか、説明しなさい。
うことか、説明しなさい。
問五
値理念との間には、通底するないし対応するところがある」とあるが、どういうことか。全体の論旨に即して
一〇〇字以上一二〇字以内で説明しなさい。
(句読点も一字として数える。なお、採点においては、表記につい
ても考慮する。)
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傍線部a・b・c・d・eのカタカナに相当する漢字を書きなさい。
センチ 二
×行
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問六
※問一~問四の解答枠は
13.5
出典
宇都宮輝夫「死と宗教」
死者は、生者の社会に名、記憶、伝統など様々なかたちで受け継がれる過去を通して、実体のごとく生者の
【解答】
問一
人間は死者が残し、与えてくれた社会の中で生き、死後は、自らの死を超越して存続する社会に有益に働き
社会に働きかけ、作用を及ぼし続けるということ。
問二
社会を安定した、強力なものにするためには、先行者からの連続性である伝統の実在性がはっきり意識でき
かけることに意義を見出すということ。
問三
人間社会全体を存続させるため、他者の生を尊重して自らの死を受容することは、個体としての生への執着
るような、形をもった象徴が必要だから。
問四
の対極にあるものだから。
社会の現成員もやがて先行者になることを考えれば、現成員が先行者からの連続性を象徴化し意識可能にし
て社会の安定をはかることと、現成員が個体としての自らの死を受容して社会全体の存続をはかることとは、
問五
共
a( =)沈殿
b( =)厳然
c( =)要請
d( =)従容
e( =)克服
通の行為だとみなすことができるということ。(一一九字)
問六
【解説】
問一 傍線部は、第一段落冒頭の問題提起「なにゆえに死者の完全消滅を説く ・・・
死者の存続がほとんどの社会で説
かれているのか」に対する答えの部分である。
「消滅などしない」とはどういうことかは、本文で繰り返し説明
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されているので、第一段落「答えは単純である」以降を、具体例は最小限にとどめたかたちでまとめられてい
れば正解。
「死者[先行者]は生物学的には(もちろん)存在しないが、社会的には実在する」などの部分を解
意義を見出すのである」)についてだけの説明では不十分。傍線
・・・
傍線部に「相互作用を行う」とあることに注意。死者が自らの死後の社会に働きかけようとするという傍線
答に用いるのもよい。
問二
部のあと(「人間は死によって自己の存在が
傍線部は直前「先行者は象徴を
されなければならない」を簡潔に言い直したものである。「先行者は象徴
・・・
部分の前段落「人間の本質は社会性であるが ・・・
」の段落で述べられている、生者が死者が残した社会の中で生
きる側面についても説明することで「相互作用」の説明となる。
問三
を ・・・
」の前には「それゆえ」とあるので、「それゆえ」の前の部分(まったく同じことが ・・・
強力であり得る)
に理由に該当する部分があることがわかる。設問では象徴化される必然性がある理由をきかれているので、
「そ
。老いた者は
・・・
。これが人間社会とそこに生きる
・・・
れ[縦の連続性=伝統]は表現され、意識可能な形(=象徴)にされ、それによって絶えず覚醒されるのでな
傍線部がある段落冒頭にあるように「年老いた個体が
ければならない」を中心にまとめる。
問四
個人の変わらぬ有りようである」が、
「自らの生を ・・・
失いたくない、死の不安を払拭したい、死後にも ・・・
確保
しておきたい」という生への執着を捨てきれないのが人間である。そこでその執着を克服するために宗教が機
能し、克服して人間社会全体(=集団)の存続のために個体としての死を受容する「他の生に道を譲り退く勇
気」が評価されるのである。
「他者のために死の犠牲を払うこと」とはどういうことか、そして何が「評価の対
象」となるのかを踏まえて理由を説明する。
問五 「一般的価値理念」と「宗教的価値理念」という言葉から考えるよりも「先行者の世界に関する表象の基礎に
ある(一般的)価値理念」と「来世観の基礎にある(宗教的)価値理念」とを比較して考えるほうが理解しや
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すいだろう。前者は第五段落、後者は第七段落の内容に即して説明すればよい。そして筆者は、傍線部直前「そ
うであれば(直前で述べたことを想定すれば)」前者と後者との間に「通底するないし対応するところ」、つま
り共通するところがあるように思われる、と述べているのだから、
「そうであれば」の前の部分「このモチーフ
は、いわば命のリレーとして、先行者の世界と生者の世界とをつないでいる価値モチーフであるように思われ
る」に注目する。《先行者の世界と生者の世界とをつないでいる命のリレー》とは、《生者は先行者(=過去)
を受け継ぐ》が、やがて《生者は来世のための死(=先行者になること)を受容する》というリレーであり、
生者も実は未来の先行者であり、先行者から受け取った社会というバトンを次世代(来世)に渡していくとい
う同じ作業を、結局どの世代の人間を切り取ってもしているのだという共通点について説明すればよい。
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