「第31回日本TDM学会学術大会(最)優秀演題賞受賞者からの寄稿」 会 員 通 信 コ ー ナー HHHHHHHHHHHHH SSSSSS 会 員 寄 稿 SSSSSS 優秀演題賞を受賞して 「先天性心疾患を有する小児におけるバンコマイシン体内動態の検討 ─個々の発達・成長によるクリアランスの変化」 島本 裕子 Yuko SHIMAMOTO 国立循環器病研究センター薬剤部 Department of Pharmacy, National Cerebral and Cardiovascular Center 第31回日本TDM学会・学術大会において,演題「先天性心疾患を有する小児におけるバンコマイシ ン体内動態の検討─個々の発達・成長によるクリアランスの変化」が優秀演題賞を受賞することがで き,大変光栄に存じます。日本TDM学会理事長の上野和行先生,学術大会委員長の越前宏俊先生をは じめ,選考委員の先生方に厚く御礼申し上げます。 この度の発表演題について,その経緯,研究概要を本稿にて紹介いたします。 施設紹介 国立循環器病研究センターは,1977年に設立された病床数612床の循環器病を対象とする国立高度専 門医療研究センター(ナショナルセンター)であり,「病院」「研究所」「研究開発基盤センター」のそ れぞれ独立した 3 部門が一体として運営されていることが大きな特徴である。病院においては,心臓 血管内科,心臓血管外科,脳血管,小児循環器・周産期,生活習慣,移植の各診療部門が専門的な医 療を提供している。 筆者は薬剤部において勤務しており,薬剤師としての業務の傍ら,日常診療で感じた疑問(クリニ カル・クエスチョン)に基づいた臨床研究を行っている。 ICUにおける薬物療法支援 当センターICUは主に術後患者を収容する16床を有し,うち 6 床は小児,10床は成人への対応となっ ている。年間症例数は2012年度実績として,成人グループ(虚血性心疾患・心臓弁膜症など)331例, 血管グループ(胸腹部大動脈瘤・解離性大動脈瘤など)480例,小児グループ(ファロー四徴症・総肺 静脈還流異常・左室低形成症候群など)252例,心不全グループ(心筋症・心筋炎など)20例であった。 このICUにおいて,筆者は現在,薬剤師による薬物療法支援を行っている。具体的な業務内容は,血 中濃度測定が必要な薬物(抗菌薬,抗てんかん薬,ジゴキシンなど)の血中濃度解析と処方計画立案, 年齢や腎機能等患者個々の状態に合わせた適切な薬物投与量の設計等である。当センターのICUには小 児ベッドと成人ベッドが共に配置されているため,生後数日の新生児から80−90歳代の高齢者が日常 的に混在している。また,腎機能障害や肝機能障害の患者,持続的血液透析濾過療法(CHDF)や血液 透析(HD)を施行されている患者も少なくない。このように,薬物動態に影響を与える因子を多く抱 えた幅広い年齢層の患者に対し,個々の病態に応じた最適な薬物療法を行うことができるよう,日々 ─ ─ 37 Vol. 32 No. ( 1 2015) 業務を行っている。 日常業務の中でのクリニカル・クエスチョン 今回の発表演題の臨床研究は,ICUにおける日常業務の中で抱いた抗菌薬バンコマイシン(VCM) に関するクリニカル・クエスチョンに端を発したものである。 1 )心不全を合併した小児におけるVCM体内動態の変化 VCMの一般的な小児の推奨投与量はThe Sanford Guideの場合,生後28日以下:36−44 mg/kg/day, 1) 生後29日以上:40−60 mg/kg/dayとされている 。また,小児に関しては推奨投与量での投与にも関 わらず至適血中濃度が得られないという報告があり,本邦における抗菌薬TDMガイドラインにおいて 2) も,40 mg/kg/dayの投与量では不十分であるとの見解が示されている 。しかしながら,筆者が毎日 ICUにおいてTDMを実施する先天性心疾患を有する小児は,VCMを40 mg/kg/day投与するとトラフ 値が高値を示すため,血中濃度を確認しながらの減量が必要であり,40 mg/kg/dayを投与できる患児 にはほとんど遭遇しない。すなわち,40 mg/kg/dayでは多すぎる,という状態である。なぜ一般的な 投与量を目の前の患者に適応させることができないのか,と疑問を感じたことが研究の発端である。 2 )個体内におけるVCMクリアランスの経時的観察 3) VCMは腎臓を介して尿中排泄されるため,そのクリアランスは腎機能に依存する 。また,低年齢 4) の小児期においては腎機能が急速に発達するため ,腎排泄型薬物であるVCMの腎クリアランスは大 きく変化すると考えられる。一方,新生児期に手術介入を要する先天性心疾患の患児は心不全を合併 することが多く,特に単心室症では段階的手術戦略により治療することが一般的である。これらの手 術により循環動態は大きく改善するが,それに伴って薬物体内動態は変動しないのであろうか,と疑 問を感じた。すなわち,小児は成長・発達により薬物のクリアランスが変化するが,心不全を合併し た先天性心疾患を有する小児の場合,成長・発達に加え,さらに手術による循環動態の変化により薬 物の体内挙動が大きく変動する可能性が考えられるのではないか,という疑問である。そこで今回, 先天性心疾患を有する小児におけるVCM体内動態の把握を目的に,経過時的な薬物クリアランスの変 化について評価を行った。 本研究から得られた結果 血行動態再建術の術前・術後にVCMを投与された,先天性心疾患を有する小児20症例を対象とした。 また,各症例におけるVCMクリアランスの変動を経時的に評価するため,手術前を観察点 1 ,手術後 を観察点 2 とし,観察点間のクリアランスの変化を検討した(図 1 ) 。 図1 TDM研究 観察点間におけるクリアランス・腎機能推定発育度変化の比較 ─ ─ 38 1 )心不全を合併した小児におけるVCM体内動態の変化 各観察点における投与量と血中濃度を表 1 に示す。本検討において,術前の観察点 1 でのVCM平均 投与量は19 mg/kg/day,平均トラフ値は17μg/mLであり,小児に対する一般的な推奨投与量と比較 し,非常に低用量でトラフ値15μg/mL程度での血中濃度コントロールが可能であった。これは本研究 の対象患児の腎クリアランスが当該年齢・体重における腎クリアランスと比較して非常に小さいこと を示唆している。先天性心疾患患児の多くは心不全を合併するが,心不全では心拍出量の減少により 腎血流量が減少するため,腎排泄型薬物の排泄遅延が引き起こされた可能性が考えられる。 表1 各観察点におけるバンコマイシン投与量と血中濃度 2 )個体内におけるVCMクリアランスの経時的観察 3) 腎排泄型薬物であるVCMのクリアランスは腎機能と相関するとされている 。したがって本研究で は,血中濃度実測値からベイジアン法で算出したVCMクリアランスと腎機能推定発育度の比較を行っ た。 5) 発達曲線に基づく腎機能の発達度は次に示す数式で表すことができると報告されている 。 ここでMF(maturation factor)は成人を 1 とした場合に臓器の発達がどの程度に到達しているかを 示す割合,PMAはpost−menstrual age,TM50は成人の50%に発達するまでの時間を示す。このMFに よる発達度補正にアロメトリックスケーリングによるサイズ補正を加え,腎機能発育度の推定を行っ た。 今回の各症例の個体内での経時的な観察により,VCMクリアランスが観察点 1 <観察点 2 の順に時 間経過(加齢)とともに全例で増大していることが認められた。これは低年齢の小児の臓器(腎臓) の発達と成長によるものであると考えられる。一方,腎排泄型薬物であるVCMのクリアランスは腎機 能と強い相関があると考えられるが,本研究ではVCMクリアランスの増加率(観察点 2 のクリアラン ス/観察点 1 のクリアランス)は,観察点 1 から観察点 2 の期間に通常の腎機能発育曲線から予想され る腎機能の加齢に伴う変化率と比較し,20例中18例(90%)において顕著に高い値を示した。この結果 より,加齢による腎機能の発達と成長に加え,手術による循環不全の改善がクリアランスを増大させ た可能性があると考えられる。以上より,先天性心疾患患児へのVCM投与量決定の際は,他疾患の小 児と比較してそのクリアランスが低値であること,また,血行動態再建術の前後でクリアランスが変 化する可能性にも留意することが必要であると考えられる。 臨床における薬剤師の持つadvantageを活かす 臨床において薬剤師や医師は日常的に薬物療法に関わる機会が多いが,ここには薬剤師ならではの advantageが存在する。近年,医療は高度に専門化されており,医師が薬物療法を行う場合,自身の専 ─ ─ 39 Vol. 32 No. ( 1 2015) 門領域の患者を対象とすることが多い。一方,薬剤師の場合,複数の病棟や診療科を担当することが 少なくない。これは多様な背景の患者の薬物療法に関わる機会が多いということであり,それだけ多 くのクリニカル・クエスチョンを抱く機会に恵まれていると考えられる。実際に,筆者はICUで術後管 理を行う医師と日々ディスカッションを行っているが,このディスカッションの中での「VCM小児投 与量の常識」は添付文書記載の投与量が40 mg/kg/dayであること,しかしながらその投与量で開始す るとトラフ値が高値となるため投与量を減量する必要がある,ということである。これに対して,一 般的に小児においては投与量40 mg/kg/dayでは過少であるとされていることを筆者が伝えると,医師 からは一様に驚いた反応が返される。小児は,薬物動態が特殊な挙動を示すspecial populationとされ ている。当センターICUにおいて薬物治療が行われるのは,小児の中でも先天性心疾患を有するさらに “special”な母集団なのであるが,その薬物動態の特殊性に気づくことができるのは薬剤師ならではの advantageなのではないかと考えている。 今後の展望 小児領域の薬物療法に関しては情報の整備が未だ不十分であり,多くの薬物において手探りで投与 量を模索しているのが現状である。今回得られた結果より,先天性心疾患を有する小児に対する適切 なVCM投与指針が構築できるよう,臨床薬剤師ならではの視点での研究を継続したいと考えている。 謝辞 本研究に多大なるご支援を賜りました市川肇部長をはじめとする小児心臓外科部門,および米国シ ンシナティ小児病院福田剛史先生をはじめとする臨床薬理部門に深謝いたします。 引用文献 th 1 )David N. Gilbert, Henry F. Chambers : The Sanford Guide To Antimicrobial Therapy 2014, 44 Edition. Antimicrobial Therapy, Inc. Publisher of the Sanford Guides ; 2014. 2 )日本化学療法学会/日本TDM学会, 抗菌薬TDMガイドライン. 2012 3 )Matzke GR, Zhanel GG, Guay DR. Clinical pharmacokinetics of vancomycin. Clin Pharmacokinet. 1986 ; 11 : 257−282. 4 )Kearns GL, Abdel−Rahman SM, Alander SW. Developmental Pharmacology−Drug Disposition, Action, and Therapy in Infants and Children. N Engl J Med. 2003 ; 349 : 1157−67. 5 )Anderson BJ, Holford NHG. Mechanistic Basis of Using Body Size and Maturation to Predict Clearance in Humans. Drug Metab. Pharmacokinet. 2009 ; 24 : 25−36. 本寄稿文は,第31回日本TDM学会学術大会(東京)における優秀演題賞の受賞を記念して記述したもので ある。 TDM研究 ─ ─ 40
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