貿易収支は当面、均衡~小幅黒字で推移

No.2016-007
2016年5月23日
http://www.jri.co.jp
貿易収支は当面、均衡~小幅黒字で推移
~ 輸出入ともに、早晩減少に歯止めがかかる見込み ~
(1)わが国貿易収支が黒字転化。季節調整値ベースでみると、輸出金額の減少を上回るペースで輸入金額
が減少した結果、足許まで6ヵ月連続の黒字(図表1)。以下では、貿易収支の改善の背景を探った
うえで、先行きを検討。
(2)貿易赤字に転化する直前の2011年第1四半期からの貿易収支の推移を要因分解すると(図表2)、
a)輸出数量要因:①東日本大震災後のサプライチェーン寸断、②生産拠点の海外現地化の進展、③中
国経済の減速を震源とするアジア新興国経済の減速、などを背景に、一貫して赤字方向に寄与。
b)輸出価格要因:アベノミクス始動後の円安進行後も現地価格の値下げが抑制されたことから、円換
算の輸出価格の上昇が黒字方向に寄与。もっとも、昨年秋以降は、円高地合いのもと寄与が縮小。
c)輸入数量要因:原発稼働停止に伴う燃料輸入の増加、消費税率引き上げ前の駆け込み需要から、
2014年初にかけ輸入数量が増加し、赤字方向に寄与。その後、内需が停滞するなか寄与は縮小。
d)輸入価格要因:①震災後の燃料輸入増加局面での燃料価格上昇、②外貨建て取引における、円安進
行による円換算の輸入価格の上昇、などから、輸出価格要因の黒字方向への寄与を上回る規模で
赤字方向に寄与。2014年秋以降は、原油価格の大幅下落と足許の円高に伴い、赤字寄与は大きく
縮小。貿易黒字転化の主因に。
(3)先行きは、まず輸入価格についてみると、早晩下げ止まる見通し。原油価格は、2016年2月に1バレ
ル20ドル台後半まで下落した後、足許では、40ドル台後半まで持ち直し。産油国間の生産調整の不調
や、新興国景気の減速懸念が引き続き抑制要因となるものの、米国でのシェールオイル生産の減産傾
向などが下支えとなり、原油価格の持続的な下落局面は一巡の公算。為替相場については、政府・日
銀が一段の円高に対する警戒感を鮮明にするなか、円高急伸の可能性は小さいものの、米FRBが追
加利上げに慎重な姿勢を続けるとみられることから、緩やかな円高地合いが続く見通し(図表3)。
(図表1)名目通関貿易額(季調値)
(兆円)
8.5
(兆円)
0.5
収支(右目盛)
輸出
輸入
8.0
(兆円)
6
(図表2)貿易収支の要因分解
(2011年1~3月期対比、季調値)
安倍政権発足
4
0.0
7.5
2
7.0
0
▲0.5
6.5
▲2
6.0
▲4
▲1.0
5.5
5.0
輸入数量要因
輸入価格要因
輸出数量要因
輸出価格要因
貿易収支(2011年Q1対比)
▲6
4.5
▲1.5
4.0
3.5
2011
▲2.0
12
13
14
15
▲8
▲10
2011
16
(年/月)
(資料)財務省「貿易統計」
(図表3)輸入価格指数・原油価格・為替相場
(2010年=100)
180
160
140
120
100
80
60
40
(2010年=100)
140
130
輸入価格指数(鉱物性燃料)
ドバイ原油価格(右目盛)
輸入価格指数(燃料除く)
円ドルレート(右目盛)
120
110
100
90
2010
11
12
13
14
(ドル/バレル)
140
120
100
80
60
40
20
(円/ドル)
130
120
110
100
90
80
70
15
16
(年/月)
12
13
14
15
(資料)財務省「貿易統計」を基に日本総研作成
(注)2011年Q1の貿易収支は6520億円の黒字。
16
(年/期)
(図表4)輸入数量指数(季調値)
(2007年=100)
110
消費税率引き上げ
105
100
95
90
鉱物性燃料
85
その他
80
75
2007
08
09
10
11
12
13
14
(資料)財務省「貿易統計」を基に日本総研作成
(資料)財務省、日本銀行、日経NEEDS
【ご照会先】調査部 研究員 菊地秀朗(03-6833-6228、[email protected])
1
15
16
(年/期)
(4)輸入数量も早晩持ち直しに転じる公算。輸入数量の推移を、鉱物性燃料とその他に分けてみると(前
頁図表4)、燃料以外の品目の輸入は、おおむね内需に連動する形で、消費税率引き上げ後は減少傾
向。もっとも水準は高水準。背景には、国内の総供給に占める輸入品の割合(輸入浸透度)の趨勢的
な上昇(図表5)。生産拠点の海外移転、逆輸入の増加の流れが、アベノミクス始動後の円安局面で
も大きく変わっていないなか、輸入浸透度は引き続き高水準を維持する公算が大きく、先行き、内需
が持ち直してくれば、それに伴い輸入数量も増加に転じる見通し。一方、燃料輸入は低位安定。わが
国の産業構造のサービス化や、省エネ化の進展に伴い、最終エネルギー消費量が減少しているほか
(図表6)、再生可能エネルギーの普及もあり、原発の稼働率が上がらないなかでも、鉱物性燃料は
伸び悩む構図。以上を踏まえると、輸入数量の伸びは、緩慢なペースにとどまる見通し。
(5)輸出についてみると、まず輸出価格は、円高地合いが続くもと、当面為替要因の押し上げ効果ははく
落する見込み(図表7)。一方、2015年入り後に値下げが加速した契約価格は、先行き、円高地合い
のもとで、下押し幅縮小の公算。また、輸出品に占める高付加価値品のシェアが高まるなか、品質要
因が輸出価格の下支えとして今後も期待可能。以上を勘案すれば、輸出価格の下落ペースは緩慢なも
のにとどまる見通し。
(6)輸出数量は、政府の財政出動を中心とした景気浮揚策が打ち出された結果、輸出全体の5割超のシェ
アを占める中国・アジアで景気持ち直しの兆しがみられており、先行き緩やかな増加が期待可能。品
目別でみれば、中国・アジア新興国を中心に、世界的に設備投資が減速するなか、資本財の輸出は低
迷が長期化する一方、訪日客の帰国後の日本製品需要も相まって、比較的高付加価値のインバウンド
関連消費財の輸出は、引き続き堅調な需要が期待可能。もっとも、生産拠点の海外現地化が進展した
もとでは、力強い回復は期待しにくい状況にあるほか、円高、米欧先進国での景気の伸び悩みも重石
に。
(7)以上を総合すると、わが国貿易収支は、2000年代までのように黒字が一段と拡大していく可能性は小。
先行き、ほぼ均衡~小幅黒字の推移が続く公算。財貿易の黒字拡大が景気をけん引する構図は描きに
くく、今後は、サービス収支の一段の黒字拡大への注力や、円高に伴うコスト抑制分を賃上げや設備
投資など、将来の持続的な景気拡大に向けた支出につなげることが肝要に。
(図表6)最終エネルギー消費量
(図表5)輸入浸透度とドル円相場
(%)
28
(円/ドル)
130
輸入浸透度(後方
3ヵ月移動平均)
ドル円レート(月中
平均、右目盛)
26
(1990年度=100)
120
見通し
115
120
24
110
22
100
20
90
110
105
100
18
80
16
2005 06
70
95
90
最終エネルギー消費量
85
単位当たり最終エネルギー消費量
(最終エネルギー消費量/実質GDP)
80
75
07
08
09
10
11
12
13
14
15
(資料)経済産業省「鉱工業総供給表」、日本銀行
(%)
40
30
20
1990 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 12
(資料)内閣府「GDP統計」、日本エネルギー経済研究所
「エネルギー・経済統計要覧」等を基に日本総研作成
(注)2015、16年度は日本エネルギー経済研究所の見通し。
16
(年/月)
(図表7)輸出価格指数の要因分解
(2011年1~3月期対比)
契約価格要因
為替要因
安倍政権発足
品質要因
輸出価格指数
10
0
▲10
▲20
14 16
(年度)
(図表8)インバウンド関連品目と資本財の実質輸出
(2011年=100)
130
125
インバウンド関連品目<3.1>
120
資本財<24.0>
115
110
105
100
95
90
85
80
2011
12
13
14
2011
12
13
14
15
16
(年/期)
(資料)財務省、日本銀行
(注)品質調整を行う輸出物価指数と、行わない通関輸出価格指数との
乖離から品質要因を算出。円ベースと契約通貨ベースの輸出物価
指数の乖離から為替要因を算出。
15
16
(年/期)
(資料)財務省、日本銀行、総務省などを基に日本総研作成
(注)インバウンド関連品目は、飲食料品、医薬品、化粧品、家庭用
電機、衣類、身の回り品、などの合計。凡例<>内は2015年名目
輸出額に占めるシェア。
【ご照会先】調査部 研究員 菊地秀朗(03-6833-6228、[email protected])
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