このページを印刷する 【第 95 回】 2015 年 7 月 10 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員] 世間で語られる マイナンバー制度の「3 つの誤解」 国民一人ひとりに 12 桁の番号がふられるマイナンバ ー制度にメリットはないのか 2016 年 1 月 から社 会 保 障 ・税 番 号 (マイナンバー)制 度 が始 まるが、それに 先 立 ち本 年 10 月 から、住 民 登 録 された住 所 地 に、簡 易 書 留 で「番 号 通 知 カー ド」が届 く。家 族 全 員 の番 号 通 知 と番 号 カード申 込 書 が入 っている。番 号 は、 家 族 全 員 にきちんと伝 えておかないと、子 どもがアルバイトもできなくなる。 というのは、日 本 で最 初 に番 号 制 度 が適 用 されるのは、1 月 1 日 、2 日 と郵 便 局 で年 賀 状 のバイトをしてアルバイト代 を受 け取 る学 生 たちだ。混 乱 が起 きな いようにする必 要 がある。 筆 者 は、マイナンバーの話 をする機 会 が増 えているが、そこで気 がつくのは、 様 々な誤 解 があることだ。政 府 の広 報 が十 分 ではないことがその背 景 にある のだが、国 民 の側 も短 絡 的 に考 えている部 分 もある。 そこで以 下 では、「マイナンバーに関 する 3 つの誤 解 」を取 り上 げて論 じてみ たい。 【第一の誤解】 マイナンバー制度のメリットについて 第 一 の誤 解 は、「マイナンバー制 度 はメリットが少 ない」というものである。 我 々が番 号 を使 う機 会 としては、給 与 支 払 いやその源 泉 徴 収 、年 金 などの社 会 保 険 料 の支 払 いの場 面 で、会 社 の担 当 者 に番 号 を告 知 する義 務 が生 じる ことである。そこで、義 務 は生 じるものの直 接 のメリットはない、と感 じてしまう。 しかし、番 号 制 度 というのは、そういうシステムである。つまり番 号 制 度 は、個 人 個 人 に生 涯 変 わらぬ 12 ケタの番 号 を付 けて、それをキーとした情 報 連 携 シ ステムを活 用 すること(マッチングシステム)により、「公 平 な所 得 の把 握 (税 負 担 )」の上 に「効 果 的 で効 率 的 な社 会 保 障 を構 築 する」ことを目 的 とした制 度 で、 「国 民 的 には」それがメリットということになる。 税 の分 野 では、たとえば副 業 をしているが税 務 申 告 をしていない場 合 などが 把 握 され、公 平 性 が高 まることになる。親 を長 男 と長 女 の両 方 が扶 養 申 告 し ているような場 合 には、コンピュータでのチェックが簡 単 になる。 一 方 で、住 宅 ローン控 除 の場 合 の住 民 票 の添 付 が不 要 になったり、(近 い将 来 )国 ・地 方 への給 与 の源 泉 徴 収 票 の電 子 提 出 が一 元 化 されるなど、納 税 者 の利 便 向 上 も図 られることになる。 また、社 会 保 障 分 野 においては、住 所 変 更 や婚 姻 による名 前 の変 更 などに よって、自 分 の年 金 記 録 が消 えることはなくなる。社 会 保 障 を受 給 する際 の所 得 証 明 書 や住 民 票 などの添 付 が不 用 になるといった、メリットもある。 一 方 で、資 力 調 査 が必 要 な生 活 保 護 の受 給 に際 しては、預 金 が番 号 で名 寄 せされることになる。不 正 受 給 を防 ぎ、社 会 保 障 費 の無 駄 遣 いを防 止 するこ とがメリットということだ。 しかし、このようなメリットだけでは、国 民 に負 担 を求 めるコストと比 較 して見 合 っているとは言 えないだろう。実 は、この点 にマイナンバー制 度 への第 二 の 誤 解 がある。 【第二の誤解】 番号カード、マイナポータルの機能について 第 二 の誤 解 、というより知 られていない事 実 として、「番 号 カード(マイナンバ ーカード)を持 てば、飛 躍 的 にメリットを実 感 することができる」ということであ る。 番 号 通 知 カードにくっついている申 込 書 に顔 写 真 を添 付 して申 し込 めば、マ イナンバーカードがもらえる。カードには顔 写 真 がつくので、本 人 確 認 手 段 とし て活 用 できる。 何 より重 要 なことは、カードには IC チップが搭 載 されるということである。IC チ ップには、インターネットを通 じて様 々なサービスを受 ける際 の本 人 確 認 機 能 と いうべき公 的 認 証 機 能 がついている。これを用 いれば、「なり済 まし」も防 止 す ることができる。 その際 役 に立 つのが、「マイナポータル」である。「マイナポータル」というのは、 国 民 一 人 ひとりに開 設 される専 用 ポータルサイトで、カードをリーダーで読 み込 ませて、ID・パスワードを打 ち込 むことにより、目 の前 のパソコンで立 ち上 がる。 ポータルには、自 分 の個 人 情 報 が不 正 に提 供 されていないかなどを自 ら確 認 できる機 能 (情 報 提 供 等 記 録 開 示 機 能 )や、行 政 機 関 が持 っている番 号 付 きの自 己 情 報 を確 認 する機 能 (自 己 情 報 開 示 機 能 )がついている。その機 能 をうまく活 用 すれば、医 療 費 控 除 の税 務 申 告 が簡 単 に行 えることになる。 納 税 者 は、医 療 保 険 者 からポータルに送 られてきた医 療 費 支 払 い情 報 をア プリで申 告 書 に転 記 して e-Tax で申 告 すれば、計 算 も簡 単 で領 収 書 の添 付 も 不 用 である。 さらにポータルには、民 間 企 業 から様 々な通 知 を受 け取 る「電 子 私 書 箱 機 能 」や、クレジットカードなど民 間 の決 済 サービスと連 動 する「電 子 決 済 機 能 」、 引 っ越 しや死 亡 時 の官 民 の手 続 きをワンストップで行 う「ワンストップ機 能 」な ど、様 々な機 能 を持 つことが政 府 部 内 で検 討 されている。 つまり、番 号 だけではメリットは実 感 できない。カードを持 ってポータルを活 用 すれば次 の次 元 のサービスが受 けられる。これが IT 電 子 国 家 と呼 ばれるもの である。 拡大画像表示 【第三の誤解】 徴税国家への危惧 第 三 の誤 解 は、「国 家 は国 民 全 員 の銀 行 預 金 に付 番 をして、徴 税 国 家 をつ くり上 げようとしている」という誤 解 である。 確 かに、現 在 国 会 で採 決 待 ちの法 案 では、2018 年 から預 貯 金 口 座 について、 預 金 者 への告 知 義 務 なしに付 番 が行 われることとなっている。約 10 億 口 座 と 言 われている預 貯 金 口 座 への付 番 が始 まるのである。 銀 行 に対 する国 税 ・地 方 税 の税 務 調 査 や、先 述 した生 活 保 護 などの社 会 保 障 制 度 の資 力 調 査 などに、番 号 付 きの預 金 情 報 が利 用 されることになる。 まずは、新 規 口 座 を開 設 する個 人 は、銀 行 側 から番 号 の告 知 を求 められる ことになる。既 存 口 座 についても、住 所 変 更 などの機 会 に窓 口 で番 号 の告 知 を求 められる。 また、年 金 保 険 料 や税 の口 座 引 き落 とし申 請 書 や税 の還 付 申 告 書 での還 付 口 座 の指 定 などの機 会 を通 じて、役 所 (個 人 番 号 利 用 事 務 実 施 者 )が知 っ た番 号 付 口 座 情 報 を、個 人 番 号 関 係 事 務 実 施 者 である金 融 機 関 に提 供 する 方 法 によることも検 討 されている。 3 年 後 (21 年 )を目 途 に、付 番 促 進 のためのインセンティブ・ディスインセンテ ィブの検 討 が始 まる。インセンティブとして考 えられるのは、付 番 すれば利 子 所 得 と株 式 譲 渡 損 失 との損 益 通 算 が可 能 になることなどが考 えられるが、これ からの課 題 である。 いずれにしても、口 座 への付 番 は今 後 とも進 んでいくと考 えられる。しかし、こ れは必 ずしも徴 税 国 家 を意 味 しない。 なぜなら、日 本 以 外 の大 概 の先 進 国 では、利 子 所 得 を番 号 付 きで税 務 当 局 に報 告 させる制 度 をとっているからである。そのため、口 座 を開 設 する際 に番 号 が必 要 になるわけで、すでにそれらの国 では口 座 に番 号 が付 されているが、 それをもって「徴 税 国 家 」とは言 わない。 では、税 務 調 査 はどうか。現 在 、税 務 調 査 上 の必 要 があれば、質 問 調 査 権 の範 囲 で、納 税 者 の銀 行 口 座 を調 査 することは可 能 である。つまり、番 号 の導 入 によって、新 たにこの権 限 が強 化 されるわけではない。 とは言 っても、口 座 に番 号 がつくことの意 義 は大 きい。社 会 保 障 の様 々な局 面 で、所 得 だけでなく資 産 、あるいは資 産 所 得 を必 要 とする場 合 が出 てくると 考 えられる。6 月 末 に公 表 された「骨 太 方 針 2015」は、資 産 情 報 を活 用 した社 会 保 障 の効 率 化 について、以 下 のように言 及 している。 「医 療 保 険 、介 護 保 険 ともに、マイナンバーを活 用 すること等 により、金 融 資 産 等 の保 有 状 況 を考 慮 に入 れた負 担 を求 める仕 組 みについて、実 施 上 の課 題 を整 理 しつつ、検 討 する」 マイナポータルの活用で 新たな経済フロンティアを マイナンバーカードやマイナポータルの活 用 は、民 間 の知 恵 や工 夫 が生 かせ る分 野 である。ここに、プライバシーの規 制 は原 則 としてかからない。新 規 事 業 や雇 用 の創 出 など、経 済 の新 たなフロンティアを広 げていくことも可 能 である。 人 口 減 少 と高 齢 化 が急 速 に進 むわが国 が、今 後 とも経 済 社 会 の活 力 を維 持 していくための「重 要 な社 会 基 盤 (インフラ)」とも言 え、これをどう使 いこなす かがわが国 の未 来 を左 右 すると言 っても過 言 ではない。 最 後 に、番 号 制 度 については、個 人 情 報 の流 出 などでプライバシーの観 点 からの懸 念 もあるので、セキュリティに万 全 の備 えをしつつ、ICT の積 極 的 活 用 を国 民 生 活 の豊 かさにつなげていくことが必 要 であることは、言 うまでもない。 DIAMOND,Inc. 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