Title Author(s) Citation Issue Date 小学校家庭科における手縫い学習に関する研究(第2報) : 手縫い技能の実態と教材の考案 坂井, 知美; 池崎, 喜美惠 東京学芸大学紀要. 総合教育科学系, 57: 341-350 2006-02-00 URL http://hdl.handle.net/2309/1429 Publisher 東京学芸大学紀要出版委員会 Rights 東京学芸大学紀要 総合教育科学系 57 pp.341∼ 350,2006 小学校家庭科における手縫い学習に関する研究(第 2 報) ── 手縫い技能の実態と教材の考案 ── 坂 井 知 美*・池 h 喜美惠** 家庭科教育学 (2005 年 9 月 30 日受理) SAKAI, T., IKEZAKI, K., : Research on the hand-sewing of home economics in the elementary school (2) — Actual situation of hand-sewing skill and consideration of teaching material — Bull. Tokyo Gakugei Univ. Educational Sciences, 57 : 341_350 (2006) ISSN 1880_4306 Abstract Pupils continue to learn without understanding procedure of skill in sewing lesson. For this reason, they feel hatred and refusal for hand-sewing lesson. Purpose of this survey is to discuss relationship between consciousness of pupils regarding hand-sewing and skill. We conducted a survey to teacher of home economics who cooperated in consciousness survey in respect with hand-sewing by pupils reported in first report. Furthermore, by understanding this result, we considered a material with which pupils are able to work on hand-sewing positively. The results were as follows: There was no difference in sex in respect with total length of seam sewed by them. There was a difference of sex in correctness rate of the seam. There was a gap between self-assessment of hand-sewing by pupils and assessment of hand-sewing skill. It was found that pupils who have high correctness rate of the seam are highly motivated to learn. Teachers thought that the pupils are highly motivated to learn hand-sewing and enjoy learning hand-sewing. In addition, they felt necessity of production learning in order that the pupils feel accomplishment and achievement. In order that the pupils produce work by hand-sewing, we considered teaching materials from the viewpoint of learning basic (in Japanese) skill, inventiveness, and achievement. Key words : home economics, hand-sewing, skill, elementary school, teaching materials Department of Home Economics, Tokyo Gakugei University, 4-1-1 Nukui-kita-machi, Koganei-shi, Tokyo, 184-8501, Japan 緒 言 また,生活が便利になった代償として,手を使って何 かを作る機会は極めて少なくなっており,子どもの手 衣生活の外部化が日常的となった今日,小学校学習 指の巧緻性の低下が問題視されている。このような背 指導要領でも衣生活に関する内容が削減されている。 景の中で,被服製作学習の今日的意義や必要性が問わ * 千葉県立清水高等学校 ** 東京学芸大学(184-8501 小金井市貫井北町 4–1–1) − 341 − 東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 57 集(2006) れている。小学校家庭科で縫うなどの基礎的な技能を 筆者が担当した1校を除いた9校に,2003 年7∼ 身につけさせる導入段階の指導方法を検討することは, 8月にかけて郵送による質問紙調査を実施し,6 基礎的な知識・技能の習得,学習意欲の向上,児童に 校からの回答が得られた。したがって,分析対象 ものを作る喜びを味わわせるために貢献するのではな とするデータは7事例である。 いかと思う。また,それにより獲得した学習意欲や基 礎的技能を生かして,手縫いやミシン縫いを組み合わ せ「生活に役立つもの」の製作などの学習へと発展さ (2)調査内容 せていくためにも有効であると考える。 以下の質問項目を設定した。 ・家庭科担当教師 ・年間指導計画 ・手縫い学習の 研究目的 配当時間 ・手縫いの指導方法(使用教材,使用布, 縫い方の学習配当時間,製作品) 本報では,前報 1) に引き続き3つの観点から,小学 ・児童の技能及び 裁縫用具の使用 ・学習意欲や態度について(自由記 校家庭科における手縫い学習について考察した。1. 述) 児童のなみ縫いの技能の実態を明らかにする。2.第 など ・手縫い製作学習の必要性について(自由記述) 1報で報告済みの手縫いの意識調査を実施した小学校 の家庭科担当教師たちがどのような手縫い指導を行っ 結果および考察 ているか,指導の現状を明らかにする。3.手縫いに よる製作教材を考案する。以上のことをふまえて,児 1.なみ縫いの技能 童の手縫いに関する意識と手縫い技能との関連を明確 1.1 評価方法 なみ縫いの評価方法について,佐川澄子の『縫う』2) にし,手縫い教材の開発を行うことを目的とした。 のなみ縫い評価方法を参考にした。佐川は『縫う』の 研究方法 中でなみ縫いについての評価方法として,A 案と B 案 を提案している。 1.手縫いテストについて A 案の評価項目は以下の通りである。 (1)対象者と実施時期 東京学芸大学附属小金井小学校第5学年 144 名 を対象に,なみ縫いの技能テストを行った。テス 評価項目(A 案) 長 さ…縫い目をものさしで計る。これは縫い目の速 ト実施時期は,2003 年2月で意識調査と同時期に 度を表す。 実施した。対象児童は,第5学年の1学期に手縫 目 数…全長内の表目数を数える。 い学習を終了している。 正確率…全長の中心から左右 10 目ずつ(中央 20 目)を 評価区間とし,それらの針目を下記の基準に (2)内容 よって評価する。 正しい針目… 0.4cm ± 0.1cm まっすぐな針目 さらし布 12cm × 34cm を二つ折りにし,上から2 cm のところに 30cm の線を引き,その線の上になみ 不正確な針目…① 0.1cm 以上まがった針目 縫いをさせた。実施時間は,5分間と限定した。 ② 0.1cm 以上外側の針目 ③ 1.5 倍以上大の針目(0.6cm 以上) ④半分以下小の針目(0.2cm 以下) A 案の評価法のほかに,『縫う』では B 案として小学生の 評価法についての記載もあるが,評価が寛大であるため, 今回は A 案の評価法を用いた。また,正確率について中央 20 目で判定しているが,中央 20 目を抽出して判定しても, 全体で判定しても正確率について十分目的を達することが 図 1 手縫いテスト布 できるとしている。したがって,今回は表目の数が 20 目以 2.家庭科担当教師の指導の現状について 上のものについては,中央 20 目で正確率を評価し,表目の (1)対象校と調査時期 数が中央20 目以下のものについては,全体で評価をした。 児童の意識調査を依頼した小学校 10 校のうち, − 342 − 坂井・池 :小学校家庭科における手縫い学習に関する研究(第 2 報) 1.2 縫った長さ(全長)について 前述の研究方法で言及したとおり,布には 30cm の基 準線を引き,線上を児童になみ縫いをさせた。5分間 で全て縫えて 30cm とし,児童は5分間でどのくらいの 長さを縫えたのか全長を測定し,評価を行った。 児童 144 名の縫った長さ(全長)の平均は,20.6cm であった。また,縫った長さを 0 ∼7 cm,8∼ 14cm, 15 ∼ 22cm,23cm ∼ 30cm の4段階に分け,児童の割合 図 3 手縫いテストの正確率 をグラフに表すと次のようになった。(図2) 正確率 80 %以上の児童は 46.5 %であったが,児童の 22.2 %は手縫い学習後にもかかわらず,正確率 0 ∼ 29 %と低い結果となった。 また,縫い目の正確率と性別とをクロスしたところ, 1%水準で有意差が認められた。(図4) 図 2 児童のなみぬいの全長 縫った全長 0 ∼7 cm が全児童の 11.1 %(16 名),8 ∼ 14cm は 16.7 %(24 名),15 ∼ 22cm は 16.7 %(24 名), 23 ∼ 30cm は 55.5 %(80 名)であった。5分間で半数 図 4 正確率と性別 以上の児童は,ほぼ規定した全長を縫えていた。縫っ た長さと性別とをクロスして検討したが有意差は認め られず,男女間では縫った長さの差はみられなかった。 男女間でみると,女子の約6割が正確率 80 ∼ 100 % であったのに対し,男子では3割強にとどまった。ま た,男子の約3割が正確率 0 ∼ 29 %と正確率が低い結 1.3 表目の総目数と正確率について 果となり,男子よりも女子の方が正確な縫い目で縫え 表目の総目数について,児童の縫ったなみ縫いの全 ていると判断できた。また,縫った長さの全長と縫い 長の表目の総目数を数えた。児童 144 名の表目の総目 目の正確率とをクロスしたが,有意差が認められなか 数の平均は 24 目であった。 った。 正確率については前述の評価項目の正しい針目に準 じて測定した。表目の総目数の中央 20 目を抽出し,正 1.4 手縫いテストと意識調査との関連性 確な針目を数え正確率を計算した。ここでは,表目の 手縫いテストの結果と手縫いに対する意識との間に 数が 20 目以上のものについては,中央 20 目で正確率を は,どのようなことが考えられるのかを検討した。手 評価し,表目の数が中央 20 目以下のものについては, 縫いテストの正確率と意識調査の手指の巧緻性の「な 全体で評価した。 み縫い」の自己評価の項目とをクロスしたところ,有 児童 144 名の正確率の平均は,62.4 %であった。正 意差は認められなかった。実技テストで正確率が 0 ∼ 確率を 0 ∼ 29 %,30 ∼ 49 %,50 ∼ 79 %,80 ∼ 100 % 29 %と低かった児童の 81.3 %は,意識調査でなみ縫い の4段階に分け,児童の割合をグラフに表すと次のよ を「よくできる・できる」と回答していた。つまり, うになった。(図3) 正確に縫うことができていなくても高い自己評価をし ている児童がいることがわかった。 また,手縫いテストでの正確率と意識調査での家庭 環境の「縫い物を家の人から教わる」の項目との間に は,5%水準で有意差が認められた。家庭で縫い物を − 343 − 東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 57 集(2006) 教わっている児童は,なみ縫いを正確に縫えていると 科の学習意欲に大きく関与していると考えられる。 また,小学校家庭科指導の実態から考えると,手縫 いえる。 手縫いテストの正確率と家庭科の学習意欲の「もっ い学習に配当できる時間数としては,8∼ 10 時間程度 と難しいものを縫うことに挑戦したい」の項目の間に である。この時間数の中で手縫いの技能の学習から は5%水準で有意差が認められた。正確率の高かった 「生活に役立つもの」の製作までを行うということの難 児童の方が学習意欲が高く,正確率の低かった児童の しさも感じられる。しかし,この時間数の中で児童が うち 50 %は「全くそう思わない」と学習意欲が低いこ 楽しみながら技能を習得するための効果的な教材,指 とが明らかとなった。 導方法を検討する必要が迫られている。このことを払 手縫いテストの正確率と意識調査の有用性の「いろ いろな縫い方を覚えておくと役立つ」の項目との間に 拭できれば,児童の学習意欲や技能に対する自信にも 繋がるのではないかと思われる。 は1%水準で有意差が認められた。手縫いテストで正 確率の高かった児童は有用性について強く認識してい 2.調査依頼小学校の家庭科担当教師の調査 るといえる。 2.1 家庭科担当教師と指導 1.5 手縫いに関する意識調査および手縫いテストか らみる手縫い学習の課題 回答校のうち4校には専科教員が家庭科を指導して いたが,3校は学級担任が指導していた。また,手縫 手縫いに関する意識調査では,手縫い学習を終了し い学習時に使用する教室は,家庭科専科の場合は家庭 た児童を対象としたにもかかわらず,玉どめや返しぬ 科室を使用し,学級担任の場合は学級教室と家庭科室 いなどの技能の自己評価が低く,それらの技能を困難 を併用していた。 と感じていることが明らかとなった。技能に対する自 己評価が高くても実際に手縫いテストでは,正確に縫 2.2 家庭科の年間指導計画と指導時間 各学校の家庭科年間指導計画を,次に例示する。(表 うことができていない児童もいたことが明らかとなっ た。また,児童の多くは手縫い学習の作業中の失敗や 1,2,3,4,5,6) 上記の表からも明らかなように,調査校においては, つまずきなどにより,いらいらするなど集中力が持続 していなかった。さらに手縫い学習の技能習得の際に, 手縫い学習は第5学年で取り扱っており,1校を除い 技能の手順を理解できないまま学習が進み,そこから て1学期に指導していた。 手縫いに対する嫌悪感,否定的意識を抱いてしまって 手縫い学習の配当時間は,総授業時数 60 時間中の6 いることがわかった。これらの現状は,その後の家庭 時間が1校,8時間が3校,10 時間が3校であった。 表1 附属 S 小学校 第 5 学年 家庭科年間指導計画 表2 附属 K 小学校 第 5 学年 家庭科年間指導計画 − 344 − 坂井・池 :小学校家庭科における手縫い学習に関する研究(第 2 報)−手縫い技能の実態と教材の考案− 表3 市立 A 小学校 第 5 学年 家庭科年間指導計画 表4 市立 S 小学校 第 5 学年 家庭科年間指導計画 表 5 市立 T 小学校 第 5 学年 家庭科年間指導計画 表 6 市立 M 小学校 第 5 学年 家庭科年間指導計画 手縫い学習を第5学年の1学期に設定しているのは, 次のような理由が考えられる。開隆堂 3) ,東京書籍 4) 出版の家庭科教科書とも,初めの部分に手縫い学習の を説明したものなど,ビデオ教材は玉止めなどの基礎 縫いなど,教科書やプリントは理解しづらいものを説 明する時に使用していた。 内容が記載されていること,教師が最初に手縫いの技 手縫いなどの製作学習の際にどのような布を使用し 能を習熟させ,その後手縫いとミシン縫いを組み合わ ているかを質問したところ, 「教材業者の手縫い練習布」 せた袋などの生活に役立つものの製作へと学習を発展 を使用していたのは4校であった。教材業者から裁縫 させていくよう設定しているからである。また,手縫 用具を購入した場合,その中にセットとして入ってい い学習が6∼ 10 時間に設定されている要因として,教 る練習布を使用することが多い。また,教材業者の練 科書に準拠している学習指導書を教師が参考としてい 習布の他に,家庭から各自布を準備させたり,フェル ることも考えられる。 ト布やさらし布を使用していた。 2.3 手縫いの指導方法 充当した時間数と作品の製作に充当した時間数を質問 次に,手縫い学習の配当時間の中で縫い方の練習に 手縫いの指導の際,どのような方法を使用したかを したところ,次のような時間配分を行っていた。6時 質問したところ,「教科書・プリント」「教科書・標 間を配当していた学校(1校)は,手縫いの練習をし 本・ビデオ教材」「標本・ビデオ教材」「教科書・プリ ながら製作していく手順をとっており,5時間を使っ ント・標本」など,2種類以上の副教材を組み合わせ てさらし布で縫い方の学習をしながらふきんを製作さ て使用していた。それぞれについて詳細に説明すると, せていた。8時間を配当していた学校(1校)では, 標本は縫い方の見本や大きな紙に毛糸を使って縫い方 手縫いの練習に4時間,製作品に4時間充当していた。 − 345 − 東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 57 集(2006) 8時間充当していた学校(2校)では,練習6時間, ・面倒がって初めは意欲的でない児童がいるが,作業 製作品2時間を充当していた。10 時間配当していた学 が進むにつれて作品の姿が見えてくると,一生懸命 校(3校)では,練習時間6∼7時間,製作に4∼3 に取り組む児童がいる。 ・家庭科の時間を楽しみにしている児童が多かった。 時間を配当していた。 しかし,作品をよりよくしていくように助言しても, 製作品については,教師が布や製作品を指定している 気乗りがせずやめてしまう児童もいた。 学校が3校で,そのうちさらし布でふきん製作が2校, フェルトでテイッシュケース製作が1校であった。他の ・第5学年で裁縫箱と初めて出会うことは,興味がい 4校はフェルト,使い古しのハンカチ,あまり布を各自 っぱいである。何のために製作するのか,なぜ製作 用意させ,テイッシュケース,巾着,ワッペン,小物入 するのかを意識化することが大切だと思う。 ・保護者に協力してもらい技能的に未熟な児童の指導 れなど,児童が製作したいものを製作させていた。 を個別にできたので,一生懸命取り組んでいた。 2.4 児童の技能及び裁縫用具の使用 ・教師側の学習の組み立て方,支援の仕方で児童の意 欲や態度を向上させられると思う。 教師が指導している際に感じた児童の技能や裁縫用 具の使い方について質問したところ,次のような意見 2.6 製作学習の必要性 が表明された。 ・家で経験している児童は,縫い目もきれいで早く仕 小学校家庭科における手縫いなどの製作学習の必要 上げている。初めての児童は針に糸を通すことも難 性について質問した。自由記述により得られた意見を しく,玉止め,玉結びを習得するにも時間がかかる。 集約する。 年々,精神年齢の低下が感じられ,技能も低下して ・落ち着いて手を動かし集中し作業をすることは,脳 の発達や精神的な落ち着きに関わっていると思う。 いるように感じられる。 ・個人差が大きい。家庭で祖母や母が針や糸を使って 年々,児童の技能低下が感じられ,40 人を1人で指 いる姿を見ている児童は,比較的手つきもよく意欲 導するのには限界があるので,補助的な指導をして 的な子が多い。 くれる人材が必要である。 ・針に糸を通す一連の動きがぎこちない。意識化させ ・使用する目的のある製作品には意欲的に取り組む児 童が多いので,目的意識を持たせることが大切であ ないと縫い目の大きさに無頓着である。 ・縫い方はそれなりにできるが,玉結びや玉止めがな る。自分で製作することにより,物を作る人の苦労 かなかできない。個人差が大きく,好きな子はいろ や思いを感じたり,物を大切に扱うという意識付け いろ工夫している。 にもつながる。指先を使う経験が日常生活の中で少 なくなってきているので,大切な学習のひとつと考 ・用具の扱いに慣れるのが大変だった。不器用な子が える。 多く,技能の習得は繰り返し行うしかない。 ・家庭で裁縫することがないので,学校で教えられた ・基礎・基本を大切にするということで,技能の中で も手縫いは大切であると思う。しかし,その必要性 ことが全てという感じがある。 を児童にどう意識化していくかが課題である。 ・技能については個人差があり,それまでの経験や好き 嫌いも関係する。最終的には児童が作りたいという気 ・ミシンがない,裁縫箱がないという家庭も珍しくな 持ちが強ければ,必要な技能を身に付けたいという気 くなってきた。一方,手作りのものにこだわる家庭 持ちにつながり,習得可能となるのではないか。 もある。手作りの良さ,自分で作ることの楽しさを 味わうのも大切な学習のひとつである。児童が自分 2.5 学習意欲・態度について の生活に必要性を感じることが学習への第一歩とな るので,教師は指導を工夫するしなければならない。 製作学習における児童の学習意欲や態度について質 ・日常の家庭生活では,簡単な縫うことは必要である 問したところ,次のような意見が示された。 ので,技能は必要である。 ・縫って作品を仕上げることを意欲的に行う児童が多 い。独創的なデザインに驚くこともある。製作学習 以上のことから,教師は手縫いなどの製作学習や技 をしている場合,おしゃべりや遊ぶ児童も見受けら 能習得の必要性も強調していたが,一方,児童の手指 れるが,大体は熱心に作業している。技能が劣ると の巧緻性や手縫い技能の低下を指摘していた。そのた 遊んでしまう傾向がある。作品を完成させると,達 め,児童の技術の習得の指導にかなりの時間を要して 成感を感じ,喜びも大きいようである。 いることが明らかとなった。したがって,配当時間の − 346 − 坂井・池 :小学校家庭科における手縫い学習に関する研究(第 2 報)−手縫い技能の実態と教材の考案− 中でいかに児童に楽しく手縫い技能を習得させるか, 3.2 授業題材,指導計画,配当時間 授業実践の方法として,教師調査の結果を参考に, 効果的な教材を検討する必要がある。 開隆堂教科書「わたしたちの家庭科」5) ‘2わたしに 3.手縫い教材の検討 できることは ③針と糸を使ってみよう’の授業,計 9時間を設定した。 先に,意識調査と手縫いテストの結果からの手縫い 学習における課題として,児童の多くは手縫い学習の A,B の2クラスともに授業の進度と配当時間を同じに 設定した。(表7) 技能習得の際に,技能の手順を理解できないまま学習 授業実践では,学習で使用するプリント,ビデオ教 が進んでしまうので,手縫いに対する嫌悪感や否定的 材,手縫い練習布,児童の達成カード,自己評価及び 意識を抱いてしまうことが明らかとなった。このこと 感想カード,段階標本,参考作品などを使用した。上 が,その後の家庭科の学習意欲を大きく左右してしま 記の授業実践の分析は,新たな機会を設定して報告を うことを言及した。つまり,児童が意欲的に楽しみな する所存ある。ここでは,紙幅の都合上,教材の考案 がら手縫い学習に取り組むには,手縫いの基礎的な技 に関する事項を中心に述べる。 能を習得する際の教材・指導方法を検討する必要があ ると考える。そこで,手縫い技能の習得のための効果 3.3 「小物作り」の製作品の考案 教材・教具開発の留意点について,児島6)は,次の 的な授業について実践した。授業の流れについて簡単 に説明するが,ここでは,製作教材について検討する。 ように述べている。 ① 現実の教育活動であり,ある単元に直接関連する教 3.1 授業研究対象者 材・教具であること。 第5学年全4クラス,男子 78 名,女子 77 名で計 155 ② その教材・教具で,具体的な経験,または課題解決 名を対象に授業を行った。4クラスのうち2クラスを 「A:プリント・示範での指導」による授業,2クラスを のための学習活動ができること。 ③ 学習者の思考・反応・討論・意思決定,さらに進ん 「B:プリント・示範・ビデオ教材での指導」による授業 を実践した。 だ学習活動を刺激するものであること。 ④ 教材・教具の内容に,いたずらに矛盾や混乱を生じ 表 7 授業進度・配当時間 − 347 − 東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 57 集(2006) 布のはしから1 cm のとこ ろに1周しるしをつける 布の上から 4.5cm 両はし2 cm ずつのところにしるし をつける しるしの上をなみ ぬいし、2枚の布 をぬい合わせよう 図 5 生活に役立つものの作製時のプリント 検討をする必要がある。 させるものが含まれていないこと。 表7に示す9時間の授業計画のうち,4・5回目の ⑤ 教材の内容が正確で,典型的なものを扱っていて, 3時間で使用したプリントを図5に例示する。 学習者の感覚にぴったりするもの。 手縫い学習における「小物作り」の製作品は,児童 ⑥ 学習者の視覚などの五感を刺激するものが含まれて にとって手縫い学習の成果を発揮する最初の作品であ いること。 ⑦ 形や大きさが,学習者の取り扱いを考慮していること。 る。そのため,児童が学習したことを生かしながら, ⑧ 使われている言葉や文章などが明瞭で誤解されるよ 意欲的に楽しく製作できなければ,その後の被服製作 学習の学習意欲にも大きく関係してくると考えられる。 うなものが含まれていないこと。 小学校家庭科教科書では,「小銭入れ」「ペンケース」 以上のことを配慮して,授業実践で使用する教材の 「マスコット」「ティッシュケース」などが作品例とし − 348 − 坂井・池 :小学校家庭科における手縫い学習に関する研究(第 2 報)−手縫い技能の実態と教材の考案− (写真 1 児童の作品例) 見通しを持って製作が進められるように配慮した。写 て紹介されている。 今回の授業実践にあたり,「生活に役立つ小物作り」 真1に,児童が作成した作品を例示する。 製作品として,「ふたつきのティッシュケース」を考案 要 約 した。考案するにあたり,次のことに配慮した。 前報に引き続き,小学校家庭科における手縫い学習 ・ 児童自身の生活に密着し,生活の中で役立つもの ・ 製作品を生活で活用する喜びを味わえるもの について,児童のなみ縫いの技能の実態や小学校の家 ・ 学習した縫い方を生かして製作ができるもの(玉結 庭科担当教師たちの手縫い指導の現状を明らかにした。 び,玉どめ,なみ縫い,返し縫い,かがり縫い,ボ そして,手縫いによる製作教材を考案した。 タン付け) ・手縫いテストでは,縫った長さの平均は 20.6 ㎝で, ・ 短時間で完成するもの 5分間で半数以上の児童が 30 ㎝を縫い終わってい ・ 児童自身の創意工夫が生かされるもの た。縫い目の正確率の平均は 62.4 %であり,男子よ ・ 製作からの達成感,成就感を育めるもの り女子のほうが正確率が高かった。 ・正確に縫うことができていなくても児童の自己評価 まず,児童の実際の生活に役立つものを製作するこ は高いこと,家庭で縫うことを実践している児童の とにより,児童自身が生活の中で活用する喜びを感じ 正確率は高いこと,縫い目の正確率が高い児童ほど ることができる。また,練習布で練習した手縫いの技 学習意欲が高く,手縫いに対する有用意識が顕著で あることが判明した。 能を「生活に役立つ小物作り」の製作で生かすことに より,技能の定着を図ることができる。そして,製作 ・教師は,児童の手縫いの学習態度や意欲が高く,楽 に時間がかかったり,単純すぎるもの,また逆に複雑 しそうに手縫い学習に取り組んでいるととらえてい すぎるものでは児童の製作意欲を失ってしまう。以上 た。また,日常生活における経験の少なさから,家 のことを考慮して,短時間で完成するが,達成感を味 庭科における手指を動かす一つの経験として,また, わうことができ,児童の創意工夫が生かされるもので 手作りによる成就感,達成感などを児童に味わわせ あることをポイントとした。 るために製作学習の必要性を感じていた。 布はフェルト布を使用することとした。フェルト布 ・教師の指導法や教材の工夫により児童の学習意欲に は,ほつれることがないため,手縫い学習の最初の製 差が生じるので,学習意欲を損なわない教材や製作 作品の布としては,扱いやすく妥当であると思われる。 品の選定が必要である。 また,ふたをつけることにより,ボタン付けができ, ・小学校家庭科の授業で手縫い学習に充当できる時間 さらには児童自身がふたに模様をデザインし,縫い取 数は8∼ 10 時間程度である。この時間数の中で手縫 ることによって創意工夫ができるようにした。 い技能の学習から「生活に役立つもの」の製作まで を指導する難しさも感じられた。 製作の際には製作手順のプリント,参考作品や段階 標本を児童に提示しながら,段階を追って示範による 本報告は,修士論文『小学校家庭科における手縫い 指導を行った。このことにより,製作に対する意欲や 学習に関する研究』(平成 15 年度修了)を加筆・修正 − 349 − 東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 57 集(2006) したものである。 調査に協力して下さった小学校の家庭科担当教師及 び児童の方々に感謝をいたします。 参考文献・引用文献 1)坂井知美,池 h 喜美惠:小学校家庭科における手 縫い学習に関する研究(第1報)−先行研究調査と の比較− 東京学芸大学紀要第6部門第 56 集 pp. 47_55 2004 年 2)佐川澄子:縫う−指導と実際− 光生館 pp. 37_38 1978 年 3)小学校わたしたちの家庭科 5・6 開隆堂 2001 年 4)新しい家庭科 5・6 東京書籍 2001 年 5)小学校わたしたちの家庭科 5・6 開隆堂 pp. 20_24 2001 年 6)東洋,中島章夫 監修:授業技術講座 基礎技術 編1 ぎょうせい pp. 83_84 1988 年 − 350 −
© Copyright 2024 ExpyDoc