15 宗教とグローバリゼーション

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Title
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宗教とグローバリゼーション−近代国民国家形成の帰趨と
その超克−
宮嶋, 俊一 ; Miyajima, Shunichi
国際経営論集, 39: 165-172
Date
2010-03-31
Type
Departmental Bulletin Paper
Rights
publisher
KANAGAWA University Repository
研究論文
宗教 とグローバ リゼーション
ー近代国民国家形成の帰趨 とその超克 一
宮
嶋 俊
一
要旨
宗教のグローバル化 は、はた して現代的な現象 と呼べ るのだ ろ うか、それ とも宗教 は古
代か らグローバル化 していたのだろ うか。それ は宗教を どのよ うな位相で捉 えるかによる。
宗教 を現象的に捉 えれば前者 となる し、逆に本質的に捉 えれ ば後者 となると言 えるだろ う。
ただ し、宗教のグローバル化 は近代 国民国家 との関連 か ら考 えるべ きである。近代 国民国
家が形成 され ることによって、元々は国境 とは関わ りな く信仰 ・実践 されてきた宗教 に対
していったんは世俗 国家 とい う枠組み を当てはめ、国 ごとの宗教 のイメー ジを形成 した上
で、国家 を超 える現象 としての 「グローバル化 した宗教」 とい う見方が作 られた と考 え ら
れ るO さらに、かつての世俗化論 がグローバル化 と宗教の衰退 を結びつ けて考 えていたの
に対 し、む しろ社会の再聖化 の中で宗教の個人化 が グローバル な宗教運動 (
新霊性運動)
と結びついてい く反面、宗教 はグローバ リゼーシ ョンに反す る動 き としてのナ シ ョナ リズ
ム とも結びついてい る。
キ ー ワー ド 二近代国民国家、個人化 、ナ シ ョナ リズム
1. は じめに
るか らである。その認識 の前提 となるのは近代
にお ける国民国家の形成 とその限界状況であろ
本稿 の課題 は、宗教 の グローバル化 1とはい
う。 グローバ リゼー シ ョンとはまず近代 国民国
かなる事態であるのか、それ を概括的 ・包括的
家が形成 され、その国境 を越 えて ヒ ト、カネ、
に検討す るこ とである2
。 後述す るよ うに、宗
モ ノ、情報 の動 きが活発化 した結果、国家の役
教が国家 を超 えて伝播す る現象 は、既 に古代 に
割 が相対的に弱体化 してい く現象 と捉 え られて
おいて も見 られた。 キ リス ト教、仏教、そ して
いるのである。それ ゆえに、グローバル化論は、
イス ラームな どは世界各 地に伝播 し、 「
世界宗
ポス トモダン論 とも結びつ け られてきた。
教」 と呼ばれてきた。 もし、 このよ うな 「
宗教
ただ し、 こ うした問題認識 において も宗教 は
の拡散」 を 「
宗教のグローバル化」 と同義 と見
経済や政治 の領域 と比べ る とやや複雑 な様相 を
なす のであれ ば、宗教 は古代 か らグローバル化
呈 している。 とい うのも、近代 国民国家の形成
して きたので ある3
。 そ して、それ だ けの こ と
過程 において政治や経済のシステムが国家 を単
であるな らば、あえて 「
宗教 のグローバル化」
位 としてきたことか らも明 らかなとお り、政治 ・
とい う問題設定 を行 う必要はないだ ろ う。
経済 と国家は近代 において密接 に結びつ け られ
宗教のグローバル化がいま問題 とされ るのは、
て きたのに対 し、宗教 においては近代化 の過程
前近代社会、あるいは近代前期社会 とは異なっ
においてむ しろその紐帯が解 かれてきたか らで
た現象が生 じつつ あるとい う認識 が持たれてい
ある。つま り、国家 を超 えた拡散 とい う意味だ
宗教とグローバ リゼーション 165
けでな く、国民国家か らの分離 とい う意味で も
ち 「
私 たちは、国境 なき世界 に住 んでお り、そ
宗教は近代以前か ら 「
グローバル化」 していた
こでは、国民国家 は 『フィクシ ョン』 とな り果
と言 えるので ある。
て、政治家たちはまった くもって無力 となる」 7
。
本稿では上述の よ うな宗教 の独特 な状況につ
こ うした議論 は主 として経済の領域 に関 して行
いてまず概 略的な検討 を加 え、 「
宗教 とグロー
われてきたが、ギデ ンズはそれだけでな く情報
バ リゼー シ ョン」 とい う問題設定その ものが含
化 の進展 に伴 う日常生活の変容 もそ こに含 めつ
んでい る問題 の構制 を明 らかに していきたい。
つ、経済のグローバ リゼー シ ョンは過去の趨勢
の延長 として捉 え られ るものではな く、 「と り
2.宗教のグ ローバ ル化 は現代的な現象な
のか
わけ先進諸国にお ける 日常生活 のあ りよ うを塗
り替 えつつ あ」 り、 「
同時にそれ は国境 を越 え
た組織 と力 を育みつつ ある」 と言 う8。
グローバ リゼー シ ョンを、 「
国境 を越 えて ヒ
この よ うに、 グローバ リゼーシ ョンをこれ ま
ト、モ ノ、カネ、そ して情報が激 しく行 き交 う
でにない新 しい動 き と捉 えるギデ ンズに対 して、
よ うな状況」 とゆるや かに規定す るな ら、それ
ロバー トソンは、宗教のグローバル化現象 は近
らの移動 に伴 って人々の思考や行動の様式が国
代以後に特有 とは言 えない現象であると述べ る。
家の境 を超 えて伝播す ることが宗教のグローバ
彼 はグローバ リゼー シ ョンが近代化 の帰結であ
リゼー シ ョンの基盤 となると考 え られ る。 ここ
る とい うギデ ンズの単線 的 な発達論 9の延長 に
で言 う 「
国家」 とは、多 くの場合近代国民国家
あるとい う見方 を批判 し、その よ うな単純な命
を指す。 こ うした限定が必要 となるのは、前近
題 で は捉 え る こ とので きない現象 で あ る とす
代社会 において もヒ トの移動 はあった し、また
る1
0
。 ロバー トソンは経済のグローバ リゼーシ ョ
それ に伴いモ ノや情報 も移動 していたか らであ
ン (
資本主義 の力学)や政治の グローバ リゼー
る。 ただ し、論者 によっては前近代社会 におい
シ ョン (
帝国主義の諸力) を否定は しないが、
て既 にグローバル化 と呼び うる状況 は存在 して
む しろ文化的要素に重点 を置 き、世界 システム
いた と述べている。
には唯一の文化的基盤 、す なわち西欧的な合理
例 えば、ギデ ンズはこれまでのグローバル化
主義 のみが存在す る とい う含意 を否定す る"。
をめ ぐる議論 を整理 し、そ もそ もグローバル化
そ して仏教、キ リス ト教、イスラームの興隆や
とい う概念が新 しい もの と言 えるのか、それ と
拡散 といった事実 を踏 まえなが ら、 グローバ リ
も 目新 しくもない概念 なのか を問 うてい る4。
ゼー シ ョンが何世紀 にもわた る長いプ ロセスで
そ して、 「旧式 の社会 民主主義の姿形 を保守 し
あると論 じるのである。
たい人 々」、す なわち 「旧左翼 の人 々」 か らす
確 かにロバー トソンが指摘す るとお り、宗教
れば、 グローバ リゼーシ ョンは新 自由主義の造
は既 に前近代社会 において、特定の国、地域 を
語 に他 な らず 、新 しい ものではな い
越 えた拡大 を見せ ていた。それ ゆえに、キ リス
5。
グロー
バ リゼーシ ョンに対す る 「
懐疑論者」に とって、
ト教、仏教、イスラーム といった諸宗教は民族 ・
グローバル経済はそれ以前の経済 とは異 なるも
国境 を越 えて信仰 されてい るとい う意味で 「
世
のではな く、経済 をコン トロールす る政府 の力
界宗教」 と呼ばれてきたのである。だが、 こ う
はそのままであ り、また福祉 国家は健在である。
した見方 に対 して疑義 を差 し挟む ことは可能で
そ して、グローバ リゼーシ ョンとい う世界観 は
ある。 「
世界宗教」 と言 われ なが らも、 キ リス
福祉 国家の解体 と財政支 出の削減 を企図す る市
ト教 においては、 ローマ ・
カ トリック とプ ロテ
場主義者 のイデオ ロギーである6 とされ る。
スタン ト諸教派、 さらに東方諸教会 が存在 して
他方でグローバ リゼー シ ョンが これまでにな
い新 しい事態であるとす る人々がいる。す なわ
1
6
6 国際経営論集
No.
3
9 2
01
0
お り、各教派において独 自の展開を見せている。
仏教 において も、北伝仏教 と南伝仏教 には大 き
な違いがあるし、同 じ北伝仏教であっても中国、
- してい る場合 と、分離 してい る場合があ り、
チベ ッ ト、 さらには 日本の仏教ではそれぞれ異
また合一 してい る場合 には、国家が宗教 を支配
なっている。 さらに詳細 に見 るな ら、 日本 の仏
してい る場合 と宗教 が国家 を支配 してい る場合
教の宗派間にも数多 くの違いが兄いだ され るだ
がある。宗教 が国家 を支配す る場合 には、神権
ろ う。つま り、あ らためて論 じるまで もな く、
政治ない し祭政一致制度が行 われ、国家が宗教
宗教 はそれぞれの土地 ごとに独 自の展 開を して
を支配す る状況 のもとでは、国教制 ない し公認
い るのであ る1
2
。 この よ うに、宗教 のグローバ
教制が とられ る。また国家 と宗教 とが独立に各々
ル化現象 と言 った場合、まず事実 として宗教が
の領域 を成立 させ てい る場合、国家 と宗教 は法
本 当に国境 を越 えて拡散 していると言 えるのか、
律や制度 の上で分離 され、政教分離制度が行 わ
とい う問いが生 じて くるのである。つ ま り、宗
れ る1
5
。 文 明の草創期 においては、宗教 的価値
教のグローバ リゼーシ ョンについて論 じる場合、
規範 が統治者 の意志決定 を支配 し、聖 と俗 の社
宗教 をどのよ うな位相で捉 えるかが問題 となる。
会組織 の分化 はなかったか ら、国家 と宗教 の関
宗教 を本質 と現象 とに分 けて考 えるな らば 13、
係 が問題 とな らなかった。 だが、近代国民国家
よ り本質 に注 目す ることで宗教 は普遍的な もの
形成 の過程 において、宗教 は政治 と分 けて考 え
として捉 えることが可能 とな り、グローバル化
られ るよ うになった。近代 国民国家はほ とん ど
した現象 と見なす ことができる。例 えば 「
キリ
の場合 、世俗 的な国家である。す なわち、政教
ス ト教の本質」や 「
仏教の本質」 とい うことを
分離原則 に基づいて営まれ てい く その よ うに
規定すれ ば、それ ら 「
世界宗教」が国境 を越 え
して宗教 と政治的な国家の結びつきが解 かれて、
てグローバル化 してい ると言 える。だが、 よ り
宗教は私事化 していった。 この宗教の 「
私事化 」
。
ミクロな視点で現象面に着 目す るな ら、それ ら
のプ ロセスを、杉 田敦 の議論 を参考 にま とめて
「
世界宗教」 も地域 ご とに独 自の展 開 を してい
お こ う⊥
6
。
ることを兄いだす ことができるのである。
公共的な問題 を扱 うのが政治であ り、私的な
このよ うに考 えるな らば、ギデ ンズ とロバー
問題 を扱 うのが宗教である、 とい う見方、す な
トソンの対立は、グローバ リゼー シ ョンについ
わち公私 を区分 し、政治概念 を公的領域 にあて
て考察す るに当たって経済 (
や政治) に力点 を
はめる見方 は、すでに古代 ギ リシアか ら見 られ
置 くか、あるいは文化現象に力点を置 くか とい
るもので、そ こでは経済が私的な領域 とされ、
う違 いであ り、また宗教現象 を どの よ うな位相
両者 は厳密 に区別 され る と考 え られてきた。 ま
で捉 えるかの違いで もある。 その意味で、 どち
た、キ リス ト教 の成立以後 、宗教でない ものが
らが正 しいか とい うよ りも、 グローバル化 を捉
政治 だ とい う考 え方 が勢力 を持つ。 「
カエサル
える視点が異 なってい るのであ り、両者 の議論
の ものはカエサル に、神 の ものは神 に」 とい う
は相補 的な もの と言 えるだ ろ う1
4
。本稿 では、
いわゆる両剣論 は、 こ うした二分法 を前提 とし
ギデ ンズに従い グローバル化 を新 しい現象 とし
てい る。人間の精神 的な部分 を教会組織が担 当
て捉 えてい くが、 とりわけ近代国民国家 と宗教
し、その身体的な部分 を担 当す るのが国家であ
との関わ りとい う視点か ら考察 を さらに展開 し
り、両者 は分離 している、 とい う考 え方である。
てい く。
この よ うな考 え方が成立 したのは、キ リス ト教
会が国家 とは別 に、む しろ国家 に先ん じて教 団
3.近代 における国家 と宗教
の組織化 を進 め、国境 を越 える堅固な組織 を作
り上 げたか らである。す なわち、宗教 とい う名
国家 と宗教の結びつ きを考 える場合、い くつ
のゲームを繰 り広 げてい る人々の外延 が、世俗
かのパ ター ンが考 えられ る。阿部美哉 によれば、
的な政治 と呼ばれ るゲームの外延 と一致 してい
国家 と宗教の関係 の形式 には、国家 と宗教が合
ない ことが明 らかだったか らこそ、両者 は別物
宗教とグローバ リゼーション 167
である とい う意識 が生 じ、両者 の間の関係 が争
の主要分布 を示 した世界地図を見れば、世界が
点 となったのである。 しか し、両者 の関係 を、
幾つかの宗教ブ ロックに分 け られてい るよ うな
国家が政治的であ り、宗教が非政治的である、
印象 を受 ける。そ こでは、西 ヨー ロッパがカ ト
ととらえる必要はな く、1
7
世紀のジ ョン ・ロッ
リック とプ ロテスタン トに、南アメ リカはカ ト
ク に い た る ま で 、 教 会 政 治 (eccl
e
s
i
a
s
t
i
ca
l
リックに、北アメ リカはプ ロテスタン トに、そ
go
ve
r
nme
n
t
) と世俗政治 (
c
i
vi
lgo
ve
r
nme
nt
)を
して東 ヨー ロッパは正教会に色分 けされてお り、
並列的に とらえるとい う用語法が示 してい る と
アラブ世界、す なわちアフ リカの北半分 と中央
お り、その性格 は同 じでないに して も、両者 が
アジアお よび東南アジアは、イスラーム圏 とし
類比的であるとい う認識 の存在 は前提 されてい
て特徴づ け られてい る。東 アジア圏は儒教、道
た。
教、そ して仏教が特徴的である。 こ うした主要
だが、このよ うな意識がやがて失われてい く。
分布 には、た とえば、サ ミュエル ・ハ ンチ ン ト
それ は教会 と世俗 国家 との争いが、粁余 曲折の
ンが主張す るよ うな七つの文化 圏による世界 の
果てに国家側 の勝利 によって決着 し、そのため
区分が結びつ け られ るのである2
0
。
に宗教的なゲームの外延 が世俗的なゲームの外
しか しク レヒによれば、主要分布 を構成す る
延 と一致 して しまった ことと関係す る。 その結
それぞれの宗教伝統の実際の分布 を明 らかに し
果、宗教 は政治 とは独立な、それ に対抗 しうる
よ うとす るな らば、 どのよ うに して もこのモデ
よ うなゲーム とは見な されず、国家 とい う単-
ル を維持す ることはできない。 ク レヒは各 国 ご
のものの一部であると考 えられ ることになった。
との宗教的多様性 を分析 し、韓国、アメ リカ、
この よ うな宗教 の位置づ けを最初 に典型的に示
ナイ ジェ リア といった国々では国内において高
したのがホ ップズで、彼 の議論では、宗教が国
い宗教的多様性が見 られ ることを指摘 した。 そ
家か ら独立 した形でルール を形成 した り、国境
こで ク レヒが問題視す るのは境界線 の想定であ
を越 えた単位 をな した りす ることが もっ とも警
る。つ ま り、宗教ブ ロック間に境界 を想定す る
戒 され るべ きこととされてい る17。
ことによって、上述の よ うな地政学的思考が生
この よ うに して、宗教や民族 に基づかない、
まれて しま うのである。そ して こ うした考 え方
世俗的な国家が形成 され、国境が引かれてい く。
がいわゆる 「
世界宗教」 とい う認識 を生んでき
そ して国境 の内部 には本来文化的 ・
民族的 ・
宗教
たのではないか。
的な多様性 が存在 しているにも関わ らず、あた
以上がク レヒの主張であるが、 さらに敷術 し
か も一枚岩 の よ うに単一な文化が成立 している
て考 えるな ら 「
世界宗教」 とい う認識 の背景 と
かの よ うな見方が成立 してい くのである1
8
。
して、まず国境が想 定 され、かつその国境 を越
宗教 において この よ うな見方 を典型的に示 し
えた宗教の拡散 とい うイ メージが形成 され るこ
てい るのが、いわゆる 「
世界宗教分布 図」であ
とによって、 「
国 を超 え世界 に広 が る宗教」 と
ろ う。 日本 の学校教育において用い られ る地図
しての 「
世界宗教」 とい う概念 が作 られてきた
帳や百科事典 において も、世界の宗教分布 図が
のである。つま り、宗教のグローバ リゼーシ ョ
示 されてい る。 もちろん、現実には宗教は国家
ンとは、宗教 と国家が分離 し、前者 が後者 の下
を単位 として分布 してい るわけではない.一国
位 に位置づ け られ、国 ごとに単一的に宗教が存
内に様 々な宗教 の信仰者や宗教施設が存在 して
在 してい るとい う 「
幻想」が形成 され る と同時
いるのが現状である。 だが、国ごとの分布 、 さ
に、それ に対す るア ンチテーゼ として 「
世界宗
らには地域 ごとの分布 に一定の傾 向を兄いだす
教 」 的 な宗教観 が生 み 出 され た こ とに よって
よ うな宗教分布 図を私たちは頻繁 に 目に してい
「
発 見」 され た現象 で ある と見 るこ とがで きる
るのである。 こ うした宗教分布 図を批判的に分
のである。
析 したのが、 ク レヒ19である
。
1
6
8 国際経 営論集
No.
3
9 2
01
0
各 国 ご との宗教
4.宗教の個人化 と反グローバ リズムの
動き
会の構成原理が生産か ら消費- とシフ トし、個々
人は欲望に応 じて選択す ることを脅迫的に促 さ
れ、平準化 が進むにもかかわ らず個 々人の差異
ここまでは、主 として国家の枠 を超 えて宗教
が際立たせ られ、連帯の基盤 が掘 り崩 されてい
が拡散 してい くとい う事態に焦点を置 きつつ宗
く。 それ を 『宗教』 に当てはめてい くと、 と り
教のグローバル化 を近代国民国家 との関連 にお
あえず は宗教 において も個人化 が進み、また集
いて考察 してきた。だが、本稿 の冒頭で示 した
団統合 の機能 を持つ宗教の力が後退 してい くと
とお り、 (
宗教 の) グ ローバル化 には国民国家
い う結論 が引き出 されそ うに思 える」
2
5
。
の役割の弱体化 とい うも う-つのファクターが
こ うした世俗化論 によれ ば、 とりわけ経済的
存在 していた。 もちろんそれ は、国境 を越 えた
合理性 に基づいたグローバル化 と結びついて宗
宗教 の拡大 とパ ラ レル に捉 えてい くべ き問題 で
教の衰退がもた らされ る と考 え られ る。 ま さに
あるが、本章ではそれ を個人化 と反 グローバル
「
聖 な る天蓋 」 なき時代 の到来 である。 しか し
化 とい う二つの動 きか ら考 えてみたい。 とりわ
なが ら、他方で社会が世俗化 の方 向- と進 んで
け後者 に関 しては、宗教がグローバル化 してい
い るのではな く、む しろ再聖化 が進行 してい る
くとい う側面だけでな く、む しろナシ ョナ リズ
とい う見方 もまた存在 してい る。 島菌 は、個人
ムの高ま りとの関連での動 きが指摘 されてい る
化 によって宗教が衰退す るとい う見方だけでな
か らである。
く、む しろ社会の再聖化 の動 き と個人化 の動 き
まず個人化 の動 きについて、中野毅 は以下の
を結びつ けた分析 を示 してい く。いわゆる新霊
よ うにま とめてい る。すなわち従来 の宗教社会
性運動 な ど個人 のス ピ リチ ュア リテ ィを尊ぶ動
学の一般的理解では、宗教は近代化過程 の進展
きが、一方 で社会 の再聖化 をもた らしてい ると
と共 に 「
個人化」 され、その意味において民族
す るので ある2
6
。 こ うした霊性 文化 は個人主義
集 団な どの伝統的社会 とい う 「
特殊性」 を超越
的な考 え方 を尊んで共同体の形成 を好 まず、商
した 「
普遍性」をもつ よ うになった と言われ る。
業主義や消費主義 に適合的であ り、またそれ ら
また伝統社会の共 同体性 は、その集 団の個別 の
の中にはグローバル な資本主義 と市場経済の拡
宗教が主に担 っていたが、近代社会のそれは世
大にポジテ ィブに呼応 し、現代世界の社会悪 を
俗 的な合理主義的理念 が担 うはず で あった2
⊥
。
軽視 して未来 をオプテ ィ ミステ ィックに展望す
これ は、いわゆる世俗化論 と呼ばれ る議論であ
る側 面 も見 られ る2
7
。 島菌 が指摘 してい るよ う
る。す なわち、伝統宗教が衰退す る中で 「
私事
に、一方で こ うした宗教 (
あるいは宗教性)の
化」 した宗教 は個人的な問題 として扱 われてい
個人化 の動 きは、市場や情報のグローバル化 と
くとい う議論 である2
2
。
結びつ きなが ら、国境 を越 えて拡散 しつつ ある
それに対 して、島薗進 は宗教の個人化 につい
のである。す なわち、グローバル化 とい う現象
て、 以 下の よ うに述べ る。 す なわ ち、 それ を
が生 じていることは確 かである として、それが
「
ポス トモ ダン」 と呼ぶか、 「
第二の近代」 と呼
世俗的 ・合理的価値観 に基づ くだけでな く、む
ぶかは とにか くとして 、20世紀後半に近代 と呼
しろ特定の共同体 を離れ なが らも 「
聖」なるも
ばれてきた時代がある転換点 を迎 えた とい う認
のを求 める人 々のネ ッ トワー クに基づ くとい う
識 は広 く共有 され てい る と した上 で、バ クマ
見方ができるのである28。
ン23やペ ック24を援用 しつつ、 「
ポス トモ ダン」
他方 で、そ うした個人化 とは対極 の動 きも見
や 「
第二の近代」の特徴 を 「
個人化」 とい う概
られ る。す なわち、集 団の結束 を強め、伝統宗
念 で分析 してい く。 す なわち、 「
伝統 的な規範
教的な価値観 を復興 させ てい く動 きである。 こ
が拘束力 を失い、職場での集 団的統制や性別役
うした集 団 としては とりわけ民族集 団が重要で
割分業 に基づ く家族 の統合が弱体化 し、経済社
あ り、その集 団の共 同体性 を再び宗教が担 って
宗教とグローバ リゼーション 169
い るか、少 な くとも強化す る働 きを してい ると
とによって、かえって勢力拡充の力 を持つ場合
いえる。宗教のもつ 「
共同体性」や 「
特殊性」
が少 なか らず見 られ る」
3
3 こ うした動 きは、 グ
に、つま り民族集団その他の固有のアイデ ンティ
ローバル化 に対抗す るもの ととらえることがで
ティを強化す る働 き、他 の集 団 との差異 を強調
きるだろ う3
4
。
。
す る差異化機能、個別利害を正 当化す るイデオ
ロギー化機能 の顕在化 が、注 目され てい る2
9
。
5. まとめ
さらには民族集団のみな らず、さまざまな教派、
教団において も同様 の動 きが見 られ るが、島薗
本稿 ではまず宗教 のグローバル化 がはた して
によれ ば とりわけ救済宗教は現代社会の悪や 困
現代的な現象 と呼べ るか、 とい う問い を立て、
難 を正面か ら受 け止 め人類全体に及ぶ普遍的な
それが宗教 を どのよ うな位相で捉 えるかに よる
連帯の構築 を呼びかけよ うとしてお り、そ して
ことを示 したo その上で、宗教のグローバル化
それ らは宗教復興や原理主義(
強硬派政治勢力)
を近代 国民国家 との関連か ら考 え、元々は国境
の広 ま りとして現れてい る。例 えばアメ リカの
とは関わ りな く信仰 ・実践 されて きた宗教 に対
キ リス ト教 は、 1960年代以降 リベ ラル派の勢力
して、いったんは世俗 国家 とい う枠組み を当て
は後退 し、福音派の勢力が著 しく伸長 している。
はめ、国ごとの宗教のイメージを形成 した上で、
アメ リカの福音派 キ リス ト教徒 は、キ リス ト教
国家 を超 える現象 としての 「
グローバル化 した
を信 じない世俗的エ リー トや,世俗的エ リー ト
宗教」 とい う見方が作 られたのではないか、 と
と妥協的な リベ ラル派が社会 か らキ リス ト教的
い うことを述べた。 さらに、かつての世俗化論
なイ
酎直を遠 ざけてい ると見な して、社会 にキ リ
がグローバル化 と宗教 の衰退 を結びつ けて考 え
ス ト教的な価値 を取 り戻す ことを 目指 している。
ていたのに対 し、む しろ社会の再聖化 の中で宗
彼 らは他宗教の価値 を容認せず、他 の価値 を奉
教の個人化 がグローバル な宗教運動 (
新霊性運
ず るもの との対話や協力 を拒み、内部 の団結 を
動) と結びついてい く反面、宗教 はグローバ リ
重視す る。 これは個人化 の傾 向に対抗 し、新た
ゼーシ ョンに反す る動 き としてのナ シ ョナ リズ
な集 団化 の道 を選び取 ろ うとす る傾 向 といえな
ム とも結びついてい ることを論 じた。本稿 にお
いて 「
宗教 とグローバ リゼー シ ョン」 とい う主
くもない30。
また 日本 において も、原理主義 とい う呼称 に
題 の下で見据 えるべ き問題 について、概略的 ・
ぴ った り当てはまる現象 はない3
1
が、排他 主義
包括的に触れ ることはできた。 だが、 さらにこ
的で内間的な宗教集団の興隆が 目立つ。信仰教
うした分析 を、個別具体的な諸 問題 に突 き合わ
団を 「
新宗教」 と呼ばず に 「
カル ト」 として特
せて考 えてい くことが重要であろ う。移民の増
徴付 けるよ うになったの もこ うした状況 の反映
加 に伴 う諸 問題や多文化主義社会 にお ける宗教
で もある3
2
。 島菌 に よれ ば 「1970年代 頃まで に
の役割、 とりわけ公共的問題 において どこまで
発展 してきた新宗教教団は近代的な価値 に比較
宗教 がそ の役割 を果 たせ るのか35、 とい った問
的親和的で、外部勢力 との連携 に積極的な場合
題 について稿 をあ らためて論 じていきたい。
が多かった。 しか し、 1970年代以降に発展が 目
立っ教団のなかには、世俗社会の価値観 に正面
か ら対決 しよ うとした り、外部勢力 との連携 を
かた くなに拒 も うとす るものが 目立ってい る。
内部の団結 を尊び、集 団外の人々 との間に壁 を
設 けよ うとす るのである。その よ うに内閉化す
れば、発展が押 しとどめられ るのが従来のパター
ンだったが、現代 の宗教集団は内閉性 を保つ こ
1
7
0 国際経営論集
No.
3
9 2
01
0
注
1 本稿では、 「
グローバル化」と 「
グローバ リゼー
シ ョン」 とい うふたっの語をほぼ同義に用いる。
2 同主旨の論文として、阿部美哉 「
グローバ リゼー
ションと宗教」『
宗教研究』通巻329号、2002年、
1-2
4頁を挙げてお く。 また直接 引用は しなかっ
たものの、本稿 を作成す るにあた り参考にした文
献 と して 、Ro
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3 こ う した 見方 を示 した もの と して 、 井 上 順 孝
「グ ロー バル 化 と宗教 」 同編 『現 代 宗 教 事 典 』 弘
文堂 、2
005
年 、1
3
411
36頁 を参照0
4 ギデ ンズ , ア ン ソニー
(
佐 和 隆光 訳 ) 『第 三 の
道 効 率 と公 正 の新 た な同盟』、 日本経 済新 聞社 、
1
999年 、58-67頁。
5 同書 、5
9頁。
6 ギデ ンズ , ア ン ソニー
(
佐 和 隆光訳 ) 『暴 走す
る世 界 グ ローバ リゼ ー シ ョンは何 を ど う変 え る
年 、23
-25頁。
のか』 ダイ ヤモ ン ド社 、2001
7 ギデ ンズ、前掲書
(
『第 三 の道』)、5
9頁。
8 同書 、6
2-67頁。
9 ギデ ンズ,ア ン ソニー
(
松尾精文 ・′
川 番正敏訳)
『近代 とはい か な る時代 か ? モ ダニテ ィの帰結 』
而立書房 、1
993年。
1
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997
年 、 1-1
8頁。
11粟 津 賢太
「
『グ ローバ リゼー シ ョン』
」井 上編 前
掲書 、1
33
-1
3
4頁 を参照。
1
2 こ うした見方 が示 され て い る解説 書 と して、井
上順 孝 編 著 『世 界 の宗 教 1
01
物 語 』 新 書館 、 1
997
年 を挙 げてお く なお 、そ うした展 開 を踏 ま えた
上 で 、 「キ リス ト教 」 とは何 か 、 ま た 「
仏教」 と
は何 か をあ らた めて問 うこ とは可能 だ が、 それ は
宗教 学 の範 境 を超 えた神 学 的 ・宗学 的 問い とな り
かね ない。
1
3 こ うした見方 を提示 して きた のが宗教現象 学 で
あった。拙稿 「
古典 的宗教現象学 にお け る 『宗教』
-フ リー ドリッヒ ・ハ イ ラー を例 に」 島薗進 ・鶴
岡賀雄編 『(
宗教)再考』ぺ りかん社 、20
04
年 、73
88頁 を参 照。
1
4 宮永 園子 もまた、両者 の理論 が相 補 的 で あ る こ
とを指摘 してい る。 す なわ ち、 ギデ ンズ は グ ロー
バル化 とは地域 社会 の破 壊 とい う作用 と地域社 会
の再建 とい う反 作用 とを同時 に含 んだ過程 だ とい
う見方 を示 してい るの に対 して、 ロバ ー トソンは
世界 統合 のベ ク トル を示す た め にそれ を用 い る と
い う問題 関心 の違 い か ら、前者 で は現代社 会 の特
性 の解 明 に関心 が集 中 し後者 で は前者 よ りも抽 象
度 の高 い グ ラン ド ・セ オ リー が展 開 して い るので
ある。富永園子 『グローバル化 とアイデ ンテ ィテ ィ』
。
世界 思想 社 、20
00年。 阿部 、前掲論 文 も参 照。
1
5 阿部美哉 「
国家 と宗 教 」小 口偉 一 ・堀 一郎 監修
『宗教 学辞典』 東 京 大 学 出版 会 、1
973年 、20ト202
頁。
1
6 杉 田敦 『
境 界線 の政治 学』岩 波 書店 、2
005
年。
1
7 以上 、 同書 「
第 1章 政治 と境 界線 」 を参 照。
1
8 ア ンダー ソン,ベ ネ デ ィク ト (
白石 隆 ・白石 さ
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2
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年 、27
5
-276頁。
2
6 同書 、2
78-298頁,
27 同書 、2
98頁。
2
8た だ し、 こ うした新 霊 性 文 化 が 日本 で はネ オ ・
ナ シ ョナ リズ ム と親 和 的 で あ る との指摘 もあ る。
同書 、3
03
-306頁。
2
9 中野前掲 書 、 7頁。
3
0 島薗 前掲 書 、2
98
-299頁。
31 この用語 に関 して は、 臼杵 陽 『
原理 主義』岩 波
999年 、お よび リズ ン,マ リー ズ (中村 圭
書店 、1
志 訳 ) 『フ ァ ンダ メ ン タ リズ ム』 岩 波 書 店 、2
006
年 を参 照。
3
2 拙稿
「
新 宗 教 研 究 ・カル ト研 究 の現 在 」 『国際
宗 教 研 究 所 ニ ュー ス レター 』 NO.
62(
09-1
)
、2009
年 4月 、26
-31
頁参 照。
33 島薗 前掲書 、2
99頁。
3
4中野前掲 書。
35 拙 稿
「
宗 教 と公 共性 ・公 共 哲 学 」 『大 正 大 草研
07年 、1
4ト 1
50頁 にお い て 、
究紀 要』 通巻 92号 、20
予備 的考 察 を行 った。
。
宗教 とグローバ リゼーシ ョン 1
71
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