Page 1 Page 2 (42) 国債利回り と期待イ ンフ レ率の関係の実証分析 奪

Title
Author(s)
Citation
Issue Date
Type
国債利回りと期待インフレ率の関係の実証分析
釜江, 廣志
一橋論叢, 116(5): 848-865
1996-11-01
Departmental Bulletin Paper
Text Version publisher
URL
http://hdl.handle.net/10086/12019
Right
Hitotsubashi University Repository
(42)
国債利回りと期待インフレ率の関係の実証分析
釜 江 廣 志
§1 はじめに
わが国長期国債の流通利回りの期間構造が,純粋期待仮説のように,短期
金利の期待値だけで説明され得ないことを,すでに拙著(1993)などで奪い
た.拙稿(1994)までの分析は,国債先物市場が始まった1985年以降を対
象としていたが,現物国債の流通市場が実質的に成立した1977年以降を分
析対象としても,この結論は変わらない(拙稿(1996)参照)、説明され得
ない部分,つまりリスク・プレミアムを取り上げて,例えばARCHなどに
よってモデル化して分析を試みるのも1つの方法である.また,国債利回り
の説明要因として短期金利以外の要因を取り込むことも必要であろう.そこ
で本稿では,インフレの要因を取り入れ,期待インフレ率が国債利回りに影
響するか,つまりFisher仮説は成立するか,もししないならぱ,他の代替
的な仮説は妥当するかを,新しい計量分析の手法である共和分法を用いて分
析することを試みる.
利子率とインフレ率,ないしは期待インフレ率との関係についての先行研
究のうち,以下では,近年の時系列分析の発展をふまえてなされた比較的最
近の研究に限定して,簡単な展望を行おう.Mishkin(1992),Inder and Sil−
vapulle(1993),Bonham(1991)は,Fisher効果をインフレ率またはその
期待値から利子率への有意な関係と定義する.本稿でも.この定義に従う.
Fisher効果をテストする具体的な式として,Woodward(1992,その(1)
式)は,{を名目利子率,πをインフレ率として,づをπの期待値に回帰する
848
国債利回りと期待インフレ率の関係の実証分析 (43)
(1) ゴ’=α十λ・亙、(巧)十・、
という式で「λ=1かつα=一定」が成立するか否かをテストする.これは,
インフレが予想されるとき,期待インフレ率の変化分に等しいだけ利子率が
変化するとのFisher仮説のテストである.Phylaktis and Blake(1993,表
2)も同様の式を利用する.他に,Bonham(1991,(7)式)のように名目
利子率をインフレ率とeX anteの実質利子率(の代理変数)に回帰する方
法もある.
Fisher仮説の代替的な仮説として,Mundel1−Tobin仮説とDarby−
Feldstein仮説が挙げられる.これらのうち前者では,期待インフレ率の変
化が利子率ヘフルには影響を与えない,つまり,(1)式でλ<1であること
を意味するのに対し,後者の仮説では,期待インフレ率の変化はそれ以上の
影響を利子率に与える,つまり,(1)式でλ〉1であることを意味する.
Fisher仮説が成立しない場合,λが1より小か大か,つまり,Munde1l−
Tobin仮説と.Darby・Fe1dstein仮説のどちらが妥当であるかが問題である.
これらの仮説についても先行研究が多くなされており,たとえぱWood.
ward(1992)は残存期間の長短により両方の仮説のどちらかを支持する結
果を提示している.
さて(1)式を推定しそれにもとづいて検定を行う際に,変数が単位根を
持っていれぱOLSによる推定には問題が生じる.そのような場合には,
Fisher仮説の検定は共和分法,たとえばEngle and Granger(1987)の方
法やJohansen and Juseliusの線形制約テストによってなしうるが,前者
を用いた例にはBonham(1991),Mishkin(1992),InderandSilvapulle
(1993)などがあり,後者の例としてはWa11ace and Wamer(1993),Phyla−
ktisandBlake(1993),EvansandLewis(1995,表1)などが見られる.
本稿では,わが国の国債利回りについてこのような共和分法によるテスト
を行う.観察不可能な期待インフレ率を推計するのにカルマン・フィルター
法を利用するが1),拙稿(1995)で使用したのとは異なる定式化を用いて推
計値を求め,それを言十測に使用する.次節ではFisher仮説の定式化と,こ
849
(44) 一橋論叢 第116巻 第5号 平成8年(1996年)11月号
の夜説と共和分関係の成立との関連を調べる.第3,4節では,用いるデー
タと,期待インフレ率のカルマンフィルターを使っての推計法をそれぞれ説
明する.第5節ではFisher仮説のテストの方法と結果を述べる。第6節で
は期待インフレ率の利子率への影響の大きさを測定する.OLS以外による
(1)式の推定法はいくつか提案されているが,本稿では暫定的にStock
andWatson(1993)の方法によることにする.他の方法を用いての検討は
今後の課題である.
§2Fisher仮説の定式化
国債利回り{に期待インフレ率五(π)の影響がフルにあるか,つまり
Fisher仮説が成立するかの検定を,(1)式において「λ=1,かつα=一定」
であるか否かをテストすることによって行う.
助≡[ら,E畑)コ
とすると,2変量で〃次のラグを持つベクトル値自己回帰モデルVAR(η)
は
(2) 助=λ1軌一1+…十λ蜆軌一冊十レ十〃’,士=11…,T
と表される.ここに,λ、,…,λ、はパラメータ,レは定数項,〃、は誤差項で
ある.眺と(1,一1)’との積は{r瓦(π’)である、
さて,理論仮説から導かれる共和分ベクトルについての制約をテストする
のに際して,Fisher仮説を表す式ではこの制約はどう表現されるであろう
か.次のような3仮説,つまり
<H1〉「Fisher仮説が成立する」
〈H2〉「期待実質利子率E’(η)が定常的である」
〈H3〉「{、と五(π、)が共和分関係にあり,共和分ベクトルは1個存在して,
(1,一1)’である」
の関係を検討する.以下本節では{、とE(π、)がともに非定常であると仮定す
る、
まず〈H1〉ならば,
850
国債利回りと期待インフレ率の関係の実証分析 (45)
(1’){Fα十λ・凪(η)十砂’, αはOを含む定数項,
なる式において,λ=1,かつ〃’はホワイト・ノイズで2)五’(η)と無相関で
なけれぱならない.したがって,(1’)式は
(3) 4=α十E’(π三)十叫,
つまり,
(4) (ら,亙’(η))(1,一1)’=α十砂。,かつ〃。は凪(巧)と無相関
となる.〃’はホワイト・ノイズであり,共和分関係が成立するための条件,
つまり砂’が定常であることを満たすので,
〈H1〉⇒〈H3〉
である.
逆に〈H3〉ならば,(4)式が成立して〃。は定常である.このとき(1’)式
と同じ形の式が導かれてλ=1であるが,〃’は定常であってもホワイト・ノ
イズであると.は限らない.したがって〈H1〉は言えないヨ)、
次に,〈H3〉であれぱ,Fisher恒等式4)
(5) {r五。(巧)…五。(巧)
からE’(仰)が定常になるから,
〈H3〉⇒〈H2〉
である5).また,このとき〈H3〉と〈H2〉から
(6) ら=E’(巧)切
と書くことができる.ここに,2’は定常である.
なお,
〈H1’〉Mundell−Tobin仮説が成立する6)
ならは,(6)式は
(7){Fλ・万’(巧)十z’,z。はホワイト・ノイズで五’(巧)と無相関,O<λ
<1
となって,
<H3’〉ちと亙(巧)が共和分関係にあり,共和分ベクトルは(1,一λ)’であ
る
851
(46) 一橋論叢 第116巻 第5号 平成8隼(1996年)11月号
が成立する.
§3 データ
利回りとしては国債レート,つまり4,6,8%のクーポンと4,6,8年の
残存期間を組み合わせた計9種類の利付債の最終利回りを採用する7〕.最終
利回りは拙著(1993)の付論に記載しているのと同じ方法により推計する8).
ytmμはクーポンプ%,残存た年の債券の最終利回りを表す.
ある月工の1年間のインフレ率は,その月の消費者物価指数Aと1年先
のそれを用いて
消費者物価指数の変化率[年率換算1−1・・(㌣一1)
として計算する.消費者物価指数は全国の総合(生鮮食料品除く)のそれを
使い,1989年4月から実施された消費税の影響を除去している9).
分析対象期間は,いわゆる国債流動化がなされて国債流通市場が実質的に
成立した77年4月から,最近時(93年7月)までである.この間のインフ
レ率の推移を見ると77年から81年あたりのインフレ率がかなり高い.本稿
では,投資家行動の単位期間(1期)を1か月と想定する.また,投資家は
向こう1年間のインフレ率を予想し,これをもとに債券投資を行っていると
仮定する、
§4期待インフレ率の推計
E(π)の推計値はカルマン・フィルター法10)のスムージング11)により得る.
まず状態空間モデル
(8) 軌=C!・β。十〃’
(9) β。=ノトβト1+ω。, ‘=1,… ,T
を考える.ここに,(8)式は観測方程式であり,状態方程式(9)はVAR
モデル,μ。のサイズは1×1,C’=(1,[1,]…)’はK×1,βF(β1三、[β1.H,]…)’は
κ×1,λはK×K,ωはK×1であり,亙(〃’)=O,var(〃’)=〃iは1×1,E(ω’)
852
国債利回りと期待インフレ率の関係の実証分析
(47)
=0,var(ω。)=〃はK×K,Σ。はβ’の分散共分散行列でサイズはK×Kであ
る.
カルマン・フィルター法のうちフィノレタリングとは,ある期までの観測値
ひ1,…,軌から状態変数β’の推定値δ’(=あ、■,)の値を推定することであり,ス
ムージングとは,全期問のμ1,…,μ。からδ引。,つまりひ1,…,〃Tの下でのβ’
(工くT)の推定値を得ることである.
スムージングは
(10) b’■T=わ’■‘十Σ芦(わ、十1■rゐ、。1■、)
(11) Σ、■T=Σ、一、十Σグ(Σ、。1■rΣ二十1■、)Σ芦’
として表される.ここに,
(12) Σご…Σ、■、・λ’・S二㌔,τi T−1,…,1,
S。≡Σ’■H…cov(β‘■H)であり,したがってS1=S。である.
β’とΣ。はそれぞれ狭義のフィルタリングの結果であるupdating式
(13) わ、I、=わ、I、.、十S,C、’D「1(ψ一C、わ、■、.、)
τ=1,…,T
(14) Σ、■、=S、一S,C、’一0「1Cβ、,
から,また6’■H,S’は広義のフィルタリングの結果であるprediction式
(15) 凸’lH=λ・わ’一旧
工=1,…,T
(16) S‘=λ・ΣH■H・λ’十〃,
からそれぞれ得られる.さらに
(17) D。=qSρ。’十〃。
のサイズは1×1である.
以上から状態変数のスムージング結果は
(18) 一 b,IT=b、一、十Σ戸(あ、、、ぼ一λ・5,I、)
である.書き換えて
(19) わ、■。一わ、十Σ、・λ’・S二1、(わ、十、1。一舳、■、)
=δ、十Σ、・λ’(Σ三十〃)■1(わ、十、■T一λ・わ、■、)
である.
実際の言号算には,計量経済学のパッケージ・ソフトゥエァRATS(ver.
853
(48) 一橋論叢第116巻第5号平成8年(1996年)11月号
4)のサブ・ルーティンであるTVARYING,PRGとKSMOOTH.SRC,
KSM00TH.PRGを利用する.TVARYING.PRGでは,状態変数の初期
値を設定するために超母数を探索するが,その際に最大化する基準として尤
度(集約尤度)を用いる.尤度は初期値が与えられると計算できる.いくつ
かの超母数の任意の初期値から出発してそれらの値を変化させ,シンプレッ
クス・アルゴリズムによって,尤度を最大にする超母数の値を探す.KSM・
OOTH.SRCでは,このようにして見つけた値を最適な初期値として,スム
ージングを行う.
次に,E(π)を具体的に推計する12).Fisher恒等式から
(20) ち…亙伽)十E’(巧)
であり,実質利子率に合理的期待形成を仮定すると
(21) 仰=五、(γη)十ε巾ε、∼W(O、σ2)
である.これらから
(22) ら=五。(巧)十仰一ε’
が得られる.これと
(23) η;=ら一π‘
から
(24) 一巧=β1。十ε。
である.ここにβ1F一凪(巧)である.(24)式を観測方程式として用い,状
態方程式は
(25) β1、=β1.、_1+リ,
を用いる.
§5Fisher仮説のテスト
§5−1変数の定常性テスト
定常性の条件は,確率過程の平均と分散が時刻から独立な有限値で,その
自己共分散が時間差のみの関数で有限値であることであり,ARモデルに即
854
国債利回りと期待インフレ率の関係の実証分析
(49)
して表現すると,①非確率的(外生的)トレンドがなく,かつ②単位根(つ
まり確率的トレンド)が存在しないことである.OLSによる回帰分析には
確率的トレンドを持つ変数は不適切である.なぜなら,そのような変数間の
回帰分析からは高い決定係数,低いダービン・ワトソン比が導かれ,また帰
無仮説を棄却しすぎるバイアスを持つ有意性検定結果が得られがちであるか
らである.なお,定常性の条件のうち①が満たされず②のみが満たされてい
ると,変数は定常ではないが,OLSによる推定は不適切ではない.
各変数が単位根を持つか否かを検討する.方法として,単位根が存在する
ことを帰無仮説とするaugmented Dickey−Fu1ler(ADF)法と,単位根が
存在せず定常的であることを帰無仮説とするKwiatkowski他(1992)の
KPSS法とを用いる.
初めにADF法を使用する.DickeyandPantula(1987)のtop−down
アプローチにしたがう.まず,各変数がI(2)であるか否かを,1階の階差
を取った変数がI(1)であるかをみることによって調べる.その際,定数項
のみを考慮する,つまり対立仮説として「単位根が存在せず定常的である」
を表わす式でドリフト(定数項)が付く式を考える.ADF法によれぱ,こ
の対立仮説を表す
(26) 助=μ十ρ軌_1+α1△助_1+… 十αρ△軌_ρ十〃、
から得られるρの推定値が1に等しい時,変数に単位根が存在するとの帰
無仮説は棄却されない.なお△μのラグ数ρは.得られる残差がホワイトノ
イズになるように決められなければならないので,Ljmg−Box(LB)テス
トとラグランジェ乗数(LM)テスト13)を使う.さらに赤池と,Shwarzの
ベイジアンのそれぞれの情報量基準であるAlCとBICも使用し,これらの
値が最小になるように選ぱれるラグ数も併せて示す.検定を行うにあたって
は,より正確なMacKimon(1991)の臨界値を使う.テスト結果の一部分
は表3のとおりである.ここにytm406以下の結果はytm404とほぼ同様で
あるので,記載していない.各変数がI(2)であるとの帰無仮説は棄却され
る.
855
(50) 一橋論叢
第116巻 第5号 平成8年(1996年)11月号
表3各変数の1(2)のテスト結果(定数項のみ有のケース)
BlC AIC LB LM
期待インフレ率 一3.91*(1) 一3.91*(1) 一3.91*(1) 一3,91*(1)
ytm404 −11.98*(O) 一11.98*(O) 一11.98*(O) 一11.98*(0)
注1表の数値はADF検定のτ値と(26)式の右辺の変数のラグ数ρ(カッコ内に記載)
を示す.ADF検定では,表に示したτ値がMacKinnonの臨界値よりも大きけ
れぱ.(26)式のρの推定値が1である,つまり変数に単位根が存在する,との
帰無仮説は棄却されない.τ値に*印がついているものはこの仮説が棄却される
ことを示す.BlCとAiCは,それぞれShwarzのペイジアンと赤池の情報量基
準であり,これらが最小になるようなラグ数を選んでいる.LBはLjung−Boxテ
ストの値である.LBテストではOLS残差召’の自己相関係数を使ウて,注(14)
のQを計算し,これが自由度閉(=8と固定)のπ2分布の臨界値より小さけれ
ぱ,系列相関なしの帰無仮説は棄却されない.これを使い,自己相関がないラグ
数ρを選ぷ.
変数がI(2)であることが否定されるので,次にそれらがI(1)であるかを
テストする.対立仮説つまり,(a)「単位根が存在せず定常的である」を表
わす式でドリフト(定数項)が付かない式
(27) 軌=ρ助一1+α1△ψ一1+…十αρ△軌一ρ切
と,付く式(26)と,(b)「単位根は存在せず,トレンド回りで定常的であ
る(つまり,トレンドを除去すると定常的である)」を表わす式(ドリフト
とトレンド付き)
(28) 軌=μ十β’十ρ軌_1+α1△軌_1+… 十αρ△軌_声十〃’
表4a
期待インフレ率のADFテストの結果
BIC A1C
LB LM
定数項・トレンド有
−3.03(2) 一3,03(2)
−4.07*(1) 一4.07*(1)
定数項のみ有
一2.30(2) 一2,30(2)
一3.OO*(1) 一2−30(2)
定数項・トレンド無
一1.62(2) 一1,62(2)
一1.62(2) 一1−62(2)
注:表3の注参照.
表4b 最終利回りのADFテストの結果(ytm404)
BIC AIC LB
LM
定数項・トレンド有
−2.09(1) 一2.09(1) 一1捌(O)
−2.09(1)
定数項のみ有
一1.47(1) 一1.47(1) 一1.39(O)
一1.47(1)
定数項・トレンド無
一1.36(O) 一1.09(1) 一1.36(0)
一1.36(O)
856
国債利回りと期待インフレ率の関係の実証分析 (51)
から得られるρの推定値が1に等しい時,変数に単位根が存在するとの帰
無仮説は棄却されない.
後者の連続的な検定法は,次のとおりである14).まず,(28)式から単位
根ありの帰無仮説をτ、でテストする.これが棄却されればストツプ,棄却
されないならぱ,(26)式から帰無仮説を㌃でテストする.帰無仮説が棄却
されれぱストップ,棄却されないならば,(27)式から帰無仮説をτでテス
トする.テスト結果の一部分は表4の各表のとおりである.ここにytm406
以下の結果はytm404とほぼ同様であるので,記載していない.各変数がI
(1)であって単位根が存在するとの帰無仮説はほぽ棄却されない.
続いて,変数の定常性の第2の検定法としてKwiatkowski他(1992)の
KPSS法を使う.ADF法とは逆に,「変数が定常的である,またはトレンド
回りで定常的である」を帰無仮説,「単位根が存在する」を対立仮説とする.
ある変数ψがトレンド変数f,ランダム・ウオーク変数π、∼I(1),定常的な
誤差項ε。∼I(O)の3つの和として
助==ξτ十巧十ε’
表されるとする.・ここに
巧=TH+〃’
表5各変数のKPPSテスト結果
lag!3
Iag三12
η” η■ ημ ητ
期待インフレ率 2.17** O.61** O,74** 0,213**
ytm404 2−16** O.33** O.74** O,117
ytm406 2.44** O.37** O.82** O.127*
ytm408 2−70** 0.37** O.90** O.130*
ytm604 2.17** O.32** O.74** O.工13
ytm606 2.45** 0.36** 082** O.125*
ytm608 2−68** O.37** O.90** O.127*
ytm804 2.16** O.31** O.74** O.109
ytm806 2.45** O.36** 0.82** O.123*
ytm808 2.66** 0.36** 0.90** O.125*
注1**は5%で,*はlO%でそれぞれ帰無仮説を棄却する.
857
(52) 一橋論叢 第116巻 第5号 平成8年(1996年)11月号
である.眺がトレンド回りで定常的であるとの帰無仮説が成立するためには,
〃、の分散がOでなければならない.KPSSは上式の回帰の残差2。のラグ付
き値15)を用いてラグランジェ乗数型の検定統計量
η、一丁■2Σ二、S1/∫呈(尾)
を計算する.ここに
s’=Σ1−1θ,,
s2(尾)=T■1Σ二12…十2T■1Σξ、μ(∫,尾)Σ二、十1θ、2、一、,
であり
ω(∫,均)=1一∫/(尾十1)
はBart1ettのwindowである16).ξ=Oのとき,π。の分散が0であれば,軌
が[レベル回りで]定常的であるとの帰無仮説が成立する.検定統計量
(η、)も同様に得られる.テストの結果は表5のとおりで,各変数はほぽ非
定常的である.
§ト2Engle and Grangerの共和分法によるFisher仮説のテスト
第2節では,Fisher仮説が成立すれば,名目利子率と期待インフレ率が
共和分関係にあり,共和分ベクトルは1個存在して・(1・一1)’であることが
導かれた、共和分ベクトルのこのような制約は2つのテスト・つまり・
(a)共和分ベクトルの数(=共和分のランク)が1に等しいか・
(b) (1,一1)’なる列ベクトルが軌の共和分ベクトニレであるか,
に分けて行うことができる.この小節では,名目利子率と期待インフレ率の
変数の組合せがこれらの一方,具体的には(a)の条件を満たさない・した
がって共和分関係にないことをEngle and Grangerのテストを用いて示す.
すなわち,Fisher仮説はその必要条件が成立しないから,棄却されること
になる.
Eng1eandGranger(1987)のテストの方法は,(1)式をOLS回帰して
その残差項を求め,それが単位根を持つかどうかを検定するものである・単
858
国磧利回りと期待インフレ率の関係の実証分析
(53)
表6a ADF法による共和分テストの結果(ytm404)
BlC AIC LB LM
定数項・トレンド無 一1.52(O) 一1.81(1) 一1.52(O) 一1.52(0)
定数項のみ有 一1.51(O) 一.80(1) 一1.51(O) 一1.51(O)
注:表3の注参照.
位根検定には,EngleandGrangerの行っているようなタイムトレンドと
定数項をともに含めない場合と,タイムトレンドのみを含めない場合
(Harris(1995,p.54)参照)の,それぞれにADF法を適用することにする.
結果の一部分は以下のとおりである.ここにytm406以下の結果はytm404
とほぽ同様であるので,記載していない.いずれも単位根が存在することは
否定されず,共和分関係は存在しないと言える、
§6期待インフレ率の利子率への影響の大きさ
前節では,Fisher仮説が成立しないことが示された.そこでこの節では,
StockandWatson(1993)のdynamicOLS法を用いて,(1)式のλを具
体的に測定することを試みる.その方法は(1)式に説明変数の増分のラグ
表7
期待インフレ率の利子率への影響λの測定
ytm λ S.e. COr.t
404 0.470 0,085 −2.16*
406 0.478 0,090 −1.99*
408 0.506 0,075 −2.29*
604 0.496 0,082 −2.16*
606 0.494 0,087 −2.OO*
608 0.517 0,073 −2.29*
804 0.519 0,080 −2.14*
806, 0.509 0,085 −2.O1*
808 0.527 0,073 −2.28*
表の注:係数λの推定値の右のS.e.とCOr.tは,それぞれ標準誤
差と修正された‘値である.*印は,このf値の絶対値がW(O,1)
の5%臨界値(1.96)より大で,λ=1なる仮説を棄却することを示
す.修正されたf値の計算法はHami1ton(1994)p.608−11参照.
859
(54) 一橋論叢第116巻第5号平成8年(1996年)11月号
とリードをつけた
(29) {、=α十λ・亙、(巧)十Σ仁一ρφ{△E、一、(η一,)十ω、
を0LSで推定するものセある.なお,予想形成の単位期間よりもデータ採
集の単位期間の方が短いこと,つまりover1apping dataであることから生
じる誤差項の系列相関を処理するために,Newey and West(1987)の方
法を使う.データを月次で採り,1年先のインフレ率を予想する場合,誤差
は11次の移動平均に従う17)ので,Newey−West法のラグとして11を用い
る.ラグとリードの期数としてはp=3,6,12を用いて計測したが,結果は
ほとんど変わらないため,ここではp=6の場合を記すことにする.計測結
果はλの値が約O,5で,いずれも有意に1と異なる.これは,Fisher仮説
が成立せず,Munde11−Tobin仮説成立のための必要条件が満たされること
を意味している.
§7 おわりに
本稿では,観察不可能な期待インフレ率をカルマン・フィルター法を使う
て推計し,それを利用して,77年から93年半ばまでの期間において,わが
国長期国債の流通利回りの期間構造が期待インフレ率によって有意に影響さ
れているかどうかを調べた.その影響の大きさが1であるとするFisher仮
説を共和分法によって検定し,当該期間の国債利回りはこの仮説を満足しな
いことを示した.さらに,この影響の大きさを具体的に計測して1よりも小
さい推定値を得た.この結果はMmde1l・Tobin仮説が成立することを意味
している.なお,わが国の期間構造でFisher仮説の成立が見いだされなか
ったことは,この期問のインフレ率がそれほど高くなかったことも影響して
いるのかもしれない18).
残されている課題としては,利回りはインフレ率を予測し得るか,また,
金融自由化が利回りとインフレとの関係を変えたのか,つまりインフレ過程
にシフトは生じているか19),税制の影響は有意に見られるか,なども検討す
ることであろう.
860
国債利回りと期待インフレ率の関係の実証分析
(55)
* 本稿は文部省科学研究費の助成を受けた研究の成果の一部である、金融構造研
究会と広島大学経済学部での報告に際し,出席の方々からコメントをいただいた.
記して感謝申し上げる.
1)英国などに存在する物価インデックス債(金利と元本を物価水準に連動させ,
それらの実質価値を保証する債券)を用いると,期待インフレ率を推計によらな
くても直接的に求めることができる.このような試みについて,Woodward
(1992),北村(1995)参照.
2)Ha11他(1992.p.118)参照、また為替レートの不偏性仮説に関する議論での
この点についてHakkioand Rush(1989,p.78)参照.
3)Mishkin(1992.p−205)は,誤差項砂、がホワイト・ノイズであるとの条件を
付さないで,<H3〉⇒<H1〉が成立するとしている.
4)Inder and Silvapu1le(1993,p.839)参照.
5)Moazzami(1991,p.131).Phylaktis and Blake(1993,n6)参照.
6)Moazzami(1991,p.131),0wen(1993,p,24)参照.
7)割弓1債のスポット・レートと利付債の最終利回りを比べると,それらの推計
に際しサンプルとしてクーポンがoではない利付債を使っており,スポット・レ
ートの推言十ではクーポンがOと想定するから,遠い点の外挿であるが,最終利回
りはクーポンがOではなく,相対的に近い点を内挿で推計することになる.した
がって最終利回りを使用する方がぺ夕一であろう.
8)大きなシェァを持つ指標銘柄に特に考慮を払う必要はあろう.なお,指標銘
柄とそれ以外の市場がいわば分断され,別の市場であると考えることも可能であ
ろう。また,拙著(1993)の付論のように,全銘柄を同じウエートで用いること
は、指標銘柄以外の銘柄(クーポンと残存期間がともに等しい複数の銘柄を1銘
柄で代表させると,付論の対象期間内では51∼72銘柄)に比べて,指標銘柄(1
銘柄)がネグリジブルであるとみて,指標銘柄以外の市場の利回りを推計してい
ることにほぼ等しい.拙著(1993)付論の注2参照.
さらに・各銘柄に売買高でウェートづけして推計を行う方法なども検討の余地
はあろう.
9) 日本銀行調査統計局(1994,注13)は「89年3月から4月にかけての季調済
値の増加分(1−3ポイント)が税制改革の影響によると仮定」している.本稿で
も同様に89隼4月以降のCPIを1.3ポイント減少させた値を用いる.
1O)ex postの実質利子率を情報集合内の変数に回帰して係数推定値を求め,そ
れを使って期待実質利子率を推計する方法なども試みられている.Huizinga
and Mishkin(1986,p.233−38)参照.
861
(56) 一橋論叢 第116巻 第5号 平成8年(1996年)11月号
11)Harvey(1993,p.101)、Lutkepohl(1991,p.440)参照.
12)’なお第2節の説明から,{と万(π)がともに非定常の場合・〈H1〉⇒くH2〉・
つまり,Fisher仮説が成立すれぱE(〃)は定常,である.したがって,E(仰)
を状態変数としてこれに(25)式のrandom walk,つまり非定常性を仮定した
上で推計を行うと,Fisher仮説の不成立という結論を先取りすることになり,
問題である.そこで本稿ではE(〃)を状態変数として採用しない.
13)LBテストでは,OLS残差2、の自己相関係数rΣ二,・12,2、.ノΣ^4を使ウ
て,Q=T(T+2)Σ手、、[イノ(T一ゴ)](ここにTはサンプル数)を計算し,これが
自由度σ(=8と固定)のλ2分布の臨界値より小なら,系列相関なしの帰無仮説
は棄却されない(Gre㎝e(1993)p.426参照).σを所与とし,上式のラグ数ヵ
を増やしながらこの計算をくり返し,系列相関がないヵの値を見つける一LMテ
ストでは,2、をそれの口個のラグ付の値とOLSの説明変数に回帰し・得られる
決定係数とサンプル数丁の積が自由度qのπ2分布の臨界値より小なら,系列相
関なしの帰無仮説は棄却されない.口を所与として,上式のラグ数力を変えなが
らこの計算をくり返し,系列相関がないρの値を見つける、RATSのサブ・ル
_チンADF.srcを使用する.
14)Harris(1995.p.31),Perron(1988)参照.
15) そのラグとして3,12(McNown and Wallace(1994))、O,4,8,12(Crowder
(1994)).2.5,10(Lind㎝(1995))が使用されている.
16)Newey and West(1987)参照.
17)山本(1988)p.273参照.
18) インフレ率の高い経済の方がFisher仮説を検出しやすいことはPhylaktis
and Blake(1993,p,598)が指摘している.また,Walla㏄and Wamer
(1993)は期間により結果が異なることを示している.
19)Evans and Lewis(1995)参照.
〈参考文献〉
釜江廣志(1993)『日本の国債流通市場』有斐閣.
(1994)「利子率の期問構造の共和分分析」『一橋論叢』5月.
(1995)「国債利回りとインフレーシ目ンの関係の共和分分析:予備的計
測」『一橋論叢』5月.
(1996)「利子率の期間構造と市場の効率性1利付債データを用いての共
和分分析」『一橋論叢』5月.
北村行伸(1995)「物価インデックス債と金融政策」『金融研究』(日本銀行)第3
862
ifi
U I D
Bi
+i
(1994) r
f( )B
: U
4 ・ 7 *
a)
11
a) 1
E
( 57 )
f
=.
EI
UJ
:f
J
f (1988)
:{
Fi:
U( )i 1FF ; 7
lj (
,y Fa) 4 :/ 7
i
k}c L'ICJ
.
Bonham, C. (1991), "Correct Cointegration Tests of the Long-run Relationship between Nominal Interest and Inflation", Applied Economics, 1487-92.
Copeland, L. (1993), "Efficiency of the Forward Market Day by Day and
Month by Month", Applied Financial Economics, 79-87.
Crowder, W. (1994), "Foreign Exchange Market Efficiency and Common Stochastic Trends", Journal of International Money and Finance, 551-64.
Darby, M. (1975), "The Financial and Tax Effects of Monetary Policy on Interest Rates". Economic Inquiry. 266-76.
Dickey, D. and S. Pantula (1987), "Determining the Order of Differencing in
Autoregressive Processes", Journal of Business and Economic Statistics, 45561.
Engle, R. and C. Granger (1987), "Cointegration and Error Correction : Represntation, Estimation, and Testing", Econometrica, 251-76.
Engsted, T. (1995), "Does the Long-term Interest Rate Predict Future Inflation ? A Multi-Country Analysis", Review of Economics and Statistics, 4254.
Evans, M. and K. K. Lewis (1995), "Do Expected Shifts in Innation Affect Estimates of the Long-run Fisher Relation ?", Journal of Finance, 225-53.
Greene, W. (1993), Econometric Analysis. Macmillan.
Hakkio, C. and M. Rush (1989), "Market Efnciency and Cointegration : An Ap-
plication to the Sterling and Deutschenmark Exchange Markets". Journai
of International Money and Finance, 75-88.
Hall, A., H. Anderson and C. Granger (1992), "A Cointegration Analysis of Treasury Bill Yields", Review of Economics and Statistics, I16-126.
Hamilton, (1994), Time Series Analysis, Princeton University Press.
Harris, R. (1995), Using Cointegration Analysis in Econometric Modelling, Harve-
ster Wheatsheaf.
Harvey, A. (1993), Time Series Models, Harvester Wheatsheaf.
Huizinga, J. and F. Mishkin (1986), "Monetary Policy Regime Shifts and Unusual Behavior of Real Interest Rates", Carnegie Rochester Cnference Series,
863
(58) -
i
116
i 5 =
pf
8i
(1996L ) 11
l =
23 1 -74.
Inder, B. and P. Silvapulle (1993), "Dose the Fisher Effect Apply in Australia ?",
Applied Economics, 839-43.
Johansen. S. and K. Juselius (1990), "Maximum Likelihood Estimation and In-
ference on Cointegration with Application to the Demand for Money",
Oxford Bulletin of Economics and Statistics, 169-210.
Kwiatkowski, D., P. Phillips, P. Scmidt and Y. Shin (1992), "Testing the Null
Hypothesis of Stationarity against the Alternative of a Unit Root", Journal
of Econometrics, 159-78.
Linden, M. (1995), "The Size and Powers of Some Proposed I(1) and I(O)
Tests for a Typical Macro-Economic Time Series", Applied Economics Lettters, 203-207.
Lutkepohl. H. (1991), Introduction to Multiple Time Series Analysis. Springer
Verlag.
MacKinnon, J. (1991), "Critical Values for Cointegration Tests", in R. Engle
and C. Granger, eds, Long-Run Economic Relationships, Oxford Uiversity
Press.
McNown, R. and h4. Wallace (1994), "Cointegration Tests of the Monetary Exchange Rate Model for Three High-inflation Economics", Jouraril of Money,
Credit and Banking, 398-41 l.
Mishkin. F. (1990), "What dose the Term Structure Tell Us about Future Inflation ?", Journal of Monetary Economics, 77-95.
(1992), "Is the Fisher Effect for Real ?". Journal of Monetary Economics, 195-215.
Moazzami, B. (1991), "The Fisher Equation Controversy Re-examined". Applied Financial Economics, 129-33.
Mundell, R. (1963), "Inflation and real Interest", Journal of Political Economy,
280-83.
Newey, W. and K. West (1987), "A Simple, Positive Semi-Definite, Hetroskedas-
ticity and Autocorrelation Consistent Covariance Matrix", Econometrica,
7 3-08.
Owen, P. (1993), "Coimtegration Analysis of the Fisher Hypothesis : The
Role of the Real Rate the Fisher Identity", Applied Financlal Economics,
21-26.
864
lf : fj I O
1
4 :/ 7
: 0) l
a) i
E
t
( 59 )
Pantula, S. (1989), "Testing for Unit Roots in Time Series Data", Econometric
Theory, 256-71.
Perron, P. (1988), "Trends and Random Walks in Macroeconomic Time
Series", Journal of Economic Dynamics and Control, 297-332.
Phylaktis, K, and D. Blake (1993) "The Fisher Hypothesis : Evidence from
Three High Inflation Economies", Weltwirtschaftliches Archiv, 591-99.
Stock, J. and M. Watson (1993), "A Simple Estimator of Cointegrating Vectors in Higher Order Cointegtating Systems", Econometrica, 783-820.
Wallace, M, and J. Warner (1993), "The Fisher Effect and the Term Structure of Interest Rates", Review of Economics and Statistics, 320-24.
Woodward, G. (1992), "Evrdence of the Fisher Effect from U.K. Indexed
Bonds", Review of Economics and Statistics, 315-20.
(-
)
F
:)
865