チュニジア共和国 - 中東協力センター

チュニジア共和国
1.位置付け
首都:チュニス
■ 地政学的重要性(中東,アフリカ及び欧州への玄関口に位置)
■ 中東・北アフリカ地域の政変,いわゆるアラブの春の発端国。政変の原因となった失業問題や地域間
格差の問題は未解決。
■ 邦人を含め多数の外国人が被害を受けた襲撃テロ事件が2015年に相次いで発生。アンサール・シャ
リーアや,ISIL外国人戦闘員としてイラクやシリアに渡り,その後帰国した者などが国内で活動しており,イ
スラム過激派によるテロの脅威が残る。また治安の悪化は国内経済にも影響。
2.内政
基礎データ
1.人口: 1,099万人(14年,世銀)
2.GDP: 約486億米ドル(14年,世銀)
3.1人当たりGNI: 4,420米ドル(14年,世銀)
4.政体・議会: 共和制
5.失業率: 15.4%(15年,チュニジア国立統
計局)
6.日本との貿易額:
輸出 約148億円(マグロ,衣類)
輸入 約98億円(自動車機器,電気機器)
(15年,財務省貿易統計)
7.在留邦人数: 127人(15年10月現在)
8.渡航情報: 渡航の是非検討(但し,アル
ジェリア及びリビアの国境地帯,南部地域,カ
スリン県は渡航延期)。
■ 前ベン・アリ政権(1987年-2010年)は,西欧化を推進する一方でイスラム主義運動を弾圧し,23年間
に及ぶ長期政権を維持。
■ 2010年12月から翌年1月にかけて大規模デモ発生。ベン・アリ大統領は国外に脱出して政権崩壊。
2011年10月の制憲国民議会選挙の結果,イスラム主義のエンナハダが与党第1党に選出。マルズーキ大
統領,ジェバリ首相が就任。
■ 2013年2月,野党政治家の暗殺事件が発生。ジェバリ政権への批判が高まり,同年3月,ラアレイエド
新政権が発足するも,7月,新たな野党議員の暗殺事件が発生し,政情不安が激化。10月,政治危機打
開に向けた与野党の国民対話の実施を合意,翌年1月テクノクラートから成るジョマア内閣が発足。
■ 2014年1月,制憲国民議会において新憲法が賛成多数で可決。12月,ジョマア選挙実施内閣におい
て大統領選挙及び総選挙が実施され,世俗派ニダー・チューネス(NT)が勝利。エセブシ同党党首が大統
領に就任。2015年2月,チュニジア北部を支持基盤とするNTと,南部を支持基盤とするエンナハダによる
連立政権が発足(エシード首相は無所属)。2016年1月,内閣改造実施。2016年8月シェーヘド内閣発足。
3.外政
■ 非同盟中立。穏健かつ現実的外交政策を展開。革命後の現暫定政権は,これまでの欧米偏重路線を
修正し,マグレブ諸国間協力の推進,地中海沿岸諸国との関係強化,湾岸諸国やアフリカ・アジア諸国との
関係強化など外交関係の多極化に努めている。
■ 隣国リビアの情勢不安は,チュニジア国内の安定・発展を目指す上で重要な問題。
4.二国間関係
■ 1956年に日本はチュニジアを承認。本2016年は外交関係樹立60周年。1985年より定期的に日・チュニ
ジア合同委員会を開催(12年2月に東京にて第8回合同委員会を開催)。
■ 日本企業12社が進出しているほか,筑波大学が海外拠点を設置。同大を中心に学術交流を展開。