10章演習問題と解答

抗力と摩擦力
例題
幅 12 m の凍結した道路の端にある人が立っている。その
人の靴と道路の間の最大静止摩擦係数は μ = 0.05 である。この
人が滑べらずに道路を横断するのに必要な最小時間を求めよ。
解
人を前進させる外力は静止摩擦力である。
質量 M の人は道路面から N = M g の垂直抗力を受けている。
したがって摩擦力は μM g である。人が進む距離を x とすると
d2x
M 2 = μM g.
dt
1
t = 0 で x = 0 とすると,
1
x = μgt2.
2
x = 12 m のとき
t=
2x
μg
=
2 × 12 m
= 7.0 s.
2
0.05 × 9.8 m/ s
したがって, 最短 7 秒必要である。
注
道路が受ける反作用は無視できる。
靴と道路の間に相対運動はないから、静止摩擦力は仕事をしな
い。もし摩擦力が仕事をするとしても、それは運動エネルギー
を減少させる方向に仕事をする。これは次のように解釈できる。
運動量は靴と道路の間の面を通して地球から人体に流れ込むが、
エネルギーは流れ込まない。エネルギーは人体内部で食物のエ
ネルギーから運動エネルギーへ変化している。
問
20 m/ s で走っていた質量 10 t のトラックにブレーキをか
けて止めた時、発生する熱量はいくらか?
解
トラックを止める力は車軸についたドラムと車輪の間に働
く摩擦力である。摩擦力は散逸力であり、その仕事は熱に変わ
る。質量 M = 104 kg の物体が速度 v = 20 m/ s で動いてい
1 M v 2 = 2.0 × 106 J が熱に変わる。
る時の運動エネルギー 2
問
2 本の柱の間の距離が 5 m ある。柱の間に張った軽い糸の
中央に 1 kg の鳥が止まると、糸は 0.2 m 下がった。この鳥は糸
にどれだけの張力を生じさせるか?
解
もし鳥に働く力が重力だけなら、鳥は下に落ちてしまう。釣
合を保つためには何らかの力が働いていなければならない。糸の
張力は力の概念を使って釣合が保たれていることを記述する現象
論的な概念である。
2T sin θ = mg,
0.2 m
= 0.08 sin θ
tan θ =
2.5 m
1.0 kg × 9.8 m s−1
T =
= 61 kg m s−2
2 × 0.08
問
他端を水平方向に力 F で引っ張ったところ、ばねは自然長
より だけ伸びた。同じばねを両端から力 2F で引っ張ったと
き、ばねの伸びはいくらか。
F
2F
解
2F
バネが壁に固定されている時、固定するための拘束力が働
いている。つまり, バネは左に F の力で引っ張られているので
釣りあっている。もし引っ張られていなかったら、右に飛び出し
て行くだろう。
フックの法則により, バネの伸びは 2 倍になるので, 答えは 2
問
傾斜角 θ の滑らかな斜面上に、質量 M の物体 P を置き、表
面が滑らかな止め金で支え、静止させた。P は、鉛直下向きに力
M g を受けている。
P
止め金
M gθ
(1) 斜面が P から受ける力はいくらか。
(2) 止め金が P から受ける力はいくらか。
(1) 重力によって, P は鉛直下向きに M g の力を受けている。
この力によって斜面に接している P が斜面に垂直に押す力の大
きさは M g cos θ である。P はこれと同じ大きさの逆向きの力
M g cos θ を受けている。
(2) P に働く斜面に平行な力の成分は M g sin θ である。P は
止め金によって支えられているので、これと同じ大きさの逆向き
の力を止め金から受けている。
例
図のように、質量 m の物体 P と水平面との静
止摩擦係数を μ、動摩擦係数を μ とする。はじめ
P
P は軽い滑車を通して、伸びない糸でおもり (質量
M ) と結ばれて静止している。重力加速度の大き
おもり
さを g とする。
(1) P が動き始める条件を求めよ。
(2) 動き始めてから t 秒後の速度と移動距離を求めよ。
(3) t 秒後における、おもりが失った位置エネルギーと、P とお
もりが得た運動エネルギーとの差 ΔE を求めよ。
(4) 上で求めたエネルギー差 ΔE は何か。
解
(1) P は重力 M g と摩擦力がつりあって静止している。面の抗
力は mg だから静止摩擦力は μmg と書ける。μ は P に働く力 F に
よって変わる。静止している限り F が大きくなったら μ は大きく
なる。現象の記述しているだけだから, 原因など考えていない。
そうなってなかったら, つり合わないというだけである。μ がこ
れ以上大きくなれなかったとき, 釣合が破れて, P は動き出す。
そのときの静止摩擦係数を最大静止摩擦係数という。
(2) P とおもりの間に働く、作用反作用をみたす力 F を使うと,
おもりに対して
d dx
= Mg − F
M
dt dt
点 P に対して
d dx
m
= −μmg + F
dt dt
したがって
d dx
(M + m)
= (M − μm)g
dt dt
初期条件 t = 0 で x = 0, dx
dt = 0 のもとで積分すると
1 2
x(t) = αt ,
2
(M − μm)g
α=
M +m
(3) 初期の位置エネルギー + 運動エネルギーを 0 とすると t
時間後のそれは
1
1
dx 2
dx 2
E = m( ) + M ( ) − M gx
2
dt
2
dt
1 2
= −(μ mg) αt = −μmgx
2
(4) 摩擦力 −μmg が距離 x 動く間にした仕事が −μmgx で
ある。
運動方程式の枠組で考えている限り, エネルギー保存が成り立たなくても, 仕事の原理は成
立する。仕事の原理は, 保存力のような力の性質ではなく, 運動方程式だけから出てくる。原
理としてのエネルギー保存を回復させるには, 熱の理論のような高度の理論が必要である。
原理と現実の乖離が物理学発展の原動力である。