軽減税率の問題点

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【第 92 回】 2015 年 5 月 14 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員]
ポテトチップスから第三のビールまで
租税回避商品を増やしかねない軽減税率議論
消費税軽減税率の問題点(1)
再開する消費税軽減税率の議論が
究極のポピュリズムである理由
軽減税率導入は、市場にどんな影響を与えるだろう
か
Photo:hxdyl-Fotolia.com
連 休 明 けから与 党 税 制 協 議 会 で、消 費 税 軽 減 税 率 の議 論 が再 開 する。本
年 末 までに詳 細 を決 めなければ、2017 年 4 月 からの消 費 税 率 10%への引 き
上 げに間 に合 わないので、議 論 は加 速 するだろう。
筆 者 は何 度 もこの連 載 で、軽 減 税 率 の導 入 を問 題 視 してきた。消 費 者 ・事
業 者 ・税 務 当 局 に多 大 なコストをかける一 方 で、政 策 効 果 は「低 所 得 者 対 策 」
ではなく、「高 所 得 者 」により多 くの恩 恵 をもたらすことを理 由 に、究 極 のポピュ
リズム政 治 であると反 対 してきた。それに関 連 する記 事 は、以 下 である。
・第 84 回 軽 減 税 率 は究 極 のポピュリズム
・第 73 回 軽 減 税 率 は消 費 税 制 度 の劣 化
・第 63 回 公 明 党 案 は本 当 に事 務 負 担 軽 減 になるか
永 田 町 では、安 保 法 制 での公 明 党 の協 力 が、公 明 党 の党 是 とも言 える軽 減
税 率 の導 入 に大 きく影 響 すると、半 ば公 然 と語 られ始 めている。
今 回 は、軽 減 税 率 の区 分 が「税 制 を笑 いものにした」(brought tax system
into mockery)とまで揶 揄 された英 国 の裁 判 例 を取 り上 げてみたい。
食 料 品 の多 くに軽 減 税 率 が導 入 されている英 国 では、数 多 くの訴 訟 事 例 が
報 告 されている。最 近 話 題 になったのが、「ポテトチップス裁 判 」である。
P&G は「プリングルス」という商 品 を販 売 している。多 くの日 本 人 も見 覚 えの
ある商 品 で、筆 者 も「ポテトチップス」として買 った経 験 がある。
英 国 でもみんな「ポテトチップス」と認 識 して購 入 しているのだが、P&G 側 は、
標 準 税 率 (20%)が適 用 されるポテトチップスではなく、ゼロ税 率 が適 用 される
「ケーキ」と認 識 して消 費 税 を納 めていなかった。それどころか、ゼロ税 率 なの
で、仕 入 れに要 する消 費 税 額 は還 付 されていたのである。
英国ポテトチップス裁判に第三のビール
原料の含有率で税率が変わるという現実
P&G が発売する「プリングルス」
その理 由 は、「原 料 に占 めるじゃがいもの含 有 量 は 50%未 満 なので、ポテト
チップスではない。パン生 地 から作 ったケーキのようなものだ」ということであ
る。
それはおかしい、ということで国 税 当 局 と裁 判 になった。1 審 では P&G 側 が勝
ったが、控 訴 審 では国 側 が勝 って標 準 税 率 となり、P&G側 は毎 年 2000 万 ポン
ドの付 加 価 値 税 を支 払 うこととなった。
判 決 を読 むと、「原 料 が 42%ということより、お客 がどう認 識 しているかという
ことが重 要 だ」とし、「ポテトからつくられたものであるということは、食 品 学 者 ・
調 理 評 論 家 ではなく、ポテトチップスを消 費 する子 どもらの方 が、より気 の利 い
た方 法 で答 えられる」と記 されている。
含 有 量 を調 整 して税 率 を低 くするという P&G の発 想 は、麦 芽 の比 率 を低 くし
て酒 税 を安 くしようという発 泡 酒 や「第 三 のビール」とまったく同 じ発 想 である。
ビールと発 泡 酒 の酒 税 法 上 の区 別 は麦 芽 比 率 で定 められている。麦 芽 比 率
50%以 上 がビール、50%未 満 が発 泡 酒 である。さらに発 泡 酒 は 2 つに分 かれ、
麦 芽 比 率 が 25%未 満 では税 金 がもっと安 くなる。
このような区 分 は「麦 芽 の多 寡 こそがビールの味 を決 めるもの、麦 芽 比 率 の
少 ないものはビールとは言 えない」という長 年 の業 界 の共 通 認 識 から形 成 され
もので、それをもとに酒 税 法 も麦 芽 比 率 の多 寡 をメルクマールとして、税 率 を
張 っているのである。
ところが最 近 では、麦 芽 比 率 が低 くてもそれなりに飲 める発 泡 酒 が誕 生 した。
さらには、発 泡 酒 に麦 スピリッツを混 和 して、酒 税 法 上 「リキュール(発 泡 性 )」
に分 類 されるものも現 れ、「第 三 のビール」と呼 ばれていることは周 知 のとおり
である。
このような発 泡 酒 、「第 三 のビール」はすべて、税 負 担 の安 い「ビール」をつく
ろうという発 想 ・工 夫 からつくられたものである。
サッポロビールの「極 ZERO」は、当 初 最 も税 率 の低 い「第 三 のビール」として
販 売 されたが、国 税 庁 からクレームがついて発 泡 酒 として再 販 売 された。新 聞
報 道 によると、会 社 側 は納 得 していないようだ。
この問 題 については、第 75 回 「サッポロビール『極 ZERO』騒 動 の源 複 雑 怪
奇 な『ビール税 制 』を簡 素 化 せよ」で述 べたところである。
いずれにしても、プリングルスと発 泡 酒 ・「第 三 のビール」は、「(高 い)税 金 を
かいくぐる商 品 (筆 者 に言 わせると「租 税 回 避 商 品 」)という点 において、共 通 し
ている。
かつての物品税の時代に逆戻り
軽減税率の導入は回避すべき
このような事 例 は、物 品 税 の時 代 を思 い起 こさせる。
「紅 茶 や緑 茶 は不 課 税 だがコーヒーは課 税 」「こたつは不 課 税 だが扇 風 機 は
課 税 」「ビデオテープは課 税 だがビデオレンタルはサービスなので不 課 税 」など、
根 拠 不 明 な区 分 が数 多 くあった。不 課 税 の童 謡 かどうかを巡 って、歌 謡 曲 「黒
ネコのタンゴ」(皆 川 おさむ)がもめたという話 もあった。
このような無 駄 な手 間 をやめ、経 済 への歪 みをなくそうということで、1989 年
に消 費 税 の導 入 が行 われたわけだ。つまり軽 減 税 率 の導 入 は「時 代 に逆 行 す
る」ものと言 えよう。
フランスの消 費 税 制 では、チョコレートについて、カカオの含 有 量 による区 別
が行 われている。カカオの含 有 量 が 50%以 上 のチョコレート製 品 は 19.6%の
税 率 で、それ以 外 は 5.5%の軽 減 税 率 となっている。
このような区 分 の軽 減 税 率 がわが国 で導 入 されると、業 界 はこぞって税 率 の
低 い分 類 になるように商 品 開 発 を行 うだろう。その結 果 、カカオの含 有 量 が多
い美 味 しいチョコレートは少 なくなり、区 別 のためのコストがかかり、税 収 は落 ち
込 み、といった具 合 に結 局 みんなが損 をするのである。
無 駄 な努 力 をしないためにも、(欧 州 並 みの消 費 税 率 になる際 はともかく)消
費 税 10%時 の軽 減 税 率 の導 入 はぜひ避 ける必 要 がある。
わが国 の税 制 に責 任 を持 つ、自 民 党 税 制 調 査 会 の良 識 に期 待 したい。
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