IVRに伴う放射線皮膚障害報告症例から放射線防護を考える - MT Pro

日本放射線技術学会雑誌
1444
IVRに伴う放射線皮膚障害報告症例から放射線防護を考える
新潟大学医学部保健学科放射技術科学専攻
富樫厚彦
はじめに
れ,そのなかから放射線防護の最適化に関する示唆が
percutaneous transluminal coronary angioplasty
得られたので,ここにまとめた.
(PTCA)
などの一般的にIVRといわれる術式は,手術
に比較して侵襲度の少ない治療方法である.カテーテ
1.IVR関連の放射線利用の現状
ルなど使用器具の発達やIVRを目的とした専用のX線
旧厚生省から出された,「医療施設調査・病院報告
撮影装置が普及し始めた1980年代後半より頻繁に施行
の概況」4)によれば,1978年10月27日に心臓血管外科
されるようになり,大きな成果を挙げている.他方,
が新設されたが,その設置施設数は当初の79施設か
IVRの普及とともに,急性および慢性の放射線障害に
ら,1999年で677施設と,Fig. 1に示すように依然とし
関する報告が散見されるようになり,1994年にFDA
て直線的な増加傾向にある.
1)
報告 がなされている.わが国においても,1995年に
これに対して,Fig. 2に示すように,血管連続撮影
出された日本医学放射線学会警告2)に見られるよう
装置設置台数とその 1 週間の延べ検査取扱件数および
に,IVRに伴う放射線障害が懸念されていた.
1 カ月間PTCA施行数の年次推移をみると,1996年か
これについて日本放射線技術学会においては,その対
ら,取扱件数および施行数の増加は鈍っているが,こ
3)
策法が既に叢書 にまとめられ,被検者および医療従事
の傾向が飽和状態を示しているか,足踏み状態にある
者に対する放射線防護の指針を示した.また,IVRにお
のかは定かでない.
ける放射線診療従事者の被曝を考慮し,その対策として
1999年現在,全国の週当たり血管連続撮影装置の取
昨年度,学術委員会学術研究にて
「血管撮影検査におけ
扱延べ件数は約25,000件弱であり,PTCA施行は月当
る標準的な術者防護用具検討班:班長水谷 宏
(松山赤
たり約6,200件弱となっている.1999年における連続
十字病院)
」
の作業を行った.続いて同委員会は今年度,
撮影装置保有施設数は2,554施設4)であり,この件数を
本稿のテーマでもある放射線皮膚障害防止の一環として
施設当たりで割ると,1 施設当たりの取扱延べ件数は
「IVRにおける患者被曝線量の測定と防護に関する研究
週約10件,PTCAは月約2.5件となる.
班:班長水谷 宏」
を編成し活動中である.
このような状況下,医学放射線学会警告から 5 年以
3.皮膚障害症例
上過ぎた現在,現状把握のため皮膚科学会関連の学術
1999年と2000年の 2 年間での,皮膚科学会関連 4 誌,
雑誌などから,わが国における皮膚障害症例報告を検
「皮膚科の臨床」5,6),「臨床皮膚科」7),「皮膚」8,9),「皮膚
索してみたところ,思いのほか多くの症例が見出さ
Fig. 1 心臓血管外科設置施設数年次推移.
Fig. 2 装置取扱件数およびPTCA施行数ならびに装置台数年
次推移.
第 57 卷 第 12 号
IVRに伴う放射線皮膚障害報告症例から放射線防護を考える
(富樫)
1445
環
境
測
定
Fig. 3 症例1-1.右背部,直径15cm大の色素沈着を伴う紅褐
色の板状硬結の中央に,黄色の壊死組織を付着した
5cmの深い潰瘍を認める.
Fig. 5 症例1-3.症例1-2の拡大写真.
Fig.4
症例1-2.同部位の板状硬結部位を点線で示したもの.
Fig. 6 症例2-1.右背部,直径7cm大紅褐色の板状硬結の中
央に黄色壊死組織で覆われた潰瘍を認める.
Fig. 7 症例2-2.同部位の板状硬結の範囲を点
線で示したもの.
病診療」10)において,IVRに伴う放射線皮膚障害の症例報
1 月の約 5 年間,皮膚障害発症時期は1995年 3 月∼
告を検索した.
1999年 1 月,発症数の年次推移は1995年 2 例,1996
この 2 年間で,われわれが検索成し得た報告は合計
年 5 例,1997年 6 例,1999年 1 例である.
14例である.その一覧を,Table 1に示す.また,Fig.
一人に対する施術回数は 1∼8 回,照射から初期症
8)
3∼7に文献 に報告された症例の臨床画像を示す.こ
状発生までの期間はIVR終了直後∼約 3 カ月後,初期
れらの症例報告のIVR実施時期は1993年 8 月∼1999年
症状は痒み,紅斑から水泡を形成したものもあった.
2001 年 12 月
4
3
95/2∼96/7
CAG
PTCA 95/2∼96/7
6
5
13 59 PTCA 93/8∼96/6
14 72 PTCA 96/1∼96/7
4
98/7∼99/1
12 61 TAE
11 68
3
2
97/2∼97/10
PTCA 97/2∼97/3
CAG
∼5h/回
不明
不明
不明
不明
不明
9 69 PTCA 96/12∼97/11 2
10 60
不明
不明
∼6h/回
1
5
PTCA 96/10∼97/5
不明
8 63 PTCA 97/6
2
96/10∼97/9
CAG
不明
∼3h/回
1
2
7
95/3∼96/6
CAG
PTCA 95/4∼96/3
∼4h
7 34 PTCA 97/9
6 67
5 52
3
4 71 PTCA 97/1∼97/7
∼6h
2
3 54 PTCA 97/5∼97/7
∼6h
積算照射
時間
8 10h以上
回数
2 63 PTCA 95/7∼97/10
実施
時期
5
術式
1 64 PTCA 96/10∼97/6
歳
初期主訴
部位
右肩甲下部
背部中央
右肩甲下部
右乳房外下部
右中背部
右肩甲部
右背部
右背部
右背部
3カ月後乳腺悪性腫瘍疑
1 カ月後固定薬疹疑
3 週後固定薬疹疑
1.5 カ月後固定薬疹疑
1 カ月後固定薬疹疑
直後
かぶれ疑
2 カ月後テープ
3 カ月後
3 カ月後
1 回目直後
∼1 週(2 回目直後)
発症時期
右肩甲部
∼20Gy 右背部
/
∼0.5Gy 右中背部
強痛性紅斑
蚤痒性紅斑,水泡
ヒリヒリ感を伴う紅斑
紅斑糜爛形成
ヒリヒリ感境界明瞭紅斑
刺激感を伴う紅斑皮疹
刺激感を伴う紅斑皮疹
蚤痒性皮疹
糜爛,痒み掻破
痒み掻破,色素沈着
褐色色素斑
褐色色素斑
灼熱感を伴う紅斑
疼痛を伴う熱傷状紅斑
初期症状
1 カ月後テープかぶれ疑 皮膚潰瘍
5 回目翌日
∼1 週
∼50Gy 右乳房外下部 1 カ月後固定薬疹疑
∼60Gy
15Gy
5Gy
14Gy
/
∼20Gy 右背部
/
/
/
∼30Gy 右肩甲下部
積算
線量
6cm × 9.5cm紅
褐色板状硬結
形成,潰瘍
状硬局面
2 年後板状硬結,黒色壊死
12cm × 12cm板
2 年後潰瘍拡大
手掌大
卵円形大紅斑
卵円形
ほぼ長方形
手掌大淡紅色斑
手掌大紅斑沈着
手掌大浸潤局面
板状硬結
7cmφ色素沈着
板状硬結
13cmφ色素沈着
―
―
暗赤色局面
8cm × 8cm硬結
手掌大浸潤局面
紅斑等の大きさ
板状硬局面
浸潤性暗色紅斑
鱗屑痂皮,周囲色素沈着
疼痛出現,その 6 カ月後潰瘍
6 カ月後硬結,その9 カ月後
3 カ月後有痛性硬結,潰瘍
皮疹軽快
糜爛後散在性痂皮
屑痂皮,色素脱色混在
紅斑内糜爛,乾固後鱗
2 カ月後紅斑色素沈着
6 カ月後潰瘍化
12カ月後潰瘍化
23カ月後潰瘍化
移動
潰瘍拡大,浸潤局面内
潰瘍,壊死
糜爛,潰瘍,壊死
経過
Table 1 IVRに伴う皮膚障害報告症例
(1995∼1999)
.
術後再度全層植皮
硬結部筋膜付近切除,全層植皮
遊離植皮術
99/6 肝不全死亡
着,硬結切除再建術,表皮萎縮
硬結中央部深い潰瘍,周囲色素沈
除再建術,表皮萎縮
硬結中央部黒色痂皮,硬結切
沈着
内服にて10カ月後淡褐色色素
1 年 3 カ月後も軽度の潮紅
表皮変性,内服薬で皮疹退色
鱗屑痂皮,表皮向性細胞浸潤,
直上切除
広範硬化,板状硬結部筋層
切除,植皮
黄色腫,板状硬結部筋層直上
―
難治
黒色痂皮,壊死部切除
黄色腫,壊死部切除,瘢痕化
処置他
1446
日本放射線技術学会雑誌
第 57 卷 第 12 号
IVRに伴う放射線皮膚障害報告症例から放射線防護を考える
(富樫)
1447
初期診断は,放射線皮膚炎を疑ったものが少なく,
必要最小限の被曝であったかどうかということであ
固定薬疹の疑いや悪性腫瘍の疑いなどもあった.これ
る.そこで,現在の装置性能では,数十分の照射時間
らの状況は,施術方式の差,積算推定吸収線量に対応
に対し,積算皮膚吸収線量が確定的影響出現しきい値
して,それぞれに異なっている.共通の経過症状とし
を確実に超えることは避けられないということを,再
て,潰瘍,壊死,そして皮膚切除等に至っているが,
確認しなければならない.
これらは重症例が症例報告されていると考えれば,当
すでにICRP報告として,IVRでの放射線による皮膚
然のことである.さらにこれら重症例の共通点として
の確定的影響に対する,線量と皮膚反応の関係表11)が
以下のことに注目しなければならない.
公表されている.さらにここに,今回の改正法令で新
・積算照射時間が長時間であるにもかかわらず,14
たに規定された装置基準である患者皮膚面での空気吸
例中10例,7 割以上が正確に把握されていない.
収線量に対応する積算照射時間を付記した.これを
・積算吸収線量
(推定)
は,数Gy∼60Gyと,放射線
治療の領域に達している.
Table 2に示す.
この表は,現在の高線量率装置では,同一部位に積
・初期診断で固定薬疹の疑い等,情報不足のため放
算透視時間が30分を超えると5∼6Gyに達し,皮膚紅
射線皮膚炎が疑われていないものが多い.
斑に注意しなければならないことを示している.ここ
・紅斑等の大きさがせいぜい手掌大で限局している.
には撮影時線量は加味されていないことに注意しなけ
・発症部位が右背部に集中している.
ればならない.
この状態を具体的にNDD法12)を利用して算出する
3.考 察
と,平均的なインバータ装置において総濾過
IVRに伴う実際の放射線皮膚障害発症数と,その症
3mmAl,管電圧90kV,管電流 4mAの条件でFSD
例報告数との関係が不明確な状況下では,発症数の年
40cmのとき,皮膚吸収線量は約115mGy/minに相当す
推移を,今回の症例報告検索から的確に判断すること
ることから,より高電圧,高管電流の場合は,もっと
はできない.
短時間でこの線量に達することを示している.さらに
しかし,わが国においても既に警告が出されている
FSDが40cmよりX線管に接近して照射を受けている皮
にもかかわらず,これだけの重症例がこの期間に報告
膚部
(法令では術中透視はFSD20cmまで許されてい
されていることを,まず認識しなければならない.
る:医療法施行規則第30条2-3)
はもっと大線量を吸収
前述の旧厚生省データの血管連続撮影装置取扱延べ
していることになる.
件数から,現時点での年間延べ件数を概出すると120
これから明らかなように,皮膚壊死の発生しきい値
万件強となる.同様にPTCA施行数については,年間
である18Gyは決して起こり得ない数値ではなく
7.3万件強となる.個人の重複施行回数が単純に平均
90kV,4mA,FSD 40cmよりもう少し管電圧,管電流
化できないため,これらの数値から全国で年間どの程
を高くし距離が近い場合,その条件でのX線管最接近
度の人数がIVRを受けているのかは明らかにはならな
皮膚部は,積算30分で確実に皮膚壊死発生のしきい値
いが,PTCAに限定した年間7.3万件という数値と,
に近づいている
(110kV,5mA,FSD25cm,30minで
1997年の 6 例報告が100%報告と仮定して,施行件数
約16Gy)
のである.
当たりの障害発生率として,年間約 1 万分の 1 とい
把握しなければならない数値として,各値の平均値も
う数値が算出される.
大切であるが,重要なのは最大値の確認である.平均値
この数値は,IVRに伴う放射線障害の見落としや,
がいくら低い値であっても,確定的影響は最大値がしき
報告されない軽度障害は考慮されていない数値であ
い値を超えている場合,その部分に発生することとな
り,明らかに小さすぎる値である.非侵襲的で患者に
る.重症例では,この点の認識が欠落していることを示
対する負荷が小さいというIVRの長所と,今回の法令
している.大線量を吸収していても,初期症状発現時期
改正に伴う利用の増加を考慮すると,IVRに伴う放射
が数週以降と遅発する場合,多くの症例で吸収線量情報
線皮膚障害の発生を,単に一施設の問題,施術者の技
が確実に伝えられていないために適切な初期治療が行わ
量の問題に集約するのではなくて,どこの施設でも起
れていないことにも注目しなければならない.
こりうる施術に伴う副作用として明確に考慮していか
積算照射時間を確実に把握していれば,大まかな照
なければならないことを示している.以下でその具体
射条件から皮膚の積算吸収線量は,測定器がなくとも
的事例を検討する.
簡便にその概数は算出できる時代である.治療の必要
必要な治療時間に対して,X線照射を途中で中止す
上,長時間にならざるを得ない場合は,防護措置とし
るわけにはいかない.しかし必要ならいくらでも被曝
て,特定部分に積算されぬようにする,付加フィルタ
させてよいということではなく,防護の最適化とは,
に配慮する,線量率を低くする等,すでに既書で述べ
2001 年 12 月
環
境
測
定
日本放射線技術学会雑誌
1448
Table 2 X線透視照射における皮膚および目の潜在的影響の線量−反応関係.
発現時期
一般的透視線量率で
しきい値に達するま
での透視時間(分)
(20mGy/min)
高線量率装置でしき
い値に達するまでの
透視時間(分)
(200mGy/min )
∗(新法令参考)し
きい値に達するまで
の透視時間(分)
(125mGy/min)
2
2∼24 時間
100
10
16
影 響
近似しきい線量
(Gy)
一過性初期紅斑
皮 膚
皮膚紅斑
6
∼1.5週
300
30
48
一時的脱毛
3
∼3 週
150
15
24
永久脱毛
7
∼3 週
350
35
56
乾性落屑
14
∼4 週
700
70
112
湿性落屑
18
∼4 週
900
90
144
二次性皮膚潰瘍
24
6 週以上
1200
120
192
遅発性紅斑
15
8∼10週
750
75
120
虚血性皮膚壊死
18
10週以上
900
90
144
皮膚萎縮(1st phase)
10
52週以上
500
50
80
毛細管拡張症
10
52週以上
500
50
80
晩発性壊死
12
52週以上(既往歴に依存)
600
60
96
皮膚癌
not known
15 年以上
―
―
―
水晶体白濁((検出可能)
>1
5 年以上
目に50分以上
目に 5 分以上
目に 8 分以上
白内障(弱度)
>5
5 年以上
目に250分以上
目に25分以上
目に40分以上
目
∗新基準高線量率装置
ICRP-Report [Avoidance of radiation injuries from interventional procedures /Table3.1]
Table 3 皮膚吸収線量警告のレベル区分.
レベル区分
皮膚吸収線量
警告内容
レベル 0
1Gy以下
特別な説明は不要
レベル 1
1Gy以上で2Gyを超えず
脱毛あるいは色素沈着が起こるかもしれない
レベル 2
2Gy以上で5Gyを超えず
脱毛,発赤,色素沈着が起こるかもしれない
レベル 3
5Gy以上
脱毛,発赤,色素沈着,びらん,潰瘍形成(10Gy以上)が起こるかもしれない
ICRPのドラフトに対する医療放射線防護連絡協議会からのコメントより
られている各種対策を実施し,さらに施術終了後は最
理を実施していかないと,20mSvの年管理限度を超え
大吸収線量値を主治医に報告し,しきい値を超えた可
てしまうことを認識しなければならない.
能性のある部位の確定的影響に対し事前に対処できる
使用装置の散乱線状況は施術方式により極端に異な
情報を提供しなければならない.
るわけであるが,患者に最接近する術者の位置で,
このような状況に対して医療放射線防護連絡協議会
5mSv∼10mSv/hの値はそう特殊な状況ではない14).こ
では,Table 3に示すように,事前にこれらの予測され
のような放射線作業環境下で,実効線量0.1mSv/件以下
る放射線障害の発生についてインフォームド・コンセ
を確実に実行しなければならない.今後,IVRの利用
13)
ントの必要性 を提言している.
が拡大するにつれて,術者の被曝管理にも細心の注意
またこれら直接線を被曝する被検者だけでなく,長時
が必要となる.作業状況によっては 1 月間の積算被曝
間照射時の従事者被曝管理も考慮しなければならない.
で数10mSvが記録されても不思議ではない.
PTCAに限定して,今回得られた平均施行数,月2.5
今回は皮膚科に関しての検索であったが,このよう
件を同一人物が年間実施したとすると,年実効線量管
な被検者の大線量被曝の場合,水晶体白濁のしきい値
理限度20mSvに対して,20mSv/
(2.5 × 12)
件 = 0.66と
は約1Gyであり,照射状況によっては皮膚影響よりも
なり,0.7mSv/件で年管理限度を超えることとなる.
さらに注意が必要となる.これについても被検者,術
週 4 回,月16件を実施する人物に対しては20/
(16 ×
者に対し,ともに被曝防護にいっそうの配慮がなされ
12)= 0.1となり,一件当たり0.1mSv以下の確実な管
なければならない.
第 57 卷 第 12 号
IVRに伴う放射線皮膚障害報告症例から放射線防護を考える
(富樫)
4.まとめ
1449
に努めていただきたい.
今回の症例検索から,放射線防護の最適化のために
以下の行為の励行が求められる.
4-3 施設内における連携
初期診断で固定薬疹の疑い等,情報不足のため放射
4-1 照射に関するデータの確実な把握
線皮膚炎が疑われていないものが多い.近年,X線診
積算照射時間が長時間であるにもかかわらず,14例
断領域の検査において確定的影響を生じることは,何
中10例,7 割以上が正確に把握されていない.また,
らかの事故の場合を除いて皆無であったから,皮膚科
提示されているものでも,透視の条件
(連続透視,パ
において係るケースに放射線皮膚炎を疑うことは難し
ルス透視,パルス数)
に関する記載がない.同じ透視
かったと考えられるが,症状発生時に患者の検査歴等
時間でも透視条件が異なれば吸収線量は大幅に異なる
を幅広く調査することは重要である.一方,放射線部
ので,単なる透視時間の記載だけでは他施設の参考に
門においては,各種確定的影響のしきい値を超えてい
ならない.固有濾過や付加フィルタの有無も重要な因
ることが予想される場合,最大吸収線量情報を関係者
子であるが,それらに関する記載は一切みられない.
へ確実に伝達する必要がある.今後,診療科を超えた
撮影回数もしくは撮影シネフィート数など総撮影時間
協力体制が望まれる.
を推定できる因子の記載も残念ながらない.積算推定
吸収線量の記載があるので,それらの因子に関するデ
4-4 施術方式における考慮点
ータも解析されていると思われる.症例報告が皮膚科
前述のごとく,IVRではX線入射方向が限定される
関連学会誌であるため無理もないが,データ解析にあ
場合が多い.このことは特定部位に高線量域を生じる
たっては放射線科の関与が推測されるので,そのあた
要因となる.一般的に心臓は人体の左側にあるので,
りの助言を望むものである.このような文献は,啓発
LAO方向はRAO方向よりもX線管焦点と皮膚面との距
の意味もあるので,今後の報告にはこれらに関するデ
離が近くなる.その結果,同じ透視撮影時間であって
ータの提示を望む.
もLAO方向はRAO方向よりも線量率が大きくなる.
Table 1の症例において,右背部に皮膚障害が多発して
4-2 皮膚吸収線量の把握
いるのは,このような原因と考える.特に右冠動脈病
積算吸収線量が推定されているのは14例中 9 例であっ
変には,解剖学的にX線入射方向はLAO方向が有用な
た.その値は,数Gy∼60Gyと,放射線治療の領域に達
ので,その方向による透視撮影が多くなる.このよう
しており,思わず眉に唾する感がある.しかし,症状を
な施術方式上,特定部位
(特に右背部)
に限局せざるを
みると,値があながち的外れでないことが分かる.た
得ない場合の対処および事後注意を今後考えていく必
だ,あくまでも前述の因子からの推定値であり,何らか
要がある.
の方法で術後直ちに線量が術者に報告されていないのは
放射線管理に携わる者として残念である.
4-5 術者に対しての被曝線量の早期把握
最近の装置は面積線量計が付設されたものが多く市
被検者の被曝線量がこのように多いという事実は,
販されており,Table 1に示した症例実施時期において
術者の被曝線量の多さを物語る.幸いにも現在のとこ
も,既に数多くの装置に面積線量計が付設されてい
ろ,IVRに携わる放射線診療従事者に確定的な影響は
た.装置の設置がそれ以前であるにしても,14症例の
発現していないが,今後の展開によっては予断を許さ
なかには面積線量計付設の装置で検査された可能性が
ないし,長期的な状況は把握できないのが現状であ
考えられるので,付設されているにもかかわらず,何
る.放射線防護用具を使用することにより,術者の被
らかの理由で利用されていなかったとすればこれも残
曝防護を図るとともに,不慮の事故などに対応した術
念なことである.
者被曝線量の早期把握に努める必要がある.いずれに
近年,患者の皮膚吸収線量を直接測定できるものが
しても,現状装置での安易なIVRの利用増加は被検者
市販されている.X線入射方向が目まぐるしく変化す
の皮膚障害ばかりか,有能な施術者の放射線障害につ
る診断造影検査と比較してIVRではX線入射方向が限
ながるといっても過言ではない.
定される場合が多いので,それら線量計の設置も比較
的容易と考えられる.循環器系の検査において術者は
おわりに
検査進行を妨げることを好まない傾向にあり,線量計
今回の放射線関係法令改正に伴い,IVRのみならず医
の設置に非協力的なケースをしばしば見受けるが,線
学における放射線利用の多様化がいっそう進むこととな
量の把握は検査に携わるスタッフ全体の協力が必要な
る.その利用の必要性,正当化を吟味したうえで,放射
ので,放射線管理者は測定の励行とスタッフへの啓発
線防護の最適化を確実に実施しなければならない.それ
2001 年 12 月
環
境
測
定
1450
日本放射線技術学会雑誌
を怠れば,利用の拡大に伴い,被害も増加するという単
らない.
純な関係となり,利用拡大のメリットが減少する.
今回の文献考察は,あくまでも検索した文献に記載
放射線利用に伴うリスクが容認できないほど高いと
されていた内容からのものであり,事実と異なる部分
認識された場合,その利用は無管理状態での利用とも
があるかもしれない.もし,提示した文献に携わった
とらえられ,正当化されないのは当然のことであり,
方が本稿を目にし,われわれの認識に間違いがあるよ
利用責任,管理責任が問題となる.
うであればご連絡を待つ次第である.
改正医療法施行規則に対する局長通知第188号で
は,「適切な放射線防護措置の実施」,「放射線防護に
謝 辞
関する専門知識を有する医師,歯科医師,又は放射線
本稿をまとめるにあたり,箕面市民病院皮膚科 大和
技師」の必要性が随所に記載されている.
谷淑子先生より貴重な臨床写真をご提供いただくとと
繰り返しになるが,放射線利用の多様化は,確実
もに,的確なご助言をいただきました.ここに謝辞を
な放射線管理が行われてはじめて可能となるのであ
述べるとともに今後のご協力を重ねてお願いする次第
り,放射線管理の重要性を十分に認識しなければな
です.
参考文献
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第 57 卷 第 12 号