第8回 し尿処理に関する余談と逸話

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「日本のし尿処理」―その歴史と技術―
第8回 し尿処理に関する余談と逸話
元 神奈川県衛生研究所
博士(学術) 田所 正晴
前回お知らせしたように、今回はちょっと一休みして、これまで述べてきた内容に関
連した余談や逸話を紹介させて頂きます。
1.便所の呼び方あれこれ
「便所」、これほど中身をストレートに表現した言い方はないと思いますが、この呼
称は、時代とともに変化したり、地域によってもいろいろあります。現在最も一般的な
のは、「トイレ」でしょう(昔のご婦人はお上品に「おトイレ」とも言ったが、今時の
若い女性はいかに??)。しかし、あるときはお手洗い、洗面所、化粧室、などなどさ
まざまです。少し前までは御不浄、厠なども使われ、さらに古くは雪隠(せっちん)、
手水場(ちょうずば)、憚り(はばかり)・・・など、数え上げたらキリがありません。
このほかにも業界用語があり、落語家は「せこ場」
(せこいものを処理する場所らしい)、
デパートの店員は「遠方」や「西へ」、量販店では「1番」とか「3番」、飲食店では
「録音室」(音入れ(おトイレ)の洒落)、割烹などでは「おしも」など1)。
飲食店で、「便所はどこだあ?」などと大声でいう男性がいます。これは目的がはっ
きりしていますが、デリカシーがありません。その場を考えるのが粋というものです。
ちなみに中国語では、便所は「厠所」(cesuo ツアスオー)、手洗いは「洗手間」
(xishoujian)、化粧室は「化粧(字が違う)室」(huazhuangshi)といい、さすがに
読み方は違いますが、漢字だけあって似ています。英語では、Lavatory、Toilet、Rest
room、Bathroom などでしょうか。
(筆者注)「憚り」には、「差し控えること」のほかに「遠慮すること、構う(=気を
遣う、もてなす)こと」の意がある。
2.浄化槽は誰が作ってもいいの?
し尿や生活雑排水を処理する浄化槽には、工場生産されるガラス繊維強化プラスチッ
ク(FRP)製等の小型・中型の浄化槽と、コンクリートによる現場打ちの大型の浄化槽
とがありますが、これらの構造については国土交通省の告示(屎尿浄化槽及び合併処理
浄化槽の構造方法を定める件)で定められています。ですから、浄化槽は誰でも勝手に
作ってよいわけではありません。
現場打ち浄化槽については、告示で定められた構造基準及び工事の技術上の基準に合
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致していれば、都道府県知事に登録又は届出をした工事業者は工事を行っても差し支え
有りませんが、工場生産品については、予め国土交通大臣の認定を受けなければ製造す
ることが禁止されています。これが浄化槽の「型式認定制度」です(ただし、技術開発
などの目的で試験的に製造する場合には認定を受けなくてもよい。)。
この制度により、構造基準に適合しない浄化槽が大量に工場で生産され、販売される
ことを未然防止するとともに、設置等の届出の際の審査の簡素化、迅速化に役立ってい
ます。
大臣認定を受けた型式認定浄化槽の有効期間は 5 年で、これを経過した後も継続して
工場生産を行う場合には、認定の更新をしなければなりません。また、この認定浄化槽
には、見やすい箇所に容易に消えない方法で、①浄化槽の名称、②「国土交通大臣型式
認定浄化槽」の文字、③型式認定番号、④認定の年月日、⑤処理方式、⑥処理能力、⑦
浄化槽製造業者の氏名または名称、の事項を表示しなければなりません。
なお、国交大臣は、浄化槽製造業者が大臣の認定と異なる型式の浄化槽を製造するな
どの違反行為をしたときは、認定を取り消すことができます。
3.最近の浄化槽の外壁はなぜ黒い?
最近、世の中には目立ちたがり屋が多いですが、その一方で目立たないもの(目立ち
たがらないもの?)もあります。その代表格が「浄化槽」でしょう。戸建て住宅では、
派手なテレビやパソコン、冷蔵庫、洗濯機のような家電製品と違って、その存在すら忘
れられている場合もあります。浄化槽が設置されている家庭なのに、毎日使用している
主婦から、「あーら、うちは下水道よーん。」なんて言われると、関係者としては本当
に悲しくなります。家の中に飾られるなんてことは間違ってもなく、土の中に埋もれて
何十年も耐えなきゃいけないなんて、セミの幼虫よりわびしいものがあります。冷蔵庫
や洗濯機だったら、「何色にしようかしら?」なんて考えてくれるのに、浄化槽の外壁
の色なんて主婦も主人もだあーれも気にしてくれやしません。
比較的規模の小さい工場生産浄化槽は、多くが FRP を材料としていますが、最近は自
動車のバンパーなどに使用されている軽量で丈夫な熱硬化性樹脂のジシクロペンタジ
エン(DCPD)を用いたものが多くなっています。特に、後者の樹脂にはカーボンを添加
しているので、外観は黒いのが特徴です(FRP 製浄化槽の外観はベージュやクリーム色、
緑色など。)。
4.水処理施設のマンホールの蓋の盗難や収集について
「我が輩はマンホールである。日本語名で人孔という。機器等の保守点検などに人が
入れるふた付きの穴として設けられるが、この呼び名は英語 manhole をそのまま直訳さ
れただけである。誰が付けたのか未だ不明である。」
さて、マンホールと一言でいっても、し尿や下・排水の処理施設など水処理関係だけ
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でなく、いろいろなところに使われています。このため、マンホールに関する事件事故
が後を絶ちません。
10 年ほど前、愛知県の公園で、使われなくなって放置されていた非常に重いマンホ
ールの蓋(約 100kg)を無断で鉄くずとして売りさばいてしまい、逮捕された犯罪者が
いました2)。マンホールの蓋は、重くて扱いにくい性質にもかかわらず、鉄価格の高
騰により盗難事件が多く、スクラップ部品として売却されてしまう例が少なくありませ
ん。しかし、一人でどうやってトラックに乗せたのか、いくらで売れたのか、知りたい
ものです。
マンホールに関する犯罪としては、やはりその頃、家庭用浄化槽で「マンホールの蓋
が劣化しているから交換が必要だ。」あるいは「有効期限が過ぎたので交換しなければ
ならない。」などと言い、お年寄りをねらって高額で蓋を押し売りする事件が関東地方
で多発しました。違法販売者は「保健所の方(正しくは方向)から来た者です。」と名
乗り、あたかも保健所の職員であるかのように装って売りさばいたのです。注意のお知
らせを配布したりしましたが、すぐ別の地域に移動してしまうため、なかなか被害が収
束しなかったことを思い出します。お年寄り相手のシンプルな犯罪で、安物の蓋を残し
ていくなど、今の振り込め詐欺に比べるとまだ救われるのかもしれません。
こうした盗難や犯罪がある一方で、マンホールの蓋を収集し、研究している人もいま
す。路上観察学の第一人者、林丈二氏です。マンホールの蓋には昔からその地域の特色
などをデザインしたデザインマンホール(写真1)がありますが、彼の研究によれば、
皇居周辺はマンホールの蓋の宝庫で、昭和 60 年代に調べた時には、宮内庁との関連が
定かではないが「宮」という字が刻印されたものもあったといいます。何でも収集して
みるとおもしろい発見があるものです。鋳鉄製の蓋は通常 20~30kg から 50kg 程度ある
ので、収集品としては重くて大きすぎますが、そのデザインや記述が多くの人々を収集
に駆り立てる魅力があるようです。(余談ですが、皇居といえば、皇居内に汲み取り便
所が残っていて、定期的にバキューム車が収集しているという話を昭和末期に関係者か
ら聞いたことがあります。今はどうなっているのでしょうか。)
写真1
デザインマンホールの例
(相模原市の下水道[A:汚水(けやき)、B:雨水(あじさい)])
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このほか、浄化槽で維持管理の際に、マンホールの蓋がきちんと閉められていなかっ
たために、幼い子どもが中に落ちて死亡する事故なども以前はありました。マンホール
の蓋は、きちんと管理することが重要です。
(筆者注)最近、意外ですが「マンホール」という用語が性差別的とみなされ、「メン
テナンス・カバー」などと呼ばれることがあります。
5.糞便による犯罪について3)
9年ほど前の正月、船橋市内の郵便ポストに汚物が付着しているのを年賀状を投函し
ようとした女性が発見し、警察署に通報しました。この近くの別のポストの投函口にも
人糞が投げ込まれており、中にあった約 150 枚の年賀状が汚れていたとのこと。1 年に
一度の思い出を踏みにじる許せない行為です。
郵便局では、汚れを拭き取って袋に入れた年賀状と、お詫び用タオル等を持って差出
人方を回り、事情を説明したといいます。郵便ポストに火を投げ込んで年賀状を焼いた
事件もありましたが、悪質です。
それより、筆者が一番気になるのは、だれがどこでどのように人糞と判断したのか、
ぜひ知りたいですね。私だって、犬の糞と人糞の区別をどうやったらいいのか知らない
ですもんね。
実は、犬などペットの便と人糞を見分けるのは、大変難しいことと聞いています。神
奈川衛研時代、隣の衛生動物の研究室では検便業務を行ったり、食品中に含まれる不純
物を何か動物の糞なのかそうではないのか判定したりしていました。後者の判定方法と
しては、外観や便の中身(食物や毛)を顕微鏡で検鏡したり化学分析をしたりして判断
していたように記憶しています。このケースでは、人糞と簡単に断定できたのでしょう
か?
(筆者注)後日、この事件の記事を英字新聞で見たら、人糞を「Human feces」とか「human
excrement」と訳していました。excrement は「排泄物」や「大便」と訳されます。feces
も排泄物と訳します。「大便で汚す」は「stain with feces」です。night soil(糞便)
との違いは、どう使い分けるのでしょうか。
<参考文献>
1)日刊ゲンダイ(2005.12.1)
2)朝日新聞夕刊(2005.3.9)
3)毎日新聞(2006.1.5):「郵便ポストに汚物」
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70号 第1回 し尿処理のはじまりと目的
71号 第2回 便所の歴史と便器
72号 第3回 し尿処理の体系-収集・運搬・搬入
73号 第4回 し尿の性状と量-(1)排泄し尿について
74号 第5回 し尿の性状と量-(2)収集し尿について
75号 第6回 浄化槽汚泥-(1)浄化槽の基礎知識
76号 第7回 浄化槽汚泥-(2)性状と量
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