平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ 論文題目 爪に見られる疾患の特徴と薬物治療 The characteristics of nail diseases and drug treatments 物理薬剤学研究室 09P135 4年 木下泰子 (指導教員:飯村菜穂子) 要 旨 爪とはヒトが生活するうえでとても大切な皮膚の付属器官である。爪は健康のパラ メーターといわれ、体調の異常がまず爪に現れることも多い。最近ではネイルアート も流行しており、髪と同じように爪にも個性やおしゃれを表現するようになった。し かしマニキュアやスカルプチュア、除光液の使用によって疾患を引き起こすこともあ る。その他にもハイヒールや、サイズの合わない靴を履くことで足に負担をかかり引 き起こされる爪の疾患もある。そこで本研究では、現代の生活にかかわる爪の疾患と その治療について詳しく調査し、その症状、治療を中心にまとめさらに疾患予防につ いて考察した。 爪は皮膚の一部であり、表皮の角質層が硬く変化したものである。ヒトの爪は扁平 な形をしているがこれは指趾腹側の感覚を鋭敏にして物をつかみやすくするためで ある。足の爪は身体をうまく支える働きをする。そのほかにも指先を保護し、指趾腹 側に加わる力を支える役割も持つ。 爪には巻き爪や陥入爪、爪白癬などいろいろな疾患があり、原因も外因によるもの、 全身疾患によって爪にも変化が起きるものなど様々である。また、ほとんどの疾患は 色や形など外観が変化する。爪の変化の多くは局所的な原因や皮膚疾患に伴って生じ る。治療法には大きく分けて外科的治療と薬物療法がある。外科的な治療を行う疾患 としては巻き爪、陥入爪がある。外科的治療の中にもいくつか方法があり症状や爪の 長さによって治療法を変える。薬物治療においては爪白癬を代表として挙げた。現在 はイトラコナゾールとテルビナフィン塩酸塩を用いた治療の 2 種類が主流で効果も 高い。これらは長期的な服薬が必要になるが患者が自己判断で服薬をやめると再発の 恐れもあるので薬の服用方法を守ることが重要である。現在では貼付剤の開発も進め られており副作用の軽減などが期待できる。また、治療とともに爪のケアをしたり疾 患予防をすることが求められる。爪付近の皮膚の角質の除去や爪を正しく切ること、 爪や指のマッサージを行うことで爪のトラブルの減少につながると考えられる。 爪の疾患を治療する際には原因を見つけ出し、その原因を除去したり原因となる疾 患がある場合にはそちらをまず治療する。薬による治療を行う際には薬の服用方法を 守らないと疾患の再発の恐れがあることを十分に患者に理解してもらう必要がある。 コンプライアンスを高めるために服薬指導を工夫し、また、ハイヒールやネイルアー トなどの使用が症状を悪化させたり疾患の原因になるということも説明する必要あ る場合もある。さらに治療薬のことだけでなくケアの方法も説明して患者の治療がう まくいくように適切なアドバイスをしていくことが薬剤師に求められると考えられ る。 1 キーワード 1.爪 2.皮膚 3.角質層 4.巻き爪 5.陥入爪 6.爪白癬 7.爪周囲炎 8.爪甲剥離症 9.匙状爪 10.爪甲白斑症 11.爪カビ 12.スジ爪 13.巨爪症 14.爪甲軟化症 15.爪甲萎縮症 16.イトラコナゾール 17.テルビナフィン 18.フェノール法 19.Gutter 法 20.弾性ワイヤー法 2 目 次 1. はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・ 4 2. 爪とは ・・・・・・・・・・・・・・・ 4 3. 爪の病気の種類 ・・・・・・・・・・・・・・・ 6 4. 治療について ・・・・・・・・・・・・・・・ 9 5. おわりに ・・・・・・・・・・・・・・・ 12 引用文献 ・・・・・・・・・・・・・・・ 13 3 論 文 1.はじめに 本国は西洋文化の影響により江戸時代後期頃より、ファッション性を重視したハイ ヒールやブーツを履く習慣が見られるようになった。またウォーキングやサッカーな ど、スポーツ人口の増加により足に負担をかける生活をしていることもが多くなった。 その結果、巻き爪や陥入爪を引き起こしさらに足を圧迫させることで足の血流が悪く なり爪が割れ、二枚爪になることがある。また、紀元前 3000 年以前の古代エジプト で発祥したと言われるマニキュア文化は、ギリシャ・ローマ時代では支配者階級の男 女の間で流行し、我が国においても平安時代にホウセンカとほおずきを用いて爪を染 める「つまくれない」が行われるなど爪への負担を強いる行為が流行した。1970 年 代には我が国においてネイルサロンが登場すると特に女性の間では年齢に限らず定 着したファッション文化となり、近年ではマニキュアやスカルプチュア、除光液の消 費量は増大傾向を見せている。このようにネイルアートが普及し、多種にわたる薬剤 の使用が原因でそれまでに見られなかった疾患の発症も見られるようになった。 さらに現代の地球環境変化がもたらす疾患もある。それは冷暖房の完備が原因と思 われる白癬菌による爪白癬などである。この疾患は温度湿度に影響する病気であり、 これまでは夏に多く見られる疾患であった。しかし、暖房設備の充実により現代では 季節に関係なく通年に見られる疾患となった。この一例を見ても爪に見られる異常、 疾患は複雑と思われる。 人体の先端に位置する比較的小さな器官と見られがちな爪といえども人体におけ る体調異常のシグナルとなるなど、健康バロメーターの役割も果たしており、人体に おいては重要な器官といえる。従ってその異常や疾患が人体に影響を及ぼすことは間 違いなく、それらの詳細な機能解明、疾患発症のメカニズム、また疾患治療等々につ いて知ることは重要と思われる。 今回、現代の生活に関わる爪の疾患に関連する事項とその治療について詳しく調査 し、その疾患、治療を中心にまとめ、さらに疾患予防についても考察をおこなった。 2.爪の構造と機能 2-1.爪の構造 1) 2) 爪は皮膚の付属器官であり、皮膚は表皮、真皮、皮下組織の 3 層からなる。角質層 は、表皮の表層が角化したものである。角質層がさらに硬く特殊に変形した角化構造 があり、これを角質器といい角質器には毛と爪がある。3)この章では爪の構造につい て述べ、皮膚の構造については 2-3 節で詳しく述べる。 爪の構造を図 1 に示す 2) 3)。爪は爪根、爪半月、爪母基、爪床、爪郭、爪上皮、爪 4 甲から構成される。爪は後方で皮膚に入り込んでいて、ここを爪根と呼ぶ。爪の近位 端にある白色の半月状の部分は爪半月と呼ばれる。爪半月の下には爪母基があり、血 管と神経が通っておりここで爪がつくられる。その際、爪母基の表層の細胞が角化し て、死滅した爪の細胞に変化する。爪母は爪上皮により保護されている。爪半月以外 に露出している部分を爪甲といい、爪床とよばれる上皮の上に乗っている。爪床の血 行が良好であると爪は赤みを帯びて見える。爪を取り囲んだ皮膚を爪郭という。また、 爪甲は生涯伸び続けるもので、成長速度は 20 歳ごろに最も速く、指の爪で 1 日に 0.1mm で、趾爪では指爪の半分の速さとされている。 図1 爪の構造 2-2.爪の機能 1) 爪の重要な機能の一つに指先を保護することがある。爪を引っ掛けた時に感じるず きずき痛む感覚は、指先には神経が集中していることを意味する。もうひとつの役割 には、物をうまくつかむ、身体をうまく支えるということがある。例えば指で物をつ かむ時には指先に力を入れるが、この時に、爪が力を支え跳ね返すことで指先に力が 入り物をつかむことができる。指の先端には、爪の半分くらいまでしか骨がなく、骨 のない部分では爪が力を支えている。従って仮に爪を抜くような行為をしたならば、 指先には力が入らず物を上手くつかむことはできない。これは足の指でも同じことが 言え、足の指に爪がない場合には、歩くときにつま先に力が入らず体を上手く支える ことができなくなるのである。このように爪は指先を保護すると共に、細かい作業を するうえで重要な役割をしているといえる。 5 2-3.皮膚の構造 2) 爪は皮膚の一部である。皮膚の構造を図 2 に示した 2)。 爪は表皮の角質層が密に圧平されて厚く硬化した板状構 造物で、おもにタンパク質の一種であるケラチンからつく られている。角質層とは皮膚のもっとも外側にある。細菌 やウイルスなどの異物が体内に侵入するのを防いだり、真 皮や皮下組織を保護するなどの役割を持つ。 3.爪の疾患の種類 爪の疾患の原因は爪自体の疾患に限らず、全身疾患によるものや感染性のもの、先 天的なものや後天的なものとさまざまである。 爪の色に変化が見られる疾患について表1にまとめた。 表1 爪の色による疾患の分類 1) 色 代表的な疾患 蒼白色 低色素性貧血 白濁および白っぽい 爪白斑、爪白癬、爪甲剥離症など チアノーゼ 心肺不全、Raynaud 現象、DDS(ジアミノジフェニルスル ホン)の内服など 緑色 爪カビ(Pseudmonas 感染) 黒色、褐色 メラニン色産生増加、悪性黒色腫、細菌感染など 黄色 爪甲が分厚くなると黄色に変色する。黄色爪症候群 赤色 血管腫、多血症など 6 表2には、爪の形や質が変化するもの、爪郭に異常をきたすものを中心に爪疾患を 分類した。 表2 爪の外観による疾患の分類 疾患名 爪の縦方向または横方向に線や溝が入る状態 匙状爪 爪の中央部分がへこみ、先が反ってしまう状態 巨爪症 爪の表面の中央部分が肥大化し盛り上がる状態 爪甲層状分裂症 爪 郭 爪が指先から中央あたりまで浮いてくる状態 剥離した爪は黄色や白色に変色する 爪の先端が雲母をはがすように裂けてくる状態 爪甲分裂症 爪に縦状の割れ目が入り裂けてしまう状態 爪甲軟化症 ケラチンが不足して爪の甲が異常に柔らかくなって しまう状態 爪甲萎縮症 爪が弱って衰えてしまい、萎縮して表面がでこぼこ になったり、剥がれ落ちることがある 爪鉤湾症 爪の表面が分厚くなり、爪先がフックのように内側 に湾曲する状態 陥入爪 爪先の両端が皮膚に食い込んで出血や化膿を繰り返 す状態.巻き爪から発展することもある 巻き爪 爪が伸びたときに爪甲が爪の両側から押されて先端 が湾曲し、爪床の皮膚を挟んだり、食い込んだりす る状態 卵殻爪 爪が薄く白くなり爪先が内側に湾曲する状態 爪周囲炎 爪甲白斑症 色 状態 スジ爪 爪甲剥離症 爪 の 形 が 変 化 1) 4) 爪の周囲が赤く腫れ痛み、炎症を起こす状態 爪に白い斑点や帯状に白くなったり爪全体が白くな る状態 爪カビ 緑膿菌が原因。爪が緑色に変色する 爪白癬 白癬菌が原因となる感染症で、爪甲が白色または黄 色に混濁したり爪が肥厚する 7 表3では、爪疾患について先天性、後天性別に分類をした。特に後天性疾患につい てはその原因について外傷や薬剤、マニキュア、洗剤などの外因によるもの、爪以外 の全身疾患が原因になるもの、感染症によるもので分類した。(表3において、それ ぞれ原因として当てはまるものに○をつけた。) 表3 原因による分類 外因 全身疾患 スジ爪 ○ ○ 匙状爪 ○ ○ 卵殻爪 ○ 巨爪症 ○ 爪周囲炎 ○ 爪甲剥離症 ○ ○ 爪甲層状分裂症 ○ ○ 爪甲白斑症 ○ 爪甲縦裂症 ○ 爪甲軟化症 ○ 爪甲萎縮症 1) 4) 感染症 先天性あり ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 爪白癬 ○ ○ 爪鉤湾症 ○ ○ 巻き爪 ○ ○ 陥入爪 ○ ○ 爪カビ ○ ○ 8 4.爪疾患の治療について 3章で爪の疾患ついて様々な視点から述べてきたが、これらの治療法は多種多様な 方法がとられている。その多くは外科的治療、薬物療法が広く適用されている。本章 では、特に良く用いられているこれら2法について具体例を示しながら述べる。 4-1.外科的治療 5) 外科的治療を行うものとしては巻き爪、陥入爪がある。巻き爪や陥入爪は爪の変形 が伴うため、外科的な治療を行って爪の形を矯正する方法が一般的であり、症状の程 度や爪の長さによって適した治療が行われている。その具体例を以下に示す。 ①フェノール法 部分抜爪後にフェノールで爪母を破壊し、爪甲の幅を狭くするといった方法である。 フェノールの塗布後は無水エタノールで中和し、抗生物質含有軟膏を外用する。早け れば1週間、遅くとも 2~3 週間で創部は治癒する。 ②Gutter 法 爪甲の辺縁にチューブを挿入し、爪甲の端をチューブで覆い、爪郭への爪甲の陥入 を解除する方法である。この方法は有効率が高いが、欠点として陥入している爪が短 いときはチューブの挿入が難しいことや挿入後のチューブが外れやすいことなどが ある。 ③弾性ワイヤー法 爪甲の先端から数㎜の部分に注射針で 2 ヶ所穴をあけそこにマチワイヤーを通して 瞬間接着剤で固定することで過度な湾曲を改善させる方法である。ワイヤーが爪の先 端に達するまで装着したままで、症状の程度や爪の伸びる速さ、爪の厚さに個人差が あるため 1 ヶ月半から 3 ヶ月かかる。またこの方法は対症療法であるためワイヤーを 外してしまうとかなりの症例で巻き爪が再発する。 上記3法の他に、弾性ワイヤー法に基づきさらに強いワイヤーを用いる VHO 法や、 陥入した爪甲の先にアクリル樹脂で作成した人工爪を装着するアクリル樹脂人工爪 装着法、爪甲が陥入した爪郭をテープで牽引し、爪郭を反り返させることで陥入爪を 治療するテープ法などがある。1)また、爪に直接器具を装着しない方法しては、炭酸 ガスレーザーを用いて陥入した爪を陥入しない位置に固定・矯正する治療法もある。 6) 9 4-2.薬物治療 薬物治療は爪白癬に有効とされている。日本では爪白癬の治療は経口薬の使用が一 般的である。現在ではイトラコナゾールとテルビナフィン塩酸塩のいずれかを治療に 用いることが主流である。7) ここではこれら 2 剤を用いた治療について詳しく述べる。 ① イトラコナゾール(ITCZ)のパルス療法 8) 9) イトリゾール○R カプセル 50(1 カプセ ル中に ITCZ50mg を含有)を 1 日 4 カプ セル、1 日 2 回(1 日量 400mg)、1 週間 食直後に内服し、その後 3 週間休薬す ることを 1 サイクルとして、3 サイクル 繰り返す。6 ヶ月目、12 ヶ月目に観察 対象爪の状況を観察し評価をしたとこ ろ、6 ヶ月目には著明改善、改善、やや 改善したのが 85%、不変が 15.0%、悪 化は認められなかった。また 12 ヵ月後 には著明改善、改善、やや改善が 87.5%、 図 4 イトラコナゾールの構造 不変が 4.2%、悪化が 8.3%であった。また、 治療効果判定の指標として用いられている爪混濁比を見てみると治療開始前は平均 8.4 であったものが 6 ヶ月目には平均 4.0、12 ヶ月目には平均 2.4 にまで減少した。 以上のことから ITCZ パルス療法の奏効率は高いといえる。また、毎日飲み続ける必 要がないためコンプライアンスが良好で治療効果が高い。しかし、効果が不十分な場 合もあるので 1 年を待たずに必要に応じて新たな対処法や治療法を追加、変更を可能 としておくことが望まれる。イトラコナゾールは非常に有効性の高い薬であるが、重 大な副作用としてうっ血性心不全や肺水腫、肝障害などがあるので下肢浮腫や呼吸困 難などの症状に注意し、異常が認められた場合には使用を中止するなどの適切な処置 が必要である。また、定期的な肝機能検査を行うことが望ましい。 ② テルビナフィン(TBF)塩酸塩 10) 11) 12) 13) 現在日本での爪白癬に対する治療の主流 はイトラコナゾールのパルス療法と並んで テルビナフィン 125mg/日 6 ヶ月内服療法で ある。TBF 6 ヶ月内服療法の完遂率は 50~ 70%である。テルビナフィン 125mg/日 3 ヶ 月間の短期内服療法を行い、治療開始 6 ヶ月、 図 5 テルビナフィン塩酸塩の構造 12 ヶ月での有用性、有効性を検討した結果、 10 6 ヶ月後では著効、有効、やや有効が 86.5%、12 ヵ月後では 100%であった。爪混濁 比の改善度を見てみると、治療開始前と比較して治療開始 6 ヵ月後では改善以上が 67.5%、12 ヵ月後では 100%の改善度であった。したがって TBF 125mg/日 3 ヶ月投 与でもかなりの臨床効果が期待できると思われる。中等症や重症の場合は 3 ヶ月の投 与でもかなりの改善が期待できるが、6 ヶ月内服治療した 356 例の患者では内服開始 後 1 年目に治癒と判定していた患者 25 例中、その 2 年後までに 8 例が再発した、と の報告があり、7)このことから見かけ上治癒していても再発の危険がありその後の再 発等を考慮すると、完全治癒を目標とするためにはやはり 6 ヶ月の内服が必要である と考えられる。本剤は、警告として肝障害や汎血球減少、無顆粒球症、血小板減少が 起こることがあるとされている。本剤を使用する場合には肝機能検査及び血液検査を 行い、投与中は発疹、皮膚瘙痒感、発熱、悪心・嘔吐、食欲不振、倦怠感や咽頭炎、 発熱、リンパ節腫脹、紫斑、皮下出血等の随伴症状に注意し、定期的に肝機能検査や 血液検査を行うなどの観察を十分に行う。その他にも、眠気、めまい・ふらつき等が あらわれることがあるので、高所作業、自動車の運転等危険を伴う機械を操作する際 には注意させる必要がある。ここで紹介したテルビナフィン塩酸塩を用いた治療は経 口投与であるが、経口投与法は薬物吸収の観点より初回通過効果や服用後の副作用に 対する薬剤中止の困難が問題となる。そこで近年これらの問題点を回避できる貼付剤 の開発が進んでおり、現在第Ⅲ相試験が行われている。本開発は患者の様々な負担軽 減のためにも重要と思われる。貼付剤にすることでより使用しやすくなることが期待 できる。 4-3.巻き爪、陥入爪の予防・ケア 巻き爪、陥入爪は深爪や窮屈な履物などによる側方からの圧迫が原因で発生し 5)、 現在では外科的な治療法が主に行われているが、これらの疾患を「予防」を意識する ことで発症を避けることが可能と思われる。爪を正しく切る、爪郭のケアを行うこと で爪のトラブルの減少につながるのである。2003 年度から厚生労働省の介護保険制 度の「介護予防・地域支えあい事業」において、「足指・爪のケアに関する事業」が 加わり、フットケアの重要性がさらに強調され、巻き爪のケアなどはマニュアル化さ れ、セルフケアしやすくなったとも考えられる。そのマニュアルを次ぎに紹介する。 1) 角質除去 角質除去を行い、感染を予防する。爪と皮膚を見分け安全に爪を切る。 2) 爪切り 爪をスクエアオフにカットして巻き爪、陥入爪の予防を する。スクエアオフについては図 4 に示した。14) 3) ヤスリがけ 衣服に引っかかり、爪が剥がれることや二枚爪を予防す る。ガラスヤスリを使用する。 11 4) マッサージ 血行促進(血液・リンパ)や皮膚呼吸を促進させる。爪の周囲、足趾、足背、足 底、下腿にマッサージクリームを塗る。 上記のマニュアルを 4 週間、入浴後に 2 名の対象患者に対して行ったところ、巻き 爪・陥入爪は皮膚の乾燥や浮腫、他の爪の異常が併発していることも多く、巻き爪や 陥入爪の症状が改善することはないが、角質の除去を確実に行うことができ、爪周囲 炎の予防や乾燥の改善には貢献することが分かった。14) 5.おわりに 爪は人が生活をする上で、物を掴んだり細かい作業をしたりうまく体を支えたりと、 非常に重要な役割をしている。本論において爪の疾患、その特徴について詳しく述べ てきたが同じ疾患でも原因がさまざまであり、遺伝が関係する場合もあり、その機構 は複雑である。また疾患により爪の色や形が変化してしまうことが多く人の目につき やすい部位であることから患者にとっては精神的な苦痛を伴う侮れない疾患である。 薬物を使用して、また外科的に治療を行い症状を抑えることも重要であるが、原因を 知りその原因を除去すること、合併症を治療することも重要なことである。薬物療法 においてはコンプライアンスの尊守が予後の良し悪しを左右することもある。例えば 爪白癬は医師の指示通りに服薬しないと見かけ上治癒したように見えても再発の可 能性が高まる。ここで薬剤師が薬を正しく飲むことの大切さや薬を自己判断でやめな いように患者に説明するとともに、ハイヒールやネイルアートの不適切な使い方をす るなどの生活習慣によっても症状が悪化すること、治療の妨げになることをしっかり 服薬指導に盛り込んで伝えることが重要と思われる。さらに治療に関する伝達ばかり でなく、爪疾患を引き起こさない日々のケアについても説明を加える心がけが疾患発 症抑制につながると思われる。薬剤師の適切なアドバイス、その手法が問われること となる。 謝 辞 本論文を作成するにあたり、様々なご指導を頂きました物理薬剤学研究室 飯村菜 穂子准教授に感謝いたします。 12 引用文献 1) 最新皮膚科学大系 第 17 巻 付属器・口腔粘膜の疾患,中山書店,186-211 2) A.シェフラー,S.シュミット著,三木明徳,井上貴央監訳:からだの構造と機能, 3) 4) 5) 6) 133 高野廣子:解剖生理学,南山堂,425-428 オーストラリア治療ガイドライン委員会原著,医薬品・治療研究会/医薬ビジラン ス研究所編訳:皮膚疾患治療ガイドライン,189-201 原田和俊,宮島さゆり,山口美由紀,島田眞路:巻き爪と陥入爪の治療,Skin Surgery,20(2),117-124(2011) 桑名隆一郎:炭酸ガスレーザーによる陥入爪の新しい治療法,皮膚科の臨床,52(3), 365-370(2010) 7) 最新皮膚科学大系 第 14 巻 細菌・真菌性疾患,中山書店,210-212 8) 田中稔彦,鍋島裕紀子,秀道広,森本謙一,高路修,鼻岡佳子,堀内賢二,森保, 新見直正,森川博文,柳瀬哲至,行徳英一,岡部勉,仁熊利之:爪白癬に対する イトラコナゾールパルス療法の治療効果と爪混濁比の経時的推移,西日本皮膚科, 71(6),603-608(2009) 9) 添付文書 イトラコナゾール錠 50「MEEK」 10) 荒尾友美子,久保田由美子,八坂典子,宮地素子,中山樹一郎:趾爪白癬に対す る塩酸テルビナフィン 125mg3 ヶ月短期内服療法の臨床効果の検討,西日本皮膚 科,71(5),517-525(2009) 11) 添付文書 テルビナフィン錠 125「MEEK」 12) 東禹彦:爪白癬に対する terbinafine 125mg の 12 週投与郡の爪組織内貯留性の検 討および臨床効果の検討,Jpn J Med Mycol,48、153-158(2007) 13) Nakano Naomi,Hiruma Masataro,Shiraki Yumi,Chen Xuejun,Porgpermdee Sarawan,Ikeda Shigaku:Combination of pulse therapy with terbinafine tablets and topical terbinafine cream for the treatment of dermatophyte onychomycosis: A pilot study,The Journal of Dermatology,33(11), 753-758(2006) 14) 清野真誠,佐々木裕隆:巻き爪、陥入爪の予防ケアマニュアルを作成・実施して, 日本リハビリテーション看護学会学術大会集録,21,299-301(2009) 13
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