アジア人の働く意識と日系企業のさらなる成長のカギ

アジア人の働く意識と日系企業のさらなる成長のカギ
ホワイトカラーの働きがいとコンプライアンス(法令順守)についての意識調査から
株式会社日経リサーチ 執行役員 池田 達哉氏
池田執行役員
アジアの日系現地法人の人事担当
プやナレッジなどの組織インフラ、
ステークホルダーや社会貢献など社
者は日々、必要な人材採用に苦労し、
会的リレーションなど10分野50項目を設定し、
影響を掘り下げており、
現地スタッフのモチベーションアップに
国によって異なることがわかる。働きがいが高かったインドでは、
「自分は
苦心している。
日系企業従業員は自社を
自社の経営ビジョンや理念に共感をもてる」
「自社の経営方針は明確」
どう感じ、他の企業に勤める人とどんな
「自分の仕事が会社
(所属部署)
の業績に結び付いていることが実
違いがあるのか。11ヵ国で働きがいとコ
感できる」
などがとても高く「
、そう思う」合計は90%に達する。一方アジ
ンプライアンス
(法令順守)
についてホ
アで働きがいが低かったシンガポールでは、
「上司は自分のキャリアプラ
ワイトカラーに意識調査を実施したので
ンを正しく理解している」
「自社の福利厚生サービスは他社に比べ、
充
報告したい。
実している」
が低い。
この調査は、
連結売上1,000億円以上の大手企業に勤務する20
日系企業の評価は高いが、弱点も
~59歳ホワイトカラーにインターネットで調査した。回答者数は4,323
日系企業に対する評価はどうだろうか。
日系企業と、
地元企業、
日系
名。調査実施は、
アメリカ、
イギリス、
フランス、
ドイツ、
オランダ、
ベルギー
以外の外資企業、
それぞれに勤めている人を比較した。
といった欧米先進国と、
中国、
シンガポール、
インドネシア、
フィリピン、
イ
日系以外の外資系企業に比べて日系企業が勝っているのは、
「上
ンドのアジア5ヵ国。
司は自分の仕事に関してよいときも悪いときも、
随時、
意見を伝えてい
働きがいを感じる人が多いアジア、
しかし
仕事に満足を感じるポイントは国々で違う
る」
「駐在員や海外本社の関係従業員が言語も含めて自国の慣習・
図表1. 働きがい
する仕事や業務内容、
異動などについて検討してもらえる」
など。地元
自分にとって働きがいのある会社である
0
アメリカ
イギリス
フランス
ドイツ
オランダ
ベルギー
中国
シンガポール
インドネシア
フィリピン
インド
(参考)
日本
20
40
32
60
(%)
100
43
22
43
16
そう思う
44
31
どちらかと
いえば
そう思う
41
35
41
14
52
39
41
13
企業と比べてもこれらの項目で日系企業は勝っている。
日本本社や駐
在員が現地に溶け込もうと努力し、
コミュニケーションはとっている様子
が見受けられる。
一方日系企業が負けている項目は、
「活気があり、
自由でチャレンジ
精神あふれる職場である」
「自主的な企画・提案や新しい発想が受け
入れられやすい職場である」
「自社の福利厚生サービスは他社に比
45
33
10
80
文化の理解を高めるように、
自社は努めている」
「自社では自分が希望
40
50
39
51
35
32
べ、
充実している」
など。
日系企業では話はよく聞いてくれるが、
チャレン
ジする自由や裁量は認められることが少なく窮屈さを感じているようだ。
地元企業と比べても同様な傾向で、
加えて
「目標を達成した時に、
それ
まず
「自分にとって働きがいのある会社である」
かどうか、
「そう思う」
か
に見合う喜びが得られる仕事である」
も日系企業は低く、
報われないと
ら
「そう思わない」
までの5段階で答えてもらった。
「そう思う」
「どちらかと
感じているのではないだろうか。
日本ではホウレンソウが大事といわれ調
いえばそう思う」
の
「そう思う」合計をみると、
フィリピンやインドなどアジア
整が必要だが、
海外では与えられた業務範囲では自らの裁量で仕事を
諸国は欧米に比べて高いスコアでモチベーションが高い。
ただしシンガ
したいという意識が当たり前といわれる。
これが日系企業への不満に
ポールは低く、
欧米諸国を下回る水準だ。
また日本で実施した同様の
つながっているようだ。
調査を比較すると、
日本ははるかに低い数字だった。
さらに福利厚生もとても大切だ。
マネジャー層では例えば社用車の
それではこの働きがいは、
どんなことに影響を受けているのだろうか。
貸与やビジネスクラスでの海外出張など制度があることで、
「自分は選
弊社では価値の共感、
コミュニケーション、
キャリアプラン、
意思決定の
ばれた存在」
と感じさせるステータスシンボルの効果があるという。
ある
スピードや透明性などワークスタイル、
職場環境、
組織構造、
スキルアッ
人材紹介会社によれば、
日系企業の給与水準は他の外資系企業に
18 mizuho global news | 2016 MAR&APR vol.84
図表2. コンプライアンス意識
最も評価が高い国
回答者数
(人) 894
741
514
2番目に評価高い国
508
108
111
国 アメリカ イギリス フランス ドイツ オランダ ベルギー
職場に機密情報
(個人情報等)
の管理責任
者がいない、
わからない
職場の業務エリアに外部の人間がいても気
にとめない
職場には倫理的な問題より、業績の向上を
優先させる傾向がある
職場には取引先との癒着
(賄賂、情実取扱
等不正行為)
があると思う
上司から嫌がらせを受けたことがある
(または
そのような行為を見た・聞いたことがある)
職場で経費や勤務時間等の各種手当をご
まかして申告している人がいる
自社の経営層はコンプライアンス上、会社
の模範になるような行動をとっていない
信頼ができる会社に勤めていない
職場では業務の手順はルールやマニュアル
に則り、適正な方法で行われていない
職場で不当な差別
( 人種、信条、性別、宗
教、国籍、心身の障害、病気、出身、出生等
に基づく)
を受けたことがある
最も評価が低い国
514
106
シンガ
ポール
中国
(%)
100
103
624 124,888
インド
(参考)
フィリピン インド
ネシア
日本
正申告」
は30%を超えており、
13
25
41
35
32
30
43
40
44
42
64
23
注意が必要だ。
60
59
40
57
36
39
34
48
61
65
72
17
上記のような各国の状況を
26
41
47
42
48
34
63
47
52
72
72
23
考えると、
権限委譲が進めばさ
14
19
39
22
22
30
37
37
41
53
66
11
15
20
38
16
18
26
32
23
35
26
52
37
18
28
33
28
26
28
46
39
46
54
70
12
15
15
12
11
10
9
5
15
13
4
4
21
6
8
14
12
7
14
4
7
8
0
2
17
7
5
14
9
8
8
3
11
5
3
3
−
15
18
31
17
22
16
36
21
43
27
53
10
らにコンプライアンスリスクが高
くなるのは明らか。軽微な違反
だけではなく、
重大なコンプライ
アンス違反も生じる恐れさえも
ある。権限委譲を進めつつコン
プライアンスリスクを引き下げる
には、内部統制の仕組みと罰
則の導入が必要だ。
比べると、
ブルーカラーは決して悪くないが、
ホワイトカラーでは欧米企
海外戦略を進めるために 企業理念の浸透
業に比べてかなり見劣りする傾向という。例えば欧米企業に在籍する
統制の枠組みを整える一方で、
権限委譲された現地リーダー層に力
優秀な候補者がいても、
処遇面で折り合わないことが多いという。
これ
を発揮してもらうためには、
働きがいを持って切り開いていく積極性と、
は自社の給与テーブルとの整合性を維持するためだ。
さらになんとか転
法律や倫理を順守するコンプライアンス意識のバランスをとって業務
職にこぎつけても、
数年以内でやめてしまう人がほとんどで、
やめた理
を進めてもらうことが肝要。現地リーダーや社員に判断のよりどころとし
由は十分な権限と活躍の場を日系企業が与えないことだそうだ。給与
て指し示すべきものが企業理念といわれる。迷った時も自律的に動くた
テーブル内で雇うとすると新卒採用という選択になり、
創立時はすべて
めの指針となるものであり、
また欧米企業の例にあるように、
危機に際
が挑戦で育っていくが、
ある程度会社が成長すると新卒採用して社内
しても企業理念は判断のよりどころとなり、
迅速に対応して被害を最小
で教育しようとするがうまく育たない場合も多いと聞く。
ここでも十分な
化するのにも有効だ。
権限と活躍の場を提供することが必要なのではないか。
弊社の調査結果を分析すると、
日本でも海外でも
「企業理念」
を核
その一方で現地採用社員の中から優秀な社員が育ち、
現地法人や
に、
「誇りある製品サービス」
と
「明確な目標と評価」
が加わると、
働きが
グローバルでマネジメントを担ってもらうという段階に達した企業もみら
いにつながる好循環が生まれていることがわかる。
もちろんその際重要
れる。
そうなればホウレンソウをある程度維持するにしろ、
そばに常に駐
なのは、
経営トップの継続的なコミュニケーションであり、
企業の成長に
在員がいるわけでもないので、
権限委譲が不可欠であり、
不安になるの
つながる活動となる。
がコンプライアンスリスクだ。
図表3. 企業理念と働きがい
コンプライアンスリスクはアジアで高い
コンプライアンス意識もお国柄で大きな違いがある。特にインドがほ
ぼすべての項目で他の国よりリスクが高い。特に高いのは
「倫理よりも
業績が優先」
「業務エリアに部外者がいても気にしない」
「経費や手当
をごまかしている人」
がいるなどだ。次いで高いのがフィリピンと中国で、
相関性の高い項目の関係図
経営トップの継続的な
コミュニケーション
経営方針が
明確
評価を定期的に
フィードバック
企業理念に共感
「倫理より業績が優先」
という声が多い。
(37%)
、
中国
(37%)
とアジア諸国が並ぶが、
フランス
(39%)
も高い。
これらの質問は、
他人の不正行為を実際に見たわけではないが、
ある
と感じている人も答えている。
なのでこの質問で
「はい」
と回答された企
業がすべてコンプライアンス違反をしているわけではない。
しかし恐れは
あるということであり、
自社の調査でこのような結果が出た時は、
未然の
予防にもなるので改善プランの立案と実行をお勧めしている。一方日
系企業は、
他に比べるとリスクは低い。
しかしそれでも
「経費・手当の不
高い目標を持って
仕事に取り組む
異質な人材が
価値観を共有
また
「取引先との癒着
(賄賂、情実取扱等不正行為)
がある」で
は、
インド
(66%)
、
フィリピン
(53%)
、
インドネシア
(41%)
、
シンガポール
活気・チャレンジ
精神
製品サービスに
誇り
目標達成に見合う
喜び
働きがい
池田 達哉氏 プロフィール
25年にわたって主に海外でのリサーチに携わってきた。近年、
日経リサー
チはミャンマーなどアジアの新興国で家庭訪問調査などを数多く実施。
人事分野では現在13ヵ国で「日系企業における現地スタッフの給料と
待遇に関する調査」報告書を販売。従業員満足度調査も国内外で実施
し、
企業のES向上をお手伝いしている。www.nikkei-r.co.jp
mizuho global news | 2016 MAR&APR vol.84 1 9