このページを印刷する 【第 110 回】 2016 年 3 月 15 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員] 消費増税の先送りは自滅への道! アベノミクスが進むべき所得税改革 消費税増税先送り議論 が示すアベノミクスの失敗 2017 年 4 月から予定されている消費税 10%への引 き上げの先送り論が、官邸周辺から出てきている。それが現実となれば、アベノミクスは行き詰まるだろう 2017 年 4 月 から予 定 されている消 費 税 10%への引 き上 げの先 送 り論 が、 官 邸 周 辺 から出 てきている。最 近 の内 外 経 済 情 勢 の急 変 を受 けたものだが、 背 景 には、衆 議 院 解 散 の大 義 名 分 、つまり解 散 するのは「国 民 に消 費 税 率 を 法 律 通 り引 き上 げることが望 ましいかどうかの是 非 を問 うため」という政 治 の論 理 がある。 菅 官 房 長 官 は、橋 本 総 理 時 代 を例 にとり、「消 費 税 率 引 き上 げの結 果 税 収 が下 がるような政 策 はとるわけにはいかない」という趣 旨 の発 言 をしている(2 月 26 日 記 者 会 見 )。本 田 内 閣 府 参 与 も、「デフレ脱 却 ができていない以 上 、今 回 の消 費 税 率 の引 き上 げは先 送 りするべきだ」という趣 旨 の発 言 を繰 り返 して いる。 肝 心 の安 倍 総 理 は、「リーマンショックや大 震 災 級 の事 態 が起 こらない限 り、 基 本 的 に現 段 階 では引 き上 げていく」と繰 り返 し述 べつつも、「最 近 の不 安 定 な国 際 金 融 情 勢 も考 慮 する」とも発 言 しており、世 界 的 に著 名 な経 済 学 者 を 集 めて、意 見 交 換 を行 う国 際 金 融 経 済 分 析 会 合 を設 置 し、その議 論 も考 慮 し ながら消 費 増 税 の可 否 を判 断 するようだ。 このような一 連 の出 来 事 は、消 費 増 税 の判 断 は、経 済 的 にも政 治 的 にも最 も重 要 な安 倍 カード、という認 識 があるからだが、このような手 法 は「消 費 税 は 政 争 の具 にしない」という 2012 年 の三 党 合 意 の精 神 を踏 みにじるものでもあ る。 しかし仮 に、子 ども・子 育 てなど勤 労 世 代 から悲 鳴 の上 がっている社 会 保 障 の財 源 である消 費 増 税 を引 き延 ばしすれば、それは「自 らの経 済 政 策 であるア ベノミクスの失 敗 を認 めること」であるし、それ自 体 大 きな政 治 リスクを生 じさせ るであろう。 そもそもアベノミクスは、金 融 政 策 と財 政 政 策 で時 間 を稼 ぎつつ、その間 に成 長 戦 略 により経 済 の底 上 げを図 るというストーリーだった。金 融 の本 質 は、時 間 を貸 す、時 間 を借 りるということである。しかしこの間 、「ドリルで穴 をあける」 構 造 改 革 は行 われず、少 子 化 に歯 止 めをかけたり女 性 労 働 力 の一 層 の活 用 を図 ったりする抜 本 的 な政 策 も打 ち出 されていない。 当 初 想 定 していたトリクルダウン現 象 、つまり企 業 収 益 改 善 が賃 金 の増 加 や 設 備 投 資 の増 加 につながり、中 小 企 業 や地 方 経 済 に波 及 していくという好 循 環 は、経 済 統 計 を見 てもほとんど生 じていない。 長 年 続 くデフレ経 済 の下 で、非 正 規 雇 用 者 の割 合 は 37.4%(2014 年 、労 働 力 調 査 )を占 めている。20 代 、30 代 の彼 ら・彼 女 らの賃 金 は、正 規 雇 用 者 と比 べておおむね 6 割 の水 準 にあるだけでなく、年 齢 を重 ねてもその賃 金 の伸 び はわずかである。 このような状 況 の下 で国 民 はアベノミクスに期 待 したのだが、雇 用 数 こそ増 加 したものの、その中 心 は女 性 や高 齢 者 の短 時 間 労 働 者 で、実 質 賃 金 に至 っては、ここ 4 年 間 減 少 を続 けている。労 働 分 配 率 も継 続 的 に低 下 している。 頼 みの綱 であった「金 融 緩 和 →円 安 」による企 業 収 益 底 上 げも、国 際 経 済 情 勢 の変 化 と共 に頭 打 ちとなり、カンフル剤 の効 果 が切 れ始 めた結 果 、以 前 の状 況 に戻 りつつある。 アベノミクスは行 き詰 まっていると言 えよう。 必要な政策は中間層の拡大と 格差是正の税制改革 では、どうすべきか。 アベノミクスの経 済 政 策 に決 定 的 に欠 けているのは、「適 切 な分 配 政 策 によ る成 長 」というコンセプトである。彼 の発 想 は、「経 済 成 長 すれば自 然 に分 配 も 改 善 される」というものである。 しかし、社 会 保 障 と税 制 による分 配 政 策 は、「政 府 の意 思 」で行 う政 策 であ る。これを限 られた財 源 で行 おうとすると、国 民 全 体 に損 得 が生 じ、究 極 の構 造 改 革 となるので、政 治 家 は避 けたがる。しかし、ここに光 を当 てなければ経 済 の持 続 的 成 長 はおぼつかない。 必 要 なのは、国 民 の「下 流 化 」への不 安 を払 拭 する抜 本 的 な所 得 再 分 配 政 策 である。具 体 的 には、負 担 に余 裕 のある高 所 得 者 層 の負 担 を引 き上 げて、 ワーキングプア層 ・非 正 規 雇 用 層 の負 担 を軽 減 し、中 間 層 の底 上 げを図 る政 策 である。 具 体 的 には、「20%の分 離 課 税 となっている株 式 譲 渡 益 や配 当 などの金 融 所 得 の税 率 を 5%程 度 引 き上 げること」とセットで、「中 低 所 得 者 を中 心 に負 担 軽 減 を行 うこと」である。 負担を増やすべきは 高所得者の金融所得 まず、負 担 増 である。 財 務 省 の「申 告 納 税 者 の所 得 税 負 担 率 (2013 年 )」で、わが国 の所 得 階 層 ごとの負 担 割 合 を見 ると、所 得 1 億 円 までは増 加 するが、1 億 円 を超 えると負 担 割 合 は逓 減 していく(図 表 1 参 照 )。 ◆図 表 1 拡大画像表示 これは、高 所 得 者 により多 く帰 属 する株 式 譲 渡 益 や配 当 といった金 融 所 得 への課 税 が、彼 らの通 常 所 得 に対 する限 界 税 率 より低 い 20%の分 離 課 税 と なっていることからくる現 象 だ。アベノミクスの株 高 で潤 っている高 所 得 層 の負 担 を引 き上 げることは、公 平 な所 得 分 配 である。 高 所 得 者 の方 が所 得 税 実 効 税 率 が低 くなるという現 象 は、米 国 でも生 じて おり、バフェット氏 は年 収 100 万 ドル以 上 の富 裕 層 に対 する超 過 税 率 (30%) を主 張 し、法 案 まで用 意 された(いまだ成 立 には至 っていない)。 重 要 なのは、税 率 引 き上 げだけでは、株 式 市 場 に大 きな影 響 を与 える恐 れ があり、また勤 労 者 の資 産 形 成 、年 金 運 用 にも大 きな悪 影 響 を及 ぼす可 能 性 があることだ。そこで、NISA(小 額 投 資 非 課 税 制 度 )の恒 久 化 や金 融 所 得 一 体 課 税 の拡 充 (預 金 利 子 も一 体 化 に含 める)とパッケージで行 う必 要 がある。 これにより、株 式 市 場 への影 響 も最 小 限 に抑 えることができる。 現 在 20%で 4 兆 円 強 の金 融 所 得 税 収 があるので、金 融 所 得 の 5%引 上 げ による増 収 額 は 1 兆 円 程 度 となる。減 税 幅 を拡 大 するためには、消 費 税 の軽 減 税 率 をやめ、その財 源 である 1 兆 円 を加 えれば、2 兆 円 規 模 の減 税 が可 能 になる。 負担を減らすために必要な 税と社会保険料の徴収一元化 次 に、負 担 の軽 減 である。 わが国 の非 正 規 雇 用 は年 々増 加 し、今 や雇 用 者 全 体 の 4 割 を占 めるが、そ の多 くが貧 困 ラインから抜 け出 せずワーキングプア層 にとどまっており、相 対 的 貧 困 率 は一 貫 して上 昇 している。彼 ら・彼 女 らが経 済 的 理 由 から結 婚 でき ない、子 どもも持 てないことが少 子 化 の最 大 原 因 となっている。 図 表 2 は、勤 労 世 帯 の収 入 と可 処 分 所 得 ・非 消 費 支 出 の推 移 を見 たものだ が、可 処 分 所 得 はアベノミクスの下 でも 10 年 前 と比 べて低 下 していることがわ かる。 ◆図 表 2 (出典)総務省「家計調査」 ※注 1 二人以上勤労者世帯。 可 処 分 所 得 は、収 入 から税 ・社 会 保 険 料 を除 いたものだが、増 加 しているの は税 ではなく、年 金 や健 康 保 険 の社 会 保 険 料 である。経 団 連 の試 算 では、 2014 年 度 の 1 人 当 たり現 金 給 与 総 額 は 564 万 円 で、2012 年 度 より 11 万 円 増 えているが、そのうち社 会 保 険 料 負 担 増 が 5 万 円 で、手 取 りの増 加 額 は 6 万 円 に過 ぎないことが示 されている。問 題 は、この社 会 保 険 料 負 担 が 20 年 に はさらに 15 万 円 (労 働 者 1 人 当 たり)伸 びることである。 このように見 てくると、負 担 軽 減 は、税 だけでなく社 会 保 険 料 も含 めて考 える 必 要 がある。理 想 的 には、税 と社 会 保 険 料 の徴 収 一 元 化 を進 め、マイナンバ ーを活 用 して、低 率 で軽 減 する方 法 が考 えられる。オランダの勤 労 税 額 控 除 はこの方 式 である。社 会 保 険 料 は、課 税 最 低 限 なしに給 与 に比 例 して負 担 を 求 めるので、軽 減 効 果 は大 きい。 この方 式 には時 間 がかかるというならば、簡 便 な方 法 として、たとえば収 入 600 万 円 以 下 の中 低 所 得 者 に、財 源 の範 囲 で定 額 で給 付 を行 うことが考 えら れる。仮 に 2 兆 円 を財 源 とすれば、世 帯 収 入 600 万 円 以 下 の全 員 (ただし 65 歳 以 上 の年 金 生 活 者 を除 く、4000 万 人 程 度 )に 1 人 当 たり 5 万 円 の給 付 を 行 うことが可 能 である。 税 ・社 会 保 障 一 体 改 革 の原 点 に立 ち返 ったグランドデザインを描 き、子 ども・ 子 育 てを中 心 とした社 会 保 障 に必 要 な財 源 を確 保 する消 費 税 率 の 10%への 引 き上 げは法 律 通 りに行 う。一 方 で、金 融 所 得 課 税 強 化 により財 源 を確 保 し つつ、非 正 規 雇 用 者 ・中 所 得 者 をターゲットとした減 税 ・負 担 軽 減 を行 うことに より、中 間 層 の厚 みをつくっていくことが、喫 緊 の課 題 である少 子 化 対 策 につ ながっていく。 DIAMOND,Inc. 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