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ケネス J. ウィンストン
チーフ・リスク・オフィサー
債券市場の流動性の定量化
要約
 金融市場のあらゆる分
野において、技術の進
歩により適正価格の把
握、及びその透明性が
向上した。
 ただし、例外も残ってお
り、債券市場の一部はい
まだ技術進歩の恩恵を
受けておらず、結果的
に流動性を巡る懸念に
つながっている。
取引で重要なのは探し出す力である。買い手は売り手を、売り手は買い手を見つけなけれ
ば取引は成立しない。
-ラリー・ハリス、
「Trading and Exchanges(市場と取引)」、2002年
金融市場は買い手と売り手がお互いに取引相手を見つける場を提供する。インターネット・
オークション運営会社のイーベイ(eBay)から、金融市場における高頻度取引まで、様々な
技術の誕生で買い手と売り手はお互いを見つけやすくなり、取引したい商品の時価をより
正確に把握できるようになった。技術の進歩で価格発見の透明性が向上し、これまで市場
を支配してきたカルテルは脅威にさらされている 。 例えば、テスラモーターズは、ディーラ
ー網を構築・活用する従来の方法をとらず、ディーラー業界に衝撃を与えた。同社は代わり
にオンラインショップで自社製品を販売している。
そうした多くのケースで不要になっているのが人による仲介である。
「 (ニューヨーク証
券取引所の) 歴史ある立会場で実際に取引されている株式は(中略)全体の恐らく15%か、
 上場株式のように取引 それ以下かもしれない。それ以外は電子取引で行われている」1。2015年2月4日付のブルー
高の多い市 場 の場 合、 ムバーグの記事「CME Cuts Ties to 19th Century by Shutting Once-Chaotic Pits(米CME、
データ量が豊富である かつて活況を呈した立会場フロアの閉鎖で19世紀から続く伝統との決別へ)」によると、ほ
ため取引のパターンを とんどが電子取引に移行しているため、
「取引所フロアで場立ちにサインを送って売買する
把握でき、様々な市場 オープンアウトクライ方式の取引をまだ続けているところはごく僅かだ」2。
環境における取引コスト
をある程度正確に予測 それでは債券市場はどうだろう。大規模な国債市場では最新技術が使われているケースも
できるが、債券市場の多 あるが、いまだに何兆ドル規模の債券が人対人のやりとりを通じて取引されている3 。例え
ば、ヘルスケア企業のジョンソン・エンド・ジョンソン(JNJ)の社債について取り上げてみる。
くはそれができない。
同社の社債が取引されている米国社債市場の規模は8兆ドルだが、同社の普通株が取引
 債券市場の流動性コス
されているニューヨーク証券取引所は20兆ドルの規模を有する4 。同社の普通株は1種類
トを正確に予想すること
のみで活発に取引されている。それに比べて、同社の社債は562銘柄5あり、それぞれの取
はできないが、当社は
引頻度ははるかに少ない。そのため条件の合う売り手と買い手が自然に出会うのは難しい。
レポ市場やその他の情
報源を参考に各証券を 債券市場では、銀行はブローカーとして売買を仲介するだけでなく、ディーラーとして取引
5段階の流動性レベル に参加する。例えば、7年物JNJ債を売りたい顧客と、5年物JNJ債を買いたい顧客がいれば、
に分類した。
銀行はディーラーとして市場に参加して7年物を買い、5年物を売る。こうした取引を数多
 この流動性定量化シス く重ねながら、ヘッジ取引や自己資本をバッファーに用いるなどの方法で金利リスクや信
テムを使用することで、 用リスクを管理しつつ、情報の非対称性や銀行ならではの市場での強みを利用してうまく
流動性供給の技術をど 利益をあげることができる。
の分野で強化すれば流
ところが2008∼2009年の世界的な金融危機以降、規制強化により銀行はこうしたバッファ
動性の需給バランスを
ー提供目的で自己資本を使うことが難くなっている。そのため債券市場は外部から影響を
さらに改善できるかが
把握しやすくなると考 1. http://www.latimes.com/business/hiltzik/la-fi-mh-the-nyse-floor-20141007-column.html
2. http://www.bloomberg.com/news/articles/2015-02-04/cme-to-end-most-open-outcry-trading-asえる。
computers-usurp-humans
3.
4.
5.
電話(1876年)やインスタントメッセージ(1960年代半ば)はあまり積極的ではないが使われている。
http://sifma.org/research/statistics.aspx および http://www.nyxdata.com/nysedata/asp/factbook/viewer_
edition.asp?mode=tables&ke y=333&category=3
出所:ブルームバーグ
© Western Asset Management Company 2015. 当資料の著作権は、
ウエスタン・アセット・マネジメント株式会社およびその関連会社(以下「ウエスタ
ン・アセット」
という)に帰属するものであり、
ウエスタン・アセットの顧客、その投資コンサルタント及びその他の当社が意図した受取人のみを対象として
作成されたものです。第三者への提供はお断りいたします。当資料の内容は、秘密情報及び専有情報としてお取り扱い下さい。無断で当資料のコピーを
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債券市場の流動性の定量化
受けやすくなっており、流動性危機がいずれ起きると警戒する声が高まっている。中には、
そうした警戒論の出所は銀行自身で、警戒感を煽って自分たちの利益を抑えている自己
資本規制の緩和を目論んでいるのではないかと見る向きもある。
いずれにせよ、関心は債券市場の流動性に集まっている。当然ながら当社にとっても非常
に関心のある問題で、分析を行い、対応措置を講じている。当社が最近発行したレポート「
クレジット市場の流動性分析」と「Q&A債券市場の流動性」では、ポートフォリオに影響を
もたらす債券市場の流動性について様々な側面から論じている。本稿では、当社が2013年
から用いてきた債券市場の流動性を定量化する手法について論じる。
流動性とは取引したいときに取引できることを指す
-ラリー・ハリス、
「Trading and Exchanges(市場と取引)」、2002年
ハリス教授の簡潔な定義を拡大解釈すると、流動性とは、希望する一定の期間に資産を
現金に、あるいは現金を資産に換えられることとも言える。そこには買い手と売り手、そ
して両者が合意する価格を見つけることが含まれる。十分な流動性には下記の条件が必
要である。

売り手と買い手の数が多く、両者のバランスが比較的とれていること

価格設定の過程に透明性があること

売り手と買い手を引き合せるマッチング機能があること
売り手と買い手が十分に存在し、両者のバランスもとれている場合、取引を行うのは容易
であり、流動性は高いと言える。バランスがどちらかに偏っている場合、あるいは、売り手
と買い手はいてもお互いの存在に気付かずに見つけるのが難しい場合、取引を行うのは難
しく、流動性は低いと言える。
取引において、証券の流動性に明らかな影響を与える要因を下記に示した。

証券の特性:アップルのような大企業の普通株の流動性は通常、極めて高い。アップ
ル(AAPL)株の1日当たりの売買代金は現在約60億ドルである。一方、小規模な自治
体が発行した少額の債券には流動性がほとんどないことが多い。

取引の緊急性:売り手と買い手をマッチングするための期間が短いほど、取引を開始
した当事者のコストは嵩む。

取引の規模:出来高に占める割合が小さい取引の方が総じて、大きいものより約定
はまとまりやすい。ただし規模が小さすぎる場合、端株取引になり逆にさらに難しく
なる可能性もある。

取引の方向性:買い、もしくは売りか。

市場環境:市場の混乱時には、本来なら妥当な取引も妥当ではなくなる。例 2008年
後半から2009年初めの債券市場

証券の価格の推移:例 モメンタムが強いか、弱いか。
アナリストが流動性モデルを構築する際に最も重視している目標は、上述の要因をイン
プットとするアルゴリズムを作成し、まだ実行されていない取引のコストをアウトプットと
して算出することだ。例えば、証券の市場価格が現在100ドルで、それを大至急売却した
い場合、流動性アルゴリズムが算出する売却額は98ドルにとどまる、つまり取引コストが
2ドルになるということだ。
しかし、残念ながら、債券市場にそうしたアルゴリズムは存在しない。実行されていない
取引のコストを正確に推計するために必要な情報を入手できないからだ ―― 市場は変
化しやすく、データが少なすぎるからである。AAPL株を取引する場合、多様な市場参加
者による様々な市場環境における膨大な取引データを誰もが利用できる。一方、
マサチュ
ーセッツ州コハセット市による発行額900万ドル、表面利率3%の2017年11月15日償還債
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2015年8月
債券市場の流動性の定量化
の取引データはごく僅かだ。
欲しいものがいつでも手に入るわけではない。だが挑戦し続ければいつか欲しいものが
手に入るかもしれない
-ザ・ローリング・ストーンズ、 1969年
当社は流動性の定量化に際し、前述の保守的な見方、つまり債券の流動性コストはどうや
っても正確には予測できないという点を念頭に置いた。無理に数値化すればかえって誤解
を招くことになりかねない。当社が実際に行ったのは流動性の高さに従ってランク付けする
方法である。ランク付けも正確に見せようと細かくしすぎると誤解のもととなる。そこで当
社は簡潔に5つの流動性レベルに分類する方法をとった。これらのレベルは通常時から混
乱時まであらゆる市場環境で共通とする。
当社の流動性モデルではまずレポ取引のヘアカット(掛け目)を分析する。レポ6市場では
証券を担保に資金を借り入れる。例えば、102ドル相当の米国債を担保に100ドルの翌日物
資金を借り入れるとする。借り手が資金を返済しない場合、貸し手は米国債を売却して元
本を取り戻す。担保資産の価値と借入金の差額である 2ドルの「ヘアカット」はバッファーと
して、貸し手が担保を売却すれば少なくとも元本を取り戻せると合理的に予想できる水準
に設定されている。このため、レポのヘアカットには、借り手がデフォルトした場合に見込
まれる市場の混乱時に担保の流動性がどの程度低下し、ボラティリティがどの程度上昇す
るかという2つの予想が含まれている。
ニューヨーク連銀がプライマリーディーラーを対象に定期的に実施している調査から、様
々な種類の資産のヘアカット ― 正式には証拠金の水準 ̶ を知ることができる。下記の
図表1に2015年6月の調査結果を示した。
図表1 – NY連銀のレポの水準7
資産グループ
キャッシュ投資家の証拠金の水準
10パーセンタイル値 中央値 90パーセンタイル値
フェドワイヤー適格 8
エージェンシーCMO
エージェンシー債および同ストリップス債
エージェンシーMBS
米国債(ストリップス債)
米国債(ストリップス債以外)
2.0%
2.0%
2.0%
0.0%
2.0%
3.0%
2.0%
2.0%
2.0%
2.0%
11.0%
3.0%
3.0%
3.0%
2.0%
3.0%
5.0%
3.2%
3.0%
3.0%
3.0%
3.0%
5.0%
2.0%
2.0%
2.0%
2.0%
5.0%
8.0%
15.0%
7.0%
8.0%
5.0%
8.0%
8.0%
5.0%
5.0%
5.0%
11.2%
10.0%
21.4%
25.0%
15.0%
20.0%
10.0%
15.0%
14.8%
7.0%
5.0%
10.0%
15.0%
フェドワイヤー非適格
ABS(投資適格級)
ABS(非投資適格級)
CDOs
プライベートラベルCMO(投資適格級)
プライベートラベルCMO(非投資適格級)
社債(投資適格級)
社債(非投資適格級)
株式
海外証券
マネーマーケット
地方債
ホールローン
6. 「レポ取引」
とは「買戻し条件付き取引」のこと。資金の借り手が保有する担保を資金の貸し手にいったん売却して
短期資金を調達する取引で、
その際、担保は調達資金を若干上回る価格で買い戻すこととする
(差額が借入コスト)
。
7. http://www.newyorkfed.org/banking/pdf/jun15_tpr_stats.pdf
8. フェドワイヤー適格とは、FRBが担保を受け入れ可能なことを意味する。
フェドワイヤー非適格の担保は民間金
融機関同士の取引で使われる場合がある。
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債券市場の流動性の定量化
中央値を見ると、債務担保証券(CDO)のヘアカット率は15%で当然のことながら米国債
(2%)を大幅に上回っている。
NY連銀の過去のデータを入手し、2008年∼2009年の世界金融危機時のレポ取引のヘ
アカット率を調査した9。それによると、信用危機が起きていた2008年7月∼2009年7月と、
市場が比較的落ち着きを取り戻した2009年7月∼2010年1月の数字に大差はない。例え
ば、コマーシャルペーパーのヘアカット率の中央値は危機時が4.2%、安定時が3.9%であ
る。危機時のヘアカットが安定時を下回った株式を除くと、資産クラスのランクにほとん
ど変化はなかった。これは、当社の分類が市場の通常時と混乱時の両方で通用すること
を裏付けている10。
次に、当社のトレーディングデスクにより、連銀のレポ調査に含まれない商品を中心に、市
場の特徴に関する情報を加えて、モデルの精度を高めた。その結果、社債には信用格付け
が重要だが、ソブリン債には発行体の特徴が重要であることが判明した。このシステムを
図表2 ‒ ウエスタン・アセットの流動性のレベル
レベル
内訳
• ソブリン債、国債、通貨、政府保証債(G7構成国発行)
流動性が • 中央清算機関(CCP)を通した金利スワップ
最も高い
• 先進国の上場先物・オプション
• ソブリン債、国債、通貨、政府保証債(非G7構成国発行の投資適格級)
• 国際機関発行債(投資適格級)
• G7構成国の非政府保証債(投資適格級)
• 社債/地方債(AAA∼AA-格)
• 資産担保証券(カバードABS)
• 中央清算機関(CCP)を通したCDX
• ETF
• ソブリン債、国債、通貨、政府保証債(非G7構成国発行のBB+ ∼B-格付け)
• 国際機関発行債(非投資適格級)
• G7構成国の非政府保証債(投資適格級)
• 非G7構成国の非政府保証債(非投資適格級)
• 社債/地方債( A+ ∼BBB-格)
• CMBS/ABS(投資適格級)
• ノン・エージェンシーMBS(AAA∼AA-格)
• ソブリン債、国債、通貨、政府保証債(非G7構成国発行のB-格未満)
• 非G7構成国の非政府保証債(BB+ ∼ B-格)
• 社債/地方債(BB+B-格)
• CMBS/ABS (BB+B-格)
• ノン・エージェンシーMBS(A+∼BBB-格)
• CDO/CLO (投資適格級)
• 単一銘柄CDS
• 非G7構成国の非政府保証債(B-格未満)
• 社債/地方債(B-格未満)
• CMBS/ABS (B-格未満)
流動性が • ノン・エージェンシーMBS(非投資適格級)
最も低い
• CDO/CLO (非投資適格級)
• バンクローン
• その他非流動性債券(例:第三者価格提供ベンダーからの価格提供がなくブローカーからの参考
価格取得が必要な債券、あるいは、
ブローカーからの価格取得も困難な場合に当社内のフェア・
バリュー算出プロセスに則り価格算出する債券、または、米SECの定義「illiquid」に該当し当社デ
ータベースにおいて
「非流動性フラグ」が付与される債券)
9. http://www.newyorkfed.org/research/staff_reports/sr506.pdf, Table II
10. 欧州市場に関しては国際資本市場協会(ICMA)が実施した同様の調査を使用。
http://www. icmagroup.org/Regulatory-Policy-and-Market-Practice/short-term-markets/Repo-Markets/repo/
latest/, Table 2.11.
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債券市場の流動性の定量化
導入して2年以上経つが、その間、当社のトレーダーやディーラーからのフィードバックを
もとに多くの改良を行ってきた。図表2に現在の基本的な流動性レベルの分類を示した。
さらに発行額、発行後経過年数、残存年数に基づき、基準を微調整する。例えば、A格の
投資適格社債(レベル3)でも、最近発行された銘柄(オンザラン)で発行規模がかなり
大きい場合、レベル2に引き上げることもある。反対に、前述のマサチューセッツ州コハセッ
ト市発行の債券の場合はAA格であっても、規模が小さく、オフザラン銘柄で、残存年数が
1年以上ある点がマイナス要因となるため、レベル2からレベル3に引き下げることもある。
債券に加えて株式の流動性についても、1日の売買高の中央値によってレベル2からレベ
ル5に分類している。上場株式の市場には十分な厚みと透明性があるため、過去の取引
パターンから将来の取引パターンをある程度予測できる。例えば、市場のストレスが高ま
ると、株式の売買高は減少ではなく増加することが多い。もちろん、このような形で流動
性が上昇すると、それに伴い価格は乱高下する。
運用者は、市場の潜在的なボラティリティを踏まえて、通常の環境とストレス下にある環
境の両方におけるポートフォリオの流動性ニーズの評価を検討する可能性がある
-米国証券取引委員会(SEC)、2014年1月11
通常の市場環境からストレスが高まる状態に変化するタイミングを予想できると考えるべ
きではない。通常の環境からストレス下の環境に移行して、最も大きく変化するのは取引
コストだろう。だが当社の分類が適切であれば、どのような環境でもレベル5のコストはレ
ベル4を上回るはずである。これは、ストレス下にある流動性需要に対して、どのポートフォ
リオが、またどの部分が相対的に堅固であるかないかを理解する手助けとなる。
流動性の欠如はポートフォリオにプラスとマイナス両方の影響をもたらす。通常の運用プロ
セスでは、流動性が低下すると、市場環境の変化に合わせてポジションを入れ替えるため
のコストが上昇する。一方、市場参加者はそのことを知っているため、非流動性プレミアム
が拡大する。つまり、流動性が低いと見なされた場合はファンダメンタルズが示唆するより
も割安になる。良好なファンダメンタルズを重視し長期的な視野に立つことができる投資
家は、そのような割安な債券から利益を得られる可能性がある。このように相反する影響
がある中でポートフォリオが利益を上げられるかどうかは、運用者の手腕にかかっている。
単一顧客のために個別運用されているポートフォリオ(所謂「セパレート・アカウント」)は、
購入と解約に伴う流動性需要をコントロールできる。それは、他の顧客がポートフォリオ資
産の売買につながる決定をする心配はないからだ12。この場合、運用者は、顧客の意向と
了承を得た上で、流動性の変動が落ち着くのを待って流動性プレミアムを得るという戦略
をとることができる。一方、流動性需要が高まると認識しそれを希望する顧客にはそうし
たリスクをとるのを望まないだろう。運用者と顧客の間でこうした事項に関して十分に意
思疎通ができていることが重要なのは明らかである。
しかし、SECが「ファンドの流動性ニーズ」に言及した背景には別の要因もある。合同運用
ファンドのような集団投資ビークルの場合(セパレート・アカウントとは異なり)、流動性が
必要な投資家と流動性を供給する投資家が同時に存在することもある。例えば、米国の
ミューチュアルファンドや欧州のUCITSファンドには、市場の混乱時に持分を売却する(流
動性を求める)投資家もいれば、持分を購入する、あるいは単に保有し続ける(流動性を
供給する)投資家もいる。
11. https://www.sec.gov/divisions/investment/guidance/im-guidance-2014-1.pdf
12. 「外部要因による流動性需要」
とは、市場のイベントまたは運用者以外の当事者が原因で実行を強いられる取
引を指す。単一の顧客が保有するポートフォリオは持分所有者のクラスによって影響が異なる可能性がある購入や解
約の影響からは守られているが、外部要因による流動性需要にさらされる可能性はある。例えば、ユーロ建てで運用
されているが自動的に100%ドルでヘッジされているポートフォリオの場合、ユーロが堅調であれば、為替のヘッジ・
コストを払うために資産の一部売却を余儀なくされるかもしれない。
ウエスタン・アセット
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債券市場の流動性の定量化
当社はポートフォリオに本来備わっている流動性供給力を見極めるため、外部要因による
流動性需要に直面する可能性がある全てのポートフォリオを定期的に精査している。本来
備わっている流動性供給力が低いこともあるが、これは単に流動性レベルが高い資産に
シフトすれば「修正」できるわけではない。例えば、図表2が示すように、ハイイールド債フ
ァンドはハイイールド社債を中心に運用するという規定があるため、必然的にレベル4お
よびレベル5の資産の組入比率が高くなる。
本来備わっている流動性供給力が低い場合、ポートフォリオの運用目的と一致する限り、
流動性レベルがなるべく高い資産の流動性供給を増やすなど、様々な方法を検討してい
る。参考として図表3のグローバル・ハイ・イールド債ポートフォリオの例をご覧頂きたい。
図表3
グローバル・ハイ・イールド債の流動性レベル
20営業日*
5営業日*
1営業日*
インデックス
ポートフォリオ
0%
10%
20%
レベル 1
30%
40%
レベル 2
50%
レベル 3
60%
70%
レベル 4
80%
90%
100%
レベル 5
出所:ウエスタン・アセット 2015年6月30日現在 *最も低い流動性条件下での売却日数
当然のことながら、ポートフォリオとベンチマーク共に構成資産はレベル4とレベル5が圧倒
的に多い。しかし、ポートフォリオはこれまでに経験した中で(2008年∼2009年の世界的
な金融危機を含む)、最も大量の1日当たり解約額に応じられるよう流動性の高い資産(レ
ベル1∼3)を十分に保有している。通常ポートフォリオは解約に際し、全ての資産を比例し
て売却するようにしているが、運用者には、流動性が高めの資産を直ちに売却し、残りの
資金のリバランスは時間をかけて行うという判断を下す選択肢もある。この方法が、受益
者の利益になると運用者が判断した場合、実行されることがある。
このポートフォリオが最も低い流動性条件で売却した資産の割合は5日間(営業日)で18%
だった13。現在の資産構成でこの大量解約に応じていたとすれば、流動性が低い銘柄も
ある程度売却する必要に迫られていただろうが、それも無理からぬことのように思われ
る。ハイ・イールド債ポートフォリオがハイ・イールド債以外の銘柄を18% ( 最も低い流
動性条件下で20日間に売却した割合を適用する場合はさらに大幅な23%)も保有する
ことはそもそも不可能だからだ。
このように大量の資金流出の可能性があるため、合同運用ファンドの流動性と銀行の流動
性には類似性があるのではないかとの考えに駆りたてられる。大規模な銀行取り付け騒
ぎが起きれば、どれほど健全な銀行でも破綻する可能性があるのは周知の通りである14 。
ほとんどの国に預金保険制度や中央銀行制度があるのはそのためである。
13. 2008年の信用危機の際、最も流動性が低い条件で同ポートフォリオが5日間(営業日)で売却した割合は9%だ
った。2014年半ばの5日間の売却割合は18%であった。2014年は特別な環境での資金流出であり、同じ状況が起き
る可能性は低いが、
ワーストケースのストレス・テストに使用する。
14. ダイアモンドDW、ディヴィグ PH (1983)。
「Bank runs, deposit insurance, and liquidity(銀行取り付け、預金保
険、および流動性)」。
ジャーナル・オブ・ポリティカル・エコノミー91 (3): 401‒419。
ウエスタン・アセット
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2015年8月
債券市場の流動性の定量化
大量の解約要請を受けた合同運用ファンドが解約に応じるために、投資家に損失を強い
る可能性がある点は銀行と同じであるが、同じなのはその点のみで、銀行のように預金を
保証していない。銀行の預金者と異なり、合同運用ファンドの投資家は市場の下落と取引
コストにより投資価値が減少するリスクを負っていることを忘れてはならない。
当社の流動性定量化モデルの目的は、流動性ストレスにより投資家が受けるであろう打
撃に対処することではない。むしろ、流動性コストを解消することはできないが、それを
抑えるための措置をどこに施すべきかを理解することにある。例えば、図表3に示したよ
うなハイ・イールド債ポートフォリオにおいて、手元現金を現物投資に使わず保有したま
ま、CDX(複数銘柄のCDSを取引用に指数にしたもの)をロング(クレジット市場に強気:プ
ロテクションを売る)場合がある。CDXを利用することにより、リスクを取りたい資産クラス
のエクスポージャーを持つことが可能となり、さらに一般的には現物債よりも流動性が高
いことが多い。現金を保有しているだけではアクティブ「アルファ」は得られないが、万が
一の際には流動性バッファーとして代用できるため価値があると言えよう。同様に、取引高
の多い上場投資信託(ETF)を保有することもある。これらの戦略にはいずれも現物投資
との間にベーシス・リスク(指数によるヘッジが実際のポートフォリオのリスクと乖離するこ
と)が存在するが、適切に管理される限りにおいては、これらの手法によりポートフォリオ
の流動性を高めることが出来る。当社が流動性分析で検討し、ビークルの一部で取り入
れたツールとして、他にクレジット・ライン(信用供与枠)やポートフォリオ間貸出しがある。
結論
債券市場は他の資産クラスほど、
マーケットメイクに関わる技術革新から恩恵を受けてい
ない。また、金融危機後の自己資本規制強化により、自己資本をバッファーに使う取引は減
っている。いずれ新しい技術が台頭して市場環境は改善するかもしれないが、それまでは、
債券市場の流動性には厳しい監視が求められる。そうした市場で取引コストを正確に推定
できると考えるのは現実的でない。その代わりに、当社は流動性を5段階に分類するモデル
を開発した。これは、ポートフォリオの流動性が、通常の市場環境およびストレス下にある
市場において、どの程度供給されるのか(絶対ベースと相対ベースで)を理解する助けとな
る。特に外部要因で流動性需要が高まる可能性がある場合、そうした需要が顕在化した場
合に備えてどのような措置を講じるべきかを判断する助けとなるであろう。
ウエスタン・アセット
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2015年8月
リスク・ディスクロージャー
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ウエスタン・アセット・マネジメント株式会社について
業務の種類: 金融商品取引業者(投資運用業、投資助言・代理業、第二種金融商品取引業)
登録番号: 関東財務局長(金商)第427号
加入協会: 一般社団法人日本投資顧問業協会(会員番号 011-01319)
一般社団法人投資信託協会
ウエスタン・アセット