解剖学的人体モデルによるインプラントアンテナの評価

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解剖学的人体モデルによるインプラントアンテナの評価
著者
Rula Alrawashdeh、Yi Huang、Qian Xu (リバプール大学、UK)
概要
人体に埋め込まれたインプラントアンテナの場合、測定による性能評価は難しく、シミュレーションによっ
てこれを行う必要があります。解剖学的人体モデルを使用したシミュレーションにより、放射特性や整合に
関する高精度のデータが得られます。
インプラントアンテナは医療用テレメータを実現する技術のひとつとして高い有用性が認められますが、そ
の一方で、設計には多くの課題を抱えます。小型アンテナの宿命ともいえる利得が小さく帯域幅が狭いこと
に加え、アンテナ放射を受ける人体が損失のある複雑な構造である点が非常に重大な問題となります。簡易
型の生体モデルは構造が単純なうえに材質が均質な誘電体であるため、これを解析に用いると不確定要素が
入り込む原因となります。したがってインプラントアンテナの正確な性能評価のためには、解剖学的モデル
が必要です。
本事例では、解剖学的モデルによるシミュレーションと並行して、楕円柱形状の簡易モデルによるシミュレ
ーションも実行し、結果を比較します。簡易モデルの寸法は 180 x 100 x 50、CST 人体 voxel モデル(Laura)
の筋肉特性と等価な材質を割り当てます。
簡易モデルによるアンテナ性能評価
図 1:アンテナ形状(上)と同アンテナのベント構造(下)
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評価に用いるアンテナはミアンダ状のフレキシブルアンテナです。インプラント(半径 3.2mm、長さ 10mm)
の周囲にこれを貼り付けます。アンテナのループ形状は、非磁性体である人体内部で磁性アンテナが示す好
適な性能に着目して選択したものです(図 1)。水平方向の放射体の幅(W1 = W2 = W3)は 0.5mm、ただし
最上部の放射体の幅(W4)と垂直方向のミアンダの幅(Wv)は 1mm、水平方向のミアンダの長さ(Lh と
Lh2)はそれぞれ 20mm と 9mm、水平方向のミアンダの間隔(Sv)は 2.5mm、対称形をしたアンテナ半分の
間隔(S)は 2mm です。上記は MedRadio と 433MHz ISM バンドを S1,1 < -10dB でカバーすることを意図し
て選択した寸法です(図 2)。
図 2:評価アンテナの反射係数 S1,1
簡易モデルによるシミュレーションの結果、利得 -28.4dBi、放射効率 0.057%を得ました。簡易モデルは解
剖学的モデルよりサイズが小さいため、実際の結果値は上記よりも高めであると推測されます。
インプラントアンテナは比吸収率(SAR、1.6 W/kg 1g 平均、2 W/kg 10g 平均)1基準に準拠する必要があり
ます。ここではより制限の厳しい 1g 平均 SAR を計算し、結果として入力電力 1W につき 624 W/kg を得ま
した。これによれば 2.6mW(4 dBm)の給電でも SAR 基準をクリアできる計算となります。通常のインプラ
ントアンテナの給電(0 dBm)はこれよりはるかに小さい値です。
簡易モデルのシミュレーションでは 3D 放射分布も求めました。結果の全方位放射分布を図 3 に示します。
アンテナの全パーツが同一材質(筋肉)に囲まれ、全体が対称形構造であることから、放射分布も対称形を
しています。
人型簡易モデルのシミュレーションも行いました。材質は上記の簡易モデルと同一の筋肉材質です。人型モ
デルでは共振周波数が 338 MHz にシフトダウンし、全利得と放射効率が減少しました(-48.8 dBi、0.000283%)。
これは筋肉材質の誘電率と導電率が皮膚や脂肪のそれに比較して高いためで、皮膚や脂肪を多層モデル化し
た解剖学的モデルではどちらの値もこれより低めになります
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国内の基準値と異なる場合があります。
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図 3:簡易モデルのシミュレーション結果:アンテナの 3D 放射分布
解剖学的モデルによるアンテナ性能評価
正確なアンテナ性能評価を意図して解剖学的モデルを使用する場合、インプラントを受ける人の体型によっ
て性能が異なる可能性を考慮する必要があります。CST voxel family には、年齢や性別の異なる解剖学的モ
デルが用意されています(図 4 参照)。
図 4:CST voxel family
図 4 の Laura モデルを使用してシミュレーションを行い、簡易モデルの結果と比較します。 Laura モデル(身
長 163cm、体重 51kg、43 歳女性)の腕にアンテナを埋め込みします(図 5)。このとき、簡易モデルと同じ
向きになるように注意します。ディスクリートポートでアンテナ給電を表現し、トランジェントソルバーで
シミュレーションを実行します。結果として得られた反射係数を図 6 に示します。
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図 5:CST Laura voxel モデルのアンテナ配置
図 6:CST Laura voxel モデル内部の反射係数 S1,1
上図は、このアンテナが少なくとも 203 MHz (S1,1 < -10 dB の帯域:327 MHz ‒ 530 MHz)をカバーする
UWB アンテナであることを示します。
MedRadio と 433-434 MHz ISM バンドの両方がこの帯域に含まれます。
人体モデルに埋め込まれたアンテナは脂肪層の直下にあるため、共振周波数が 392 MHz から 413 MHz にシ
フトアップします。また、人体モデルが簡易モデルより大きく、損失のある組織を多く含むため、利得は -45
dBi に減少します。3 次元放射分布は非対称になり指向性が増しています(図 7)。1g 平均 SAR は 580 W/kg
となり、前のシミュレーションと比較すると、均質な簡易モデルによる SAR が大きめの値であったことが分
かります。
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図 7:CST Laura voxel モデルとアンテナの 3D 放射分布
アンテナの向きも非常に重要な要素です。上記のように、簡易モデルではアンテナの全パーツが同じ筋肉材
質の中にありますが、解剖学的モデルではそれぞれが異なる材質に接するため方向性があり、したがってア
ンテナの向きの考慮が可能となります。フレキシブルアンテナやコンフォーマルアンテナでは特にそうです。
アンテナを回転させ 4 方向それぞれでシミュレーションを行います。どの方向でも上記の 2 つの帯域はカバ
ーします。所定のパーツが脂肪層に近くなる向きでは、脂肪層の導電率が筋肉より低いため(s = 0.04 S/m vs.
0.79 S/m)利得と放射効率が増大し 1g SAR が減少しますが、そのかわりに全実効誘電率とアンテナ長が小
さくなるため共振周波数が上方にシフトし、MedRadio 帯域下のバンドマージンが 20 MHz に縮小します。放
射分布もアンテナの向きによって異なります。多くの場合、人体から遠ざかる方向への放射が最大となりま
す。
上記のデータは実際の応用に役立ちます。たとえば、アンテナ付きのインプラントを埋め込む向きを決定す
るために、あるいは消化管を通過するカプセルアンテナの性能が回転によって損なわれないことを確認する
ために、方向別の性能データが活かされます。
まとめ
CST voxel family の解剖学的人体モデルはインプラントアンテナの性能評価と検証に大きな役割を果たしま
す。簡易モデルでは、設計を加速させることはできますが、正確な放射特性データは得られません。人体が
かかわるため実施が困難な実験検証の代替手段として、あるいは信頼できるデータのソースとして、解剖学
的人体モデルの使用は必須です。アンテナの向きなどは、解剖学的人体モデルでなくては評価の難しいアン
テナパラメータです。
参考文献
R. Alrawashdeh, Y. Huang and P. Cao, “Flexible meandered loop antenna for implants in MedRadio and ISM
bands,“ Electronics Letters, vol. 49, 1515-1517, 2013.
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