第2回セミナー

平成 23 年度
第 2 回国土文化研究所セミナー
「これからの地震防災と文化遺産防災」
講 演 報 告
講演概要
今回の震災で「想定外」という言葉がまるで免罪符
日時: 平成 23 年 7 月 5 日(火) 15 時~17 時
のように使われている。想定値とは、施策や施設構築
場所: 大阪本社(北浜 MID ビル)3 階会議室
のための社会的合意に基づく目標値のことである。自
演題: これからの地震防災と文化遺産防災
然を相手にすると想定値を超すような事態は間違いな
講師: 土岐憲三先生(立命館大学教授)
く起こるということを忘れてはならない。また、その
挨拶: 原田邦彦(国土文化研究所所長)
ような事態が起きたときでも、大きな被害に至らない
司会: 木村達司(国土文化研究所次長)
ようなバックアップシステムが用意されていなければ
ならない。
(2) 南海トラフの地震と津波は?
南海トラフ地震の被害想定については、中央防災会
議(東南海・南海地震等に関する専門調査会、2001.10
~2009.3)で行われている。南海トラフの特徴は、日
本海溝よりも人の住んでいる陸地に近く、南へ行くほ
ど陸から離れていくことである。震度分布は、概ね宝
永地震を再現したもの(宝永、安政東海、安政東南海、
講演内容
昭和東南海、昭和南海地震の震度分布を重ねると、宝
(1) 東日本大震災は大規模な地震災害か?
永地震とほぼ同様)となり、東海、東南海、南海の3
今年 3 月 11 日に発生した東日本大震災は、むしろ
つの地震を合わせると M8.7 となる。
津波のシミュレー
東日本大津波と言った方が実態に近い。死者・行方不
ションも行われており、
地震発生から 10 分程で津波が
明者の 93%は津波による被害である。
M9.0 であるが地
到着し、土佐湾で波高 10m 以上となる。
震の揺れによる被害だけをみると、阪神淡路大震災の
方が被害は大きかった。直下型地震は、影響を受ける
範囲は狭いが、いかに甚大な被害を受けるかが判る。
今回の震災は、地震の揺れの程度は阪神淡路大震災に
比べると小さいが、被害の範囲が広いということが特
徴である。
当該地域の地震被害は、中央防災会議(日本海溝・
千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会、
2003.10
~2006.1)で検討が行われており、宮城県沖地震は
M7.6~8.2 と想定されていた。実際の被災範囲や規模
は想定と少し異なるものであった。
この南海トラフ地震の被害については、東日本大震
災と同程度の M9.0 を想定しないと世論は納得しない
だろう。今後恐らく、東海、東南海、南海に日向灘の
また、危機管理の観点では、地震を確率で議論して
はいけない。国民は数%と比較的低い地震の発生確率
を天気予報等と同様に受け止め、地震に対して備えな
くても大丈夫と考えるだろう。これは安心情報を伝え
ているにすぎず、危機管理上マイナスとなる。
大規模災害とは、自然と人間社会との地域と時間を
限定した戦争と考える。日本国民は終戦とともに危機
管理の概念も捨て去ったのではないか。自然をハード
な対策や施設で完全に防ぐ事は困難なため、発災後の
断層を加え、
4つの地震を合わせて M9.0 の想定を行う
ソフト対応で被害を最小限に押さえ込むことが重要で
ことになるのではないか。ただし、古文書による限り
ある。
は4つの地震が同時に起きたという記録はない。
専門家の立場からするとマグニチュードと被害の
規模とはあまり関係がない。むしろ、各地震が起きる
(4) 文化遺産防災とは?
タイミングの方が重要である。過去 500 年を取り上げ
1) 文化遺産が危ない
ても、東海、東南海、南海の3つの地震が同時に起き
1995 年の阪神淡路大震災で神戸は甚大な被害を受
たのは 1707 年の宝永地震の1回のみである。
同時に起
けた。その時、神戸から 60km も離れている京都の仁
きなかった場合、残りの地震発生の危険の中で復旧活
和寺と醍醐寺では消防施設が損傷し、機能を失ってい
動をいつ始めたらよいのか判断が付かない困った状況
た。もし、京都の近傍で地震火災が発生したら大変な
に陥る。宝永地震のような3連動が国民にとって一番
ことになるかもしれない。
都合よいが、最悪の状況についても想定しておかなけ
ればならない。
特に京都の文化遺産が危ないと考えられる理由とし
て以下の点が挙げられる。
①活断層が活動期に入り、南海・東南海地震より先
に強い内陸地震が近畿地方を襲う可能性が高い。
②京都の文化遺産の密度は、全国平均の約 10 倍に
達し、2位以下の奈良や東京よりも突出している。
③京都の文化遺産は、100 年以前は田畑の中に存在
したが、この 100 年間で都市構造が変わり可燃物
である民家に取り囲まれた。
(3) 本当の危機管理とは?
内陸地震は、海溝地震のように確率で表すことはで
きない。海溝地震は 100 年単位の間隔で発生するのに
対し、内陸地震は 1,000~10,000 年単位の間隔で発生
する。過去に数回の記録しかない地震について確率を
出すのは不可能である。
京都の文化遺産は過去に、応仁の乱や廃仏毀釈によ
り壊滅的な被害を受けてきたが、次の被害は地震火災
と考える。明治以降は社会構造が変わり、文化遺産を
復興・寄進するような権力者が居なくなった。被災の
可能性が高まり、復興の可能性が低いのが文化遺産の
現状である。
化遺産を後世へ継承するとともに、新たに「未来の
文化遺産」を創造することを目的。
質疑応答
Q:東海・東南海・南海地震の3連動に加え、何故日
向灘まで震源域を延ばす必要があったのか?
A:そこに断層があるのは皆知っているので、加えな
いと皆が納得しない。想定範囲を広げると、少し遅
れて来る津波が余震と重なり、想定より被害が大き
くなる可能性があることが問題。
Q:関東大震災では薬品落下による出火が多かったと
聞いている。阪神淡路大震災の主な出火原因は?
A:阪神淡路大震災の火災の 1/3 は通電火災であった。
電力会社の公益企業としての責任は大きい。
2) 文化遺産防災に関する活動
これまで、
「防災」は「文化遺産」を異分野のものと
して遠ざけてきた。また「文化遺産」は「防災」を重
要視していなかった。特に、地震火災のような敷地の
外から来る火災に対しては対策を講じていない。
文化遺産の災害防止のためには、
「文化遺産」と「防
災」の協力が必須であり、これらの橋渡しを行うため
に、以下のような活動を行ってきた。
・1997 年 10 月、小松左京氏を会長、瀬戸内寂聴氏を
副会長とする「地震火災から文化財を守る協議会」
(当社が事務局)が発足。年1回のフォーラム開催
や機関誌の発行等を実施。
・2004 年 7 月、内閣府の「災害から文化遺産と地域
をまもる検討委員会」
(当社が事務局)より「地震災
害から文化遺産と地域をまもる対策のあり方」が公
表。文化遺産防災の重要性について、国として初め
ての認識。
・2007~2011 年、国と京都市により、京都東山山麓
文化遺産防災水利システムが構築(計画設計の一部
を当社が受注)
。全国初の 1500m3 級の耐震型防火水
槽を山麓に設置し、災害時には重力の作用で放水、
常時は環境用水として利用するシステム。
・2010 年 10 月、
「明日の京都 文化遺産プラットフ
ォーム」を発足。我々が先人から得てきた多くの文
Q:宝永大地震のような 1700 年代の震度分布はどうや
って分かったのか?
A:古文書を用いて、当時の揺れ方を現在の震度に直
す方法で推測した。
Q:浜岡原発停止における総理大臣の説明責任につい
てどう思うか?
A:判断は間違ってないと思うが、国民に対する説明
の仕方が上手くなかった。
(以上)