滑川本町 度志観音道・栄蔵小屋道 道標

ふるさと散歩
№
32
H28.4.25
日立市郷土博物館
《道標シリーズ21 訪ね歩いてみませんか?
「滑川本町
ひたちの道標》
度志観音道・栄蔵小屋道 道標」
■ 滑川本町4丁目9番地に2つの道標
国道 6 号山下町十字路を山側に折れると旧国道 6 号に入ります。
いわゆる「滑川丘通り」で、近世の「岩城相馬街道」です。
(ちなみに、
「陸前浜街道」と呼ばれるのは明治 5 年から、
「国道 6 号」と呼
ばれるようになるのは大正 9 年からのことです。)
この道を北上すると、いかにも日立は坂の町と実感するほどに、
上り坂と下り坂の連続となります。バス停「滑川十文字」を過ぎて
まもなく、上り坂にさしかかります。この上り坂付近に東方(海の
方)へ行く市道があり、そこに 2 基の道標が建っています。滑川
本町 4 丁目 9 番にあたります。
★「小木津石の道標」…一目で変成花崗岩(小木
津石)とわかる道標は、2 つのう
ち、左側の大きいものです。下部
はアスファルト舗装の中に埋もれ 滑川本町の道標(左が小木津石道標)
ています。現在は、高さは 140cm、
幅は 40cm が地上に出ていますが、かつて、人工物の少ない街道脇にあ
っては目立つ存在で、しっかりとその役割を果たしたことでしょう。
本道標は柱状の自然石を用いたもので、小木津石の持つ性質の一つ、
緻密で硬いことや細かな凹凸が発達していることを考えると、細工は
大変難しかったことと思われます。また、文字は全く磨き加工がなさ
れていない自然面に刻まれているため、拓本はくっきりと採れません
でした。文字は次のように刻まれています。
「従是度志山観音道 十一丁有/栄蔵小屋 二十一丁有」
これより度志山観音へは 11 町(1 町=109m)で行ける道であり、
栄蔵小屋へは 21 町で行ける道であることを表しています。度志観音は
現在田尻町にある観音堂跡で、ちょうど田尻小学校の南側にあたりま
す。本道標は度志観音へ案内する道と道のりを示すのが主目的である
ため、度志観音が中央に彫られています。栄蔵小屋は田尻海岸にあっ
た島の名です。栄蔵という修行僧が、東西七間余(1 間=1.82m)、南
北四間余の小島に、小屋を建てて住んだという話や徳川光圀が島へ渡
る橋を架けて渡ったという話が伝わっています。
(ふるさと散歩№31)
建立年はいつか?痕跡を探しましたが、確認できませんでした。
★建立年は…享保 15 年(1730)に水戸の川上櫟斎の書いた
『岩城便宜』には、「滑川 民家あり
坂をのほり右の方、栄蔵小屋、
度志観音の道と石標に切付有。此所より栄蔵小屋へ弐拾壱町。・・・」
とあります。「石標に切付有」の文から、岩城便宜が書かれた時には、
本道標は建っていたと考えられます。つまり、本道標は、1730 年以前
の江戸時代には建てられていたようです。
道標拓本(硬い小木津石のた
め、彫りが浅く読みにくい)
参考文献:
『ひたちの野仏』第2集(1986)
『新修
『市民と博物館』116 (2015)
日立市史』
(1994)
『茨城県歴史の道調査事業報告書近世編Ⅲ』
(2015)
お問い合わせ先 日立市郷土博物館 ℡(23)3231 Fax(23)3230
歴史史料調査員
綿引 逸雄