血栓症

第 12 回 日本生殖医学会心理カウンセリング学会
2015.02.15、長崎
ART における「血栓症」への対応
京野 廣一
血栓症・塞栓症 はわが国では比較的まれであるとされていたが、生活習慣の欧米化や高
齢化などに伴い増加する傾向にある。国際血栓止血学会(ISTH)が中心となり、血栓症のリ
スク、予防、治療について一般市民、医師、政策立案者にその認識を高めてもらうため、
10 月 13 日を「世界血栓症デー (World Thrombosis Day; WTD)」と制定した。ちなみに 10
月 13 日は、血液凝固のメカニズムと血栓症の 3 原因(①血流停滞、②血管内皮障害、③血
液凝固能の亢進)を提唱した 19 世紀ドイツの病理学者ルドルフ・ウィルヒョウの誕生日で
ある。生殖補助医療(ART)の目的は妊娠・出産であるが、血栓症・塞栓症リスクを伴う可能
性が高くなる ART の分野では調節卵巣刺激(COS)の前投与や採卵後の黄体補充(妊娠した場
合は妊娠 8 週まで)ならびに凍結胚を融解して移植する際の内膜調整や黄体補充にもエス
トロゲン(E2)やプロゲステロン(P)を使用する。COS 自体も、特にトリガーとしての hCG
投与後の卵巣過剰刺激症候群(OHSS)と関連して血栓症の発症にかかわることも報告されて
いる。最初から最後まで血栓症・塞栓症のリスクは避けて通れない。如何にして妊娠率・
生産率を向上させつつ、血栓症・塞栓症を抑えるかが課題である。従来は COS に伴う OHSS
重症例に血栓症を併発することが指摘されていた。最近当院において、採卵後の決して重
症ではない中等度 OHSS の 2 症例とホルモン補充周期・凍結融解胚盤胞移植後の妊娠1症例
に血栓症・塞栓症を経験した。3 症例とも前処置としてピルを内服していた。予防の対策と
しては治療開始前の丁寧な家族歴・既往歴・現病歴(血栓症、糖尿病、腎機能障害、高血
圧症、心疾患)、年齢、体格 (BMI)、生活習慣(喫煙)の聴取、血栓性素因 (Protein S、
Protein C、AT-III)、抗リン脂質抗体、OHSS のハイリスク因子の検査ならびに結果把握の
上、治療法を選択することである。COS を行う場合、GnRH アンタゴニスト法を選択し、rFSH
投与量を必要最小限とし、レトロゾール併用も考慮する。OHSS の重症化が予想される場合
はトリガーとして GnRH アゴニストを用い、カベルゴリンを 8 日間投与、全胚凍結とする。
採卵後は、低用量のバファリン投与、水分摂取、軽度の運動を推奨する。PCOS の場合は未
成熟卵子の成熟体外培養も考慮する。早期発見・早期対応のためには下肢の疼痛・浮腫、
突然の息切れ、胸痛、激しい頭痛、急性視力障害等が起きたら、直ちに服用を中止し(E2+P
内服中)
、すぐに医師に相談するよう、あらかじめ患者に指導する。D-ダイマーのモニタリ
ングで異常値が出た時は速やかにヘパリンの予防的投与開始や専門医に依頼する体制を整
える。WBC、Hb、Ht 値は重症や最重症の OHSS では上昇するが、軽度や中等度の OHSS では大
きな変化はみられず、血栓症・塞栓症の指標とはなりにくい。ホルモン剤の投与経路に関
しては、経口剤は肝臓での first pass effect による血栓形成促進性の変化を促すと理解
されている。従って E2 製剤については経口ではなく経皮吸収型の E2 が、P に関しては天然
型 P 膣剤が安全であり、投与方法や投与量についても考慮することが肝要である。