© 2014 Japan Geriatrics Society Geriatrics and Gerontology International 2014;3:508-513 METHODOLOGICAL REPORT Mini-Emotional State Examination for dementia patients 認知症情動機能検査法 Masahiko Fujii1, JamesP.Butler2, Akiko Hirazakura1 and Hidetada Sasaki1 1Sendai 2Division Tmizawa Hospital, Sendai, Japan and of Sleep Medicine, Department of Medicine, Harvard Medical School, and Brigham and Women’s Hospital, Boston, Massachusetts, USA 1 仙台富沢病院 2 藤井昌彦 ハーバード大学 平桜あき子 佐々木英忠 James P. Butler 抜粋 目的:情動機能は、認知機能と同様に、認知症患者のケアと管理を評価するための重要な要 因である。ミニメンタルステート検査(Mini Mental State Examination、MMSE、認知機能 検査)に加えて、我々は認知症患者における情動機能の検査のためにミニエモーショナ ルステート検査(Mini-Emotional State Examination 、MESE、情動機能検査)を開発した。 き ゅ うか く 方法:MESE は、二部構成となっている。第一部は、五感(視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚)によ る情動機能を調査する。第二部は、優しさ、暴力、幸せ、悲しみならびに人情への反応、 社会規範への反応、社会現象への反応、不幸への反応といった総合的情動機能を調 査する。検査は、30 の質問で構成され、30 点満点で評価する。仙台富沢病院で、40 名 の認知症患者に MESE の試験を実施した。 結果:MESE の得点は、MMSE の得点とだいたい一致したが、MMSE 得点から独立して、MESE 得点は広範囲に分布された。9 名の患者で MESE の得点が 23 点を超えた。 結論:MMSE と MESE の得点の分布の違いは、認知機能と情動機能が独立して、認知症に影 響を与えていることを示しているもので、両方の機能の評価は、認知症患者のケアと管 理する上で考慮していく必要がある。 キーワード:MESE、MMSE、認知症患者、情動機能、認知機能 導入 しんひしつ 脳の機能は、主に認知機能に関与する新皮質と、主に本能、感情と快適さや不快感に関与 だ い の う へん えん けい する情動機能に関連した大脳辺縁系に分けることができる(1)。これらは、さまざまな方法で相 互作用している。例えば、大脳辺縁系から生じるさまざまな強い感情は、新皮質に基づく認知 機能によって制御される。反対に、大脳辺縁系は、新皮質を介して機能させ、機能的に制御 を果たす(2)。認知症のように、病的状態での新皮質の機能低下によって、患者は、怒り、興 奮、不安などの大脳辺縁系に関連した否定的な感情をあらわにする(認知症の精神行動異常 behavioral psychological symptoms of dementia:BPSD)。このような BPSD の認知症患者は、通 常の抗精神病薬を含む、向精神薬で治療する。しかし、これらの薬の多くは副作用があり、特 に抗精神病薬において報告されている(3)。我々は以前、大脳辺縁系に対し有利な性質の感 情的刺激は、任意の副作用なしで BPSD の有効な治療であり得ることを示した(4)。大脳辺縁 系だけでなく、新皮質の両方の機能が認知症のケアのための鍵であるが、認知症に関する多 くの研究は、単に新皮質の認知機能のみに焦点を当てている。大脳辺縁系の情動機能に注 意を払ったレポートはほとんどなかった。本研究では、大脳辺縁系の情動機能を採点する実 用的な方法として、ミニエモーショナルステート検査(Mini-Emotional State Examination : MESE、情動機能検査)を開発し、認知症患者の新皮質の認知機能を測るミニメンタルステート 検査(Mini Mental State Examination:MMSE、認知機能検査)と比較した(5)。 方法 MESE は、二部構成の質問で情動機能を評価する。第一部は、五感(視覚、聴覚、触覚、嗅 覚、味覚)による情動機能を検査し、第二部は、総合的情動機能を検査する。MESE は一連の 質問に対し、望ましい回答をしたら 1 点加算し、30 点満点で構成されていて、高得点なほど健 全な情動状態であると示す(表1)。視覚は、笑顔、泣き顔、怒り顔を見せて、3 つの質問に対し ての反応で判定する。聴覚に関する二つの質問は、丸みを帯びた図形に対し丸い母音の造 表1:Mini-Emotional State Examination (MESE) 認知症情動機能検査 名前__________性____年齢__(平成 年 月 日) 1.五感による情動機能 1)表情を問う;笑っている(泣いている、怒っている) 0,1,2,3 顔はどれですか。 (視覚) 2)ブーバとキキに対応する図形 (聴覚) 0,1,2 丸みとギザギザ図形 (触覚) 3)身柱への反応 0,1 ありかつ喜ぶ 4)においへの反応 (嗅覚) 0,1 家族へ聞く;ありかつ喜ぶ 5)味への反応 (味覚) 0,1 家族へ聞く;ありかつ喜ぶ 2. 総合的情動機能 1)親としてのやさしい表情をする 0,1 家族へ聞く 2)怒る、笑う、泣く、不安がる等への情動 0,1 家族へ聞く 3)人情への反応 0,1,2、3、4 恋文、おいしいよ、マッチ売りの少女、最後の一葉 4)社会規範への反応 0,1,2,3,4 蜘蛛の糸、孫悟空、姥捨て山、鳥居強右衛門 5)幸福への反応 0,1,2,3,4 泣く子ども、お祭りと成人、温泉の笑顔、縁側の茶のみ友だち 6)社会現象への反応 0,1,2,3,4 かわいそうなぞう、世界一危険な動物、イルカのジャンプ、震災 7)不幸への反応 0,1,2,3,4 特攻隊の写真、広島の原爆、オダネルの写真、戦災孤児 合計____点 (30 点満点) 語(例えば、ブーバ)と角度的な図形に対し鋭い母音の造語(例えば、キキ)を関連づけされる しんちゅう きょうついきょくじょう と っ き ことで判定する(6)。触覚への反応は、身柱というツボ(脊柱上で第 3胸椎棘状突起と第 4 胸椎 棘状突起間にある、GV12)をさすり快適または不快に思う度合いで判定する(7)。嗅覚と味 覚については、患者が飲食時に表す喜びの度合いを介護者に尋ねることによって判定する。 MESE の五感による情動機能の得点は8点満点になる(視覚=3 点、聴覚=2 点、触覚=1 点、嗅 覚=1 点、味覚=1 点)。 第二部の総合的情動機能については、7 つのカテゴリーで評価する。カテゴリー1および 2 は、患者が日常的に優しさを示すか、喜怒哀楽を表情に出すかを家族や介護者に質問して 判定する。 続いて、総合的情動機能は、4つの題材からなる5つのカテゴリーで評価し、20点満点にな る。 それぞれの質問は、一つの代表的な絵、写真を見せながら質問し、患者が内容を理解し、 思いやりを示せば、適切な反応として評価する。 カテゴリー3:人情への反応。このカテゴリーには 4 つの短編小説に対する患者の反応を見 ます。「恋文」は、結婚した矢先に第二次世界大戦で夫を失った老女が書いた涙の物語であ よくりゅう る。「おいしいよ」は、第二次世界大戦後 7 年間シベリアで抑留され帰還した夫に、妻が用意し た精いっぱいのごちそうに対する感謝の物語。「マッチ売りの少女」は、1848 年に H·クリスチャ ン·アンデルセンが書いた有名なおとぎ話である。「最後の一葉」は、1905 年に O·ヘンリーによ って書かれたよく知られている話です。 カテゴリー4:社会規範への反応。4 つの道徳的な内容の物語に対する患者の反応を見る。 く も 「蜘蛛の糸」は、1918 年に芥川龍之介が書いた、地獄に落ちた自分勝手な男の話です。「孫 悟空」は、16 世紀古代中国の小説「西遊記」の中の物語に出てくるキャラクターで、現代版猿 う ば す き き ん 少年の話。「姥捨て山」は、極度の飢饉の時代に課せられた、年老いた親を山に捨てに行く悲 と り い す ね え も ん 劇的な物語です。「鳥居強右衛門」は、1575 年、織田信長と武田勝頼との長篠の戦いで長篠 あしがる 城に自分を犠牲にして援軍の知らせをした有名な足軽の物語。 カテゴリー5:幸福への反応。天狗に抱かれて泣く子ども、お祭りのカップル、温泉で笑みを 浮かべる人、縁側の茶飲み友だち、これら 4 枚の写真を見せての反応を見る。 カテゴリー6:社会現象への反応。4 つの物語に対する、患者の反応で評価する。「かわいそ うなぞう」、1953 年にまど・みちおが書いた、第二次世界大戦中に上野動物園で屠殺された象 の有名な悲しい童謡です。「世界一危険な動物」、イギリスの動物園で、展示された世界で最 も危険な動物は人間であるという、ブラックユーモアな話です。「イルカのジャンプ」、芸はぎこ あいきょう ちないがその愛嬌に、人気が出たイルカの話。「震災」、多くのものを破壊した 2011 年に起きた 東日本大震災、自分自身を犠牲にして、津波に対する注意を促し続けた若い女性の話。 カテゴリー7:不幸への反応。4 枚の写真と物語で反応を見る。「特攻隊の写真」は、小さな 犬を抱いている第二次世界大戦中の特攻隊員の写真です。「広島の原爆」は、1945 年に広島 ひ ん し 原爆後の荒廃した写真と、一人はもう死んでいて、もう一人は瀕死の状態の二人の子どもを抱 えた若い母親の話です。「オダネルの写真」は、J.オダネルが撮影した、1945 年長崎原爆後 に死んだ妹を背負った少年の写真と撮影経緯の逸話。「戦災孤児」は、満州からの引き上げ ほうむ 船が舞鶴港に到着した写真と船中で亡くなった子どもたちを海に 葬 った悲劇の物語。 我々はこの新しい検査方法を、仙台富沢病院に入院している、2〜4 週間安定していた40 名の認知症患者に実施した。すべての患者に対し、精神障害の診断と統計の手引き第四版 (Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition:DSM-Ⅳ)に基づいて、 認知症の診断を行った(8)。すべての患者は、一人で食事ができて、快適さ、不快感などの感 情を明瞭に表現することができた。抗精神病薬を含む向精神薬は、必要に応じて処方され、 患者の BPSD は1ヵ月間安定していた(9)。参加者または家族からは、書面での告知に基づく もうけん 同意を得た。盲検法を用いて、看護師が直接患者を観察し、MESE、MMSE、バーゼル指数 (10)、Neuropsychiatric Inventory:NPI(得点が低いほど、症状に問題はない)(11)を実行した。 ウィルコクソンの符号付順位和検定を用いて解析した。結果は、統計学的に p<0.05 の意義 であると考えられた。データは、平均±標準偏差(SD)として表す。 結果 MESE は、女性 22 名と男性 18 名(81±9 歳、バーゼル指数 42 ±23、NPI23±16、MMSE12 ± 6)に対して実施した。図 1 に、 MESE と MMSE との関係を示 す。MESE の得点は、MMSE の 得点と大体一致した(P<0.05)。 9 名の患者は、MMSE にかかわ りなく 23 点を上回った MESE を 示した。MESE と NPI、バーゼル 指数の間には、関係性はなかっ た。 討議 単語の記憶、数字の記憶、計算問題などの脳の認知機能に焦点を当てた MMSE とは対照的 に、MESE は、さまざまな設定で人情、道徳観念 、 社会常識 、 幸福や不幸に関連した、快 適さや不快感などの情動機能を測るものである。多くの患者は深い情動状態を示し、MESE 参 加中に涙で息を詰まらせることもあった。MESE を実施することは、一種の精神医学的な治療と なる。MMSE の質問があまりにも単純で、時折、試験を継続することを患者が拒否することがあ るが、MESE の場合は、強くそして深く感情を想起されるようで患者は、嬉しそうに参加してい た。MESE は、約 15〜20 分で完了する。 確かに、採点方法の多くは主観的であるが、検査官は、応答に対する妥当性の判断は合理 的に一貫性を持っていた。20 人の患者に対し、同一の検査官で複数回 MESE を検査したとき に、点数の違いは 3 点以内で、この検査法での相対的な安定性を示した。 うつ病や自殺願望などの情動の状態が報告されるが、それらの病理的な情動はアルツハ イマー患者の情動機能である。(12)(13) 情動検査に対する患者の表情を理解したうえで、 加点していった。(14) 人情、道徳、幸福、悲しみ、社会現象への情動反応は、確実に、ここ の生活様式、文化、宗教感、歴史などの社会的要因を含む多くの要因に左右され、普遍的で ないことは認識している。現在の MESE は特に日本人のために作成したもので、当然他国の 患者に対しては改訂の必要がある。 この大ざっぱな性質にもかかわらず、ここで提案している MESE は、認知症患者のケアと管 理の補助に有益であることを、我々は強調する。重要なのは、認知機能低下、情動機能低下 のレベルは、認知症患者において独立した特徴であると思われる。我々が観察したように、そ こに、認知機能と情動機能の間には大まかな関連性があるが、相関関係ではない。即ち、 MMSE などの認知機能検査では関連づけられていない独立した情動機能が存在すると思わ れる。実際に、何名かの認知症患者が、認知機能に関係なく正常な情動反応を見せたことは 驚きであった(ほとんどの患者は、両方の認知機能、情動機能の両方に障害を見せた)。 最後に、深刻な記憶の低下で、多くの BPSD の特徴が保持されることに注意しなくてはなら ない。これは、大脳辺縁系の機能が比較的十分に保持されることを示す(12)。これらの患者で は、心地よい感覚刺激が、BPSD の出現やその他不適切な行動を抑制する助けになる。このよ うな刺激は、認知機能の回復の助けにもなる(13)。重要な点は、新皮質の機能と大脳辺縁系 の機能との間の適切なバランス(14)が「バランスドエイジング」(バランスの良い加齢)を促進す るための本質的特徴であることである。いずれか一方のみを不適切に強調し除外することは、 特に高齢者における全体的な健康に有害である。 利益相反 利益相反がないことを宣言する。 引用 1. Fujii M, Sasaki H. Stimulation but not neuroleptics. Geriatr Gerontol Int 2009; 9: 217-219 2. Butler JP, Fujii M, Sasaki H. New lessons of nurturing life for geriatric patients. Tohoku J Exp Med 2012; 227: 203-210. 3. Huybrechts KF, Gerhard T, crystal S et al. Differential risk of death in older residents in nursing homes prescribed specific antipsychotic drugs: population based cohort study. BMJ 2012; 344: e977 4. Ishizuka S, Azumi M, Fujii M, Sasaki H. Non-medical care for geriatric patients. Geriatr Gerontol Int 2012; 12: 2-4. 5. Folstein MF, Folstein Se, Mc Hugh PR. “Mini-mental stete”. A practical method for grading the cognitive state of patients for clinician. J Psychiatr Res 1975; 12: 189-198. 6. Ko”hler W. Gestalt Psychology (2nd Edn.). New York, Liveright Publishing, 1947. 7. Satoh S, Kajiwara M, Kiyokawa E, Toukairin Y, Fujii M, Sasaki H. Rivastigmine patch and massage for Alzheimer’s patients. Geriatr Gerontol Int (in press). 8. American Psychiatric association. Working Group on Alzheimer’s disease and Related Dementias. Practice guideline for the treatment of patients with Alzheimer’s disease and other dementias of late life. Am J Psychiatry 1997; 154 (Suppl 5): 1-39. 9. Asanuma K, Sumi S, Fujii M, Sasaki H. Psychotropics for patients with dementia. Geriatr Gerontol Int 2013; 13: 1-2. 10. Mahoney FI, Barthel DW. Functional evaluation: the Barthel Index. Md State Med J 1965; 14: 61-65. 11. Cummings JL, Mega M, Gray K, Rosenberg-Thompson S, Garusi DA, Gormbein J. The neuropsychiatric inventory comprehensive assessment of psychopathology in dementia. Neurology 1994; 44: 2308-2314 12. Onega LL. Assessment of psychoemotional and behavioral status in patients with Alzheimer’s disease. Nurs Clin North Am 2006; 41: 23-42 13. Tappen RM, Williams C. Alzheimer’s mood score:validity and reliability (abstract). Gerontolog Soc Am, 52nd Ann Sci Meeting, San Francisco 1999 14. Shimokawa A, Yatomi N, Anamizu S et al. 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