耐放射線性に優れた超伝導コイルのための電気絶縁用積層テープの

平成 27 年 8 月 18 日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
株式会社有沢製作所
耐放射線性に優れた超伝導コイルのための電気絶縁用積層テープの開発に成功
-国際熱核融合実験炉イーターの超伝導コイルに要求される耐放射線・電気絶縁性能を初めて達成-
【発表のポイント】
 国際熱核融合実験炉イーターの超伝導トロイダル磁場コイルに用いる、従来より 10 倍以上の耐放射
線性を有する電気絶縁用積層テープの開発に世界で初めて成功。
 開発した電気絶縁用積層テープは、高い電気絶縁性能を有することが国際的に認められ、日本だけ
でなく、欧州が製作を担当するトロイダル磁場コイルにも採用。
 本開発で得られた知見は、より厳しい耐放射線性が求められる核融合原型炉の超伝導コイルをはじ
め、放射線環境下で運転される電気機器の絶縁にも適用できると期待。
国際協力で進めている国際熱核融合実験炉イーター1)(以下、「イーター」という。)の超伝導トロイダル磁
場コイル2)では、これまでの核融合実験装置よりも10倍以上の放射線(1平方メートル当たり1022個の中性子、
1000万グレイ)に耐える超伝導コイル電気絶縁が必要とされています。国立研究開発法人日本原子力研究
開発機構(理事長:児玉敏雄。以下、「原子力機構」という。)と株式会社有沢製作所(代表取締役社長:有沢
悠太。以下、「有沢製作所」という。)は共同で、この要求を満足する超伝導コイル電気絶縁用積層テープ
(以下、「積層テープ」という。)の開発に世界で初めて成功しました。
トロイダル磁場コイルは、数億℃のプラズマを閉じ込めるための強力な磁場を発生するイーターの主要
機器であり、核融合反応によって発生する放射線の環境下において、1万9千ボルトの高電圧に耐えること
が要求されます。そこで、高電圧に耐える絶縁バリアとガラス繊維を接着した積層テープを超伝導導体3)の
周りに規則的に巻きつけ、樹脂を浸透させて加熱することで硬化し、電気絶縁層を形成して必要な電圧に
耐える構造となっています。しかしながら、これまでの超伝導コイルに用いられる接着剤を用いた積層テ
ープは放射線環境での性能が十分でなく、その開発がイーターのトロイダル磁場コイルの製作において
重要な課題でした。従来、超伝導コイルでコイルを固定するために使用していた放射線に強い低温(150℃
程度)で硬化する樹脂は粘度が低く、積層テープの接着剤として用いることが出来ませんでした。そこで、
低い硬化温度と高い耐放射線性を両立しつつ粘度を最適化した接着剤用の樹脂を開発し、これと絶縁バリ
ア及びガラス繊維を組み合わせた新たな積層テープを開発することに成功しました。これにより、耐放射
線性が必要な超伝導コイルの電気絶縁性能を大きく改善することが可能となりました。
本積層テープは、イーター機構1)の試験において耐放射線・電気絶縁性能を満足することが確認され、
その高い性能が国際的に認められました。
【本件に関する問い合わせ先】
その結果、本積層テープは日本が製作し
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
ているトロイダル磁場コイルにおいて本年
(内容について)
核融合研究開発部門 那珂核融合研究所 ITER プロジェクト部
6月から開始した電気絶縁作業に使用され
超伝導コイル開発グループ グループリーダー 小泉 徳潔
ています。さらに、欧州が担当するトロイ
TEL:029-270-7540 FAX:029-270-7579
(報道対応)
ダル磁場コイルにも採用されました。また、
広報部 報道課長 中野 裕範
将来の核融合原型炉用超伝導コイルの電
TEL:03-3592-2346 FAX:03-5157-1950
(電気絶縁用積層テープについて)
気絶縁技術に寄与できるとともに、耐放射
株式会社 有沢製作所
線性が必要な電気機器にも応用が期待さ
経営企画部 業務企画グループ 前川 雅央
TEL:025-524-7101 FAX:025-524-1117
れます。
1
【研究開発の背景と目的】
トロイダル磁場コイルは、イーターの主要機器の一つで、強力な磁場によって数億℃のプラズマを閉じ
込める超伝導を用いた電磁石です(図 1)。イーターでは、全部で 19 機のトロイダル磁場コイルが製作され
ますが、この製作を日欧で分担し、日本は 9 機の製作を担当しています。トロイダル磁場コイルでは、導体
が超伝導となる極低温(-268℃)でかつイーターの 20 年間の運転期間に照射される放射線(1 平方メート
ル当たり 1022 個の中性子、1000 万グレイ)の環境において、要求される電圧(1 万 9 千ボルト)に耐える電
気絶縁が必要でした。
超伝導導体、積層テープ
トロイダル磁場コイル
イーター
耐放射線性樹脂で真空含浸
し、熱で硬化して製作
43.7 mm
14 m
人間
積層テープ
9m
超伝導導体
30 m
図 1 イーター、トロイダル磁場コイル、超伝導導体及び積層テープ
トロイダル磁場コイルの電気絶縁は、複数の絶縁バリアとガラス繊維を接着させた積層テープを超伝導
導体に巻付けて、毛細管現象 4)を利用して、真空でガラス繊維層に樹脂を浸透させ(真空含浸)、その後、
樹脂を硬化させるために熱を加えて硬化して製作します。トロイダル磁場コイルは、高さは約 14 メートル、
幅は約 9 メートルの大型超伝導コイルであるため、真空含浸に用いる樹脂は、長く狭い隙間を浸透させる
ため粘度が低く、トロイダル磁場コイルに照射される放射線に耐える樹脂であることが求められます。また、
硬化温度が高いと電気絶縁層に熱による歪みが加わるため、より低い温度で硬化できる樹脂であること
が求められます。
積層テープは、絶縁バリア同士が重なり合うと樹脂の流れが阻害されるため、絶縁バリアの間にガラス
繊維層を規則的に配置して樹脂が浸透する流路を確保する必要があります(図 2)。絶縁バリアとガラス繊
維層を接着すれば、これが容易になり、電気絶縁の品質が格段に向上します。
絶縁バリアによる浸透の阻害
積層テープの構造と樹脂の浸透
絶縁バリア
樹脂の浸透
樹脂の浸透
ガラス繊維層
ガラス繊維層
絶縁バリア
導体
導体
絶縁バリア同士が重なると樹脂の浸透
が妨げられる
積層テープを規則的に配置することで樹脂
はガラス繊維を浸透する
図 2 電気絶縁の構成と樹脂の浸透
従来の耐放射線性樹脂を用いて接着した積層テープは 200℃程度の高温で硬化させる必要があり、
160℃程度以下の低温で硬化させる必要がある核融合炉用超伝導コイルへの適用が困難でした。そこで、
耐放射線に優れ、真空含浸に用いる樹脂と同等の温度(150℃程度)で硬化できる接着剤を開発し、イータ
ーのトロイダル磁場コイル用電気絶縁材に適用することを目指しました。
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【課題と開発の手法】
真空含浸に用いる樹脂と同等の温度で硬化できる接着剤を開発するため、真空含浸に用いる樹脂をベ
ースとして新たな接着剤を開発し、耐放射線性に優れる積層テープの開発を目指しました。
① 積層テープの接着剤は、絶縁バリアとガラス繊維を接着させるために適度な粘性を有する必要があ
ります。他方、大型コイルの真空含浸に用いる樹脂は、樹脂を隙間無く浸透させるために、極力粘度
を低くする必要があります。この相反する特性のため、従来、試作した接着剤ごとに照射試験を実施
し、性能を確認する必要がありましたが、簡易的に測定可能なガラス転移温度を放射線に強い分子
構造となっていることを示す指標とすることで、最適な組み合わせを決定できることが分かり、試作時
間・費用を大幅に短縮することができました。最終的に選定した候補樹脂について、照射試験を行い、
優れた耐放射線性能・電気絶縁性能を示すことを確認し、最適な粘度の樹脂の開発を行いました。
② 積層テープを導体に巻いた後、電気絶縁の機械強度を高めるため、真空含浸により積層テープの隙
間に樹脂を浸透させる必要があります。積層テープに用いた接着剤が真空含浸用の樹脂に溶け出す
と樹脂の浸透が妨げられ、電気絶縁に不良が生じる問題がありました。接着剤を硬化すれば樹脂に
溶け出すことを防止できますが、一方、積層テープを巻き付けるためには折り曲げができる必要があ
ります。このため、接着剤の硬化状態をコントロールし、半硬化状態とすることでこの問題を解決しま
した。加えて、樹脂の浸透性を評価する試験を実施し、良好に含浸されることを確認しました。
③ イーターのトロイダル磁場コイルはこれまでにない大きさで数十メートルの長く狭い隙間に毛細管現
象を利用して樹脂を浸透させる必要があり、これを不良なく製作できるかが大きな課題でした。低粘
度の樹脂と樹脂の浸透を妨げない積層テープを用いた最終的な検証として、トロイダル磁場コイルの
1/3 規模で真空含浸及び加熱による硬化を実施し、数十メートルに及ぶ狭い隙間にまで樹脂が浸透し
不良がないことを確認しました(図 3)。
絶縁中のボイド(欠陥)の改善
1/3規模の検証試験
積層テープを使用することでボイドを改善
1) 真空含浸及び硬化の検証試験を実施
2) 断面を切断して樹脂の浸透を確認
電気絶縁
導体部
ボイド無し(積層テープ適用)
4m
ボイド
6m
ボイドの例(積層テープ未適用)
(写真は株式会社東芝提供)
図 3 トロイダル磁場コイルの 1/3 規模の検証試験
これにより、大型コイルへの適用性を実証し、トロイダル磁場コイルに適用可能な「高性能な耐放射線性
電気絶縁用積層テープの開発」及び「大型超伝導コイルの電気絶縁技術の確立」に成功しました。イータ
ーのトロイダル磁場コイルの製作に向けて進めてきた大型超伝導コイルの耐放射線性樹脂の開発で得ら
れた知見である、①耐放射線性の検証、②浸透性の検証及び③大型超伝導コイルの真空含浸に関する
技術を組み合わせることによって、候補樹脂を選定し、開発した積層テープが大型超伝導コイルの電気絶
縁に適用できることを検証し、困難な課題を解決しました。
3
【得られた成果】
このように積層テープを開発し、大型超伝導コイルの電気絶縁技術の確立に成功することができました
(図 4)。積層テープに要求される耐放射線性能を有することを確認するために、イーター機構が放射線(1
平方メートル当たり 2×1022 個の中性子、1.1 億グレイ)の照射及び機械試験を行い、従来の積層テープと
比較して 10 倍以上の放射線に耐えることが確認されました。これより、トロイダル磁場コイルに要求される
性能を持つことがイーター機構に承認され、国際的にも高い性能が認められました。その結果、本積層テ
ープは日本が製作しているトロイダル磁場コイル(1機あたり約4トン(約 250 キロメートル))において本年
6 月から開始した電気絶縁作業に使用されています。また、欧州が担当するトロイダル磁場コイルの製作
にも採用されました。これにより、開発した積層テープはイーターの全てのトロイダル磁場コイルに使用さ
れることになりました。
積層テープの使用状況
耐放射線性積層テープ
14 m
9m
テーピングされた導体
ガラス繊維
絶縁バリア
テーピング装置
積層テープ
(写真は三菱重工業株式会社、三菱電機株式会社提供)
図 4 耐放射線性積層テープ
【今後の予定】
開発した積層テープは、イーターのトロイダル磁場コイルのための電気絶縁材料として使用されます。ト
ロイダル磁場コイルの製作完了後、フランスのイーター建設地(南フランスのサン・ポール・レ・デュランス)
まで輸送され、イーターに組み込まれます。
本積層テープは将来の核融合原型炉用超伝導コイルの電気絶縁技術に寄与できるばかりでなく、本積
層テープで得られた知見から、積層テープの接着剤の配合を調整することで、耐放射線性を高めることが
可能であるため、より厳しい条件が求められた場合でも対応できます。また、放射線環境下で運転される
加速器等に用いられる超伝導コイルばかりではなく、放射線環境下で運転されるあらゆる電気機器の電
気絶縁にも応用が期待されます。
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【用語説明】
1) イーター(国際熱核融合実験炉:ITER)
制御された核融合プラズマの維持と長時間燃焼によって、
核融合の科学的及び技術的実現性を実証することを目指した
トカマク型(超高温プラズマの磁場閉じ込め方式の一つ)の核
融合実験炉です。イーター計画は、1985 年にジュネーヴで行
われたレーガン大統領とゴルバチョフ書記長の米ソ首脳会談
での合意に始まります。そして 1988 年に日本・欧州・ロシア・
米国が共同設計を開始し、2005 年に南フランスのサン・ポー
ル・レ・デュランスに建設することが決定しました。2007 年に国
際協定が発効され、国際機関「イーター国際核融合エネルギ
ー機構(イーター機構)」が発足し、日本、欧州連合、米国、ロ
シア、中国、韓国、インドの7極が参加しています。イーター計
画は、各国が機器を調達・製造して持ちより、イーター機構が全体を組み立てる仕組みです。現在、イーターが格納
される建屋の建設が進められており、また、各極が調達する、イーターを構成する様々な機器の調達取決めが締結
されて、各極で機器の製作が進められています。各国の貢献(必要な機器の調達や人員派遣等)は、国内機関を指
定して実施するものとされ、日本においては、文部科学省に指定された原子力機構が行っております。イーター計画
は、2020年頃からのプラズマ実験の開始を目指しています。イーターでは、重水素と三重水素を燃料とする本格的な
核融合による燃焼が行われ、核融合出力 500MW、エネルギー増倍率 10 を目標としています。
イーター計画に関するホームページ http://naka-www.jaea.go.jp/index.html (日本語)
イーター機構のホームページ http://www.iter.org/ (英語)
2) トロイダル磁場コイル
イーターの主要機器の1つであり、プラズマの閉じ込め磁場を形成する超伝導電磁石で
す。高さは約14m、幅は約9mあり、最大で11.8T(テスラ)の磁場を発生することができます。
日本、中国、韓国が製作した超伝導導体は日本が、欧州、米国、ロシア、中国が製作した
超伝導導体は欧州が用いて、日本と欧州がトロイダル磁場コイルを製作します。製作したト
ロイダル磁場コイルはフランスに順次輸送し、イーターに組み込まれます。
3) 超伝導導体
超伝導とは、特定の物質(超伝導物質)を極低温に冷却すると電気抵
抗がゼロとなる現象のことです。この現象を利用して、超伝導物質に大
電流を流し、超伝導導体として用いることで、非常に強力な電磁石が実
用化されています。核融合炉では、強力な電磁石が必要ですが、銅線
の電磁石では大電流のため発熱が多く、核融合反応によるエネルギー
よりも大きいため、エネルギー損失が極めて少ない超伝導による電磁石
が必要です。トロイダル磁場コイルに用いる超伝導導体は 0.82mm の超
伝導素線900 本と銅線522 本を撚り合わせてケーブル化し、金属管(ステ
ンレス製)に挿入したものです。超伝導物質として Nb3Sn(ニオブ 3 スズ)を
用いており、-255℃以下の温度に冷却すると超伝導になります。
4) 毛細管現象
毛細管現象とは、髪の毛のように細い管状物体に沿って液体が浸透する現象のことです。トロイダル磁場コイルの
電気絶縁層はガラス繊維の細い隙間を毛細管現象によって樹脂が浸透し、熱で硬化することで強固に固まって形成
されます。
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