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日消外会誌 22(10)12325∼ 2332,1989年
原
著
イ ヌ食道静脈瘤作成 に関す る実験的研究
群馬大学医学部第 2 外 科学教室 ( 指導 : 泉 雄 勝 教授)
佐
藤
尚
文
STUDIES ON EXPERIMENTAL VARIX OF THE ESOPHAGUS IN DOG
Naohulni SATO
The Second Department Of Surgery,(Sunma University,School of WIedicine
(Directori Prof h71asaru lzuo)
食道静脈瘤 の血 行動態的特徴 を解 明 し, ま た 内祝鏡 的硬化療法 な ど治療実験 に応用す る 目的で, イ
ヌで食道静脈瘤 モ デル を作成 した 。陣摘後, 牌 動静脈吻合, 門 脈 本幹 に狭 窄環装着 を行 った 3 頭 の う
ち 1 顕 と, 門 脈 下大静脈 吻合, 下 大静脈結紫, 門 脈 本幹 に狭窄環 を装着 した 6 頭 の うち 3 頭 に, 食 道
静脈瘤 内視鏡所 見記載基準 に よる F l L m C w R C ( 一 ) の静脈瘤 の発 生 をみた。本術式, 特 に後者 は高率
に静脈瘤 が発生 し, 食 道静脈瘤 モ デル として有用 であ る と思われ る。
索引用語 1 食道静脈瘤, 動 物実験 モデル
I . 緒
言
食道静脈瘤 の原因 とな る門脈圧元進症 は, 肝 硬 変や
多様 の症状 を呈す るため,外 科的手術 の場合 に もそ の
術式選択 につ いて,ま た硬化療法 におけ る薬 剤 の選択
門脈 血 栓症, 腸 間膜動 静脈慶, 特 発性門脈圧元進症 な
ど, 数 々の病態 に よ り引 き起 こされ る。 門脈 血 は末給
や注入方法 につ いて も多 くの問題 が未解決 であ る。 そ
門脈枝 か ら肝小葉 の類洞 を通 って, 中 心静脈, 小 葉間
静脈 を経 て肝 静脈 へ流 出す る。 そ の間 の どこの部位 に
な治療法 の確立 に役立 ち,ま た 食道静脈瘤発生 の血 行
おいて も血流 に抵抗 を与 えるよ うな変化 がお こる と,
こで動物 で 食道静脈瘤 モデルが あれ ば, これ ら臨床的
動態 も明 らかにな る と考 え,本 研 究 は食道 静脈瘤 の動
物実験 モ デ ル作成 を 目的 として各実 験 を行 ったが,そ
びその上流 の静脈 内圧 が上 昇す る。 それ は腹腔 内血 管
の際,① 門脈 血 管抵抗 を増加 させ る。② 門脈領域 に流
入す る血液量 を増加 させ る。 の 2条 件 を満たす ことを
床 の容量 を増大 させ, 心 拍 出量 を増加 させ る。こ の よ
意 図 した。 そ の結果,食 道静脈瘤発 生 に関 して 2, 3
うに初 めは受動的 な現 象 として腹腔 内血 流 の増大 が始
の知 見 を得 たので報告す る。
門脈 血 流抵 抗 が増大 して鬱 血 が起 こ り, 門 脈本幹 お よ
ま り, そ の状態 が続 くとい うこ とが食道静脈瘤 とい う
副血 行路 の発達 を促 し, か つ その後 も高 い門脈圧 が持
続す る とい う現象を説 明 で きる, 現 実 に食道静脈瘤 を
有す る肝 硬 変息者 においては, 門 脈 血 流抵抗 が高 いに
1 ) , さらに
もかかわ らず, 門 脈 血 流 の低下 は軽度 で あ り
食 道 静脈 瘤 とい う肝 外 シ ャン ト血 流 を有 す る こ とよ
り, 門 脈領域 に流入す る血液量 の増 加が, 門 脈圧 上昇
とともに食道静脈瘤 を発 生, 発 達 させ るための条件 と
考 え られ る。
臨床例 では食道静脈瘤 の病態 は きわ めて複雑 で 多種
<1989年 6月 7日 受理>別 刷請求先 i佐 藤 尚 文
〒371 前 橋市 昭和 町 3-39-15 群 馬大学 医学 部第
2外 科
H.実 験 材料 お よび方法
実 験 に は12∼20kgの 雑 種 成 犬 を 用 い,pentobar‐
bital sodium 25mg/kg静
脈 注入 に よる全身麻酔 とし,
気管 内挿管後 ア ニマル レス ピレイタ ー (ン ナ ノ製作所
モ デ ル SN‐480-3)にて調 節呼吸を行 った 。術中筋弛緩
剤 にはパ ンク ロニ ウ ムブ ロマ イ ドを適宜使用 した。門
脈 血 流 の預J定は電磁流量計 (日本光電社製 MF‐27)を
ー
用 い,P弓
脈径 に合わせ 内径 8∼10mmの プ ロ ブを装着
して測 定 した。また門脈圧 は,腸間膜静脈枝 よ り14Gの
ポ リプ ロピレン製 の カテ ーテル を門脈 本幹 まで挿 入 し
て Sanei社 製 の トラ ンスデ ューサ ー (type 45266)に
接続 し,同 社製 ポ リグ ラフ (type 363)に出力 して測
定 した。 なお ゼ ロ点 は 門脈圧 に関 しては肝 門部 とす る
2(2326)
イヌ食道静脈瘤作成 に関する実験的研究
べ きで あ るが,個 体 に よ リー 定 しないので,本 実験 で
は手術台 の表面 の 高 さに統 一 した。
日消外会誌 22巻
れの門脈血流 お よび門脈圧変化 を測定 した 。 なお ここ
で使用 した狭窄環 は,血 管狭窄 を徐 々に進行 させ る 日
A.基 礎 実験
的 で,内 径lcm,長 さ5mmの
(1)門 脈狭窄 モ デル実験
mmの
成犬 の 問脈 の直径 は約 10mm前 後 で あ り,そ の外側
に内 径4mmの シ リコ ン製 チ ュー プを かがせ て 門脈 狭
窄 モ デル を作成 し,門 脈 血 流 お よび門脈圧 の変化 を預」
定 した.
(2)シ ャン ト実験
門脈領域 へ の流 入血液量 を増加 させ る 目的で,牌 易J
後牌動脈 と牌 静脈 をやや斜め に端 々吻合 を した搾 動静
脈 吻合群 (図 1)と 下大静脈 門脈側 々吻合 を行 い,そ
の頭側 で下 大静脈 を結紫 した 門脈下大静脈 lla合
群 (図
10号
ス テ ン レス管 内 に直径4
鍵型孔 を開 けた カゼ イ ン樹脂 を はめ こんだ もの
(以下 ア メ Pイ ド狭窄環 ;AMC)で ,体 内にお いて カ
ゼ イ ン樹脂 が水分 を吸収 して徐 々に膨化 し,門 脈 を完
全 閉塞 させ る こ とを 目的 とした もので あ る。 なお血管
吻合 には,陣 動 静脈 吻合で は 8-0,門 脈 下大静脈 吻合
では 6-0の 非 吸収性合成糸 を用 いて,手縫 いに よる連
続縫合 を行 った。
B.食 道静脈瘤 作成実験
次 に食道静脈瘤作成 モ デル として, これ らの血管吻
合犬 に AMCを
組 み合わせ て実験 をすすめた (表 1).
陣動静脈 吻合 は 6頭 に行 った。初 めの 3頭 は,AMC
2)を 作成 し,そ れぞれ に狭窄環 を装着 して,そ れぞ
を陣 静脈 が前腸間膜静脈 に流入す る直前 に装着 し (図
図
1
図
2
日十 二 指 E E 静ほ
術式 I
表 1 食 道静脈瘤作成実験系
頭 頭 頭
( 1 ) 陣 動静脈吻合群
a)AMCを
陣静脈 に装着
問脈本幹に装着
( 術式 I )
( 術式 I I )
(2)門 脈下大静脈吻合 十下大静脈結繁群
al)AMCを
胃十二 指腸静脈 よ り末梢 に装着
(術式IH)
24頭・
3頭
a2)上 記 に胃前庭部血行郭清付加
bl)AMCを
門脈本幹に装着 (二期手術)
(術式IH′
)
(術式 IV)
3頭
2頭
b2)AMCを
(術式 Ⅳ)
6頭
b)AMCを
門脈本幹に装着 (一期手術)
A M C : ァ メロイ ド狭窄環
・
術中 シ ョック死1 0 4 / 1 含
をむ
3(2327)
1989年
10月
1下 ,術 式 II).
門脈圧元進 は得 られ なか った。
(2)シ ャン ト実験結果
//1は
1 4 頭で,
門脈下大静脈 吻合 は2 4 頭に行 い, 耐 術
の
は
部
3
頭
吻合後,
門脈 血
まず最初
一
, 門 脈下大静脈
陣摘後,眸 動 静脈 吻合 を行 った時 の 門脈 血 行動態 は
図 4で 示 す よ うに,門 脈 圧 は解 動 静脈 吻合 に よ り,4
1 上 , 術 式 I ) 他 の 3 頭 は, 門 脈 本幹 に装着 した ( 図
流 を残す 目的で, A M C を
胃十 二 指 腸 静脈 合流部 の 末
精 に装着 した ( 図 2 上 , 術 式I I I ) .
次 に他 の 3 頭 で, 同 様 の手術 に 胃前庭部 の血 行郭清
を加 えた ( 術式 I I I)′
.
次 の 2 頭 は 2 期 的手術 で, ま ず 1 期 的 に門脈下大静
脈吻合, A M C の 門脈本幹装着 を行 い, 1 週 間後 に 2 期
的 に下大静脈 を結熱 した 。次 の 6 頭 では 門脈下大静脈
吻合後, 1 期 的 に下大静脈結繁 まで行 い, A M C を 門脈
本幹 に装 着 した ( 図 2 下 , 術 式 I V ) .
耐術例 1 4 頭は, 1 週 間 ご とに内視鏡 ( オ リンパ ス光
1 0 ) に て食道, 胃 の観察 を行 い, 食 道 静脈瘤
学社製 P ‐
の発達 のみ られた例 では 1 カ 月後, み られな か った例
で は 2 か 月後 に開腹 して, 吻 合部位, 狭 窄環装着部位,
胃周囲 の静脈 の怒張 の程度 を観察 した。 なお観察 され
た 食道 静脈瘤 は, 食 道 静脈 瘤 内祝鏡 記載 基準りに よ り
記載 した,
I I I . 結果
A.基 礎 実験結果
(1)門 脈狭窄 モ デ ル
mmHgか
で上 昇 し,門 脈 血 流 も32m1/
ら60mmHgま
mim/kg BWか
ら75m1/min/kg BWま
で増加 した。
装 着 す る と,門 脈 血 流 は31mi/
ぼ
前値 に復 したが,門 脈圧 は さら
min/kg BWと ,ほ
に増加 し63mmHgで あ った。そ して この値 は 1時 間後
門脈 本 幹 に AMCを
も維持 され ていた 。以上 の結果 よ り, この陣動静脈 吻
合 で食道 静脈瘤発 生 の可能性 が示唆 された.
門脈下大 静脈 吻合実験 で は,門 脈 血 行動態 は 図 5に
示 す よ うに,門 脈 下 大 静 脈 吻 合 に よ り,門 脈 圧 は5
ら2 m m H g , 門 脈 血 流 は3 6 m 1 / m i n / k g B W
か ら2 . 5 m 1 / m i n / k g B W となるが, そ こで下大静脈 を
結 繁 す る と, 門 脈 圧 は3 6 m m H g , 門 脈 血 流 も7 4 m 1 /
m i n / k g B W ま で増加 が見 られた。 さらに A M C を 門
mmHgか
脈 本幹 に装着 す る と, 門 脈 圧 は さ らに上 昇 して4 3
図 4 陣 動静脈 吻合 における門脈圧お よび門脈血流量
の変化 (N=2)
(mmHを ) (nlⅢ
n/K`BW)
E
Pl脈
O一
一 。
ー
直径 約 10mmの 門脈 に 内径 4mmの シ リコン チ ュ
ブを装着 した 門脈狭 窄 モデルでは,門 脈 血行動態 は図
3の よ うに変化 した 。す なわ ち門脈血流 は,36m1/min/
kg body weight(BW)か
ら18.5m1/min/kg BWに
上 昇 したが, 1時 間後 には4 5111mHgと ほぼ前値 に復
した.以 上 の よ うに単純 な る門脈狭窄 で は,永 続的 な
図3
流量 の変
門脈狭窄 におけ る門脈圧 お よび門lFFt血
化 (N=2)
(6dHd
(r/hin./Kg
body '.ight(ew)
1時 間 後
A M C挿 着
減 少 し,そ の後 2時 間 まで16m1/min/kg BWと ,ほ ぼ
ら14mmHgま で
横 ばいで あ った.門 脈圧 は4mmHgか
図 5 門 脈下大静脈吻合 における門脈圧および門脈血
流量 の変化 (N=2)
岳)職 解/K`Bり
,料
,弧
E O-0
4(2328)
イス食道静脈瘤作成に関する実験的研究
日消外会議 22巻
10号
表 2 食 道静脈瘤作成実験結果
術 式
AVSttAMC
経 過
頭 数
術式 I
2頭 生rF
3
食
道静脈瑠発生
―
1頭 感染死
術式 B
3
生存
1/3
P C S 十 下大静脈結禁 十A M C
10
シ
ヨンク死
術式 I H
術式 I H '
3
4t7F
3
生
存
術式 Ⅳ ( 二期手術)
2
生
存
術式 I V ( D O B 使
6
生
存
用, 一 期手術)
3/6
AVS:陣 動静脈吻合
PCS i門 脈下大静脈吻合
AMC:ァ メロイ ド狭午環
・):胃 大綱静脈瘤発生
mmHgと
な り,門 脈 血 流 も42m1/min/kg BW,1時
後 で も36m1/min/kg BWで
間
あ り,こ の 方 法 で も食 道 静
図 6 牌 動静脈吻合 十門脈本幹 AMC装
た食道静脈瘤 の内視鏡写真
着 によ り生 じ
脈 瘤 発 生 の 可 能 性 が 示 唆 され た 。 な お 本 術 式 で は 下 大
静脈 結 紫 に よ り著 しい血 圧低 下 を きた す た め ,結 繁 直
前 よ リ ドブタ ミン (以下 DOB)10γ を経 静脈 的 に 使 用
した 。
以 上 の結 果 を ふ ま え て 食 道 静 脈 瘤 作 成 実 験 を 行 っ
亨【i .
B.食 道静脈瘤 作成実験結果 (表 2)
(1)陣 動静脈 吻合群
陣 動静脈 吻合 6頭 の うち AMCの 装着部位 に よって
み る と,術 式 Iの 3頭 に AMCを 陣 静脈 に装着 して 門
脈 系全体 の鬱 血 を避 け, 胃上部 のみ の圧元進 を 目的 と
した。 その内 1頭 は腹腔 内感染 で死亡 したが,耐 術 2
頭 で は食道静脈瘤 の発生 はみ られず ,剖 検 の結果,血
栓 に よる動静脈 吻合部位 の閉塞 が認 め られた。次 に門
脈 本 幹 に AMCを
装着 した 術 式 IIの 3頭 は 全 pll生
存
し, う ち 1頭 に食 道 静脈 瘤 内視鏡所 見記戴 基準 うに よ
る FlLmCwRC(―
)の 食道静脈瘤 を認 めた (図 6).
静脈瘤 の発生 しなか った 2頭 では,剖 検 の結果,血 栓
に よる吻合部 の 閉塞 を認 めた。
(2)門 脈 下大静脈 吻合 十下大静脈 結 繁群
門脈 下大静脈 吻合 は24頭に行 ったが,内 8頭 は血 管
吻合 中 の腸管鬱血 とそれ に引 き続 くシ ョ ックにて直死
した.そ れ以後 は,門 脈 下大 静脈 吻合 中 に前腸間膜動
脈 を クランプす る こ とに よ り解決 した。 また術式IVで
は 2頭 が 下 大 静脈 結 熱 直 後 に シ ョ ックの た め 死 亡 し
た。し たが って,本 術式 の耐術例 は14頭で,門 脈下大
静脈 吻合,下 大静脈 結熱 に AMC装
着 を 冒十 二 指腸 静
脈 の末浦側 に装着 した ものが 6 頭 , 同 上 手術 に A M C
を門脈 本幹 に装着 した ものが 8 頭 で あ る。
まず A M C を
胃十 二 指腸静脈 の末裕側 に装着 ( 術式
I I I ) した 3 頭 は, 食 道 静脈瘤 の発生 はみ られず , 術 後
8 週 間後 に開腹す る と, 右 胃静脈 と右 胃大綱静脈 の怒
張 が著 明で, ゼ ラチ ン加 バ リウ ムを注入 した 胃食道軟
線撮影 では, 胃上部 か ら食道 に向 か う血 管 は きわ め て
少 な く, 胃前庭部 の壁外 静脈瘤 で あ った ( 図 7 ) .
そ こで, 前 述 の手術 に前庭部 の血 行郭清 を付加 した
手術 ( 術式 I I I)′
を 3 頭 に行 ったが, い ずれ も食道静脈
瘤 の発生 をみ なか った。
次 に 門脈 下大静脈 吻合, 下大静脈結繁 , A M C の 肝 門
部装着 ( 術式I V ) の 耐術例 は 8 頭 で あ る。初期 の 2 頭
は, 手 術を 2 期 的 に施行 し, 1 期 手術 として門脈下大
静脈吻合, A M C の 肝門部装着 を行い, 1 週 間後 に 2 期
的に下大静脈結繁を行 った。 これ ら2 頭 とも術後 4 週
間生存 したが, 食 道静脈瘤の発生 はみ られなか った.
その後は 1 期 的手術をす ることとして, 術 中術後に
5(2329)
1989年10月
図 7 門 脈下大静脈吻合,下大静脈結索,AMCの 胃十
二指腸静脈 より末精 に装着 により生 じた右 胃および
右 胃大網静EFR瘤
.胃 上部 より食道へむか う静脈 は,
ほとんど発達 していない.(ゼラチン加バ リウムによ
る切除標本の血管造影写真)
図 9 門 脈下大静脈吻合,下大静脈結 繁,AMCの 肝門
部装着 によ り生 じた食道静脈瘤.胃 上部で多数 の吻
形成 された 3条 の静脈瘤 が認 め られ る。(ゼ
合 をlFaて
ラチ ン加 バ リウムによる切除標本 の血管造影写真)
大静脈吻合,下大静脈結繁,AMCの 肝門
図 8 門 trFt下
部装着 により生 じた食道静脈瘤 の内視鏡写真
図10 HE染 色による食道横断像.粘 膜下 および筋層
内に拡張 した血管 と出血を認める。
D O B を 5 ∼1 0 γ経静脈的投与す る こ とで , シ ョ ックの
予防 を した。
耐 術 例 は 6 頭 で, 内 3 頭 に 術 後 4 週 間 で F l L m ‐
C w R C ( 一 ) の 食道静脈瘤 を認めた ( 図 8 ) .
開腹 して左 胃静脈 よ リゼ ラチ ン加 バ リウムをと入 し
た マ イ ク ロア ンギオグ ラフ ィー像 では, 胃 体上部小弯
側 の数本 の壁 内血 管 が 多数 の吻合 を経 て形成 された食
道 静 脈 瘤 が 描 出 さ れ た ( 図 9 ) . 下部 食 道 壁 を
h e m a t o x y l i ne‐
o s i n ( H E ) 染 色 した組織像 では, 粘 膜
下 お よび筋層内 に拡張 した血管 を多数認 めた ( 図1 0 ) .
他 の 3 頭 は術後 2 か 月間経過 を追 ったが, 食 道静脈瘤
の発 生 はみ られ なか った。
IV.考
察
択 や注入方法 につ いて も公式的 な適応基準 が な いのが
"り
現状 で あ る。す なわ ち硬 化剤 注 入 は血 管 外 が 良 い
か,血 管 内ゆいが 良 いか,注 入量 は どの程度 が適量 かな
ど,多 くの 問題 がい まだ解決 されて い な い。 そ こで動
物 で食道静脈瘤 モ デルが あれ ば, これ ら臨床的 な治療
法 の確立 に役立 ち,ま た 食道静脈瘤発 生 の血 行動態 も
食道静脈瘤 の病態 は, きわめて複雑 で あ り, 多 種 多
様 の臨床症状 を星す るため, 外 科的手術 の場 合 に もそ
明 らかにな る と考 え,本 研究 は イ ヌにおいて食道静脈
瘤 モデル を作成す るこ とを 目的 とした。
の術式選択 につ いて, ま た硬化療法 における薬剤 の選
食道静脈瘤 を実験 的 に作成す る試 み は,古 くよ り多
6(2330)
イ ヌ食道静脈瘤作成 に関す る実験的研究
くの研究者 に よ り行われた, 門 脈圧克進症 も, 種 々の
動物 において実験的 に作成 されたつ- 1 1 ) 。
しか しなが ら
ヒ トでみ られ るよ うな食道静脈瘤 は, サ ル においては
報告 1 2 ) さ
れたが, イ ヌ1 3 ) , ラッ ト1 1 ) , マウス1 4 ) で
は静脈
瘤 の発生 は認 め られ なか った。 イ ヌに おいて肝 静脈 と
門脈 を狭窄 させ る こ とに よ り, 肝 臓 の鬱血 と腹水 お よ
び衆膜 下の静脈 の怒振 は発生 したが, 術 後 の死亡率 が
きわめて高率 で あ った。 イ ヌの食道 静脈瘤 モ デル とし
ては1 9 6 0 年に T a n i y a ら に よ り, 1 期 的 に麻 尾部 お よ
び陣臓摘 出 と陣 動静脈 吻合 を行 い, 2 期 的 に陣 静脈結
繁 を行 う方法で報 告 l D されたが, 術 直後 の 目充 血 に よ
る死亡 が高率 にみ られた. 今 回著者 が試 みた方法 は,
幾 つ かの点 を注 意すれ ば死亡 率 は低 く, また 高率 に食
道 静脈瘤 の発生 が み られ , 肝 外性門脈 閉塞 に よる食道
静脈 瘤 の動物 モ デル としての条件 を満 たす もの と思わ
れた.
日消外会誌 22巻
10号
門脈 流域 に流入す る血 液 を増加 させ るため には,そ
の流域 の 1か 所 に動静脈 シ ャン トを作 る方法 と,門 脈
流域 以外 の 静脈血 を門脈 に流 入 させ るかのいずれ かで
あ る。前者 は術式 I,IIの ご とく眸 動 静脈吻合 に よ り,
後者 は術式III,IVのごと く門脈下大静脈吻合 十下大静
脈結 繁で,そ の条件 を満 た した。 しか しこれ だけでは
総肝血 流量 も増加 して しまい,そ の結果肝 内 シ ャン ト
の増 加 な ど生体 の ホ メオス タシス機構 に よ り,門 脈圧
の上 昇 は維持 で きな い と考 えた。肝 硬変 で組織学 的 に
明 らかに された 冒壁 内 の動静脈 シ ャン トは,門 脈 血 管
抵抗 の上 昇 に伴 う門脈血流 の低 下 を正常 に戻 そ うとす
るホ メオス タシスの 1つ であ る と考 えれ ば,食 道静脈
瘤作成実験 においては,肝 血 流 を減少 させ てお くこ と
が, 2次 的 な 冒壁 内動静脈 シ ャン トを発達 させ るため
に必要 と思われた。事実,肝 硬変症 において,内 因性
の グル カ ゴ ン の 増 加22)ゃォ ク トパ ミンの 出 現2)が,
門 脈 圧 元 進 症 や 食 道 静 脈 瘤 の 成 因 に つ い て は,
M c i n d O e に よって 提 唱 l 。され W h i p p l e 学 派 に よって
hyperdynamic‐stateの成 因 に 大 き くか かわ って い る
臨床 的意義 が 明確 に された 門脈 閉塞説 が主流 をな し今
も,門 脈 領域 へ の流 入血液 を増加 させ る とともに, カ
ゼ イ ン樹脂 と金 属環 よ り作成 した AMCを 使用 して,
日に至 ってい る。す なわ ち肝硬変症や 門脈血栓症, 肝
との考 え もあ り,今 回の食道静脈瘤作成実験 において
静脈 閉塞症 な どで門脈 血 管抵抗 が上 昇 し, そ の結果 と
して 門脈圧克進 が 出現 し肝外 に遠肝性 の副血行路 を生
生存可能 な限 り肝血流 を減少 させ てお くこ とを意 図 と
じさせ る。 そ してその遠肝性 副血行路 の 1 つ が食道 静
術式 Iは 食道静脈瘤 の発達 に必要 な胃上部 のみの圧
元進 を意 図 したが,食 道静脈瘤 は発生 しなか った。 お
脈瘤 で あ る とい うものであ る。 しか し門脈圧元進症 の
大部 分を しめ る肝硬 変症や特発性 門脈圧元進症 におい
て, 食 道静脈瘤 に密接す る冒上部 の微 小循環 において
動静脈 間 の血 管抵抗 が著 しく減少 し, 循 環元進状態 が
起 こ り, これ が食道静脈瘤 の成 因 に密接 な関係 を有す
るこ とが井 口 らに よって示 された1 つ
. 事実, 食道静脈瘤
を有す る肝 硬 変症 において, 門 脈圧 が 高 いに もかかわ
らず , 門 脈 本幹 での血 流量 は正常 とほ とん ど差 はみ ら
れず , 肝 外 シ ャン ト血 流 の存在 を考 えれ ば, 門 脈 流域
した 。
そ ら く胃上部 の静脈 血 は 胃壁 内を通 って本来 の生理的
な門脈 ル ー トヘ 流 出 した もの と思わ れた。
術式 IIでは,AMCを
肝 門部 に装着 したため,肝 外
シ ャン トとして体 循 環 に戻 る経 路 しか な く,動 静脈
シ ャン トが 開存 した 1頭 で食道静脈瘤 の発達 が み られ
た。本術式 は血 行動態 としては単純 で あ り,動 静脈 吻
合 の 開存率 が上 がれ ば もっと高率 に食道静脈層 の発生
が期待 で きる と思われた。
に流入す る動脈 血 流量 は, む しろ増加 してい る と考 え
られ る。 これ を裏付 け る事実 として, 肝 硬 変 を有す る
門脈 下大静脈 吻合 を行 った術 式 IIIでも,一 部生理的
な門脈血流 を温存す るために,胃 十 二 指腸静脈 よ り遠
患者 の切除 胃にお いて, 噴 門部 の 胃壁 内で動静脈 シ ャ
ン トの存在 が形態学 的 に証 明1 。
され , ま た特発 性 門脈
位 に AMCを
圧克 進 症 で は牌 動脈 血 流 量 の 著 しい増 加 が み られ る
点1 り
, さ らにまれ な例 なが ら, 解動 静脈慶 や上腸 間膜動
1 ) などに よ
静脈 療 に よ り食 道 静脈 瘤 が 発 生 した 例 2 0 ル
す る とそ ち らへ 流れ るので,術 式 III′
として上 記静脈 を
装着 したが,右 胃静脈 と右 胃大網静脈 が
したのみで
怒張
あ った 。生理的流 出路 が少 しで も存在
予防的 に郭清 したが, さ らに後方 の際 周 囲 の静脈 が流
り, 食 道静脈瘤 の成 因 は 門脈鬱 血 に よる単純 な門脈圧
出路 とな り,食 道 静脈瘤 は発生 しなか った。術式IVで
は最初,下 大静脈結熱時 ,急 激 な不可逆 的血 圧低 下が
上 昇 ではな く, 下 部食道 か ら胃噴門部 , ま た膵 体尾部
か ら牌臓 において, 動 脈系 の流 入血 液量 が異常増加す
み られたため,当 初手術 を 2期 に分 け, 1期 手術 とし
て 門脈 下大静脈 吻合 と肝 門部 に AMC装 着 を行 い, 1
る こ とが, 門 脈圧 を元 進 させ , さらに食道 静脈瘤 の発
生 の原 因であ る と考 え られ ると
週 間後 に 2期 的手術 として下 大静脈結 紫 を行 ったが,
食道静脈瘤 の発生 はみ られ なか った,お そ ら く門脈下
7(2331)
1989年10月
大静脈 吻合 の結果,肝 動脈 血 流量 が 著 し く増加 して,
総肝 血 流量 を正常近 くに保 つ 状態 が作 られ, 1週 間後
に下 大静脈 を結繁 して も,食 道静脈瘤 の発達 に必要 な
胃上部 の壁 内動静脈 吻合 な どが生 じに くいため と考 え
られた。 したが って,再 び 1期 的 に術式IVを行 うこと
を企 画 し,そ のた め下大 静脈 を結 紫 す る ときに DOB
を10γ程度経静脈 的 に使用 して, 1∼ 2分 かけて徐 々
に下大静脈 を結繁す る ことで,不 可逆的 な血圧低下 を
回避 で きた.
これ らの実験群 の うち,術式 IIで 3頭 の うち 1頭 に,
術式Ⅳ で 6頭 の うち 3頭 に食道 静脈瘤 の発 生がみ られ
2)によ
たが,静 脈瘤 は食道 静脈 瘤 内祝鏡所 見記載 基準
る,FlLmCwRC(一
)で あ った。本来 イ ヌでは実験的
に約 10分間 ,門 脈 を クランプ しただ けで不可逆的 な腸
202,ことか らも推測 で きる よ うに,門
管鬱 血 がお こる
脈系 と体循環 との生理的 な,あ るいは潜在的 な シ ャン
トが少 な い と考 え られ,そ のため に潜在的 な遠肝性肝
外 シ ャン トとしての食道静脈瘤 が発 生 しに くい もの と
考 え られ る。
また イ ヌの食道粘膜 は丸針 での縫合 が 困難 なほ ど強
国 で あ り,実験的 に作成 した 食道静脈瘤 の組織像 で も,
粘 膜 下 静脈 よ りも筋 層 内静脈 の発 達 が優 位 な もの と
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V . 結
語
雑種犬 を用 いた食道静脈嬉作 成実験 として,(1)障
動静脈 吻合 十肝 門部門脈狭窄術,(2)門 脈下大静脈 吻
合 十肝 門部 門脈狭 窄 十下 大静脈結然術 を行 って, と く
に後者 の実験群 で食道静脈瘤 を高率 に発 生 させ る こ と
がで きた。 この食道静脈瘤 モデ ル に よ り, ヒ トにおけ
る食道静脈瘤発生 の血 行動態的特徴 を明確 にす る とと
もに,内 視鏡 的硬化療法 な どの治療実験 に役立 つ と思
われた。
稿を終えるにあた り,御指導,御校閲を賜わ った泉雄勝教
授 ならびに宮本幸男講師 に深甚なる感謝の意を表 します。
また数 々の御助言を頂 いた池谷俊郎先生,な らびに御協力
頂 いた教室の各位 に感謝いた します。
なお,本 論文の要 旨は第30回日本消化器外科学会総会 に
おいて発表 した.
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o n中
と
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