受動性に基づくモバイルマニピュレータの制御 電子機械工学専攻 2 年 5 番 指導教員 1 はじめに 近年, 地震などの自然災害が増え, 災害現場では 人間が立ち入ることすらできない場所や危険な場 所が多く存在する. そこで, 危険な場所で人間が作 業を行う代わりに, ロボットが作業を行うことに注 目が集まっており, いくつかの作業ロボットが実際 の作業現場で活躍している例もある. これにより 人間の危険回避はもちろん, 作業効率の向上も期 待され, 早急な作業ロボットの導入が求められてい る. その作業ロボットの中の 1 つにモバイルマニ ピュレータというロボットがあげられる. これは 台車型ロボットに多関節マニピュレータを搭載し たロボット (図 1) であり, 災害現場をはじめ, 福祉 施設や工場内での活躍が期待され, 今後の重要な 役割を担っている. 従来研究では, 文献 [1] において, モバイルマニ ピュレータの位置と力のハイブリッド制御が行わ れている. ここでは, 適応制御を用いた制御則 [1, 2] が提案されており, 目標位置と姿勢が目標値に収 束することをシミュレーションにより示している. 本研究では, 受動性に基づいたモバイルマニピュ レータの制御を考える. モバイルマニピュレータ は, 台車型ロボットに 2 自由度マニピュレータを載 せたものである. そこで, 台車型ロボットの運動学 モデルとダイナミクス, 2 自由度マニピュレータの ダイナミクスからモバイルマニピュレータのモデ ルを導出する. そして, 導出したモデルのエネル ギー関数を用いてリアプノフの安定定理から制御 則を提案することを目指す. さらに, MATLAB で のシミュレーションにより提案する制御則の検証 を行う. また, 外力が存在する場合において, 提案 した制御則より, 外力がシステムに与える影響を 小さくできるかを確認する. 大浦佑太 河合康典 車輪の回転角度を θBr , θBl で表すと, ベースの一般 化座標 qB は, qB = xB yB θB θBr θBl T となる. また, 図 3 のような 2 自由度マニピュレー タの各リンクが, 鉛直軸と直行する軸周りの回転 qM 1 , qM 2 を行うとする. このとき, マニピュレー タの一般化座標 qM は, qM = qM 1 qM 2 T である. これより, モバイルマニピュレータの一般 化座標 q を以下のように定義する. T T q = qB qM T モバイルマニピュレータの駆動トルクは, ベース の車輪を駆動する τBr , τBl, マニピュレータの各軸 に働く τM 1 , τM 2 である. ベースの幅 2bB , 車輪の 半径 rB , 車輪軸中心とマニピュレータ間の距離 d, マニピュレータのアームの長さ l1 , l2, マニピュレー タ軸からリンク質量中心までの長さ r1 , r2 , ベース と各車輪の質量 mB , mW , マニピュレータのアーム の質量 m1 , m2, ベースの慣性モーメント IB , 車輪 の軸についての車輪の慣性モーメント IW , 車輪の 回転についての慣性モーメント Im , マニピュレー タのアームの慣性モーメント IM 1 , IM 2 とする. ベースの運動学モデルは, cos θB 0 xB yB sin θB 0 uB d θB = 0 1 dt 1 bB ωB θBr rB rB 1 θBl − rbBB rB (1) で表される. uB はベースの進行方向速度, ωB は回 転角速度である. また, uB , ωB は, ベースの両車 輪の角速度 νB = [θ˙Br θ˙Bl ]T と次のような関係が ある. 図. 1: モバイルマニピュレータ 2 モバイルマニピュレータのモデル化 図 2 のように台車型ロボット (以下, ベースと呼 ぶ) の車輪軸の中心座標を (xB , yB , θB ), 左右の uB = ωB rB 2 rB 2bB rB 2 rB − 2b B θ˙Br θ˙Bl (2) したがって, ベースの運動学モデル (2) 式は, (3) 式 y したモバイルマニピュレータのダイナミクス (7) 式 が得られる. 2rB θB yB T M1 (q)ν˙ + C1 (q, q)ν ˙ + G1 (q) = B1 (q)τ + J¯M (q)λM (7) 2bB 0 xB z リンク2 r2 r1 l2 リンク1 l1 m1 qM 1 m2 qM 2 :質量中心 M1 (q)ν˙ + C1 (q, q)ν ˙ + G1 (q) = B1 (q)τ xM x 図. 3: 2 自由度マニピュレータ で表すこともできる. rB cos θB xB r2B yB 2 sin θB d rB θB = 2bB dt θ 1 Br θBl 0 rB 2 rB 2 = SB (qB )νB νd = θ˙Brd θ˙Bld q˙M 1d q˙M 2d cos θB sin θB ˙ θBr rB − 2b θ˙ B Bl 0 1 ξ := ν − νd (3) SB (qB ) 0 νB , ν= 0 I2 q˙M (9) と定義する. ここで, 入力トルクとして, B1 (q)τ = M1 (q)ν˙ d + C1 (q, q)ν ˙ d + G1 (q) + uξ (10) を考える. uξ は後に提案する新たな入力である. モバイルマニピュレータのダイナミクス (8) 式と 入力トルク (10) 式を用いて構成されるシステムは, (4) ただし, S(qB ) = T とする. そして, 車輪角速度および関節角速度に関 する偏差 ξ ∈ R4 を そして, (3) 式のベースの運動学モデルを用いて, モバイルマニピュレータの運動学モデルを以下の ように表すことにする. q˙ = S(qB )ν (8) ベースの両車輪の目標角速度 νBd = [θ˙Brd θ˙Bld ]T と, マニピュレータの目標関節角速度 q˙M d = [q˙M 1d q˙M 2d ]T を合わせることで, モバイルマニピュ レータの目標値を 接続部2 接続部1 システムの構築 本研究では, モバイルマニピュレータのダイナミ クス (7) 式を簡単化するために外力がない, つまり λM = 0 とする. このとき, モバイルマニピュレー タのダイナミクスは次式となる. 図. 2: 台車型ロボット zM 0 3 x M1 (q)ξ˙ = −C1 (q, q)ξ ˙ + uξ (5) (11) である. このシステムに対して次の補題が成立する. また, モバイルマニピュレータのダイナミクスは 次式で与えられる. 補題 1 (11) 式において, 入力 uξ から出力 ξ に対 して T M (q) q¨ + C (q, q) ˙ q˙ + G (q) = JM (q) λM + B(q)τ T (6) 0 M (q) ∈ R7×7 は正定な慣性行列, C(q, q) ˙ ∈ R7×7 は遠心力を表す行列, G(q) ∈ R7 は重力項, JM (q) ∈ R2×7 はヤコビアン行列, B(q)τ ∈ R7 は 入力(駆動トルク), λM ∈ R2 は外力である. (6) 式のモバイルマニピュレータのダイナミクス の変数 q に運動学モデル (3) 式を代入し, 両辺の左 から S T (qB ) を掛けることで, 運動学モデルを考慮 uTξ ξdt ≥ −βξ , ∀ T > 0 (12) が成立する. ただし, βξ はダイナミクスの初期条 件のみに関係する非負の定数である. 証明 1 エネルギー関数として Vξ = 2 1 T ξ M1 (q)ξ 2 (13) を考える. エネルギー関数 Vξ を時間微分する. 5 1 ˙T V˙ ξ = ξ M1 (q)ξ + ξ T M˙ 1 (q)ξ + ξ T M1 (q)ξ˙ 2 1 = ξ T M1 (q)ξ˙ + ξ T M˙ 1 (q)ξ (... Vξ ∈ R) 2 (14) 外力が存在する場合, 外力 λM が被制御量 ξ に 与える影響を小さくすることが求められる. この ために, システムの L2 ゲインを小さくするコント ローラを設計する必要がある. 外力 λM が加わったときのシステムは, (7) 式と (10) 式より, ここで, (11) 式を代入すると, 1 V˙ ξ = ξ T −C1 (q, q)ξ ˙ + uξ + ξ T M˙ 1 (q)ξ 2 1 ˙ ξ (15) = ξ T uξ + ξ T M˙ 1 (q) − 2C1 (q, q) 2 (15) 式の第 2 項目の M˙ 1 (q) − 2C1 (q, q) ˙ は歪対称行 T M1 (q)ξ˙ = −C1 (q, q)ξ ˙ + uξ + J¯M (q)λM (22) となる. このシステム (22) 式を, (14) 式に代入す ると, T V˙ ξ = ξ T −C1 (q, q)ξ ˙ + uξ + J¯M (q)λM 列であるため, ξ T M˙ 1 (q) − 2C1 (q, q) ˙ ξ=0 1 + ξ T M˙ 1 (q)ξ 2 = ξ T uξ + ξ T J¯T (q)λM (16) となる. したがって, M V˙ ξ = ξ T uξ = uTξ ξ (17) = (17) 式の両辺を時間積分することで, T 0 uTξ ξdt = T この補題 1 は, モバイルマニピュレータのダイ ナミクス (8) 式と入力トルク (10) 式を用いて構成 されるシステムが, 受動性を持っていることを意味 する. 制御則の提案 Kξ := diag[kξ1, kξ2 , kξ3, kξ4 ] (20) 定理 1 システム (11) 式と入力 (19) 式で構成され るシステム全体の平衡点 ξ = 0 は漸近安定である. となる. このとき最悪外乱として, λM は, 証明 2 (13) 式のエネルギー関数は, 行列 M1 (q) が 正定であるため正定関数である. さらに, (19) 式を 適用したときのエネルギー関数 Vξ の時間微分は, V˙ ξ = T (23) 1 γ2 V˙ ξ + ξ 2 − λM 2 2 2 γ2 1 T =− λM 2 + ξ 2 + ξ T uξ + ξ T J¯M (q)λM 2 2 1 1 = ξ 2 − ξ T Kξ ξ + 2 ξ T Jξ 2 2γ 2 γ 1 − λM − 2 J¯M (q)ξ 2 (... (19), (24) 式) 2 γ (25) Kξ は各車輪および各関節に対するゲインである. ただし, ゲインにおける各要素は全て正とする. このとき, システム (11) 式の受動性によって, 安 定性に関しての次の定理が導かれる. uTξ ξ 2 T (q)J¯ (q) とした. さらに, となる. ただし, J = J¯M M システム (11) 式に対して, 平衡点 ξ = 0 を安定 とする制御則として次式を提案する. (19) γ2 γ2 λM 2 − λM 2 2 T +ξ T uξ + ξ T J¯M (q)λM γ2 1 λM − 2 J¯M (q)ξ 2 2 γ T γ2 1 1 = λM − 2 J¯M (q)ξ λM − 2 J¯M (q)ξ 2 γ γ 2 γ 1 T = λM 2 − ξ T J¯M (q)λM + 2 ξ T Jξ 2 2γ (... Vξ ∈ R) (24) (Q.E.D.) uξ = −Kξ ξ (... (16) 式) 1 1 2 + ξ 2− ξ 2 2 ここで, 平方完成を用いるために, 次式を導出する. V˙ ξ dt ≥ −Vξ (0) := −βξ (18) 0 が成立する. 4 外力が存在する場合 λM = 1 ¯ JM (q)ξ γ2 (26) で与えられる. 任意の λM に対して, 以下の不等式 が成り立つ. T = −(Kξ ξ) ξ = −ξ Kξ ξ ≤ 0 (21) 1 γ2 V˙ ξ + ξ 2 − λM 2 2 2 1 1 ≤ ξ 2 − ξ T Kξ ξ + 2 ξ T Jξ 2 2γ 1 1 = −ξ T Kξ − 2 J − I ξ 2γ 2 となり, 準負定となる. つまり, リアプノフの安定 定理より平衡点 ξ = 0 は安定となる. また, ラ・ サールの不変性原理を用いると, ξ = 0 以外では V˙ ξ = 0 にはならないため, 平衡点 ξ = 0 は漸近安 定である. (Q.E.D.) 3 (27) (28) 2 ここで, 行列 P を − γ2 λM 2 −8 −5 0 5 10 15 20 1.6 (γ λM 0.4 0.2 0 −0.2 0 10 20 50 0 −0.2 0 10 20 t[s] V˙ ξ dt ≥ −2V (0) := −βL2 1.8 1.6 1.4 1.2 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 −0.2 0 γ≥ sup λM ∈L2 /{0} ξ L2 λM L2 30 40 50 t[s] 図. 6: 右車輪の角速度 θ˙Br (31) となる. βL2 はダイナミクスの初期条件のみに関 係する非負の定数である. そして, T → ∞ のとき に, 初期値を無視すれば, 図. 7: 左車輪の角速度 θ˙Bl 1 0.8 0.6 0.4 0.2 10 (32) 20 30 t[s] 40 50 0 −0.2 0 10 20 30 40 50 t[s] 図. 8: リンク 1 の関節角 図. 9: リンク 2 の関節角 度 qM 1 度 qM 2 となる. したがって, 行列 P が準正定行列のとき, システムは外力 λM から被制御量 ξ に対して, γ 以 下の L2 ゲインを有する. つまり, γ が 1 以下のコン トローラを設計すれば, L2 ゲインが小さくなり, 外 力 λM が被制御量 ξ に与える影響を小さくできる. 6 40 qM 2 , qM 2d[rad] 0 30 qM 1 , qM 1d[rad] T 1 0.6 0 ≥2 図. 5: ベースの傾き θB 0.8 0.6 − ξ )dt 50 1.2 1 0.8 2 40 1.4 1.2 0.2 2 30 1.6 1.4 0.4 2 20 t[s] 図. 4: モバイルマニピュ レータの軌道 が成り立つ. (30) 式の両辺を時間積分すると, T 10 X[m] ≤ −ξ T P ξ ≤ 0 (30) 2 −4 θ˙Br , θ˙Brd [rad/s] 2 −2 −6 と定義し, この行列 P が準正定行列となるように, ゲイン Kξ を選ぶと, 1 V˙ ξ + ξ 2 θB [rad] (29) 0.2 0 −0.2 −0.4 −0.6 −0.8 −1 −1.2 −1.4 −1.6 −1.8 −2 0 θ˙Bl , θ˙Bld [rad/s] 1 1 P := Kξ − 2 J − I 2γ 2 Y[m] 0 7 おわりに 本研究では, ベースとマニピュレータのダイナ ミクスからモバイルマニピュレータのダイナミク スを求めた. そして, そのダイナミクスに運動学モ デルを導入することで, 運動学モデルを考慮した ダイナミクスを導出した. そして, 導出したモバイ ルマニピュレータのモデルのエネルギー関数を用 いて, リアプノフの安定定理から制御則を提案し, シミュレーションにより提案する制御則の検証を 行った. その結果, 設定した目標軌道にモバイル マニピュレータが追従していることが確認できた. また, 外力が存在する場合については, 提案した制 御則より, システムが γ 以下の L2 ゲインを有し, 外力の影響を小さくできることを確認した. シミュレーション モバイルマニピュレータの物理パラメータを bB = rB = d = 1[m], l1 = l2 = 2[m], r1 = r2 = 1[m], mB = mW = m1 = m2 = 1[kg], IB = IW = Im = I1 = I2 = 1[kg · m2 ] の ように与える. また, モバイルマニピュレータの 初速度を q(0) ˙ = [0 0 0 0 0 0 0]T , 初期座標を q(0) = [0 0 0 0 0 0 0]T とする. ベースの目標軌道は, 直線と曲線から成る混成軌 道とする. また, マニピュレータの各リンクの目標 軌道は, 始動時と停止時に等加速度運動をする軌道 とする. 以上の目標軌道にモバイルマニピュレー タが追従するかを MATLAB でシミュレーション する. ただし, 本シミュレーションでは外力 λM は 考慮しない. 参考文献 [1] 成清, 中川, 川西, “モバイルマニピュレータ の位置と力のハイブリッド制御, ” 計測自動 制御学会論文集, vol. 44, no. 11, pp. 919-926, 2008. シミュレーションの結果を図 4-9 に示す. 各図に おいて, 鎖線が目標軌道, 実線がモバイルマニピュ レータの状態である. 図 4-9 の全ての図で, 設定し た目標軌道とモバイルマニピュレータの状態が重 なっていることが確認できる. [2] 深尾, “非ホロノミック移動ロボットの適応制 御, ” 計測と制御, vol. 45, no. 7, pp. 602–607, 2006. 4
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