このページを印刷する 【第 103 回】 2015 年 11 月 13 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員] 消費税の自公協議を難航させる「益税」という火種 自公協議が難航する理由の 1 つ 消費税の「益税」とは何か? 消費税軽減税率の自公協議が難航しているが、議論 の 1 つに消費税の「益税」という問題がある。「益税」とは何だろうか。 消 費 税 軽 減 税 率 の自 公 協 議 が難 航 しているが、その際 の議 論 の 1 つに消 費 税 の「益 税 」という問 題 がある。インボイス制 度 のないわが国 では、消 費 税 率 が上 がり、複 数 税 率 になると、この問 題 はますますクローズアップされる。国 民 にとっての「消 費 税 制 度 の信 頼 」という観 点 から、この問 題 を捉 えていく必 要 がある。 とは言 っても、「益 税 」とは何 を意 味 するのか、必 ずしも十 分 な理 解 がされて いるわけではない。 一 般 的 に「益 税 」というのは、「消 費 者 から預 かった税 金 が税 務 署 に納 められ ず事 業 者 の手 元 に残 ること」である。 具 体 例 としてよく引 き合 いに出 されるのは、次 の例 である。 免 税 業 者 がモノやサービスを販 売 ・提 供 する際 に、税 抜 価 格 を 1000 円 とす ると、別 途 消 費 税 と称 して 80 円 を上 乗 せし、消 費 者 に 1080 円 を請 求 すると いった場 合 である。 では 80 円 が「益 税 」か、というとそうではない。免 税 業 者 といえども、仕 入 れ に際 しては消 費 税 を負 担 している。また、仕 入 れのような直 接 コストのほか、電 気 、ガス、水 道 、電 話 などの間 接 コストにも消 費 税 負 担 がある。彼 らが自 らの マージンを確 保 するには、これら直 接 ・間 接 コストにかかる消 費 税 額 は、消 費 者 に転 嫁 する必 要 がある。 これらの直 接 ・間 接 コストの総 額 が 800 円 (税 抜 き)とすれば、これに対 して かかる消 費 税 額 64 円 は、顧 客 に転 嫁 すべきものということになる。そうなる と、免 税 事 業 者 の「益 税 」分 は 80 円 ではなく、そこから仕 入 れにかかる消 費 税 分 64 円 を差 し引 いた 16 円 ということになる。 免 税 事 業 者 の場 合 、図 の青 色 部 分 、すなわち自 らの付 加 価 値 部 分 (マージ ン)は納 税 する必 要 はないので、それに対 応 する消 費 税 額 (16)をお客 に要 求 すれば「益 税 」となるが、仕 入 れにかかる B(64)はお客 に転 嫁 する必 要 があ る。そうでなければ自 らのマージン(200)が減 ってしまうのである。つまり、免 税 事 業 者 の「正 しい」(益 税 の発 生 しない)販 売 価 格 は 1064 ということになる。 もっと踏 み込 んで考 えてみよう。 学 生 に「銀 座 でコーヒーを飲 むと 1000 円 のところがあるが、なぜか」という質 問 をすると、「銀 座 は土 地 が高 いから、店 内 を飾 るコストがかかるから」という答 えがほとんどだ。 しかし正 解 は、「銀 座 では 1000 円 でもコーヒーを飲 む者 がいるから」だ。モノ の値 段 は、需 要 と供 給 できまる。いくら土 地 の高 い銀 座 でも、お客 が「1000 円 もするコーヒーは飲 みたくない」ということになれば、そのような価 格 は成 立 しな い(お店 はなくなる)。 モノやサービスの価 格 が、市 場 メカニズムの中 で需 要 と供 給 によって決 まると なれば、「益 税 」とは何 か定 かではなくなる。事 業 者 側 が消 費 税 分 を小 売 価 格 に乗 せて販 売 しようとしても「その値 段 では買 わない」となれば、事 業 者 は価 格 を引 き下 げざるを得 なくなるからである。 これは、消 費 税 はモノやサービスの値 段 を形 成 するコストの 1 つであるという ことを表 している。円 安 で原 材 料 価 格 が上 がる、人 手 不 足 で人 件 費 も上 がる、 消 費 税 も上 がる――このような状 況 の中 で、これらコスト増 要 因 のどこまでを 価 格 転 嫁 すれば自 らのマージンが確 保 できるのか、これが商 売 の実 態 だろう。 その意 味 で、消 費 税 だけは絶 対 転 嫁 するということで、税 率 引 き上 げの前 日 に 徹 夜 して値 札 を張 り替 えるのは、わが国 特 有 の商 慣 行 である。(連 載 第 48 回 参照) 免税事業者の過剰転嫁は少ない 益税の問題は制度そのものに いずれにしても、長 く続 くデフレ経 済 の下 で、価 格 競 争 の激 しい今 日 では、免 税 事 業 者 の過 剰 転 嫁 という意 味 での「益 税 」は、それほど多 くはないのではな いか。 問 題 となる「益 税 」は、制 度 そのものにある。(連 載 第 70 回 参 照 ) 第 一 は、簡 易 課 税 制 度 である。課 税 売 上 高 5000 万 円 以 下 の事 業 者 につい ては、法 令 で定 められた「みなし仕 入 率 」を使 い、売 上 税 額 の一 定 割 合 を仕 入 税 額 とみなして消 費 税 額 計 算 をすることが認 められている。 中 小 事 業 者 の手 間 に配 慮 して導 入 されているものだが、相 当 数 の適 用 事 業 者 は、本 則 で消 費 税 納 税 額 を計 算 し、「みなし仕 入 率 」を使 った場 合 と比 較 し て有 利 な方 で納 税 している。 この制 度 の適 用 上 限 は、平 成 16 年 以 降 変 わっておらず、123 万 者 (平 成 25 年 度 )が恩 恵 に浴 しており、国 会 答 弁 でその減 収 額 は 1500 億 円 程 度 と試 算 されている。 今 回 の議 論 では、自 民 党 は暫 定 的 に(2、3 年 程 度 ?)この制 度 を拡 充 して 対 応 したいという意 向 のようだが、確 実 に益 税 を生 む制 度 なので、消 費 税 制 度 の信 頼 を損 なう可 能 性 が高 く、慎 重 に対 応 すべきだ。 最 も問 題 なのは、「免 税 事 業 者 からの仕 入 れに対 しても税 額 控 除 ができる」 という制 度 である。わが国 の消 費 税 制 度 では、請 求 書 等 保 存 方 式 の下 で、売 上 1000 万 円 以 下 の免 税 事 業 者 からの仕 入 れにこの制 度 が認 められている。 したがって、免 税 事 業 者 のマージン相 当 額 に消 費 税 率 を乗 じた分 が、「納 税 されないまま仕 入 税 額 控 除 される」ことになり、「益 税 」になっている。 筆 者 なりにこの金 額 を仮 定 計 算 してみたい。免 税 事 業 者 の数 は 500 万 者 と 言 われている(財 務 省 )。彼 らの平 均 的 な売 上 げを 500 万 円 、マージン率 を 20%とすると、彼 らのマージン総 額 は 5 兆 円 となる。 これに消 費 税 率 8%をかけた 4000 億 円 が、納 税 義 務 が免 除 される(納 税 さ れない)一 方 で、購 入 側 では仕 入 れ税 額 控 除 が認 められる(国 庫 から出 てい く)金 額 となる。留 意 すべきは、この「益 税 」は、免 税 事 業 者 に生 じるというわけ ではなくて、仕 入 税 額 控 除 をする買 手 にも一 部 帰 属 していると考 えることがで きるという点 である。 事務コスト軽減の名目で 安易な制度導入が議論されるリスク 今 回 の軽 減 税 率 の導 入 に伴 い、「事 務 コスト軽 減 」という名 目 の下 で、様 々 な安 易 な制 度 の導 入 が検 討 されているが、消 費 税 率 が 8%、10%と上 がって いくにつれて「益 税 」の金 額 はますます拡 大 していく。 これを防 止 するには、欧 州 型 インボイスを導 入 することに尽 きる。免 税 事 業 者 が取 引 から排 除 されるというなら、インボイスを発 給 できるように課 税 選 択 を する、という原 則 を徹 底 すべきだろう。その方 が免 税 事 業 者 にも利 益 となること は、連 載 第 69 回 で述 べたところである。 そうでなければ「益 税 」は膨 れ上 がり、消 費 税 制 度 の信 頼 は地 に落 ちる。 DIAMOND,Inc. All Rights Reserved. <iframe src="//www.googletagmanager.com/ns.html?id=GTM-MB8ZLX" height="0" width="0" style="display:none;visibility:hidden"></iframe> <iframe src="//b.yjtag.jp/iframe?c=HnwCFYR" width="1" height="1" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0"></iframe> <iframe src="//o.advg.jp/oif?aid=7317&pid=1" width="1" height="1">< /iframe>
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