自己形成を志向した「表現」に関する基礎的研究 学 校 教 育 専 攻 学 習 臨 床 コ ー ス 村 井 1 研究の目的 直 美 に至っていないということであろう。実践にお 人間は、表現する存在である。表現すること ける表現、自己形成、自己実現、経験を統一的 は日常的行為であり、生きていることの証であ に説明できるような理論的研究が求められる。 るともいえる。 本研究は、表現と自己形成、経験、ことばと 近年、思いや考えをうまく表現できない子ど の関連を明らかにし、自己形成を志向した表現 も、感情のコントロールがうまくできない子ど と教育実践との統合を図ることを目的とする。 もに出会う。担任をした子どもの中にも、鬱積 した不満を攻撃的な語り口調で表したり、苛立 2 ちをものに当たるなどの行為で表したりする子 <序> 論文の構成 どもがいた。表現力の欠如と理解されがちな傾 研究の目的 先行研究の状況 研究の方法 向の背景には、他者と関係性をとることに困難 第1章 表現が要請される背景 を感じており、相手を受け入れたり、相手の立 第2章 表現の質的高まりと学校教育 場になったりすることが難しいという実態があ 第3章 自己形成と表現 る。自尊感情の著しい低さも看過できない。 第4章 自己形成を志向した表現と教育実践 個性=自分らしさは、自己表現という形をと <結語> 研究のまとめと今後の課題 った表出活動を媒介として他者に承認されるこ とで安定する。自己実現を目指した自己形成の 営みを続けていくうえで表現することは極めて 重要である。 3 研究の概要 表現を伝達の意志や意図の明確なものだけに 限って考えたり、表現の形成作用によりできあ 前述したような子どもが、 「人・もの・事柄」 がった芸術、思想、作品であると考えたりする との関係を切り結びながら、自己を見つめ、自 ことは、表現を狭く限定し表現の意味と重要性 己を振り返り、表現することを通して成長して を見損なうことになりかねない。『 「 表現』とは いくという事例がある。低学年の子どもであっ 生きる営みとしての表現という側面に包摂され ても、「ヒツジに育ててもらった自分」「野菜を ながら、生命の形成作用としての側面、伝達意 育てた自分の成長」を捉えることができるとい 図としての側面、身体を通しての思考・感情の う事例もある。しかし、これらの理論的背景に 表出としての側面が相互に関係し合ったかたち ついては明らかでない。自己形成をしていく際 で表れる」、「表出と表現は一体であり関係性は の表現のもつ意義に関連して実践が分析される 表現の属性である」という視点が重要である。 子どもの表現をめぐる状況を自己形成の視点 と導く効果に高い価値を見出したい。 からみると、ムカツクからだの状態とキレル性 自己形成を支援する教育実践にとって体験が 向、情報化社会・消費文化に依存した表現と実 受苦的要素を伴うことは見逃せない。体験が自 存的かかわりの乏しさ、家庭環境や遊び空間の 己をくぐり抜け、周囲の世界との相互作用のプ 変容による間接経験の増大と相互行為の減少な ロセスを経た時、体験は経験となり自己形成に どが問題点として浮き彫りになってくる 。「人 大きく関与する可能性が生まれる。体験を経験 ・もの・事柄」との豊かなかかわりと相互作用 へと昇華するために不可欠な内省と思索の行為 の中で、表現の質的な高まりを求めることが問 が「反省=リフレクション」である。リフレク 題解決の鍵となろう。 ションにとって「書くこと」と「対話すること」 表現は衝動性を端緒とする。衝動性を習慣の は、自己の振り返り、自他の交流の視点からも 原理によって秩序立て、思考作用の介入によっ 重要である。教室での対話は、教師と子ども双 て探究へと組織化する過程、それが連続発展し 方の感性に支えられている。表現を受容し共感 ていく過程は、表現が質的に高まってゆく過程 し交流する感性豊かな他者がいるからこそ対話 でもある。外的素材と内的素材は相互作用・相 は成立する。また、感じながらも表現がつなが 互浸透することにより融合し、変換される。こ らない時、ことばを添えてつないだり、引き出 れは環境の中で自己を表現することを促し、自 したりする教師の専門的力量も見逃せない。評 己の変容、確立を求める。表現の質的高まりは、 価にあたっては、子どもに寄り添った全人的で 豊かな感性の育成、自己表現という呪縛からの 多面的な「愛ある評価」が求められる。愛ある 解放、共感的他者の存在、自己内対話と充実し 評価が即時的に伝えられることで、子どもは心 た沈黙の時間と場によって支えられよう。 を開き、真正の表現が生まれる。このような評 衝動性が過去の経験や知識などから影響を受 価を日常的、随時的、継続的に行い、子どもに け探究の過程として変換されていくことは「経 かかわる情報を家庭と共有することは、子ども 験」概念に通底する。経験における自己形成的 の自己形成を支援するうえで欠かせない。 な意味は、受苦性と身体性によってもたらされ 以上の検討から、自己形成を志向した表現の る。身体をそなえた主体として、受動=受苦に 成立要件は、①心の原風景となる経験、②体験 さらされ、実感や納得を伴う経験をすることに とリフレクション、③対話のある学級作り、④ より、新たな自己が形成されるのである。 子どもが学ぶような環境、⑤愛ある評価、⑥家 人間がことばを手に入れた時、自己と他者、 自己と対象、自己と自己との関係はよりはっき 庭との連携、⑦教師の自己形成の7つに整理さ れる。 りとしてくる。ことばは、自己の経験を他者と 結局、自己形成を志向した表現を育む教育実 共有可能な意味ある体験として捉え直してゆく 践は、受苦的経験と関係性に支えられた「人・ 働きや、感情を含めた経験を分有する働きをも もの・事柄」との対話的実践であると結論づけ つ。ことばには、話しことばと書きことばがあ られるのである。 る。話すことがより日常的な表現方法であるが、 自己形成の視点からは「書くこと」のカタルシ ス効果、癒しの効果、思想を形成し自分探しへ 指 導 小林 恵
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