第4章 複素数

第 4 章 複素数
複素数は,実数の概念を拡張した新たな「数」である.物理で扱う時間,速度などの観測・測
定可能な量は,実数(及び,付随する s, m/s などの単位)で表されるため,最終的には複素数は
必要ではない.しかし,複素数を用いると,理論や法則が適切かつ簡単に表現できる,問題の解
析が容易になる,などの多くの利点があるため,複素数は,物理のさまざまな場面での欠かせな
い道具となっている.この章では,複素数の基本的な演算や性質,複素数平面の概念を学ぶ.
4.1
複素数
• 複素数
i2 = −1 となる実数には含まれない新しい数を考え,i を虚数単位とよぶ.2 つの
実数 a, b に対して,α = a + b i の形の数を複素数といい,a, b を,それぞれ,複素数 α の
実部,虚部という.b i は,i b と表してもよい.特に,b = 0 のとき,α = a は実数となる.
a = 0 のときの α (= b i) を純虚数という.複素数 α の実部,虚部は,それぞれ,Re α, Im α
とも表す.
• 共役複素数 複素数 α = a + b i に対して,複素数 a − b i を α の共役(きょうやく)複素数とい
い,α で表す.共役複素数の定義により,α = α が成り立つ.α を用いると,α の実部,虚
部は
Re α =
α+α
,
2
Im α =
α−α
2i
(4.1)
と表される.したがって,
「α は実数 ⇔ α = α」,
「α は純虚数 ⇔ α = −α」が成り立つ.ま
た,以下の関係式が成り立つ.
α ± β = α ± β,
αβ = αβ,
! "
α
β
=
α
β
(4.2)
• 複素数の相等・演算 2 つの複素数 α = a + b i, β = c + d i が等しい(α = β )のは,a = c
かつ b = d のときに限る.特に,α = 0 であるのは,a = b = 0 のときに限る.
複素数の四則演算は,i を未知の実数として扱った場合と同じであるが,i2 = −1 に注意す
る.特に,割り算では,分母に虚数単位 i が表れないように,分母の共役複素数を分母と分
子にかけることにより,以下のように「分母の実数化」を行う.
α
a + bi
(a + b i)(c − d i)
ac + bd bc − ad
+ 2
i
=
=
= 2
β
c + di
(c + d i)(c − d i)
c + d2
c + d2
29
(4.3)
例題 4.1 複素数 α = a + b i, β = c + d i に対し,(4.2) の各等式を示せ.
解 (第 1 式)
:α±β = (a±c)+(b±d) i より,α ± β = (a±c)−(b±d) i = (a−b i)±(c−d i) = α±β.
(第 2 式)
:αβ = (a + b i)(c + d i) = (ac − bd) + (bc + ad) i より,αβ = (ac − bd) − (bc + ad) i.
一方,αβ = (a − b i)(c − d i) = (ac − bd) − (bc + ad) i. したがって,αβ = αβ.
! " !
"
! "
α
1
1
1
1
c − di
(第 3 式)
: 第 2 式より,
= α
=α
が成り立つ.さらに, =
= 2
より,
β
β
β
β
c + di
c + d2
! "
! "
! " ! "
! "
1
c + di
1
1
c + di
1
1
α
α
= 2
となる.
=
= 2
より,
=
となるから,
= .
β
c + d2
c − di
c + d2
β
β
β
β
β
問 4.1 任意の複素数 α = a + b i に対し,αα は実数 a2 + b2 ( >
= 0) となることを示せ.
問 4.2 次の複素数を a + b i の形に表せ.
√
5 − 3 3i
√ , (3) (1 + i)(3 + i) − i(4 + i)(1 + 2i)
(1) (1 + 2i)(2 − 3i), (2)
1 + 3i
4.2
複素数平面
• 複素数平面
平面上に座標系 O-xy を設定し,複素数 z = x + y i に対して点 P(x, y) を対
応させるとき,この座標平面を複素数平面(あるいは複素平面)とよび,x 軸を実軸,y 軸
を虚軸とよぶ.この対応は,異なる複素数は複素数平面の異なる点を表し,逆に,複素数平
面の異なる点は異なる複素数を表すような 1 対 1 の対応となっている.したがって,複素数
−→
z = x + y i は,複素数平面上の対応する点 P の座標 (x, y), あるいは,その位置ベクトル OP
により一意に指定することができる.
図 4.1: 複素数平面
30
• 極形式 複素数 z = x + y i を複素数平面内の点 P(x, y) として表したとき,P の位置は,極
座標 (r, θ) を用いて指定することもできる.つまり,x = r cos θ, y = r sin θ であるから,z
は,
z = r(cos θ + i sin θ)
(4.4)
と表される.このような表示を極形式という.ここで,r, θ を,それぞれ z の絶対値,偏角
といい,|z|, arg z で表す.つまり,
|z| =
#
x2 + y 2 (=
√
zz),
x
,
|z|
cos θ =
sin θ =
y
|z|
である.z = 0 の場合は偏角は定まらないため,arg 0 は定義しない.
2 つの複素数 z1 , z2 の絶対値と偏角に関して,
|z1 z2 | = |z1 ||z2 |,
$ $
$ z1 $
$ $ = |z1 | ,
$z $
|z2 |
2
arg(z1 z2 ) = arg(z1 ) + arg(z2 ),
(4.5)
arg
!
z1
z2
"
= arg z1 − arg z2
(4.6)
が成り立つ.これらは,z1 , z2 を極形式で表して z1 z2 , z1 /z2 を計算することにより,示すこ
とができる.
(問 4.7,図 4.2 (2) 参照.
)
絶対値が 1 の複素数 z (|z| = 1) は,極形式を用いて,z = cos θ + i sin θ と表されるが,こ
れを eiθ と書き表す.つまり,
eiθ = cos θ + i sin θ
(4.7)
と表す.任意の複素数は,この表式を用いて
z = reiθ
(r >
= 0)
と表すことができる.さらに,r > 0 のとき,reiθ = elog r eiθ を
z = elog r+iθ
(4.8)
と書き表すこともある.
−−→ −−→
例題 4.2 複素数 z1 , z2 の複素数平面上での位置ベクトルが OP1 , OP2 であるとき,任意の実
−−→
−−→
数 a, b に対し,az1 + bz2 を表す点は aOP1 + bOP2 により与えられることを示せ.
解 z1 = x1 + y1 i, z2 = x2 + y2 i とすると,az1 + bz2 = (ax1 + bx2 ) + (ay1 + by2 ) i となり,ベク
−−→
−−→
トル aOP1 + bOP2 の表す点 (ax1 + bx2 , ay1 + by2 ) と等しい.
(図 4.2 (1) 参照.
)
31
図 4.2: 複素数の演算:(1) 和・差;(2) 積・商
問 4.3 z1 − z2 は,複素数平面上の z1 と z2 を表す点の距離を与えることを示せ.また,z とその
共役複素数 z は,複素数平面上の実軸に対して常に対称の位置にあることを示せ.
例題 4.3 複素数 z = −1 +
√
3i を極形式を用いて表せ.
解 図のように,複素数平面に図示すると理解しやすい.
#
√ 2
|z| = (−1)2 + 3 = 2 である.また,cos θ = −1/|z| =
√
−1/2, sin θ = 3/2 より,θ = (2/3)π, したがって,z =
2
2(cos 32 π + i sin 23 π). (あるいは,z = 2e 3 iπ .)
問 4.4 次の複素数 z をそれぞれ複素数平面に図示し,極形式を用いて表せ.
√
(1) −3i, (2) −2, (3) −1 + i, (4) −3 − 3i
問 4.5 次の複素数 z の実部 Re z と虚部 Im z を求めよ.
(それぞれ複素数平面に図示せよ.
)
5
5
(1) z = eiπ , (2) z = 3ei 2 π , (3) z = e1+i 6 π ,
32
例題 4.4 絶対値が 1 の複素数 eiθ1 = cos θ1 + i sin θ1 , eiθ2 = cos θ2 + i sin θ2 に対し
(cos θ1 + i sin θ1 )(cos θ2 + i sin θ2 ) = cos(θ1 + θ2 ) + i sin(θ1 + θ2 )
%
eiθ1 eiθ2 = ei(θ1 +θ2 )
⇔
&
(4.9)
が成り立つことを示せ.
解 左辺を計算し実部と虚部の和の形に直し,それぞれに三角関数の余弦,正弦の加法定理を用い
ることにより示せる.具体的には以下のようになる.
(cos θ1 + i sin θ1 )(cos θ2 + i sin θ2 ) = (cos θ1 cos θ2 − sin θ1 sin θ2 ) + i(sin θ1 cos θ2 + cos θ1 sin θ2 )
= cos(θ1 + θ2 ) + i sin(θ1 + θ2 )
問 4.6 任意の整数 n に対し,
(cos θ + i sin θ)n = cos nθ + i sin nθ
%
⇔
(eiθ )n = einθ
&
(4.10)
が成り立つことを示せ.
問 4.7 極形式で表された 2 つの複素数 z1 = r1 (cos θ1 + i sin θ1 ), z2 = r2 (cos θ2 + i sin θ2 ) に対し
て,z1 z2 を計算することにより,(4.5), (4.6) を示せ.
33
4.3
複素数値関数
変数 t に対し,複素数 z を対応させる複素数値関数 z = z(t) を考える.z = x + y i のとき,
z = z(t) は,2 つの関数 x = x(t), y = y(t) により表される.z = z(t) は,複素数平面を考えるこ
とにより,平面上のベクトル値関数とみなすことができ,その微分,積分は前章 3.4 節で定義した
ものと同様である.つまり,
dz
dx
dy
=
+i ,
dt
dt
dt
'
zdt =
'
xdt + i
'
ydt
(4.11)
が成り立つ.z が極形式 z = r(cos θ + i sin θ) で与えられている場合には,x = x(t), y = y(t) の代
わりに,関数 r = r(t), θ = θ(t) により z = z(t) を表してもよい.この場合,z の導関数は,
dz
dt
d
d
(r cos θ) + i (r sin θ)
dt
dt
!
"
dr
dθ
=
+ ir
(cos θ + i sin θ)
dt
dt
=
(4.12)
と表される.
例題 4.5 2 つの(実数値)関数 a = a(t), θ = θ(t) によって ea(t)+iθ(t) と表される複素数値関数
の導関数は,
d z
dz z
e =
e
dt
dt
(z = a + iθ)
(4.13)
を満たすことを示せ.
解
d z
dt e
を実部と虚部に分けると,
d z
d a
d
d
e =
[e (cos θ + i sin θ)] = (ea cos θ) + i (ea sin θ)
dt
dt
dt
dt
d
となる.それぞれ,積の微分の公式を用いると,dt
(ea cos θ) = ea (a! cos θ − θ! sin θ),
ea (a! sin θ
+
θ! cos θ)
(4.14)
d
a
dt (e sin θ)
=
であるから,式 (4.14) の右辺に代入して整理すると,
d z
e = ea (a! + iθ! )(cos θ + i sin θ)
dt
となるが,ez = ea (cos θ + i sin θ), z ! = a! + iθ! であるから,これは (4.13) を表す.
d f (t)
d
※ 式 (4.13) は,z が実数である場合の指数関数の微分の公式( dt
e
= { dt
f (t)}ef (t) )とまった
く同じ形を持つことに注意せよ.
問 4.8 複素数値関数 z = z(t) が,z = eiωt (ω: 定数)で与えられているとする.このとき,
d2
z + ω2z = 0
dt2
が成り立つことを示せ.
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