マッカーリ、サイモン物理化学(上)︓p. 125-p. 145 量⼦化学Ⅰ 第7回「量⼦⼒学の仮説と ⼀般原理」 量⼦⼒学においては古典⼒学の変数が演算⼦で表現され、これらの演算⼦を波動関 数に作⽤させると、測定値の平均あるいは期待値が求まる。波動関数の性質を理解 し、さまざまな物理量を導き出すために必要となる量⼦⼒学系の仮説から⼀般的な 定理について学ぶ。 担当︓⻘⼭学院⼤学理⼯学部化学・⽣命科学科 阿部 ⼆朗、⼩林 洋⼀ 1 【量⼦⼒学の仮説1】 量⼦⼒学系の状態は、その粒⼦の座標に依存する波動関数 により完全に 指定される。この系に関する全情報(エネルギー、電⼦密度、双極⼦モーメント、 から導くことがで ⾓運動量、イオン化ポテンシャル、化学反応性など)は きる。波動関数あるいは状態関数といわれるこの関数は、位置が で、領域d d に⽐例するという重要な性質をもっている。 に粒⼦がいる確率が ∗ ∗ が実数の場合 この⻑⽅形の⾯積が 2 ∗ d に相当 【多粒⼦系および3次元系の確率密度】 1次元系で粒⼦が2個存在する場合には、波動関数はそれぞれの粒⼦の座標を 変数にもつので、波動関数は , で記述される。 ∗ , , d d は粒⼦1が位置 で領域d に、粒⼦2が位置 で領域d にいる確率を表す。 , , で記述される粒⼦が点 , , のところにある 3次元系では波動関数 , , d d d である。 体積素⽚d d d の中にいる確率が ∗ , , 3次元系で粒⼦が2個存在する場合には、それぞれの粒⼦の座標を , , 、 , , とすると、 , , , , , d d d d d d は、粒⼦1が点 ∗ , , , , , , , ところにある体積素⽚d d d に、粒⼦2が点 , , ところにある 体積素⽚d d d に同時に存在している確率を表す。 体積素⽚(体積 d d 3 d d d d ) 【波動関数に要請される条件】 シュレディンガー⽅程式の解である波動関数は、その物理的意味から、以下 の4つの条件を満たさなければならない。 つまり、波動関数は有限⼀価連続関数でなければならない。 a 不連続点を持たない連続関数であること。 b 微分連続であること。右側(右⽅)微分係数と左側(左⽅)微分係数が等し いこと。 c ⼀価関数であること。⼀つの の値に対して、波動関数はただ⼀つの値をも つこと。(多価関数︓⼀つの の値に対して複数の値を持つ関数) d 有限の領域において、無限に発散しないこと。 (a) (b) × 連続関数 4 (c) (d) × × × 微分連続 ⼀価関数 有限関数 【量⼦⼒学の仮説2】 古典⼒学におけるどの観測量に対しても、量⼦⼒学においては対応する線形 演算⼦が存在する。 古典⼒学(観測量) 位置 , , 運動量 , ⾓運動量 成分 ⾓運動量 成分 ⾓運動量 成分 5 , , ̂ 1 2 , ̂ , ̂ , ̂ 1 2 運動エネルギー 全エネルギー 量⼦⼒学(演算⼦) 2 , , 2 , , 【⾓運動量の定義】 運動している粒⼦の⾓運動量 は、粒⼦の位置ベクトルを 、粒⼦の運動 量ベクトルを とすると、それらのベクトルの外積(ベクトル積) で 定義される。⽅向に注意すること。 粒⼦が半径 の円軌道上を運動している場合、 は円軌道⾯に垂直なベク トルとなる。さらに、等速運動ならば は⼀定である。 単位ベクトルを 、 、 とし、 の成分を 、 、 とすると、以下の関 係が導かれる。 6 【線形演算⼦の重要な性質・縮退した固有値問題】 縮退した固有関数を任意に⼀次結合(線形結合)した関数も固有関数となる。 以下にその証明を⽰す。 ある演算⼦ の固有値 が⼆重に縮退している場合、以下の関係が成り⽴っ ている。ここで、 と は異なる固有関数である。 と の任意の⼀次結合は、 を作⽤させると、 および で表される。この関数に演算⼦ すなわち、 と の任意の⼀次結合 も演算⼦ の固有関数であ り、その固有値は である。 ⼀⽅、縮退していない固有関数を任意に⼀次結合した関数は固有関数とは ならない。 7 【量⼦⼒学の仮説3】 演算⼦ に付随した観測量のどんな測定についても、観測にかかる唯⼀の値 は固有値 であり、この固有値は固有値⽅程式 を満⾜する。 したがって、演算⼦ に対応した観測量を測定するように計画された実験に おいても、得られるのは状態 、 、 、⋯に対応した 、 、 、⋯だけで ある。その他の値は決して観測されることはない。 8 【⽔素原⼦のシュレディンガー⽅程式】 ⽔素原⼦のシュレディンガー⽅程式の固有関数は原⼦軌道を、固有値は原⼦ 軌道の軌道エネルギーを表している。 ここで、 1, 2, 3, ⋯ , ∞ 固有関数(原⼦軌道) 固有値(軌道エネルギー) 9 【量⼦⼒学の仮説4】 ある系が規格化された波動関数 で記述される状態にあるとき、 に対応した 観測量の平均値は、 ∗ d 全空間 で与えられる。 例)箱の中の粒⼦の位置の平均値は、以下のようになる。 ∗ 2 sin 2 d sin d / 2 sin 2 sin / sin d d 2 · 4 2 量⼦数 (粒⼦の状態)に関わらず、箱の中の粒⼦を⾒いだす位置の平均値は箱 の中央である。 10 波動関数 が演算⼦ の固有関数の⼀つである場合には、 に対応する観 (測定値がどれくらいばらつくかの⽬安)は0にな 測量の分散 である場合、観測され る。したがって、仮説3がいうように、系の状態が の固有値である だけであることがわかる。以下に証明を⽰す。 る値は 波動関数 が演算⼦ の固有関数であることから、次式が成り⽴つ。 観測量の平均値 は、 ∗ d ∗ d ∗ d ∗ d さらに、 したがって、 は ∗ 以上より、分散 11 d ∗ d は以下のように0になり、観測される値にばらつきはない。 【量⼦⼒学における仮説5.時間に依存するシュレディンガー⽅程式】 系の波動関数すなわち状態関数は、時間に依存するシュレディンガー⽅程式 , , に従って時間とともに変化する。 われわれが扱うほとんどの系では、ポテンシャルエネルギーは時間の関数では ないので、ハミルトニアン は時間を変数に含まない。 このような場合には、空間座標 と時間変数 を含む波動関数 , を、空 と、時間変数 だけの関数である の積とし 間座標 だけの関数である て表す変数分離法が適⽤できる。 , この式を時間に依存するシュレディンガー⽅程式に代⼊すると、 偏微分演算⼦の性質を利⽤すると、次式のように変形できる。 12 (前⾴からの続き) 上式の両辺を、 で割ると、 d d d d 左辺は空間座標 だけの関数、右辺は時間変数 だけの関数になるので、両辺は 定数に等しくなければならない。この定数を とおくと、以下の⼆つの式が導 かれる。 時間に依存しないシュレディンガー⽅程式 d 1 d d d この微分⽅程式の解は / 13 exp / 【量⼦⼒学における仮説5.時間に依存するシュレディンガー⽅程式】 系の波動関数すなわち状態関数は、時間に依存するシュレディンガー⽅程式 , , に従って時間とともに変化する 以上より、 , に変数分離法 , , が適⽤できる場合には、 / ⼀般的には、次のように書くことができる。 また、系が固有状態の⼀つ ∗ , , d , をとれば、 / ∗ / , / ∗ , の確率密度は時間に依存しなくなるので、 state)の波動関数という。 14 / / d d ∗ d を定常状態(stationary 【波動関数の規格化条件】 波動関数のBornの解釈によれば、 ∗ d は と d との間に粒 d を全空間で積分すると1になる。 ⼦を⾒いだす確率であるため、 ∗ この要請は規格化条件とよばれている。シュレディンガー⽅程式の解は、常 に規格化された解になるように選ぶ。 ∗ d 1 以下に、⼀次元の箱の中の粒⼦の波動関数が規格化されていることを⽰す。 2 ⼀次元の箱の中の粒⼦の波動関数 ∗ 2 2 1 2 15 d sin 2 2 d sin 2 2 / sin 1 1 2 d 2 cos 2 2 1 2 d / sin sin d 【量⼦⼒学演算⼦の固有関数の直交性】 量⼦⼒学演算⼦の固有関数は、以下の条件を満⾜する。 ∗ d 1 このような条件を満⾜する⼀組の波動関数は直交系(orthogonal)である、ある いは波動関数が互いに直交しているという。 以下に、箱の中の粒⼦の波動関数は互いに直交していることを⽰す。 ∗ 2 sin 0 / 2 d sin 2 sin 1 d / sin d 1 cos cos 計算の詳細については教科書139⾴参照 すなわち、箱の中の粒⼦の波動関数は規格化されており、かつ互いに直交してる。 このような⼀組の関数を規格直交系という。 規格直交条件 16 ∗ の時 1、 の時 ︓クロネッカーのデルタ 0 【⼆つの演算⼦の交換⼦と可換性】 任意の関数 に演算⼦ を作⽤させた後に、演算⼦ を作⽤させること。 ⼀⽅で、関数 に演算⼦ を作⽤させた後に、演算⼦ を作⽤させること。 ならば(交換可能)、演算⼦ と演算⼦ は可換である。 ならば(交換しない)、演算⼦ と演算⼦ は⾮可換である。 ⼆つの演算⼦が可換であれば、それらの固有値を任意の精度で同時に測定でき る。逆に、⼆つの演算⼦が⾮可換であれば、それらの固有値を任意の精度で同 時に測定することは不可能である。 ハイゼンベルグの不確定性原理から、粒⼦の運動量と位置を任意の精度で同 時に測定することは不可能であることがわかっている。さて、この不確定性原 理と⼆つの演算⼦の交換について考えてみる。(次⾴以降に続く) 17 【運動エネルギー演算⼦と運動量演算⼦の可換性】 演算⼦ =運動エネルギー演算⼦ 、演算⼦ =運動量演算⼦ の可換性 について考えてみる。 d d d 2 d 2 d d より、 d d 2 d d 2 d d よって、運動エネルギー演算⼦ と運動量演算⼦ は可換である。 上式は次の形式に書くことができる。 0 すなわち、 0 を交換⼦といい、 , のように記す。 , である。 可換な演算⼦の交換⼦は0である、すなわち このように、運動エネルギーと運動量は同時に正確に測定することができる。 18 【運動量演算⼦と位置演算⼦の可換性】 の可換性について考えてみる。 運動量演算⼦ と位置演算⼦ d d より、 d d d d d d よって、運動量演算⼦ と位置演算⼦ は⾮可換である。 この場合には、 すなわち、 と の交換⼦は0にならずに、 , である。 ⼆つの演算⼦が⾮可換であれば、それらの固有値を任意の精度で同時に測定 することは不可能である。 すなわち、粒⼦の運動量と位置を同時に正確に測定することは不可能である。 19
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