ODPHAK01環境保全型地域開発と地域住民

Okamoto Discussion Paper Series (ODP)
HAK-01
環境保全型地域開発と地域住民
秋山
尚子
1.はじめに
伝統的な中国の社会は、人と自然が調和しながら共存してきた。しかし、急速な工業発展と人口の急増に
よって物質的に豊かになったものの、その発展の陰で大気や水は汚染され、砂漠化や水土の流失が進み人と
自然のバランスが崩れてきた。
このレポートでは、環境を保護しながら経済発展を目指す地域の例として内モンゴル自治区のホブチ砂漠
をとりあげる。そして,環境と発展のバランスの上に,文化など地域住民の観点が必要であることを述べた
い。なお,事例については,参考文献から引用している。
2.内モンゴル自治区ホブチ砂漠の事例
内モンゴル自治区の中部に位置するホブチ砂漠は、東西の長さ300キロ、南北の幅20∼50キロに広
がっている。
史書の記述によれば、砂漠化が進行し始めたのは、18世紀の清代半ばである。砂漠化が進行したのは、
国内の人口が急速に増えたため、政府が多くの民衆を辺境に送ったことが原因とされている。
この砂漠化の進行を止め、環境を保護しながら地域発展を目指そうと、内蒙古億利資源集団という企業が
立ち上がった。億利資源集団とは、もともとはハンギン族の小さな化学工業企業だった。1997年、資源
規模の拡大により、化学工業やエネルギー産業などを展開する企業に成長する。
億利資源集団がオルドス市ハンギン族政府と協力し、内モンゴル自治区には4つの変化が起こる。1つ目
は、砂漠に道路が走った事、2つ目は、砂漠生態系産業がスタートしたこと、3つ目は、農牧民の生活様式
が変化したこと、そして4つ目は、砂漠を生かした新たな観光産業のスタートである。
1つ目の変化である砂漠に道路が走ったことで2つの利点が挙げられる。1つは、運送費が毎年1500
万元節約できること、2つ目は、砂漠に分散する農牧民たちが、外部との行き来が便利になったことである。
2つ目の変化の砂漠生態系産業の具体的な内容とは、①黄河の南岸とホブチ砂漠の北辺に沿って、長さ2
42キロ、幅50キロの防砂林を建設する計画を立てる、②ホブチ砂漠の中心部と七星湖の間に長さ150
キロ、幅5キロほどの造林帯を建設する計画を立てることである。
このプロジェクトには、巨額の資金とたくさんの人手が必要である。プロジェクトによって、政府が率い
て、企業が投資をし、民衆が参加するという体系ができた。
造林帯を、砂漠の砂を固定するだけでなく収入につながる植物を植え始める。ホブチ砂漠の中心部と七星
湖の間には、漢方薬となる甘草などを中心に、乾燥地帯に適した実用的な植物を植える。この甘草による収
入だけでも、昨年(2007)は、20億元にも達したという。砂漠生態系産業は、砂漠の生態環境を改善
しただけでなく、億利資源集団にも大きな利益をもたらしたのである。
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3つ目の変化は、億利資源集団が砂漠生態産業を実施してから、農牧民の収入が増えたことである。収入
が増えた2つの理由は①1万世帯近くの農牧民たちは、荒漠化した砂地20万 ha を提供し、株主になった
こと、②草や木を植えて、造林業を管理して、億利資源集団の砂漠生態産業に携わる労働者になったことで
ある。
農牧民たちの生活も変化し、放牧から囲いの中で家畜を飼育するようになり、レンガ造りの家に住むよう
になって、都市部の人々と同じ生活が送れるようになった。
4つ目の変化は、2001年に億利資源集団がホブチ砂漠の中にある「七星湖」に目をつけた事から始ま
る。4年の歳月と2億元の資金をかけて砂漠公園を建設した。この観光地で働く人は、すべて周辺に住む蒙
古族の牧畜民で、観光客に砂漠での生活など体験談を話している。これらは、観光客の評判も上々で新たな
収入方法であるといえる。
以上の4点が億利資源集団、地方政府、その地域に住む民衆が一体となり環境保護に取り組んで生じた内
モンゴルのホブチ砂漠での変化である。
3.おわりに
このレポートでは、環境を保護しながら地域発展を目指した内モンゴル自治区のホブチ砂漠の例を出し、
どのような変化が生じたのかをみてきた。
この大きなプロジェクトの始まりである、
「砂漠に道路を建設しよう」と最初に考えたのは、ホブチ砂漠の
周辺で生まれ育ち、内蒙古億利資源集団で働いている1人の人間であったそうである。1人の人間の考えが
きっかけとなり、企業、市民、政府をも動かして地域開発が進んだ事例といえよう。
このプロジェクトは成功し、内蒙古億利資源集団という企業は大きな利益を得ることができた。また地域
住民の生活も道路によって安定し、収入が増えた。このような企業と住民によって進んだ地域開発は内モン
ゴル自治区に注目を集めることができたといえる。今後、政府は新たな観光産業をスタートさせるヒントを
得ることができたのではないだろうか。
しかし、このプロジェクトは成功したと言い切れるのだろうか。ここで 2 点指摘しておきたい。たしかに,
農牧民たちの収入は増えて、テレビや電話、水道や電気もある豊かな生活を送れるようになったが、彼らは、
都市部の人々と同じ生活を望んでいたのだろうか。農牧民たちは放牧をやめ、囲いの中で家畜を飼育するよ
うになったが、このまま農牧民の「文化」ややり方が消えていくのは悲しいことだと思われる。
環境保全と発展の両立も重要だが、その地域に暮らす人々が望む地域発展でなければならない。
<参考文献リスト>
丘桓興(2008)「生態系の保護が発展を呼ぶ」『人民中国』2008 年 10 月号
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Copyright Reserved, OICE, 2008
PP.34∼38