論 説 語用論的能力の発達に関する実証的研究* 小 林 1.はじめに 正 佳 論の分野にあっては,成人の語用論的能力の解 明を目指す研究に比べて発達研究はあまりなさ 本稿は,通常成人であれば有していると考え れていないのが実状である. られる聞接発話行為(indirect speech act)を 今後この分野の研究においては,種々の社会 理解し適切に応答する能力が,子供にはどの程 的・文化的コンテクストが,個々のインタラク 度備わっているかということを実証的調査によ ションでの適切な語用論的能力の発達にどう影 って明らかにするとともに,人間が社会化して 響するかを厳密に例証することが求められる いく過程における語用論的能力(pragmatic competence)の発達に関する研究の視点を示 (ThOlnpson 1997)という指摘もなされている そうとするものである. 発達の度合いを探る実証的研究の積み重ねが必 言語研究において伝達能力(communicative 要であると考えられる.そこで本稿では,語用 competence)の概念(Hy皿es 1972)が定義さ 論的能力の一部として,暗示的な言語表現を使 ように,特定の実際的場面での語用論的能力の れて以来,ことばの能力の発達や獲得に関する って道をおしえてもらうように頼む間接依頼行 研究は,それ以前に主流であった理論言語学や 為(indirect request)の理解能力が,子供に 心理言語学における言語能力(linguistic はどの程度備わっているかを独自の調査方法で competence)の発達研究から,社会言語学に 記述する.以下,第2章でその調査結果を示し, おける伝達能力,社会言語能力 第3章では調査結果の解釈を述べる.そして最 (sociolinguistic cOmpetence)の発達研究,そ 終章でこの種の発達研究における分析・考察の して語用論における語用論的能力の発達研究へ 視点について提案を行い結びとする. と移行してきているという一面がある(e.9. 2.調査 Bates 1974i Corsaro 1977;Ervin−TripP 1976;伊 藤1982;IJN林1987;Ochs&Schieffelin 1979; 本研究で行った実証的調査方法は,社会言語 Romaine 1984).そしてそれらの研究成果では, 学の言語変異研究で用いられた即時不意打ちイ このような能力の獲得には年令に応じた発達段 階があり,成人ではそれが完全になっている, ・ンタビュー法(Labov 1972)を参考にして筆 という知見がほぼ共通して示されている.しか 者が独自に工夫・考案したもので,自身「実験 観察法」と称する範麟に分類される調査方法で しながらすべてが解明されているわけではない. ある.その内容に照らして,本稿ではf迷子調 殊に,現実の発話場面における言葉の使い方と 査」と呼び,その方法と調査結果を以下に述べ 伝達される意味の解釈のされ方を研究する語用 ていく. 66 (4ユ6)・ 横浜経営研究 第26巻 第3・4号(2006) 2.1方法 から入り,デス・マス体で発話されているため, 「迷子調査」の内容・目的,実験観察者・被 標準的であり聞き手の年令と性別に関係なく広 調査者・手続きは次のとおりである. く使用できる表現である.しかし,小学1年生 2」lb−991 に対してはなるべく形式ばらず自然なやり取り 街中で通りすがりの見ず知らずの人に対し, になるように,機能的に等価となる表現(後者) 「すいません,道に迷ってしまったんです.」と を用rいることにした. 発話し,この非憤用的(non−conventional)な 実験観察者は被調査者の応答(発話,非言語 間接依頼行為の遂行への反応を観察・記録する. 行動,その他特記事項)を観察した.現在地や 聞き手(被依頼者)に依頼意図を的確に理解 特定の行き先などに関する情報が被調査者から してもらおうと思えば,多くの場合話し手(依 提供されるなど一連のやり取りが終了して両者 頼者)は「すいません,道に迷ってしまったん が互いに離れた後,実験観察者は当該被調査者 です塑,(∼へはどう行ったらいいでしょう に気づかれないように観察した内容をメモに採 か).」といったような,相手から情報を引き出 り,後に筆者が予め用意して実験観察者に配付 すような質問(括弧内の表現)を補足したり, しておいた「迷子調査ワークシート」に転記し 少なくとも,腕曲的依頼を表わす助詞「が」 た.なお,本研究は語用論的能力としての間接 (下線部)で文を言い差しにしたりするか,「∼ 発話行為の理解にみられる発達段階,すなわち への行き方をおしえていただけますか.」のよ 年令(成人と子供)による相違を調査すること うな,求められている行為(動作)を明示した 言い方で,より慣用性(conventionality)の高 が目的であるので,・被調査者の性別に関する分 析・考察は意図していない.よって調査計画に い言語形式による依頼行為を遂行するものであ おいても被調査者が男女同数となるような統制 る.そこを敢えて,単に話し手の現状に関する は行っていない. 真偽命題を平叙文によって陳述するという,依 頼行為の遂行(の認識)には結びつき難い,慣 2.2 結果 用性の低い言語形式を用いた場合に,聞き手 73人の実験観察者によって観察・記録された (被調査者)はどれほど話し手の「依頼」の発 間接依頼行為に対する応答のサンプル総数は, 話意図を解釈あるいは推論できるかを「迷子調 成人82件,小学1年生75件であった.実験観察 査」は捉えようとするものである. 者各人が成人と小学1年生をひとりずつ実験観 芋験 ’T・ ’≡・・x ・一続 実験観察者は東京都内の4年制私立大学の3, 察する計画であったのに,実験観察者総数とサ ンプル件数が一致していないのは,ひとりで成 4年生73人で,個々に都内および近郊の街頭に 人あるいは小学1年生に2件行った実験観察者 出かけ,見ず知らずの成人と小学1年生(下校 がいたためである. 時,黄色の帽子やランドセルカバーなどから推 成人82件,小学1年生75件のサンプルを分析 定)を対象に上述の非慣用的な間接依頼行為を した結果,非慣用的な間接依頼行為がどの程度 意図的に(実験として)遂行した.調査の実施 理解されているかを判断することのできる特徴 時期は2003年6月であった. 的な応答として以下の3種類が見出された. 各実験観察者は成人(1人)に対しては「す いません,道に迷ってしまったんです.」と発 ①(どこへ行きたいのか?〉という主旨の返答 話し,小学1年生(1人)には「おねえさん ②(どうして?〉という主旨の返答 [おにいさん]道に迷っちゃったんだ.」と発話 ③(・・・〉ポーズ・沈黙 した.前者の言語形式は相手の注意を引くこと 語用論的能力の発達に関する実証的研究(小林正佳) (417)67 表1 「迷子調査」における標本数と応答数・比率 応答の種類 . 小学1年生 成 人 標本(人) 応答(人) 標本(人) 応答(人) (どこへ行きたいのか?> 82 54(65996) 75 18(2如%) (どうして?> 82 0(巳0%) 75 5(仕796) (… )(ポーズ・沈黙) 82 5(a196) 75 30(40096) 表2 母集団比率の差の検定(Z検定)結果 (どこへ行きたいのか?〉 (どうして?〉の:返答 く・・ゴポーズ・沈 フ返答比率 范ヲ ルの比率 対立仮説 P1>P2 Pl>P2 P1>P2 iP:母集団比率) ャ人の比率が高い ャ1の比率が高い ャ1の比率が高い 標本サイズnl(人) 85 72 72 標本サイズn,(人) 72 85 85 標本比率p1 0,659 0,067 OAO 標本比率p2 0.24 0.0 0.06 棄却域Z⑩01) 233 1 233 233 統計量T 5262695 1 2382364 5097583 検定結果 T>2.33軸 T>2.33車皐 T>2.33“ 注)”196水準で有意 被調査者別に①②③の応答の件数と比率を表1 に示した. 数近くが,実際的になされた依頼に対して望ま れる応答ができなかったと言える. 上記の結果のうち,①(どこへ行きたいの ①くどこへ行きたいのか?〉という主旨の返 か?〉という主旨の返答については成人の割合 答が成人65.9%,小学1年生24.0%であり,依 が高いとする対立仮説を,②〈どうして?〉と 頼者の発話意図を理解し適切な応答のできる割 いう主旨の返答および③(… 〉ポーズ・沈 合に大きな差があった.また,②(どうして?〉 黙については小学校1年生の割合が高いとする という主旨の質問を返してきた成人は皆無であ 対立仮説を設定し,母集団比率の差の検定(Z ったのに対して,小学1年生の場合,割合とし 検定(右片側検定))を行った.その結果,い ては小さいものの75人中5人(6.7%)いたこと ずれも有意水準1%で統計的に有意であり,対 は看過できない.さらに「すいません,道に迷 立仮説が採択された(表2を参照のこと). ってしまったんです.」または「おねえさん 上述した①②③の応答の他に,非慣用的な間 [おにいさん]道に迷っちゃったんだ.」という 接依頼行為がどの程度理解されているかを判断 実験観察者の発話に③沈黙してしまったり, する上で注目すべき以下のような応答④(事例 「どこへ行きたいの?」のような質問をしてく (1)・一(5))⑤(事例(6)’一(9))が見られた. るまでに顕著なポーズ(pause)があった被調 査者の割合にも,成人6.1%に対して小学1年 生40.0%と大きな差が出た.沈黙やポーズの質 ④成人に見られた注目すべき応答 が異なることも考えられるが,小学1年生の半 いの.」 (1)「ごめんなさい,私もここの住入じゃな 横浜経営研究 第26巻 第3・4号(2006) 68(418) (3)手を振って立ち去る 240%に留まっている.人から呼び止められて 〈道に迷っている〉ことを告げられた場合,暗 (4)「はい.」「はあ.」「うん.」 示的に道案内を求める依頼であると推論する (5)「えっ?」「はっ?」「それで?」 (infer)能力が備わっていれば,円滑なコミュ ⑤小学ユ年生に見られた注目すべき応答 へ向かおうとしているかについての情報を引き (6)「うん.(うん.)」「ふ一ん.」 出し,その向かおうとする場所への行程に関す (7)「大変だね一.」 る情報を提供してやろうとするものである.し (8}「あっち.」「わかんない.」 たがって「どこへ行きたいの?」や「どちらへ (9)走り去る (いらっしゃいますか)?」などの返答は最も ②「急いでますので.」 ニケーション展開から考えると,その人がどこ 自然かつ適切な応答だと考えられる.小学1年 以上(1)から(9)は「迷子調査」で観察された被調 生が成人するまでの10年余りの間に,この理解 査者による具体の発話事例または非言語行動事 (推論)能力,すなわち一定の「辞書的」意味 例((3},(9))である.成人と小学1年生の両方 を有する言語形式が現実場面で使用された際に に同じような応答も見られるが,その発話や行 生じる新たな「状況的」意味(ここでは依頼と 動が現れる理由や背景は必ずしも同一ではない. いう機能)がわかる能力が著しく発達するもの と思われる. 3.考察 この章では,前章で「迷子調査」の結果とし なお,ここでひとつ注意が必要なのは,小学 1年生の場合,間接依頼行為を理解する力は備 て示した5つの事項について解釈を施して行き, わっているのだが,相手からの依頼に適切に応 語用論的能力の一部としての間接依頼行為の理 えるという能力が十分ではないという被調査者 解・推論能力の発達に関する一側面を明らかに もいる可能性があるという点である.この点に する.前章で示した5つの事項は以下のとおり であった. ①くどこへ行きたいのか?〉という主旨の返答 関しては後述する. ど’して? とい’主旨のlffについて 道に迷ったという発話に対して「どうして?」 などとその原因・理由を質問してしまうのは, ②(どうして?〉という主旨の返答 くどこへ行きたいのか?〉という類の返答の場 ③←tt>ポーズ・沈黙 合とは反対に,道案内を頼んでいますよという ④成人に見られた注目すべき応答 相手の発話意図を理解できていないことになる. ⑤小学1年生に見られた注目すべき応答 つまり,相手の発話を陳述・表明という直接発 話行為として受け取ってしまい,「おねえさん 以下順番に「迷子調査」結果を解釈して行く. [おにいさん]道に迷っちゃったんだ.」という言 語形式によって遂行される言外の意味(依頼の どこへn一 たいのか? とい’主旨の’反控に 間接発話行為)を推論することができていない ついて 発話者の意図,つまり依頼を遂行する間接発 からである.小学1年生に6.7%いたというこ 話行為の理解とそれに対する適切な応答能力に とは,6,7歳の年令ではまだこのような非慣 用的な間接依頼行為を理解・推論する能力が, は成人と小学1年生との間には大差があると言 おそらくその子供を取り巻く社会言語的環境が える.「迷子調査」では成人の65.9%がこれに 原因で,獲得されない可能性のある発達段階だ 類する発話をしている一方,小学1年生は ということである. 語用論的能力の発達に関する実証的研究(小林正佳) (419)69 もしこの「迷子調査」のような状況で,成人 の(6}「うん.(うん.)」「ふ一ん.」(7)「大変だ がくどうして?〉という主旨の返答をしたとす ね一.」(8)「あっち.」「わかんない.」のような るならば,それは極めて奇異に響くか,依頼者 発話をしていた.これらの観察からも,小学1 が,もっと依頼の発話意図がわかりやすくなる 年生の場合成人と違い,間接発話行為の理解・ ような明示的な言語形式を用いるべきであった 推論が不十分なために生じるポーズ・沈黙なの と後悔するかのどちらかであろう.これが子供 だと言えるであろう. の返答であるから容認されるのである. Lに られた注一一一:”べ 応娃について … ポーズ・”黙について 事例の(1)「ごめんなさい,私もここの住人じ 前章の末尾に述べたように,成人によるポー ゃないの.」と(2)「急いでますので.」の返答が ズ・沈黙(5件6.1%)と小学1年生によるそれ 意味しているのは,発話意図は理解しているが, (30件40.0%)とは必ずしも同質ではないと考 その依頼には応じられない旨を理由を述べる発 えられる.主に成人のポーズ・沈黙は相手の様 話によって伝えているということである.いず 子を伺い更なる情1報提供や説明を求める機能を れも暗示的な表現形式であり,聞接的に断りの 有するのではないだろうか.実験観察者の発話 発話行為を遂行している.相手の間接発話行為 が道案内の依頼と解釈されるには,「すいませ (依頼)に対し,やはり間接発話行為(断り) ん,道に迷ってしまったんです.」という言語 で応答するという,発達段階からみると高次の 形式は不透明でわかりにくいため推論にいたる 語用論的能力が成人の場合発揮されている.こ まで時間を要する.よってポーズが生じる.あ のように互いに直接的な表現によらず,相手と るいは,後に「∼へはどう行ったらいいでしょ 自らの面子(Brown&Levinson 1987)を保持 うか?」のような明示的な表現によるメインの するかたちで目的を達成することが,成人には 依頼がなされる前の先行連鎖(pre・sequence) できるのである.事例(3)の手を振って立ち去る としての事前依頼と受け取られ,沈黙したと捉 という応答も,いくぶん横柄で依頼者への配慮 えるのがよいであろう.その証に,ポーズ・沈 を欠いているという見方ができるものの,発話 黙の応答をした被調査者成人5人中3人は, するコストを抑えて効果的に断りの伝達意図を 「どちらか行きたいんですか?」等の,実験観 伝えるやり方である. 察者に情報提供を促す適切な発話をポーズ・沈 他方,成人でも発話意図の推論には至らず, 黙の後にしていた. 「すいません,道に迷ってしまったんです.」を 一方小学1年生の場合は,発話意図の推論能 陳述・表明の発話行為として受けとめたり(事 力が未だ獲得されておらず,返答に窮して黙っ 例(4)「はい.」「はあ.」「うん.」),発話意図の てしまうか,発話意図を理解していても道案内 明晰化を求めたり(事例㈲「えっ?」「はっ?」 へとやり取りを発展させていく技量や勇気に欠 「それで?」)することもある.このような応答 けているとみるべきではないか.殊に前者の場 をする成人は,人に何事かを頼む場合には,被 合,間接依頼を理解できていないという点で 依頼者の負担をできるだけ軽減すべく配慮を施 「どうして?」という返答をするのと同質であ して明示的で丁寧な表現形式を日常的に用いた る.なお,前章で調査結果としては示さなかっ り,そう考えていたりする傾向が相対的に強い たが,沈黙してしまった小学1年生被調査者の ものと思われる.したがって「迷子調査」のよ 多くの場合,実験観察者がこの非慣用的な間接 うな非慣用的な表現で道案内の依頼がなされる 依頼行為が理解されていないと判断したところ ということに慣れていないために「えっ?」 で「∼はどこかな?」等の明示的な発話を遂行 「はっ?」が咄瑳に出たり,依頼意図がわかっ していた.または,ポーズの後に前述した事例 たとしても,懇勲無礼だと感じて(わざと〕 1黄浜経’欝有斤究 第26巻 第3 ・4号 (2006) 70(420) 「うん.」や「それで.」のようなぶっきらぽう 人の有する語用論的能力の記述・解明を目的と な言葉を返したりするのだと考えられる. する研究に比して,その能力の獲得・発達の過 ハ堂1・生に られた注一山べ 応埜について 程やメカニズムを探ろうとする研究があまりな 事例の(6>「うん.(うん.)」「ふ一ん.」と(7} されていないという現状認識のもと,「迷子調 「大変だね一.」は,基本的に陳述・表明め発話 査」と称する実験観察調査を実施・分析して, 行為と捉え,〈道に迷った)という命題に理解 問接依頼行為を理解・推論する能力と,その発 を示したり,コメントしたりしているので,間 話行為に適切に応答する能力とが,成人及び小 接依頼行為の推論には達していない.事例(8) 学1年生にはどの程度備わっているのか,とい 「あっち.」「わかんない.」では,発話意図を推 うことを調べ考察した. 論することはおろか,不承不承やり取りを交わ 本稿で述べた主たる論点は次の二つである. し適当にやり過ごしていると考えられる、とい うのは,もし「おねえさん[おにいさん]道に 1)本研究のごく限られた範囲の調査結果につ 迷っちゃったんだ.」という発話を陳述・表明 いて言えば,語用論的能力の一部とみなせる間 と認識したのだとすれば,「あっち.」や「わか 接依頼行為を理解・推論し,それに適切に応答 んな一い.」という返答は論理的に不整合とな する能力の獲得には発達段階がある.またその るからである. 能力は,人間が子供から大人へと「言語的に社 ただし,先に(どこへ行きたいのか?〉とい 会化していく」過程でなされると考えられる. う主旨の返答について及び(・・・〉ポーズ・ 沈黙についての解釈のところで指摘したように, 2)発話行為の研究は理論的・内省的・思弁的 小学1年生程度の子供の場合,実際には「迷子 なものになりやすいが,発話行為の遂行と理解 調査」に用いた非慣用的な間接依頼行為の理 解・推論能力は本調査結果よりもある程度獲得 のメカニズムの解明のためには,本研究のよう されているのだが,その依頼に対する適切な応 ーチも必要である(cf.小林2003). に実際の発話を分析データとした実証的アプロ 答能力が未発達であるという可能性があるかも しれない.6,7歳の子供にとっては,衛頭で 話しかけてきた未知の二十歳前後の人というの 最後に,本研究のように子供の語用論的能力 は十分「おとな」と認識されるであろうし,ま 調べるという方法論について,今後の研究課題 た,保身という観点から警戒すべき対象でも有 という意味も込めて提案をしておきたい.第3 りうるだろう.教育の現場や家庭で,そのよう 章の解釈のところでも述べたように,「迷子調 な状況を危険だとして回避するよう指導されて 査」の実験観察の対象となった75人の小学1年 いるに違いない.したがって,「迷子調査」の 生(推定)の応答には,その年令であれば既に ように話しかけられて沈黙してしまったり, 獲得され有している能力が,子供であるがゆえ 「あっち.」「わかんない.」(事例(8))と応えて にかかってくる心理的・社会的制約のために, しまったり,事例〔9)のように走り去ってしまう 十分に反映されていない可能性がある.つまり, こともあるだろう.残念ながら本研究の実験観 語用論的能力{pragmatic competence)は必 察調査という方法だけでは,完全には克服でき ずしもそのまま首尾よく運用される ない方法論上の問題点と言えるかもしれない. (pragmatic performance)とは限らないとい の発達を,子供自身の生の発話をデータとして うことである.よって,語用論的能力の獲得の 4.結び 本稿では,語用論の研究分野にあってはt成 解明には,コンピテンスとパフォー一マンスを峻 別して考察する態度と,制約を受けていない自 語用論的能力の発達に開する実証的研究(小林正佳) (421)71 然なパフォーマンスを明確に捉えることのでき Hymes, D.{1972), On Communicative Competence, る調査方法とが求められよう. In J.P. Pride and J. Ho!mes eds. Socioiinguistics:269・293, Harmondsworth, Engtand:Penguin Education. 注 伊藤克敏(1982), 「幼児言語研究の新段階」『月 干1」言;吾』 (1月号) 94−102,喜[京:ゴく“}tx…館. *本稿は,筆者が日本語用論学会第6回大会 する実証的一考察」の内容に基づいている. 小林正佳(1987),「ことばの異種の判別能力獲得 に困する一考察」F.C.パン他編『社会・人間と ことば」145−175,広島:文化評論出版社. 小林正佳(2003),「スピーチアクトと丁寧表現に 関する実証的社会語用論からの一考察」『語用 席上,有益な質問・指摘をくださった同学会 論研.究」第5号,59・71. (2003年12月6日於 神奈川大学)でワーク ショップ発表した「語用論的能力の発達に閲 員諸氏に,ここに記し謝意を表する. Labov, W.(ユ972}.50ciolinguis亡ic Pat亡erns, Phi!adelphia:Universi亡y of Pennsylvania Press、 参考文献 Bates, E.{1974). Acquisition of Pragmatic C。mpetence. J・urnal・f Child Language 1: 277−281. Brown, E and S. Levinson(ユ987), Politeness: Some Universals加La皿guage Usage. Cambridge: Cambridge University Press. Corsaro, W,(1977}, Tlle Clarification Request as a Feature of Adult Interactive StyEes with Young Children. Language輌刀Societア6:183− Ochs, E. and Schieffelln, B(1979)Deirelopn]ental Pragmaticst New York:Academic Press. Rornaine, S.{1984), The Languヨge of Children and A dolescen亡s: T血e /lcquis∫亡∫on of Communica tive Compe亡ence, Oxford and New York: Basil B!ackwell. Th⑪rnpson, L,(1997)The Development of Pragmatic Competence:Past and Future Directions for Research, In L‘Thompson ed. Chiidren Tallcing 3−2L CIevedon, UI〈: Multilingual Matters Ltd. 207. Ervin・Tripp. S.{1976), Is Sybil There?:The Structure of Some American Directives, 〔こばやし まさよし 横浜国立大学大学院国際社会科学研究科教授〕 Language in Socie ty 5:25・66. 〔2006年1月10日受理〕
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