簡易な「日本型インボイス」は不正と益税の温床に

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【第 101 回】 2015 年 10 月 27 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員]
簡易な「日本型インボイス」は不正と益税の温床に
消費税制度の信頼を確保せよ
馬の生涯に見る
消費税課税の複雑な仕組み
消費税の軽減税率議論に際し、公明党は簡易なイン
ボイスを導入すれば十分と主張しているようだが、これは不正と益税の温床を生む可能性もある
消 費 税 の軽 減 税 率 に関 する様 々な意 見 を拝 聴 して思 うことは、消 費 税 制 度
というものが必 ずしも十 分 に理 解 されていないということである。
消 費 税 というのは、下 図 のように、点 々流 通 する商 品 やサービスについて、
あらゆる段 階 で少 しずつ事 業 者 が納 税 していき、その負 担 は最 終 消 費 者 が負
うという多 段 階 課 税 の間 接 税 である。
(財務省ホームページより)
これをもっとわかりやすく、「馬 の生 涯 と消 費 税 」ということで考 えてみたい。別
図 は、食 肉 用 としてだけでなく、競 走 馬 もある「馬 」を例 にとり、「飲 食 料 品 」(外
食 を除 く)の軽 減 税 率 を考 えてみたものである。
(筆者作成)
食 料 品 が軽 減 税 率 (8%)となれば、スーパーなどで販 売 される馬 肉 の税 率
は 8%になる。しかし、「馬 」自 体 は競 走 馬 もあるので、食 品 ではない。その取
引 には軽 減 税 率 が適 用 されず、消 費 税 は 10%である。
「馬 」を枝 肉 センターでばらしたとしても、ドッグフードなどの原 材 料 として販 売 さ
れる場 合 には、食 品 ではないから標 準 税 率 になる。毛 筆 やバイオリンの弓 に
使 われる「毛 」も 10%の取 引 である。
そうすると、どこの時 点 で馬 は取 引 の税 率 が 8%となるのだろうか。「馬 肉 」と
いう食 料 品 になる際 であろうか。
枝 肉 センターは 10%で馬 を仕 入 れて、8%のもの(馬 肉 )と 10%のもの(馬 肉
以 外 )とを区 分 して販 売 する必 要 がある。スーパーは馬 肉 を 8%で仕 入 れて、
8%で販 売 することになる。バイオリンの弓 を製 造 する業 者 やペットフードをつく
る業 者 は、その原 材 料 となる馬 の毛 や骨 を 10%で仕 入 れて、10%で販 売 する
ことになる。レストランサービスは標 準 税 率 のようなので、馬 肉 を 8%で仕 入 れ
て 10%で販 売 することになる。
このように、流 通 過 程 の中 で 8%と 10%が混 在 するので、区 分 経 理 が大 変 に
なるだけでなく、「不 正 」も生 じかねないので、それを防 止 する必 要 が出 てくる。
もう 1 つ、軽 減 税 率 で販 売 される「弁 当 」会 社 を例 にとってみよう。食 材 は軽
減 税 率 8%だが、割 りばし、お手 拭 き、包 装 紙 、輪 ゴム、プラスチックのしょうゆ
入 れなどは、標 準 税 率 10%である。もちろん弁 当 をつくるのに必 要 な、電 気 代 、
ガス代 、電 話 代 なども標 準 税 率 10%である。
この場 合 、弁 当 をつくる会 社 は、8%で弁 当 を売 り上 げて、8%と 10%の両 方
の仕 入 れがあるので、その区 分 経 理 をしなければならない。その際 、いちいち
伝 票 の品 目 を見 ながら判 断 していては、時 間 がかかる上 、正 確 性 に欠 ける。
事 業 者 としては、自 ら販 売 する商 品 は低 い軽 減 税 率 に区 分 したいという誘 惑
が働 き、自 らが仕 入 れる商 品 は高 い標 準 税 率 に区 分 したいという誘 惑 が働 く。
事業者が抱く誘惑を防止する
「インボイス」の本来の意義
これを防 止 するのが、(欧 州 型 )インボイスである。
取 引 の対 象 となる品 目 が軽 減 対 象 品 目 かどうかを、「売 手 」に判 断 させる。
「売 手 」はその金 額 を「買 手 」に書 類 で請 求 する。「買 手 」はその書 類 に基 づい
て「仕 入 税 額 控 除 」をする。この方 法 の下 で、「売 手 」と「買 手 」の間 でクロスチ
ェックが行 われる。国 は、書 類 の真 正 性 を確 認 することにより、「売 手 」から納
税 される消 費 税 額 と、「買 手 」から控 除 される消 費 税 額 の一 致 を確 認 すること
ができる。
この書 類 が、(欧 州 型 )インボイス(税 額 票 )と呼 ばれるものである。つまりイン
ボイスとは、「売 手 」(納 入 側 )が「買 手 」(仕 入 側 )に、取 引 価 格 (税 抜 き価 格 )
に係 る消 費 税 額 を別 記 して請 求 する請 求 書 などのことである。これにより、不
正 防 止 機 能 が働 き、流 通 全 般 にわたる消 費 税 制 度 が正 確 に機 能 するのであ
る。
インボイスに必 要 な記 載 事 項 は、取 引 品 目 ごとに消 費 税 額 が別 記 されてい
ること、インボイスの真 正 性 を担 保 するために、VAT ナンバーと呼 ばれる税 務
当 局 がチェックできる番 号 が付 されていること、の 2 つである。
公 明 党 は、このような欧 州 型 インボイスの導 入 なしで、現 行 とほとんど変 わら
ない簡 易 なインボイスを導 入 すれば十 分 と主 張 しているようだ。現 行 の請 求 書
などの保 存 方 式 の下 で、軽 減 税 率 品 目 に印 を付 した上 で、税 率 ごとに取 引 金
額 を記 載 した請 求 書 の交 付 義 務 を売 手 に追 加 するという方 式 である。
売 手 は区 分 記 載 請 求 書 に、軽 減 税 率 対 象 品 目 の印 を付 すが、品 目 ごとの
税 額 の記 載 はしない。この点 は、欧 州 型 のインボイスと決 定 的 に異 なってい
る。
買 手 は、請 求 書 に付 された印 を参 考 にしながら、標 準 と軽 減 に区 分 して仕 入
税 額 控 除 を行 う。売 手 には、課 税 事 業 者 か免 税 事 業 者 かにかかわらず、区 分
記 載 請 求 書 の交 付 ・保 存 を義 務 付 け、請 求 書 の不 交 付 や偽 りの税 率 区 分 の
記 載 には罰 則 を設 ける、というものである。
欧 州 型 では、売 手 と買 手 が相 互 にインボイスに記 載 された品 目 ごとの税 額 を
確 認 ・チェックすることで、軽 減 か標 準 かの区 分 の真 正 性 が担 保 されるのだが、
この方 法 では、売 手 の納 付 税 額 と買 手 の仕 入 控 除 税 額 が直 接 連 動 しないの
で、チェック機 能 は働 かない。
報 道 によると、「みなし課 税 方 式 」といって、軽 減 対 象 品 目 の売 り上 げ比 率 を
あらかじめ設 定 し売 上 額 に税 率 をかけて税 額 計 算 をする方 式 も検 討 されてい
るという。これでは全 く益 税 と不 正 の温 床 になってしまう。
免税事業者に区分記載請求書を
認めれば「益税」と「不正」の温床に
また、免 税 事 業 者 も課 税 事 業 者 と同 様 、区 分 記 載 請 求 書 を交 付 できるため、
買 手 は、免 税 事 業 者 からの仕 入 れについても仕 入 税 額 控 除 が可 能 になる。こ
れでは、税 率 10%で「益 税 」が拡 大 するだけでなく、過 大 仕 入 税 額 控 除 という
「不 正 」も防 げない。
すなわち、自 らの納 税 額 に何 ら影 響 のない免 税 事 業 者 に区 分 記 載 請 求 書 の
交 付 を認 めれば、税 率 差 を利 用 した「不 正 」の温 床 となる。つまり、相 手 方 事
業 者 の求 めに応 じて、軽 減 対 象 品 目 でありながらその旨 の表 示 をしない区 分
記 載 請 求 書 を交 付 して、その事 業 者 は標 準 税 率 で過 大 な仕 入 税 額 控 除 を行
うということが、容 易 に想 像 がつくのである。これでは、消 費 税 制 度 への信 頼 は
大 きく損 なわれてしまう。
そもそも、納 税 義 務 のない免 税 事 業 者 に、区 分 記 載 請 求 書 の交 付 ・保 存 の
義 務 付 けが可 能 かという問 題 もあり、十 分 な議 論 が必 要 だ。
インボイスには、本 来 、複 数 税 率 の税 額 計 算 の手 間 を簡 素 にするという機 能
があることや、BtoB 取 引 で消 費 税 分 の転 嫁 が容 易 になるという大 きなメリット
がある、ということについての議 論 は次 回 に譲 りたい。
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