減速傾向が強まり、所得と消費の乖離広がる

Apr 26, 2016
No.2016-019
Economic Monitor
伊藤忠経済研究所
上席研究員 鈴木裕明 03-3497-3656 [email protected]
米国経済 UPDATE:減速傾向が強まり、所得と消費の乖離広がる
直近の月次指標をみると、所得・雇用が概ね順調に拡大・改善しているにもかかわらず、個人消費、住宅
建設の減速がみられ、これまで米国経済を牽引してきた個人部門に弱さが目立ってきた。その一方で、物
価は徐々に上昇してきており、足元では経済の停滞と物価上昇の兆しが併存する形となっている。ただし、
先行きの景気見通しは健全であり、所得と消費のトレンドの乖離は、消費改善により収束していくものと
考えられる。
所得と消費の乖離はやがて解消へ
米国経済の減速傾向が強まっている。小売売上高(ガソリン除く)が前月比平均で横這い(1~3 月)
となり、これまで牽引役を務めていた個人消費のスローダウンが鮮明となっている。また、住宅建設も、
着工件数の前月比伸び率平均(1~3 月)が 2.1%減となるなど、振るわない。外需も不振が続き、実質貿
易赤字は前月比で 1 月 2.8%増、2 月 2.5%増と拡大している。製造業には若干の改善の兆しが出ているも
のの、3 月の製造業生産指数は同 0.3%減となるなど、いまだ実績には反映されていない。アトランタ連
銀が月次指標から逐次推計している 1~3 月期の実質 GDP 成長率は、4 月 19 日時点で前期比年率 0.3%
増まで低下した。
他方において、所得・雇用は引き続き着実に改善しており、民間時給が前年同月比で平均 2.3%上昇(1
~3 月)、緩やかながら賃金上昇が継続している。こうした背景もあり、サービス分野を中心に物価が上昇
してきており、2 月の PCE(個人消費支出)デフレータのコア指数(エネルギーと食料を除く)上昇率は
前年同月比 1.7%を付けた。FRB のインフレ目標は PCE デフレータの同 2%上昇だが、ガソリン・燃料
価格が大きく下落(同 17.8%減)していることから、PCE デフレータについては 2 月時点でも同 1.0%上
昇にとどまる。ただし、原油価格は足元では底打ち・反転し上昇傾向にあることから、年後半にかけてエ
ネルギー価格のマイナス寄与が縮小していけば、PCE デフレータもまたコア並みの 2%近くへと上昇して
いくことが予想される。
このように、米国経済では、成長率の鈍化と物価の上昇が同時に生じつつある。もちろん、「スタグフ
レーション」(経済の低迷と高率の物価上昇の併存)というにはあまりにマイルド過ぎるが、金融政策の
舵取りは困難さを増してきた。
先行きを見る上で鍵となりそうなのが、所得と消費の乖離である。上述のように、雇用所得環境が良好
な中で消費が減退しているため、米国では所得と消費の乖離が徐々に広がっており、それに合わせて、貯
蓄率(可処分所得のうち貯蓄に回している割合)が 3 か月連続で上昇した(2015 年 11 月:4.9%⇒2016
年 2 月:5.4%)。3 月分の貯蓄率は未だ発表されていないが、同月の雇用統計が順調である半面、小売統
計が不振であったために、貯蓄率の上昇傾向が続くことが見込まれる。
ただし、両者間の乖離がいつまでも拡大することは考えられない。先行きの景気見通しが急速に悪化し
ているわけでもなく、いつまでも消費を控える理由はない。消費が回復に向かい、通年 2%成長の経路へ
と復帰していく「緩やかな成長継続シナリオ」が依然としてメインシナリオであり、年後半に 2 回程度の
利上げは可能と考えられる。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研
究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告
なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。
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以下、主要経済指標を概観する。
個人消費:自動車のペントアップ・ディマンドは出尽くしか
まず個人消費について、小売売上から振れ幅の大きいガ
ソリンを除いた財消費のトレンドをみると、3 月は前月比
0.3%のマイナスとなった。上述したように、1~3 月の伸
小売売上高(ガソリンスタンドを除く。季節調整値)(百万ドル)
370,000
360,000
びを平均すると横這いに止まり、減速が鮮明となっている。 350,000
3 月の減少については自動車・同部品販売店が同 2.1%
のマイナスとなったことが響いており、自動車とガソリン
を除くと伸び率は同 0.3%のプラスとなる。
340,000
330,000
320,000
3 月の新車販売台数(乗用車・ライトトラック)
は同 5.5%
310,000
減の 1,646 万台となり、昨年 10 月のピーク(1,812 万台)
から減少傾向が続いている。新車販売については、自動車
(出所)米国商務省
ローン金利は 2015 年半ばから低位でほぼ横這い、金融機関の融資態度も緩和基調が続いており、また、
上述のように所得も増加している。そのため、残る不振の要因としては、リーマンショック時の買い控え
により溜まっていた需要(いわゆるペントアップ・ディマンド)の出尽くしの可能性が高いということに
なろう。
ただし、雇用・所得がしっかりしていれば、「自動車のペントアップ・ディマンドの出尽くし=消費全
体の減退」とはならず、消費するアイテムが別のものへと移る、あるいは、自動車の買い替え時期を早め
ることなどにより、消費全体の勢いは維持されるはずである。また、消費者信頼感指数も、横這いではあ
るものの依然として水準は高い。個人消費に勢いが失われてきていることは明白だが、前述のように、
「所
得と消費の乖離」がいつまでも続くとは考えにくく、このまま景気後退に陥るといった過度の悲観は不要
であろう。
住宅投資:堅調だった一戸建ても一服
住宅部門は、ここ数か月は共同住宅(賃貸中心)部門が減
住宅着工・許可件数(建物種類別年率、百万戸)
少傾向を強めていたが、3 月は堅調だった一戸建て(持家中
0.9
心)も減少に転じて、全体でみても不振が顕著となった。
0.8
0.7
3 月の住宅着工件数は前月比 8.8%減、着工許可件数は同
0.6
7.7%減と、いずれも大幅に減少した。部門別に着工件数を
0.5
みると、一戸建てが同 9.2%減少して 2 月の増加分(9.1%)
0.4
を全て吐き出した。共同住宅は、同 7.9%減。昨年 6 月のピ
0.3
ーク(52.4 万件)から 4 割近く減少した。
0.2
一戸建・着工
一戸建・許可
共同・着工
共同・許可
0.1
一戸建て(現時点での着工件数が年率約 80 万件)は、こ
の 1 年程、比較的堅調に着工件数を伸ばしてきたが、90 年
0.0
2009
10
11
12
13
14
15
16
(出所)米国商務省
代以降の平均的な水準である 120 万件とは、依然として大
きな差がある(ピークは 2006 年 1 月の年率 182 万件)。持家が伸びない要因としては、リーマンショッ
ク後、特に顕著になっている雇用の不安定さ(パート比率の高さなど)、学生ローンの負担、金融機関の
2
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厳しい融資態度などが挙げられる。これらの要因の中では、景気回復とともに雇用の不安定さが徐々に改
善され、所得も増え、それに従い一戸建て建設も増えてはきた。しかし、雇用の質には依然として改善の
余地が大きく、また、学生ローンや融資態度については改善が見られないことが、さらなる住宅投資回復
を妨げる重しになっている。過去の平均的水準に大きく満たない現状は、家具などの住宅関連消費へも悪
影響を及ぼす。
リーマンショック後、米国は、財政金融政策をフル稼働して経済の立て直しに邁進し、住宅投資に関し
ても一定の成果を収めてきた。しかし、その水準を一段と引き上げるためには、次のステップとして、よ
りきめ細かな政策対応(学生ローン対策、雇用の質改善など)による経済構造の歪み是正が必要になって
きている。
外需:輸出は「反動増」で実態は弱い
輸出・入推移(実質ベース、季節調整値、百万ドル)
輸出入動向については、2 月の輸出は、実質ベースで前
190,000
月比 2.2%増となり、1 月の減少分(同 2.2%減)をちょ
126,000
ストライキ
うど取り戻した。ただし、それでも昨年 9 月からの減少ト
185,000
124,000
輸出
レンドに復帰した程度の動きであり、9 月との対比ではな
180,000
122,000
175,000
120,000
お 3.3%の減少となっている。
名目ベースでは、2 月の輸出は前月比 1.6%増。ただし、
170,000
輸出増に大きく寄与した品目をみると、宝飾用ダイヤモン
ド(寄与度 0.54%Pt)
、通信機器(同 0.33%Pt)
、医薬品
165,000
(同 0.29%Pt)、美術骨董(同 0.15%Pt)などが上位であ
り、このうち通信機器は 1 月分の急減の反動であり、民間
118,000
輸入(右軸)
116,000
160,000
114,000
14
15
16
(出所)米国商務省
航空機(同▲0.16%Pt)などの主力製造業の輸出競争力は
依然として回復していない。輸出については、ドル高の一服がタイムラグを伴って影響してくる年央頃ま
では、多くは期待できそうにない。
2 月の輸入は、実質ベースで前月比 2.3%増、名目ベースでは同 1.5%増。品目別では、アパレル製品、
玩具、家具、携帯電話の個人向け消費財輸入が伸びて、これだけで 1%Pt 以上、輸入額を押し上げた。実
質輸入はここ 3 か月ほどやや停滞していたが、個人消費動向に合った緩やかな増加ペースに戻りつつある。
製造業:企業景況感では輸出受注とともに新規受注回復
ISM指数の推移(製造業・内訳)
このように輸出の基調は依然として弱いものの、2 月
65
以降のドル高の一服が、製造業の輸出受注に好影響を及
ぼし始めた可能性がある。
60
3 月の ISM 製造業景況感指数の輸出受注指数は、前月
比 5.5Pt 上昇して 52.0 となった。50 を上回るのは 3 か
製造業
55
新規受注
月ぶりであり、52.0 は 2014 年 12 月以来の水準。
既に 1、
2 月と 50 を上回る水準に復帰していた新規受注指数も、
輸出受注
50
3 月は前月比 6.8Pt と急上昇して 58.3 となった。これら
の指数の影響もあり、製造業総合についても 51.8 となり、 45
13
こちらは 6 か月ぶりに 50 以上を回復した。
14
15
(出所)CEIC(Institute for Supply Management)
3
16
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これまでは、消費や住宅投資など個人部門が経済を牽引してきたが、足元ではその個人部門が減速する
一方で、足を引っ張ってきた製造業に回復の兆しが出てきた。ただし、製造業生産指数は未だに前月比マ
イナス基調から抜け出しておらず(1 月に前月比 0.4%増の後は、2 月が同 0.1%減、3 月も同 0.3%減)、
ISM 受注指数の改善が生産実績に反映されるのは 4 月以降となりそうである。
雇用:労働参加率の上昇が続く
最後に雇用状況をみると、3 月の非農業部門雇用者数は前月比 21.5 万人増となった。1 月は増加幅がや
や鈍化した(同 16.8 万人増)もののその後は盛り返して、2~3 月の平均では 23.0 万人増となり、ほぼ
2015 年並み(22.9 万人)の増加ペースを維持している。
他方において、3 月の失業率は前月比 0.1%Pt 悪化して 5.0%となった。また、2、3 月の民間部門の時
給も前年同月比 2.3%の上昇で足踏みしており、昨年 9 月~今年 1 月の 2.4~2.6%のレンジから下振れし
ている。
これは、労働市場への参加者が増えて、短期的に労働需給を緩和しているためと考えられる。3 月の労
働参加率は前月比 0.1%Pt 上昇して 63.0%となった。リーマンショック後、雇用情勢の悪化から就職を諦
めて労働市場から退出する失業者が増加。その他の雇用指標が改善に向かい始めても、労働参加率だけは
長らく減少を続けてきた。それが、昨年 9 月に 62.4%で底打ちした後は上昇を続けており、3 月は 2014
年 3 月以来の高さとなった。労働市場の逼迫や賃金の(緩やかとはいえ)持続的な上昇を受けて、労働市
場に参入する人が増えてきている。
FRB イエレン議長が表面的な失業率には表れてこないと述べた労働市場の緩み(slack)の、いわば最
後の砦が崩れ始めている。その先にあるのは、いよいよ、賃金上昇とそこから生じる本格的なインフレ圧
力の高まりということになろう。
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