抑制 から抱擁 へ - 株式会社ユニケア

© 2010 Japan Geriatrics Society
Geriatrics and Gerontology International 2010; 10: 264-266
LETTER TO THE EDITOR
Holding but not restriction
よくせい
ほうよう
抑制から抱擁へ
Hisashi Kudo1, Kaori Sato2, Satoshi Bohra2,
Taeko Yamamoto2, Masahiko Fujii2 and Hidetada Sasaki1
1Akita
Nursing and Welfare University, Oodate Akita and
2Sendai
秋田看護福祉大学
仙台富沢病院
Tomizawa Hospital, Sendai Japan
佐々木英忠 工藤久
藤井昌彦 山本妙子 坊良聡 佐藤かおり
認知症の精神行動異常(Behavioral and psychological
symptoms of dementia : BPSD)は、老人介護において難し
い症状である。激しい BPSD に対しては、抗精神病薬を処方
い
す
しば
したり、あるいは、ベッドまたは椅子へ縛り付け、抑制する
ことがある。BPSD は人、時間、状況、またその他の記憶の
誤解から生じ、
それは認知症患者の社会生活を混乱させる 1。
不適切な認知症患者の介護では、BPSD をよりいっそう深刻
化させてしまう。育児においては、子供を安心させるために
母親がきつく抱きしめてあげることを経験的に勧めている。
介護者は、不安、恐れ、怒りを軽減させ安心させるために、
ときどき認知症患者を抱きしめる。
今回の研究では、シャツ、ズボン、ソックス、エプロンな
ど普段着を着た、頭、顔、首、腕、胴体、脚にやわらかい綿
を詰めた人間のサイズのぬいぐるみ人形を製作した。この人
図 1A:人形は椅子に座って、背もたれと
形は、肘掛けのない椅子の座面と背もたれに座っているよう
座面に固定。人形の腹部バンドと
に固定した(図1A)。患者を人形の上に座らせて、患者を
腕によって患者を抱擁する。腹部
人形の腕で抱きしめた(図1B)。人形の腕は、マジックテ
バンドと腕は、マジックテープで
ープで固定した。患者は、人形の脚部の上に快適に座ってい
固定できる。
た。患者は、人形に抱擁されることによってリラックスし、
時折、人形の手をさすってあげていた。
BPSD 患者を無作為に 2 つのグループに分けた。1つのグ
ループには、人形を処方し、もう1つのグループには、人形
を処方しない。すべての患者は、長期療養型病院の仙台富沢
病院の入院患者から集めた。精神障害の診断と統計の手引き
第 四 版 ( Diagnostic and Statistical Manual of Mental
Disorders, Fourth Edition:DSM-Ⅳ)に基づいて、認知症
の診断を行った2。すべての患者の体調は、過去 3 ヵ月間で
安定していた。基準として、身体検査、神経学的検査、脳コ
図 1B:不安のために情緒不安定になり、
ンピューター断層撮影(CT)走査、認知機能検査(Mini-Mental
しばしば徘徊していた患者が、人形によっ
State Examination:MMSE) 、日常生活動作(ADL)におけ
て抱擁されることでくつろいでいる。人形
る機能的評価指数バーゼル指数(得点が高いほど、日常生活
に優しくされていると思って、患者は人形
動作に支障がない) をそれぞれ調べた。BPSD については、
の手をさすっている。家族の承諾を得た上
神経精神症状を検査・評価するためのスケール
で、写真を掲載している。
3
4
(Neuropsychiatric Inventory:NPI)得点が低いほど、症
状に問題はない)5によって評価した。アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、両方併発の患者
がいた。重大な病気(腫瘍性疾患、急性炎症、その他今回の研究を行う上で支障が出るような病気)
わずら
を 患 っている患者は、除外した。
25 人の中度から重度の認知症患者(女性 16 名、男性 9 名;平均±標準偏差(SD)、82±9 歳;MMSE
8±7)で調査した。研究の詳細な説明をした上で参加者または彼らの家族から告知に基づく同意書を
得た。塩酸チアプリド(25mg)
、ドーパミン D1 拮抗薬、選択的な実績のある神経遮断薬を必要に応
じて処方した。患者は、人形を処方するグループ(n=11)と人形を処方しないグループ(n=14)に
無作為に分けた。介護士は患者を人形の固定された椅子へ優しく誘導し、朝、午後、夕方 1 日 3 回お
よそ 30 分~1 時間、人形に抱擁させて、4 週間観察した。2 名の患者が人形に抱擁されるのを拒否し、
はいかい
他の 9 名はスケジュールの 3 分の 2 以上を実行した。3 人の患者は、徘徊がひどかったり、転落骨折
の恐れがあったり、他の患者と問題を起こしたり、またトイレを汚してしまったりして、介護を悩ま
もうけんほう
せた。正看護師が、直接患者を観察し、処置状況については盲検法を用いて、NPI、MMSE、バーゼ
ル指数テストを実行した。すべての数値は、開始時と 4 週間後と2回にわたり調査した。得られた
NPI、MMSE、バーゼル指数の結果は、ウィルコクソンの符号付順位和検定を用いて解析した。結果
は、統計学的に p<0.05 の意義であると考えられた。データは、平均±標準偏差(SD)として表す。
基準となる患者の身体的な特徴は、表 1 に示す。2 つのグループの間にパラメータに関する有意差
はなかった。人形への患者の反応は、人それぞれさまざまであった。大部分の患者は、人形に抱擁さ
れた後、くつろいでいた。一部の患者は、人形の手にマッサージをしていた。一部の患者(特に男性)
は、決まり悪そうに微笑んでいた。患者は、腕を放そうとはしなかった。30 分~1 時間後に、患者が
あ
抱擁されるのに飽きてきた様子ならば、人形から解放した。NPI は、基準値から最終値で処方グルー
プでかなり減少した(25±11 対 17±10)
(p<0. 01)が、対照グループでは変化はなかった(27±13
対 25±12)。
施設での BPSD 患者に対する、椅子またはベッドへの抑制は、禁止されている。しかしながら、し
ばしば、抑制は BPSD 患者を看護する上で回避不可能な方法である。今回の研究において、抑制しな
くても患者をくつろがせる人形に抱擁されることは、BPSD 患者を介護する上で有効である。孤独か
ら不安または恐れを抱く人は、特に母親に対する子ども、あるいは家族または介護者に対する認知症
患者のように信頼できる他者を欲している。子どもは母親の腕の中でくつろぎ安心感を得る。正確な
理由がわかっていないが、BPSD 患者は幼児母関係と類似した理由で安心するのかもしれない。患者
だいのうへん えん けい
は混乱した感情から守られ、適した状況だということがわかるのかもしない。BPSD が大脳辺縁系の
せいぎょ
制御を徐々に悪くするのであれば、抱擁による大脳辺縁系への心地よい身体的刺激は、つまらない混
乱した感情を脇へ追いやるでしょう 6,7,8,9。
表1:BPSD 患者の身体的特徴
グループ
処方グループ
対照グループ
性別(男:女)
3:6
4:10
年齢
82±8
81±9
6AD, 1VD
9AD, 2VD
2AD with CVD
3AD with CVD
疾患の継続時間(月)
26±9
21±13
NPI 基準
25±11
27±13
MMSE 基準
8±7
7±9
バーゼル指数 基準
41±26
38±24
疾患
数値は平均±標準偏差 SD グループ間で特徴的な有意差はなかった。
AD:アルツハイマー型認知症 VD:脳血管性認知症
CVD:脳血管疾患
引用
1
Fujii M, Sasaki H.Stimulation but not neuroleptics. Geriatr Gerontol Int 2009;9: 217-219.
2 American Psychiatric Association.Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorder, 4th
edn.Washington, DC : American Psychiatric Association, 1994.
3
Folsten MF, Folsten SE, Mc Hugh PR"Mini-mental state". A practical method for grading the
cognitive state of patients for clinician. J Psychiatr Res 1975;12:189-198.
4
Mahoney FL, Barthel DW.Functional evaluation : the Barthel Index. Md State Med J
1969;14:61-65.
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Cummings JL, Mega M, Gray K, Rosenberg-Thompson S, Garusi DA, Gormbein J.The
neuroosychiatric inventory comprehensive assessment of psychopathology in dementia.
Neurology 1994;44:2308-2314.
6
Fujii M, Hatakeyama R, Fukuoka Y et al.Lavender aroma therapy for behavioral and
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7
Fukuoka Y, Hatakeyama A, Takahashi N et al.Four finger grip bag with tea to prevent smell
of contractured hand and axilla in bedridden patients. Geriatr Gerontol Int 2009;9:97-99.
8
Kudoh H, Hatakeyama A, Yamamoto T et al.Foot care using green tea paste for behavioral
and psychological symptoms in dementia patients. Geriatr Gerontol Int ( in press ).
9
Hirazakura A, Hatakeyama R, Fukuoka Y et al.Emotional therapy for patients with dementia.
Geriatr Gerontol Int 2008;8:303-306.
【日本語訳 株式会社ユニケア】