特殊なマイクロ空間内で形成された 階層性分子組織構造の構造評価

ZE26B-2
特殊なマイクロ空間内で形成された
階層性分子組織構造の構造評価
沼田宗典 1,中田栄司 2,木村晃彦 2
1
京都府立大学大学院生命環境科学研究科
2
京都大学エネルギー理工学研究所
1. 研究目的
機能性分子および高分子をナノメートルレベルで自在に組織化させ、機能性有機材料を創製しよ
うとする試みが盛んになされている。生物内では様々な分子が複雑に相互作用しながらナノ-マイ
クロ-マクロを縦断する階層性を創出することで、ナノメートルの分子機能をマクロスケールへと
増幅している。一方で人工機能分子系で階層性を自在に創出することは未だ困難であり、分子機能
が材料機能として十分に発現できていない現状がある。マイクロメートルサイズの精緻な組織構造
を効率的に創出し、同時にその内部の階層性を自在に制御することが、次世代の機能性ナノマテリ
アルの開発において極めて重要である。当グループではこれまでにマイクロフロー空間内の特殊な
環境に着目し、機能性分子を自在に組織化する新たな分子集積システムの開発を目指してきた。こ
れまでに、ペリレンビスイミド誘導体およびフラーレン誘導体からマイクロメートルサイズの超分
子構造体の創製が可能であることを報告している。
マイクロフロー空間内では分子拡散がきわめて迅速かつ均質に起こり、分子レベルで均質な化学
環境を再現よく、かつ容易に創りだすことが可能である。また、ナノリットル以下に分画化された
溶液の連続的な制御系であり、原理的にはマイクロチャネルを通過する全ての分子および超分子構
造が同時に同一の化学環境を経験することになる。これまで当グループでは、こうしたマイクロフ
ロー空間を分子集積場とすることにより、組織化する分子の振る舞いを時間・空間的に同期化でき
ることを示してきた 1)。これにより、マイクロメートルサイズの一義的な超分子構造を一気に組織
化することが可能となっている。本研究では、特に π 共役系分子の組織化に着目し、フロー溶液の
流速、フロー方向に沿った溶媒極性の変化、層流内の流速分布などのマイクロ流体特有の性質が π
共役分子の組織化過程と得られるマイクロ組織構造に及ぼす影響について検討を行った。
2. 実験
まず、π 共役系分子(ペリ
レンビスイミド誘導体(PBI)、
ポルフィリン誘導体およびフ
ラーレン誘導体(PCBM))の
THF 溶液を調製した。この溶
液を直径約 100 μm の十字形
マイクロ流路の中央から、水
を2つの側方導入口からそれ
図 1 本研究で用いた π 共役系分子の構造と多段型マイクロフローチャ
ぞれ導入し、十字路部位にお
ンネル(挿入図:マイクロフロー内の流速分布)
いて導入した分子の迅速な組
織化を行った(図1)。十字
路を一定間隔で複数配置したフローチャネルを用いると、側方から導入する溶媒の極性を変化させ
ることにより、フロー方向へ溶媒極性を段階的に制御できる。さらに、フローチャンネル内では流
れに対して垂直方向に速度分布が存在する(図1挿入図)。マイクロフロー空間内では溶液は層流
となり、導入した2液は混合することなく一時的な界面を形成し、この界面上で最初の組織化が起
きると考えられる。まず本実験では、フロー方向への溶媒極性と最終流速の変化が、π 共役系分子
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の自己組織化に及ぼす影響を精査した。さらに、中央溶液と側方溶液の流速比を変化させることに
より、液-液(水/THF)界面の位置を流れに対して垂直方向にシフトさせ、流速分布が分子の自
己組織化に与える影響についても検討を行った。キャピラリーを通して流出した溶液をサンプル管
に分取し、UV-VIS、蛍光スペクトル、X 線散乱測定および SEM, TEM による観察を実施した。
3. 結果・考察
まず、フロー方向に沿った溶媒極性の変化(極
性グラジェントの勾配)が π スタッキングに及
ぼす影響について、PBI 誘導体を用いて検討を
行った。可視・紫外、蛍光スペクトル測定およ
び X 線散乱測定の結果、グラジェントの勾配が
急になるに従い、PBI 誘導体の会合様式が H 会
合から J 会合へと変化することが示された。一
定のグラジェント下では流速が上昇するにつれ
て、J 会合体の形成が優勢になる傾向も確認され
た。SEM 観察の結果、グラジェントの勾配が緩
やかな場合は、柔軟なファイバー構造であった
のに対し、急激な極性の変化によって剛直なテ
ープ状構造へと変化することが明らかとなって
いる(図2(a)(b))2)。こうしたフロー方向への 図2 マイクロフロー空間に沿った(a):急激な極性変
溶媒極性の段階的な変化は、π スタッキングの速 化,(b):緩やかな極性変化によって形成された PBI 誘
度に影響を与えていると推察される。会合速度 導体の組織構造体;(c)フロー内の流速勾配が創り出す
の制御が、分子のパッキング様式と組織構造に 屈曲したテープ状構造体と(d)リング状構造体(SEM
変化をもたらしたと考察できる。この効果は、 像)。
(a)
(b)
ポルフィリンなど2次元組織能を持つ分子で
は、シート構造のサイズ(面積)や厚みの違い
として現れることも明らかとなっている(図3)
3)
。
次に、フロー溶液内の流速分布が組織構造
1 m
1 m
に与える影響を検証した。チャンネル内壁との
摩擦により、速度勾配はチャンネル中央付近で 図3 フロー空間に沿った極性グラジェントによっ
最小、チャンネル内壁近傍で最大となる。水/ て創出された厚みが制御されたポルフィリン誘導体
THF 界面を中央から側方へとシフトさせると、 のシート構造体(SEM 像)。 速度勾配の変化に伴い PBI 誘導体の組織構造が
屈曲することが明らかとなった(図2(c)(d))2)。以上の様に、マイクロ流路内に形成される特殊な
フロー環境を分子集積場とすることにより、分子間相互作用の精密な制御を通してユニークなマイ
クロ組織構造体の創製が達成された。
4. 発表リスト[論文発表リスト]
(1) Kinetically controllable supramolecular polymerization through synchronized activation of monomers,
M. Numata, R. Sakai, Bull. Chem. Soc. Jpn., 87, 858-862 (2014) (BCSJ Award Article).
(2) Synchronous activation of π-conjugated molecules toward self-assembly:precise controlling the hysteresis of
the metastable state along microflow, M. Numata, T. Kozawa, R. Nogami, K. Tanaka, Y. Sanada, K. Sakurai,
Bull. Chem. Soc. Jpn., 2015, in press.
(3) Two-dimentional assembly based on flow supramolecular chemistry: kinetic control of molecular interaction
under solvent diffusion, M. Numata, T. Kozawa, Chem. Eur. J., 20, 6234-6240 (2014).