生鮮食料品の範囲を超える軽減税率は 2 つの「パンドラの箱」を開ける

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【第 104 回】 2015 年 11 月 27 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員]
生鮮食料品の範囲を超える軽減税率は
2 つの「パンドラの箱」を開ける
総合合算制度をやめる?
逆方向に向かう税制・財政政策
生鮮食料品に加えて一部の加工食品が軽減税率の
対象になることは、「2 つのパンドラの箱」を開けることになる
24 日 、安 倍 首 相 が軽 減 税 率 は「税 ・社 会 保 障 一 体 改 革 に影 響 を及 ぼさない
範 囲 で」と、谷 垣 幹 事 長 と宮 沢 税 制 調 査 会 長 に指 示 をしたという。この発 言 は
事 実 上 、「4000 億 円 の財 源 がかかる総 合 合 算 制 度 の導 入 を取 りやめて、その
財 源 の範 囲 で軽 減 税 率 を導 入 する」ということを意 味 している。
幅 広 く 1 兆 円 前 後 の範 囲 で軽 減 税 率 の導 入 を目 指 す公 明 党 としては、「受
け入 れられない」ということで反 発 した。そこで菅 官 房 長 官 は、「総 理 のそのよう
な発 言 はなかった」と否 定 して見 せた。
常 識 的 に考 えて、何 らかの指 示 がなかったら総 理 たちが会 談 するわけがな
い。官 房 長 官 の対 応 は、反 発 した公 明 党 に気 を遣 ってのものだろう。
ここで導 入 が見 送 られる「総 合 合 算 制 度 」というのは、低 所 得 者 の医 療 費 や
介 護 費 などに負 担 の上 限 を設 けるという、まさに低 所 得 者 対 策 である。それを
取 りやめるということになれば、そのこと自 体 が、税 ・社 会 保 障 一 体 改 革 の理
念 に逆 行 することになる。
加 えて、高 所 得 者 により利 益 が多 く及 ぶのが軽 減 税 率 である。つまり、総 理
の指 示 は、「低 所 得 者 から高 所 得 者 への税 金 の移 転 」ということになり、アベノ
ミクスの税 制 ・財 政 政 策 が、これまでの政 策 と逆 方 向 に向 かうことを意 味 する。
今 どき先 進 国 でこのような政 策 をとる国 はないだろう。
25 日 付 の読 売 新 聞 朝 刊 は、「税 ・社 会 保 障 一 体 改 革 改 革 の枠 内 とは」とい
う見 出 しで「社 会 保 障 の充 実 影 響 なし」という記 事 を掲 載 しているが、これは意
図 的 な(?)誤 報 である。一 体 改 革 で決 められている社 会 保 障 財 源 が振 り替
わるのだから、社 会 保 障 が影 響 を受 けない(縮 小 されない)わけがない。
ついでに言 えば、いまだ一 部 の新 聞 は、新 聞 紙 の軽 減 税 率 の適 用 にこだわ
っているが、これは低 所 得 者 対 策 ではないし、ましてや一 体 改 革 とは何 の関 連
もないものである。
社 会 の公 器 が「公 益 」と「私 益 」を混 同 すると、読 者 離 れが一 層 進 むのではな
いかと危 惧 している。ネットに溢 れるこの声 を新 聞 社 の幹 部 は読 まないのだろ
うか。
4000 億 円 の範 囲 内 での軽 減 税 率 ということは、生 鮮 食 料 品 を対 象 とする場
合 の 3400 億 円 を 600 億 円 超 えることになる。つまり、生 鮮 食 料 品 に加 えて、
「一 部 の加 工 食 品 」が軽 減 税 率 の対 象 になることを意 味 する。
4000 億円の財源は
2 つの「パンドラの箱」を開ける
この理 由 は、「低 所 得 者 は生 鮮 よりも加 工 食 品 を購 買 する例 が多 い」というこ
とである。確 かに、単 身 世 帯 や高 齢 世 帯 では、米 (生 鮮 )を買 って自 宅 で研 い
でご飯 を炊 くより、コンビニで弁 当 やおにぎり(加 工 食 品 )を買 ったりすることの
方 が多 いのかもしれない。
しかしこの 600 億 円 というのは、2 つの「パンドラの箱 」を開 けることになる。
1 つは、8000 億 (2%当 たりの消 費 税 減 収 額 )とされる加 工 食 品 の箱 である。
加 工 食 品 を法 令 で区 分 したものは見 当 たらないので、どこまで範 囲 に含 める
かという点 で、議 論 はヒートアップする。
パンが入 れば弁 当 もおにぎりも、うどん・そばなどの麺 類 が入 ればカップラー
メンも、という具 合 である。加 工 食 品 を 600 億 で区 切 るには、相 当 の議 論 と利
害 調 整 の手 間 がかかり、12 月 10 日 と予 定 されている与 党 税 制 調 査 会 の期
限 に間 に合 わなくなる。これは、2017 年 4 月 からの消 費 税 10%引 き上 げ時
に、軽 減 税 率 の導 入 が間 に合 わないということでもある。
もう 1 つは、「加 工 食 品 と外 食 サービスの区 分 」である。カップラーメンが軽 減
税 率 対 象 になった場 合 でも、コンビニで買 った後 その場 (イートインコーナー)で
お湯 を注 いでで食 べる場 合 には、外 食 サービスということになり、軽 減 税 率 は
適 用 されないだろう。
このコンビニやファストフード店 におけるイートイン(標 準 税 率 )とテイクアウト
(軽 減 税 率 )の区 分 こそ、欧 州 諸 国 で最 も悩 ましい問 題 となっており、わが国 で
も絶 対 避 けるべき問 題 である。(連 載 第 92 回 、93 回 参 照 )
連 載 第 71 回 を見 ていただきたい。欧 州 における軽 減 税 率 導 入 の実 態 を報
告 したものである。
英 国 は当 初 、お客 さんの申 告 に従 って、イートイン(標 準 税 率 )とテイクアウト
(ゼロ税 率 )を区 分 していたが、「テイクアウトと言 ってイートインする客 が大 勢
いて、税 制 当 局 は「温 度 」で決 める方 式 に変 えた。この規 則 (Hot take-away
food and drink regulation)は大 変 細 やかで、とても順 守 されているとは思 われ
ない。
ドイツやフランスでも、それぞれ自 国 独 自 のルールを決 めているが、お世 辞 に
もうまくいっているとは思 えない。
いずれにしても、600 億 円 という「隙 間 」ができて、加 工 食 品 という「パンドラの
箱 」が空 いた瞬 間 に、消 費 税 を巡 る状 況 は大 混 乱 に陥 る可 能 性 がある。その
ツケは国 民 に降 りかかる。
どうしても今 回 導 入 するというなら、法 令 で定 義 され、外 縁 の明 確 な、生 鮮 食
料 品 に限 定 すべきだ。600 億 円 をどうするのかと言 われれば、それは給 付 に回
すしかないのだろう。
税・社会保障一体改革の当事者
だったのに、情けない民主党
これだけ問 題 の多 い軽 減 税 率 導 入 の議 論 が連 日 大 きく報 道 されているにも
かかわらず、そもそも税 ・社 会 保 障 一 体 改 革 を企 画 ・立 案 ・成 立 させた民 主 党
はなぜ沈 黙 しているのだろうか。
三 党 合 意 を踏 まえた民 主 党 の主 張 は、法 律 にきちんと残 っている。税 制 改 革
法 7 条 に、給 付 付 き税 額 控 除 での対 応 が検 討 事 項 として書 かれているのであ
る。引 用 すると次 の通 りだ。
税制改革法第 7 条
一
消 費 課 税 については、消 費 税 率 の引 上 げを踏 まえて、次 に定 めるとお
り検 討 すること。
イ 低 所 得 者 に配 慮 する観 点 から、番 号 制 度 の本 格 的 な稼 動 及 び定 着 を前
提 に、……総 合 合 算 制 度 、給 付 付 き税 額 控 除 等 の施 策 の導 入 について……
検 討 する。
ロ 低 所 得 者 に配 慮 する観 点 から、複 数 税 率 の導 入 について、……検 討 す
る。
ハ 施 策 の実 現 までの間 の暫 定 的 及 び臨 時 的 な措 置 として……簡 素 な給 付
措 置 を実 施 する。
もともと税 制 改 革 法 で、低 所 得 者 対 策 として総 合 合 算 制 度 を導 入 することを
決 めたのは民 主 党 である。また軽 減 税 率 ではなく、給 付 付 き税 額 控 除 で低 所
得 者 にピンポイントで給 付 を行 うと明 記 したのも民 主 党 だ。
ひとたび与 党 で決 められてしまうと、あとは国 会 論 戦 になる。国 会 論 戦 も必 要
だが、国 会 提 出 された予 算 関 連 法 案 を廃 案 にさせる力 が、民 主 党 に残 ってい
ないことは明 白 だ。
世 論 に訴 えかける反 対 のタイミングは「今 でしょ!」である。
筆 者 は、「単 なる選 挙 協 力 目 当 て、安 保 法 制 への協 力 のお礼 」ということで
軽 減 税 率 が導 入 されることに我 慢 がならないが、次 回 の選 挙 までそれを意 思
表 示 する手 立 てはない。一 方 で、現 在 沈 黙 している民 主 党 に一 票 を入 れる気
にもならない。安 倍 一 強 政 権 の現 実 とは、このようなものなのだろうか。
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