67.ため池堤体の崩壊原因となった湧水の地質地下水調査事例

67.ため池堤体の崩壊原因となった湧水の地質地下水調査事例
Geological feature survey of ground water case of the spring water which became the failured cause of irrigation ponds
松尾健
和田岳史(愛媛県)
,寺川博隆(南條工業㈱)
○山本和彦
1.はじめに
上野恭志
木村義成(㈱ナイバ)
往資料や空中写真判読から,ため池の東側近傍に南北
愛媛県東温市のため池において,堤体の改修工事後
に堤体の一部が湧水を伴って小崩壊した.対策工の要
否を含めて湧水の原因を明らかにするため,地質地下
方向の断層が想定され,これが湧水の原因と考え,ボ
ーリング調査と電気探査を実施した.
表-2
水調査として水質検査(電気伝導度他)と,地質調査
水質検査結果一覧(2009 年 12 月測定)
水温
pH
(μs/cm)
(゚ C)
値
①渓流
103
10.0
6.2
②渓流
105
11.4
6.6
③渓流
182
11.4
7.2
④法尻のたまり水
124
13.3
7.6
⑤ため池内のたまり水
201
10.5
6.8
⑥ため池内の湧水
153
10.3
6.6
⑦ため池崩壊部の湧水
367
17.4
7.2
被圧
⑧崩壊部近傍の湧水
434
15.9
7.0
地下水
採水場所
(電気探査・ボーリング調査等)を実施した.その結
果,ため池背後の段丘面に伏在する凹地状の旧河床と,
断層に起因した被圧地下水であることが確認され,湧
水と地下構造との関係が明らかとなった.
堤体の小崩壊
B
A ⑦
⑧
ため池 ⑥ ⑤
①
④
②
電気伝導度
備考
地表水
4.地質調査結果
①電気探査のA側線では,ため池の東約 30m 付近に低
比抵抗帯を示す断層破砕帯が確認された(図-2).
②断層破砕帯の西側に岩盤の高まりがあり,表層付近
③
の低比抵抗部はこの部分で分断されている.
③電気探査とボーリング調査により,深度 3.0~5.0m
①~⑧:採水場所
付近の低比抵抗部に粘土層と砂礫層が分布する.地
ボーリング地点
下水検層により,地下水は粘土層下部の砂礫層を流
電気探査測線
動していることが確認された(図-3).
図-1
調査位置図
2.ため池の概要と崩壊の状況
本ため池は,図-1 の位置図に示すように,拝志川の
④以上の結果から,崩壊地の湧水は東側から供給され
た地表水でなく,地下深部からの被圧地下水である
と判断される.
右岸側に発達する中位段丘面に築堤された明治時代の
⑤ボ ー リ ン グ 地 点 の 被 圧 水 頭 は 深 度 2.4m ( 標 高
老朽ため池である.近年になり漏水が目立ってきたの
175.4m)を示す.遮水ゾーンのトレンチ部で測定し
で,前鋼工法による堤体の改修工事が行われた.なお,
ている被圧水頭は,最大値が貯水時に標高 175.65m,
鋼土トレンチ部の掘削中に基礎地盤からごく少量の湧
落水時では標高 174.9m であり,ボーリング地点の
水が認められた.
被圧水頭はその中間値を示す.
堤体工事終了後に,貯
水池側の抱土の法尻部が
幅約 10m,奥行き約 4m
規模で小崩壊し,その周
表-1 ため池の概要
築堤時期
約 140 年前
堤高
5.9 m
堤長
114m
貯水量
13,000 m3
辺からは湧水が発生していた.このため応急対策とし
て押さえ盛土を行い,さらに湧水部に塩ビパイプを設
置して湧水圧(水頭)の測定を行った.
3.水質検査結果
事前調査として現地踏査を兼ねて,湧水や渓流の水
について,電気伝導度,pH,水温の3項目を調べた.
表-2 に示すように崩壊部の湧水は,他地点と比較し
て電気伝導度と水温が大きく異なる値を示し,地下深
部からの地下水(被圧地下水)であると判断した.既
5.湧水と地下構造の関係
・岩 盤 の 高 ま り の 東 側 で は , 盆 状 に 凹 ん だ 基 盤 構 造
(旧河床)により地下水を貯留し,さらに断層破砕
帯(遮水層)の背面では地下水が上昇しやすい構造
となっている.
・断層破砕帯に沿って地下深部へ浸透した地下水は,
岩盤中の割れ目を流動して西側へ移動し,東側から
の水圧に押されて地下水は地表へ上昇する.この結
果,鉱物からイオン分が多量に溶け出し,電気伝導
度の高い地下水となった.
・上昇した地下水はため池付近に到達する.しかし,
粘土薄層が分布するため自由地下水にならず,粘土
層の下位にある砂礫層(k=10-4cm/s)を通過し,
被圧地下水となって基礎地盤を流動する.その一部
図-2
電気探査比抵抗分布図(A測線)
3.0
4.0
地下水流動層
4.5m
深度 GL.-m
5.0
6.0
7.0
8.0
10分後
20分後
30分後
60分後
120分後
9.0
10.0
-10.0
0.0
10.0
20.0
30.0
40.0
50.0
60.0
比抵抗値(KΩ-m)
図-3
地下水検層結果
図-4
ため池付近の地質断面
は貯水池内へ湧水し,ため池の貴重な供給源となっ
出させる工法とした.施工後,対策箇所以外への湧
ていたものと推察される.
水はなく堤体は安定している.ボーリング孔の地下
・このような状況の中,落水時に鋼土のトレンチ部を
掘削した際に,砂礫層に遭遇し湧水が吹き出した.
水観測では,ため池背後の水位は貯水位より常に高
く,逆流してないことも確認されている.
その湧水圧で抱土が浮力を受けて,小規模な法先崩
③現地踏査時に携帯したポータブル水質検査機は,そ
壊を起こした.湧水圧は,174.9m-172m≒0.3kgf/cm2
の場で水質を把握することができるので,地質地下
程度と想定される.
水調査には,ハンマーとクリノメーターに加え,必
6.まとめ
①対策工としては,地下水を遮断するグラウト工や被
須アイテムであることを再確認した.
④高密度電気探査による比抵抗断面図は,基盤構造や
圧水頭を低下させる水抜きボーリングが対策候補
断層破砕帯の位置,ならびに粘土層の検出において,
として挙げられた.しかし,グラウト工では背後の
地質調査結果や想定した地下構造に比較的よく合致
地下水が上昇し,別の箇所へリークする恐れがある.
している.この要因は,対象地盤の岩盤・砂礫・粘
水抜きボーリングでは,背後の水圧を下げるとため
土の各比抵抗値が大きく異なることが挙げられる.
池の水位が上昇した時に逆流して漏水の原因にな
る可能性がある.最終的には,図-4 に示すような押
さえ盛土工を選定した.
②押さえ盛土は,安定解析により落水時にも所要の安
全率を確保できるような形状とした.被圧地下水は
押さえ盛土の下部に設けたドレーンを通じて自然湧
最後に,中国四国農政局の備前信之様,京本功様に
は現場等で貴重なご意見をいただきました.本稿にて
厚く御礼申し上げます.