第8章 感覚系 感覚系 sensory system は、周囲の環境および体内での変化を認知し、ヒトの体を保護するように働きます。 環境および体内の変化が神経の活動を引き起こすものを刺激といい、感覚神経によって中枢神経系に伝わり ます。外部環境からの刺激は、体の表面か、その近くにある受容器によって感覚が始まります。 脳では、感覚情報の分析と統合および記憶との照合などの複雑な過程を経て認知し、体に様々な反応を引き 起こします。 し かく ちようかく へいこうかんかく み かく きゆうかく しよつかく つうかく しんがい 感覚には、視覚や 聴 覚、平衡感覚、味覚、 嗅 覚、 触 覚、温度感覚、痛覚(侵害感覚)、固有感覚(深部感覚) などがあります。 第1節 視覚系 ヒトの体に存在する感覚受容器の半分以上が眼に存在 し、大脳皮質の広い領域が視覚情報の処理に関与します。 するための眼球血管膜、深層にある視覚のための眼球内 膜などがあります。 しかく がんぼうすい 視覚 vision は、光によって発生した眼からの情報が 視神経によって脳に伝わり、認識されます。 しよう し たい 眼球の内部に存在する眼房水と 硝 子体とで眼球は、球 状構造が維持できます。 a)眼球線維膜 1.眼球 眼球線維膜は、厚く、容易に曲がらず、眼球を保護す るための膜として存在します。眼球線維膜の後六分の五 がんきゆう きょうまく がんか は不透明で強 膜と呼ばれています。一方、前六分の一は 眼 球(目)eyeball は、視覚を受け持つ器官で、眼窩 かくまく に存在し、この後部からは視神経が脳に向かって出てい 透明で角膜といいます。 白色の強膜は、数層の強靱な密性結合組織で構成され ます。 直径が約2.5cm の球形の眼球は、脳の一部が前方に 拡張したもので、中枢神経系の一部と考えられています。 眼球は、周囲の脂肪組織(眼窩脂肪体)や外眼筋の緊張 た膜で、眼球の形を維持し、外眼筋や眼球内の平滑筋が 付着する部位です。後極の深部で、視神経線維が視神経 円板として強膜を貫通し、眼球の後方に向かいます。 などによって、眼窩の特定の位置に維持されています。 透明な角膜は、通常、血管が分布せず、強膜よりも強 眼球の前部(約六分の一)は、眼窩から前方へ突出し、外 い弯曲を示しています。角膜は、主に数層の密性結合組 じようがんけん か がんけん 界に接しているために、前方にある 上 眼瞼と下眼瞼とで 織で構成されていますが、膠原線維の配列は光の通過を 保護されています。 妨げないようになっています。 すいしよう かくまく 光が網膜に到達するためには、角膜や眼房水、水 晶 眼球は、ほぼ球状ですが、角膜が前方にふくれている たい 体、硝子体などを通過しますが、その際には光の屈折が ため、前後径が横径や垂直径よりも少し長いです。 左右の眼球は離れていますが、脳幹に存在する神経細 胞(動眼神経核や滑車神経核、外転神経核)の働きで左右 表8-1 の眼球が協調して動き、一対として機能します。片側の 媒 眼球だけでも物を見ることができますが、単眼だけでは 空気 1.000292 立体視が困難で、特に距離の推測が難しくなります。 水(摂氏18度) 1.3334 ①眼球壁の構造 エチルアルコール(18℃) 1.3629 クラウンガラス 1.5157 水晶 1.5446 ダイヤモンド 2.4202 三つの膜状構造物で作られた眼球の壁には、表層にあ る保護のための眼球線維膜、中間に存在する栄養を供給 - 106 - 媒質による屈折率の違いを示す 質 屈 折 率 おこります。また、角膜の中央部では、空気から酸素を 毛様体神経節からの副交感神経(短毛様体神経)の刺激で 取り込みます。角膜には、眼神経(三叉神経の分枝)の神 収縮します。毛様体筋が収縮すれば、水晶体に付いてい しゆんもく りゆう 経終末(自由終末)が多数分布し、感覚や瞬 目反射、 流 る糸状の線維がたるみ、水晶体は自身の弾力性で厚くな るい 涙反射などに関与します。瞬目反射は、角膜に物が触れ り、水晶体の表面の弯曲が強くなって通過する光の焦点 たり、空気の流れが当たると無意識に眼を閉じることで 距離を短くします。逆に、毛様体筋が弛緩すれば、水晶 す。流涙反射では、異物による角膜や結膜の刺激で涙の 体に付いている糸状の線維が緊張し引っ張り、その結果、 分泌が増えます。 水晶体が薄くなり、通過する光の焦点距離を長くします。 きょうまくこう 強膜と角膜との移行部の角膜強膜部には、強 膜 溝と呼 ◆虹彩 こうさい ばれる一巡する管があります。強膜溝と眼房水の間の強 眼球血管膜の最前部は虹彩と呼ばれ、眼球に入る光り 膜には透過性があるために、眼房水を眼球の内部から強 の量を調節する役割があります。虹彩は毛様体の前方に 膜溝に排出できます。さらに強膜溝からの眼房水は強膜 見られる繊細な透過性がある血管性の円盤状の構造物で、 静脈洞を通り静脈(前毛様体静脈)に流れますので、眼房 中央に瞳孔が見られます。虹彩は、眼球の前部を前眼房 水は循環することができます。 と後眼房とに分けます。 どうこう ぜんがんぼう こうがんぼう 【角膜軟化症】 虹彩には、2種類の平滑筋が存在し、副交感神経の刺 かつやくきん 角膜軟化症は、慢性のビタミンA欠乏や食物のタンパク 激で収縮する瞳孔括約筋と、交感神経で収縮する瞳孔 さんだいきん かいよう 質欠乏などによって発症します。角膜に潰瘍ができ、通 散大筋があります。これらの2種類の平滑筋の働きで、 常、二次的な細菌感染を伴います。角膜が柔らかくなり、 瞳孔の大きさを変え、眼球に入る光の量を調節します。 せんこう 時には 薄暗いときには瞳孔を広げ、明るいときは瞳孔を小さく 角膜に穿孔が発生することがあります。 します。通常、瞳孔括約筋の方が瞳孔散大筋よりも多く b)眼球血管膜 眼球線維膜を除去すれば、眼球と視神経は茎のある黒 経の刺激によって収縮し、瞳孔散大筋は上頚神経節由来 いブドウの実のように見えます。 みゃくらくまく もうようたい 存在します。瞳孔括約筋は毛様体神経節由来の副交感神 こうさい 眼球血管膜は、脈 絡 膜、毛様体、虹彩などの三つの部 の交感神経の刺激で収縮します。 虹彩の基質にはメラニン細胞が存在するために、この 位に区分さます。これらの三つの部位には血管(特に静 脈)と神経が豊富で、粗い線維性の基質によって支持され メラニン色素の量が虹彩の色(目の色)を決めます。 ています。 c)眼球内膜 もうまく 眼球内膜には、網膜が存在します。網膜は脳の一部が ◆脈絡膜 薄い脈絡膜は強膜の内表面を被っています。また、こ 頭蓋の外に伸びたものです。網膜の構造は脳に似ており、 の部位には、多数の血管(後部は短後毛様体動脈、前部は 3層の神経細胞が存在します。 長後毛様体動脈と前毛様体動脈の分枝)や神経が存在し、 ◆視細胞には錐体視細胞と杆体視細胞がある しさいぼうそう メラニン色素を有する色素細胞があるため、濃い茶色を 光受容器が観察される視細胞層は脈絡膜に近い部位に 示します。瞳孔を通過した光は、網膜で視細胞を刺激し 存在します。視細胞層と脈絡膜との間には、色素層があ た後に脈絡膜のメラニン色素で吸収されます。 るだけです。視細胞層に光が到達するためには、光は網 ◆毛様体 膜を横切る必要があります。 脈絡膜の前部で、赤道に平行な約2 cm 幅の領域には、 視細胞層には、光受容器として働く2種類の神経細胞 すいたい とつ き 毛様体突起と呼ぶ70個ぐらいの隆起で肥厚します。毛様 体が存在します。その一つの錐体視細胞は五百万個ぐら 体突起は、血管性の構造物で、毛様体の主要な構成物で い存在し、昼のような明るい光に反応し、物体の形や対 す。毛様体突起は、眼房水を分泌し、多分、吸収も助け 比、色彩などの認識に働きます。錐体視細胞は、主に ちゅうしんか ます。毛様体に繊細な糸状の線維(毛様体小帯)が付き水 中心窩とその周囲に存在します。 かんたい もう一つの杆体視細胞は、一億個ぐらい存在し、網膜 晶体を固定します。 毛様体筋は、毛様体の深部で強膜に隣接した部位にあ の辺縁に主として分布し、薄暗い光に反応します。杆体 る平滑筋で、水晶体の厚さを調節します。毛様体筋は、 視細胞は、錐体視細胞と異なり、細かい描写や色彩の認 - 107 - 識などはできず、おおざっぱな情報を伝えます。 あります。この状態が続けば、色素層の細胞には、レチ 錐体視細胞や杆体視細胞の細胞質には、光を吸収する ナールをエステル化し、視物質として視細胞に供給する 視物質(視覚色素)が存在します。視物質に光が当たると、 働きがあるために、この供給不全がおこり、視細胞は光 細胞内へのイオンの流入がおこり、視細胞で活動電位が を神経活動に変換することができず、この領域の視野が 発生します。 欠損します。症状としては、眼の前に点が見えたり、 視覚色素は、レチナール retinal (ビタミン A のアル デヒド型)とオプシン opsin と呼ぶ41kDa のタンパク質 せんこう 閃光が発生し、段々と視力が失われます。 【網膜症】 とが結合したもので、ロドプシン rhodopsin と呼ばれ 網膜中心動脈や網膜中心静脈の閉塞(血管性網膜症)では、 ます。ロドプシンが光を吸収すると、多段階のシグナル 痛みもなく、突然に一側の眼が見えなくなります。動脈 変換(G タンパク質やサイクリック GMP によって)が始 の閉塞は、アテローム性動脈硬化症や心内膜炎などに因 まり、最終的に視細胞内に電気シグナルが発生します。 ることが多い。 ヒトでは、4種類のオプシンがあるため、4種類のロ 【網膜色素変性症】 ドプシンが存在します。一つは杆体視細胞に存在するも 網膜色素変性症は、遺伝性疾患で、主に杆体視細胞が変 ので、残りの3種類は錐体視細胞にあります。錐体視細 性することに因ります。小児の頃に、薄暗い所での視力 胞では、光の吸収波長の違いによって、それぞれ、赤色 が悪いことに気づき、その後、進行することで視野がト (560nm)(赤吸収錐体視物質)や緑色(530nm)(緑吸収錐 ンネル状に狭くなり、最終的には失明に至ります。 体視物質)、青色(425nm)(青吸収錐体視物質)を良く吸 【色覚異常】 収するものに区分されます。それら含むものを赤錐体視 赤色と緑色の視物質をコードする遺伝子がX染色体に連 細胞、緑錐体視細胞、青錐体視細胞と呼びます。例えば、 続して存在するために、交雑による変異が発生し、赤色 赤錐体視細胞は、赤色に反応し、赤色の情報を脳に伝え あるいは緑色が認識でない色覚異常がおこります。色覚 ます。 異常は、女性よりも男性に発生しやすい。 ◆双極細胞と視神経節細胞 ②眼球の内容物 がんぼうすい 網膜には、さらに2種類の神経細胞が見られ、双極細 しし んけ いせつさ いぼう 胞と視神経節細胞とです。光受容器の神経細胞で発生し 眼球の内部には、前方から後方にかけて、眼房水や すいしょうたい しょうしたい 水 晶 体、硝子体が存在します。眼房水と硝子体とに因り た神経情報を双極細胞ではおおざっぱな処理をおこない、 眼球は一定の圧と形を維持できます。 視神経節細胞に伝えます。そのために、百個以上の杆体 a)眼房水 視細胞の情報が一個の視神経節細胞に収束します。一方、 眼房水は、毛様体の上皮から分泌され、角膜の後方で 一個の錐体視細胞の情報は一個の視神経節細胞に伝わる かつ水晶体の前方の空間をうめ、角膜を前方に突出させ だけです。 ています。 けつしよう 視神経節細胞の軸索は、眼球の後方から出ていき、視 神経を形成し、脳に網膜からの情報を伝えます。この軸 眼房水の電解質の組成は血 漿 に似ていますが、タンパ ク質が少なく、0.1%以下です。 ぜんがんぼう 索が眼球から後方に出る視神経円板の部位には、光受容 虹彩の前方の部分は前眼房と呼ばれ、虹彩の後方でか もうてん 器の神経細胞がないため、光に反応せずに盲点(図8-2) こうがんぼう つ水晶体の前方の部位は後眼房といいます。 と呼ばれます。 眼房水は、毛様体突起から分泌され、後眼房から瞳孔 網膜には、二重の血管が存在し、外表層は強膜に分布 する血管で養われており、内表層は網膜中心動脈から養 を通って前眼房に流れ、そして強膜溝から吸収され、強 膜静脈洞(Schlemm 管)を通り、静脈に帰ります。 われています。 通常、眼球内圧は、1.3~2.6kPa(10~20mmHg)とほ 【網膜剥離】 ぼ一定に調節されていますが、この循環の障害により、 もうまくはく り 網膜剥離は、網膜の色素層と視細胞層との間に分離が生 眼圧が上昇することがあります。 じることですが、痛みはありません。色素層と視細胞層 角膜と水晶体には血管が分布していないので、眼房水 との間には、接着装置が存在しないため、網膜の萎縮や がこれらに栄養と酸素を与え、老廃物を運び出します。 外力による眼球の歪みなどによって離れてしまうことが - 108 - 2.眼球の付属器 【緑内障】 りよくないしよう 緑 内 障 は、強膜静脈洞からの眼房水の排せつ障害によ がんけん って、眼球内圧が上昇する病気です。内圧が上がった状 しようもう び もう 眼球の働きを助ける付属器には、眼瞼や 睫 毛、眉毛、 態を放置すれば、血液の供給不足による神経細胞の障害 涙器、外眼筋などがあります。 で網膜の機能が衰え、視野が狭くなったり、視力が低下 ①眼瞼 がんけん し、放置すれば最終的に失明します。 上眼瞼と下眼瞼は、眼窩から前方に突出し外界と接し 老化によって発病する緑内障は、年齢とともに水晶体 ている眼球の前部を保護しています。 けつまく が厚くなり、角膜から虹彩へとの移行部(隅角)における 眼瞼の外表面は薄い皮膚でつくられ、内表面は結膜で 隙間が段々と狭くなり、眼房水が強膜静脈洞に向かって 形成されています。皮膚と結膜の間には、薄い疎性結合 流れにくくなり発症します。 組織や眼輪筋、密性結合組織で構成された瞼板などが存 けんばん b)水晶体 在します。 すいしようたい 瞳孔のすぐ後ろに存在する水 晶 体は、直径が約1 さらに上眼瞼には、眼を開ける上眼瞼挙筋(動眼神経で cm で、厚さは約0.5cm の弾力性のある透明な物体です。 収縮)と上瞼板筋(交感神経で収縮)との2種類の筋組織が 水晶体は、レンズとも呼ばれ、眼球に入ってくる光を あります。そのため交感神経が活動的なときは眼が大き 屈折させ、網膜の上に焦点を結ばせます。水晶体の厚さ く開き、交感神経の活動が低下すると上眼瞼が下がり眼 は、平滑筋の毛様体筋によって調節されており、厚さが が細くなります。 しょもう 変わることによって光の屈折力を変え、網膜の上に視野 の像が焦点を結ぶことができます。 眼瞼の端(眼瞼縁)には睫毛が生え、睫毛腺や脂腺など があります。 ただし、年齢が進むに従って水晶体のタンパク質が変 瞼板腺(マイボーム腺)は、油脂性の物質を産生し、眼 性し、弾力性が失われ、水晶体が硬くなり、ふくらみが 瞼内面の縁に分泌します。この油脂性の物質は、3~7 悪くなると、老眼になったといわれます。 秒の間隔でおこなわれる 瞬 きによって、涙とともに角膜 【白内障】 の表面に広げられ、角膜の乾燥を防ぎます。 まばた はくないしよう 白内 障 は、水晶体を構成するタンパク質の変性によっ 眼瞼に分布する動脈は、主に眼動脈の分枝(外側眼瞼動 はくだく て白濁がおこり、光の通過を妨げ、視力障害を引き起こ 脈、内側眼瞼動脈)です。浅層の眼瞼からの静脈は顔面静 す病気です。原因としては、加齢や放射線障害、赤外線 脈に注ぎ、深層のものは上・下眼静脈に合流します。 障害、紫外線障害、糖尿病、ステロイド剤の長期投与な どによる変性があります。 上眼瞼には主に眼窩上神経の分枝が分布し、下眼瞼に は主に眼窩下神経からの分枝(下眼瞼枝)が分布します。 c)硝子体 【麦粒腫】 しよう し たい 硝 子体は、ゼリー状で、水晶体の後方の大きな空間を 占めています。 ばくりゆうしゆ 麦 粒 腫は、眼瞼にある眼瞼腺や睫毛の毛包に付く脂腺 の急性化膿性炎症です。眼瞼腺にできるものを内麦粒腫 硝子体は、やわらかい無色透明のゼリー状の物質で、 といい、睫毛の脂腺にできるものを外麦粒腫と呼びます。 99%の水分と若干の電解質や糖タンパク質などから構成 主に黄色ブドウ球菌の感染を原因とし、眼瞼の内表面な されています。 どが腫れて痛む病気です。 硝子体の圧で網膜は脈絡膜に固定され、眼球が一定の ②結膜 けつまく 形を保つことが可能です。 結膜は、薄い透明な膜で、眼瞼の内面を被い、反転し 【飛蚊症】 て眼球の前面を被います。眼瞼の内面を被う結膜(眼瞼結 ひ ぶんしよう 飛蚊 症 は、硝子体が混濁するためにおこり、視界に黒 膜)には血管が多く、重層円柱上皮で構成されています。 い影や蚊のようなものが見え、眼を動かすと、それらが 眼球の前面を被う結膜(眼球結膜)は、血管に乏しく、重 動き回るように感じるものです。多くの場合、加齢によ 層扁平上皮で形成されています。眼瞼を閉じると結膜は り自然発生しますが、強度の近視の眼では飛蚊症になり 袋状になります。結膜は、角膜や眼球前面を保護する役 やすいといわれています。 割があります。上下の結膜は、眼の内側と外側とで接し、 - 109 - ⑤外眼筋 それぞれ内眼角、外眼角と呼ばれます。 がいがんきん 【翼状片】 外眼筋は、眼球を一定の位置に維持し、眼球を動かす、 よくじようへん じょうちょくきん 翼 状 片は、角膜の外表面にまたがる眼球結膜での薄い 眼窩の中に存在する小さな横紋筋です。上 直 筋と かちょくきん がいそく ないそく ベージュ色の帯状の肥厚で、通常、鼻側からゆっくりと 下直筋、外側直筋、内側直筋は、眼窩の後端から始まり、 瞳孔に向かって成長します。瞳孔まで広がると、視力障 眼球の強膜に停止します。さらに上 斜 筋や下斜筋もあり 害が起こります。太陽光の紫外線が当たると成長が早く ます。 じょうしゃきん なります。そのため、野外で長く働いたり、スポーツす る人などに見られます。大きくなると手術で取り除く必 外側直筋は外転神経で収縮し、上斜筋は滑車神経で収 縮、残りの筋は動眼神経で収縮します。 要があります。 しようも う かしゃきん 左右の眼球が共に協働して動けるように、脳幹や小脳 び もう ③ 睫 毛と眉毛 が働きます。 睫毛(まつげ)は、上下の眼瞼の縁に生えています。眉 ◆眼球運動 ふくそう 眼球の運動には、輻輳運動、急速眼球運動、追跡運動 毛(まゆげ)は、上眼瞼の上に生えています。 睫毛は、異物や太陽光、汗などから眼を保護します。 の3種類があります。 ふくそう 眉毛は、前頭部からの汗が眼に入らないように防いでい 輻輳運動は、両側の眼球が同じ標的物に向き、標的物 ます。眉毛がなくなると、汗が眼に入り、結膜炎になり の視覚像を網膜の対応する位置に維持するための協調運 やすい。 動です。 ④涙器 るいき 【斜視】 るいせん るいしょうかん るいのう びるいかん しや し 斜視は、外眼筋によって左右の眼球を対応する部位に同 涙器は、涙腺や涙 小 管、涙嚢、鼻涙管などで構成され じ像を結ぶように動かせない状態をいいます。片方の眼 ています。 眼窩の上外側の角に涙腺が存在します。涙腺は、分葉 は視線が正しく目標とする方向に向いているが、もう一 から構成される漿液性の管状胞状腺で、少量の涙を分泌 方の眼が内側や外側、あるいは上や下に向く状態になり します(1~2 mL/分、約0.1mL/時間)。涙は、眼球の ます。左右の眼球がそれぞれ異なる方向に向いているた 前面に広がり、角膜に栄養を供給し、異物を洗い流した め、両眼視差による立体視が困難になったり、見ている り、眼球の表面を湿潤に保ちます。蒸発せずに残った涙 対象が二重に見える複視が生じることもあります。 ふく し は、通常、内眼角に存在する涙点から上涙小管あるいは 下涙小管に入り、つぎに涙嚢や鼻涙管に流れ、鼻腔の下 3.視覚の伝導路 鼻道に向かいます。涙の成分には、水や電解質、抗体 (IgA)、細菌を殺すリゾチーム lysozyme などが含まれ ています。 視覚の伝導路には、色の情報を伝えることができず、 おおざっぱな情報を早く伝える、大きな神経節細胞(M 涙腺は、上唾液核や顔面神経および翼口蓋神経節由来 型)から始まる機構と、小さな神経節細胞(P 型)から始 の副交感神経の刺激で、涙を分泌します。また、上頚神 まり色彩があって細かな描写の情報をゆっくりと伝える 経節由来の交感神経も涙腺に分布しますが、この神経は ものとがあります。 血流を調節し、涙の分泌を変調させます。 網膜の光受容器からの光刺激は網膜にある他の二つの 角膜が刺激されると流涙反射によって涙が分泌されま す。涙腺は主に眼動脈から分枝した涙腺動脈から血液が そうきょくさいぼう し しん けいせ つさいぼう 神経細胞(双 極 細 胞と視神経節細胞)に伝わり、おおまか な情報の処理がおこなわれます。 供給され、この部位からの静脈は上眼静脈に合流します。 視神経節細胞の軸索によって脳内に視覚情報が伝えら 近年、涙嚢や鼻涙管での障害で鼻腔への涙の排泄が悪 れ、まず中継核の視床に存在する外 側 膝 状 体核に伝えま くなり、涙が眼からあふれるヒトが増えています(流涙)。 す。外側膝状体核からの軸索は、視放線として後頭葉に また、この状態が続き、細菌感染がおこると慢性涙嚢炎 ある一次視覚野(17野)に向かいます。 うみ がいそくしつじょうたい し か く や め やに を引き起こし、膿状の目脂が出るようになります。 一次視覚野に到達し、処理された視覚情報はさらに しかくれんごうや 視覚連合野(18野、19野)に伝わり、物体の形や色、動き - 110 - さらに、眼球の安定に関係する情報を伝える視索線維 などの視覚情報が認識されます。 とうちょう 視覚連合野の情報は、その内容に基づき頭 頂連合野 は、中脳に存在する副視索核群(内側核、外側核、背側 (39野)あるいは側頭葉の下部(20野)に伝わります。頭頂 核)に終わります。 連合野からの情報は、視覚情報に基づく行動をおこなう 【同名半盲】 のに利用されますが、長く記憶されないものです。一方、 同名半盲は、両眼の同じ側が見えなくなることです。脳 側頭葉に向かう情報は長期記憶の形成に使われます。 血管障害や脳腫瘍で片側の視索あるいは大脳皮質の側頭 ◆他の経路 葉や後頭葉に障害がおこりますと、反対側の同名半盲に 日内周期(変動)に関係する情報を伝える視索線維は、 なります。たとえば、右の視索に病変があると、両眼と しこうさじょうかく 視床下部にある視交叉上核に終わります。 も視野の左半分が見えなくなります。また側頭葉や後頭 瞳孔を調節するための情報を伝達する視索線維は、中 葉の小さな病変では、視放線の一部が傷害されるだけで、 しがいぜんいき 脳の視蓋前域(視蓋前域オリーブ核)に終止します。 視野の半分のうち上半分あるいは下半分だけが欠損する じょうきゅう 眼球と頭の運動を協調させる視索線維は、上 丘の浅灰 ことがあります。 白層に終わります。 第2節 聴覚系 ちようかく 聴 覚 hearing は、非常に優れた分析能力を保持し、 音の高低、強弱などを正確に決定することができ、また 鼓膜は、厚さが約0.1mm で、直径が約10mm の円形 に近い形で、中央より少し下にくぼみがあります。鼓膜 ね いろ 異なる音の質(音色)を区別することが可能です。これら ないじ は、鼓室側が耳小骨で支えられていることや、構造が非 かぎゅう の働きをおこなうのは、内耳にある蝸牛と複雑な聴覚伝 対称性であることから空気の振動が止まると、鼓膜の振 導路です。 動も速やかに止まることができます。 皮膚の変化したものが外耳道と鼓膜の外表面を被って います。外耳道にも耳毛や脂腺、耳道腺(汗腺)が存在し 1.聴覚器 じこう ます。耳道腺の分泌物は耳垢と呼ばれています。 外耳道は、後耳介動脈や顎動脈の深耳介動脈、浅側頭 聴覚系を理解するためには、音によって作られた空気 おん ぱ 中の音波のエネルギーが神経活動に転換される仕組みを 動脈の耳介枝などから血液の供給を受け、静脈血は外頚 学ぶことが必要です。 静脈や顎静脈、翼突筋静脈叢に流れます。 こまく 外耳道の前壁と上壁に分布する神経は下顎神経の耳介 音波は、外耳道を通り、鼓膜を振動させます。鼓膜の じしょうこつ 振動は、耳小骨を介して内耳に伝えられ、ラセン器に到 ゆうもうさいぼう 側頭神経で、後壁と下壁には迷走神経の耳介枝が分布し 着します。この結果、ラセン器にある有毛細胞がリンパ ます。鼓膜には、主に耳介側頭神経が分布し、痛みだけ の振動で興奮し、これと連結している蝸牛神経が刺激さ を伝えます。 れます。 ②中耳 ちゅうじ がいじ こしつ 中耳では、鼓膜で外耳と隔離された鼓室と呼ぶ広い空 ①外耳 じかい がいじどう 外耳は、耳介と外耳道から構成されます。 洞が主要な部分です。鼓室には、耳管を通ってきた空気 耳介は、頭の両側面に付き、音波を捕らえるのに適し が存在します。 じかん 鼓室の前内側部からは耳管が出ています。耳管は、長 た構造物ですが、ヒトでは重要でなく、装飾的なものと いんとうこう さが約2.5cm で、咽頭に通じています。耳管の咽頭口 なっています。 えん げ 外耳道は、S字形に曲がった、長さが3~5 cm の管 状構造物で、音波を減衰させることなく鼓膜に伝えるこ は、通常は閉じていますが、嚥下やあくび、くしゃみの 時には開きます。 鼓室には、ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨の三つの米粒 とができます。 じしょうこつ こまく 外耳道の奥には、線維性の鼓膜があります。この膜が、 こしつ 外耳道と鼓室とを分離しています。 大の耳小骨があります。ツチ骨は、鼓膜に付き、さらに キヌタ骨、アブミ骨の順に関節で連結します。アブミ骨 - 111 - ぜんていそう この器官は、音波によって蝸牛神経に伝える刺激を発生 は、内耳の前庭窓に付着します。 耳小骨の動きは、二つの小さな横紋筋によって調節さ するものです。 れています。鼓膜張筋はツチ骨に付き、この筋の収縮で 前庭階や鼓室階などを通過した外リンパの波は基底板 鼓膜は鼓室内に引っ張られ、緊張度が増加し、振動がで を振動させます。基底板はその上に乗っている有毛細胞 きにくくなります。鼓膜張筋は、三叉神経の下顎神経の の上下運動を引き起こします。 分枝によって支配されます。顔面神経の分枝で支配され 有毛細胞は機械的受容器で、この上下運動によって刺 るアブミ骨筋は、アブミ骨に付きます。大きな音でこの 激が発生します。有毛細胞には、1列の内有毛細胞と3 筋が収縮すれば、アブミ骨底が前庭窓から遠ざかり、振 列の外有毛細胞とがあります。 有毛細胞には、蝸牛神経節にある神経細胞体の末梢突 動を内耳に伝えません。 鼓室には、深耳介動脈(顎動脈の分枝)や前鼓室動脈(顎 起と上オリーブ核蝸牛路の神経終末とが終わります。 動脈の分枝)、茎乳突孔動脈(後耳介動脈の分枝)などが主 蝸牛軸の中には細い管があり、この管の中に双極神経 に血液を供給します。この部位からの静脈は翼突筋静脈 細胞体が存在します。これを蝸牛(ラセン)神経節といい、 叢や上錐体静脈洞に流れます。鼓室と乳突洞からのリン 約三万個の神経細胞体が存在します。この神経細胞の末 パは、耳下腺リンパ節あるいは上深リンパ節に運ばれま 梢突起はさらに細かい管を通り、骨ラセン板の端にある す。鼓室や耳管、乳突蜂巣の粘膜には、鼓室神経叢から 細かい開口部から出ます。そして、末梢突起は、基底板 の神経が分布します。 を通ってラセン器に到達します。この神経線維の大部分 【中耳炎】 (約90%)は内有毛細胞と連結します。双極神経細胞の中 中耳炎は、風邪などの際に咽頭や鼻腔にある細菌やウイ 枢突起は蝸牛軸の床を走行し、蝸牛神経を形成します。 ルスが耳管を通じて中耳に運ばれて炎症を起こす病気で す。基本的には、細菌による感染症が多いが、ウイルス 2.聴覚の伝導路 感染の場合もあります。 ③内耳 ラセン器からの刺激を受けた蝸牛神経節にある神経細 ないじ 内耳は、側頭骨の岩様部の中に存在し、聴覚と平衡機 胞体は、蝸牛神経によって刺激を脳に伝えます。 蝸牛神経は、前庭神経や顔面神経とともに内耳道を通 能に関係した器官があります。これらの器官には、 こつめいろ まくめいろ り、橋と延髄の結合部から脳幹に入ります。蝸牛神経の 骨迷路と膜迷路と呼ぶ二つの部位があります。 神経線維は、下小脳脚の外側面に沿って走行し、そして 骨迷路は全体として約17mm の長さのもので、三つ かぎゅう ぜんてい こつはんきかん 同側の蝸牛神経核に終わります。 の部分があり、蝸牛と前庭、骨半規管です。 から 蝸牛神経核から中枢の聴覚伝導路が始まります。特に 蝸牛は、カタツムリの殻に似て、2回半回転していま かぎゅうじく す。この中心軸の蝸牛軸からは骨ラセン板がネジクギの 蝸牛神経核は内側に進む神経線維(軸索)を出し、これら ネジ山のように存在し、管腔を二つの部位に分けます。 のものは橋の背側で台形体を形成しますが、台形体の神 だいけいたい ぜんていかい 一つは前庭階で、前庭に開口しています。もう一つは こしつかい 経線維は半分が交叉したものです。台形体の外側縁では、 かぎゅうそう がいそくもうたい 鼓室階で、この管腔は蝸牛窓にある第二鼓膜によって鼓 非交叉性の神経線維が加わり、外側毛帯として上行が始 室と分離しています。前庭階と鼓室階は、蝸牛孔と呼ば まります。中脳の尾側端の高さで、外側毛帯は背側に急 れる蝸牛の先端でつながっています。 に曲り、目的地である下丘核に向かいます。 かきゅう かきゅうわん 骨迷路の中には、膜迷路が存在しています。小さな膜 下丘核からの軸索は、下丘腕として上丘の外側面に沿 きゅうけいのう 性の袋が前庭の前部に存在し、球 形 嚢と呼ばれています。 って吻側に進み、視床にある聴覚の中継核である ないそくしつじょうたい 球形嚢からは細い膜性の管である蝸牛管がラセン状に前 内 側 膝 状 体核に到達します。 ちようほうせん 庭階に入り込みます。蝸牛管の一部は骨の上に乗ってい ますが、大部分は線維性のラセン板の上にあります。前 内側膝状体核からの軸索は、 聴 放線を形成し、側頭葉 にある一次聴覚野に向かいます。 おうそくとうかい 庭階の外側壁が大きいために、蝸牛管は前庭階よりも細 一次聴覚野は、側頭葉の横側頭回(41野と42野に相当) いものです。球形嚢と蝸牛管には、内リンパが入ってい に存在し、外側溝の深部に隠れています。一次聴覚野で ます。この管の床にはラセン器(コルチ器)があります。 は、音の高低のみが理解でき、音の意味は理解できませ - 112 - ん。一次聴覚野からの情報が聴覚連合皮質に伝わり、音 ます。この中枢性由来の神経線維の最終目的地がオリー の意味が理解できます。聴覚連合皮質は上側頭回の背面 ブ蝸牛束で、橋に存在する上オリーブ核から蝸牛の聴覚 と外側面(22野)に存在します。話している言葉を理解す 受容器に向かいます。この経路は聞きたい音の効果を高 る部位は、左大脳半球にある側頭葉から頭頂葉にかけて めるのではないかと考えられています。 存在するウェルニッケ野 Wernicke area(感覚性言語中 聴覚路は一側の聴覚器からの情報が両側の大脳皮質に 伝わりますので、一側の終脳(大脳)の障害では聴覚に大 枢)であると考えられています。 聴覚皮質から内側膝状体核、下丘、他の脳幹の聴覚核 きな影響は認められません。 に向かう下行性線維が、上行性聴覚路と平行して存在し 第3節 平衡感覚系 へいこう 平衡感覚 equilibrium は、体のバランスをとり、一定 速・カーブの際に体に加速度が加わって三半規管、特に の姿勢を保つ上で重要な役割を果たします。平衡器官に 耳石器系が過度に刺激された結果、引き起こされる自律 障害があると、直立位が維持できずに、倒れます。 神経の失調状態です。最初は、めまい、生あくびなどの 平衡器官は、側頭骨の内部の内耳に存在しています。 どう き 症状から始まり、次第に、冷や汗、動悸、頭痛、体のし は け びれ、吐き気といった症状を引き起こします。さらに悪 おう と 1.平衡器官 化した場合、嘔吐が起こります。 2.平衡感覚の伝導路 骨迷路の後部は平衡器官を含んでいます。 がいそくはんきかん 三つの管(外側半規管、前半規管、後半規管)は円の三 ぜんていしんけい 分の二の形を作り前庭から出て、前庭に帰ります。この 前庭神経節にある神経細胞体の中枢突起は前庭神経を 管には六つの穴があるはずですが、二つが共通の口を持 形成し、大部分の神経線維は延髄にある前庭神経核に終 っているので、合計五つの口しかありません。三つの管 わりますが、一部のものは小脳に向かいます。前庭神経 は互いに直角になっています。 核の神経細胞もまた軸索を小脳に伸ばします。 らんけいのう 前庭には膜性の袋である卵形嚢と球形嚢があります。 卵形嚢や三つの半規管の周りには外リンパがあります。 このように平衡感覚の情報は、終脳(大脳)には直接に 伝わらずに、小脳に向かいます。平衡感覚に関与する小 しょうせつ へんよう 脳の部位は、小 節と片葉です。 また、これらの内部にも内リンパがあります。 ぜんていせきずいろ 頭の動きは、卵形嚢や球形嚢ならびに半規管の内リン 前庭神経核の二次性軸索には、前庭脊髄路として脊髄 ゆうもうさいぼう ないそくじゅうそく パを乱し、聴覚の場合と同じく、有毛細胞が刺激され、 に向かうものや内 側 縦 束として眼球運動に関係している この刺激が前庭神経に伝わります。前庭神経の細胞体は 脳神経核(動眼神経核、滑車神経核、外転神経核)に向か ぜんていしんけいせつ 内耳道に存在し、前庭神経節を形成しています。この末 うものがあります。 前庭脊髄路は、体が倒れないように、体幹の骨格筋を 梢突起は多数の穴により、卵形嚢や球形嚢および半規管 の膨大部などに到達し、有毛細胞と接触しています。 調節しています。 卵形嚢や球形嚢では、頭の傾きや重力、直線加速度を 一方、内側縦束に入った軸索は、動眼神経核や滑車神 感知しています。それに対して、三つの半規管の基部に 経核、外転神経核に頭の動きを伝え、外眼筋の収縮を調 ある膨大部では頭の回転運動を感知しています。 節し、頭の動きに応じて眼球の位置を調節します。 【乗り物酔い】 乗り物酔いは、航空機や列車、自動車、船舶、遊園地の 遊具などで、各種の乗り物が発する振動が原因で、体の 内耳にある三半規管が体のバランスを取れなくなって引 き起こす体の状態です。乗り物の動揺あるいは加速・減 - 113 - 第4節 味覚系 み らい みかく ヒトは、舌にある味蕾によって得られた味覚 taste と から み 注)カプサイシンなどによる辛味は舌などに存在する痛覚 あじ 嗅覚との働きにより、食べた物の味を感じることができ 受容器に作用することで感知しますので、味覚には含 ます。味は、食べ物に含まれている化学物質が味覚受容 まれていません。 器に結合することで引き起こされます。 【味覚障害】 亜鉛が体内で不足すると味覚障害がおこります。インス かか 1.味覚受容器 タント食品をよく食べるヒトが罹りやすい。 あまみ さんみ しおあじ 味には、5種類の基本的なもの(甘味、酸味、塩味、 2.末梢の伝導路 にがみ 苦味、うま味)があります。これらの五種類を認識する味 覚受容器が味蕾に存在しています。 舌の前2/3の味蕾からの味覚刺激を伝える神経線維は、 じ じよう 若いヒトでは、約1万個の味蕾が存在し、舌の茸 状 乳 ようじょう しつしんけいせつ 側頭骨の顔面神経管のなかにある膝神経節に存在する細 ゆうかく 頭(30%)や葉 状乳頭(28%)、有郭乳頭(42%)などの粘膜 胞体の軸索の末梢突起です。この末梢突起は、最初、顔 で観察されます。老化に伴って味蕾の数は減少します。 面神経のなかを進み、次に鼓索神経に入り、さらに下顎 こさくしんけい あじさいぼう 味蕾は、味細胞や支持細胞、基底細胞などで構成され ぜつしんけい 神経の舌神経に合流します。 ています。 もう一つの重要な味覚神経線維は、舌咽神経で、舌の あじぶっしつ 味細胞の細胞膜に存在する受容体に味物質が結合する 後ろ1/3の領域に存在する味蕾からの刺激を伝えます。 こうとうがい と、ナトリウム Na やカリウム K 、カルシウム Ca な + + 2+ どのイオンチャネルが開口し、活動電位が発生し、その また迷走神経の味覚神経線維は、舌の最後部と喉頭蓋 にある味蕾からの情報を伝えます。 情報を味細胞に結合している味覚神経線維に伝えます。 味細胞も周囲の舌の上皮細胞と同じく数日間の寿命で、 3.中枢の伝導路 絶えず新しいものに置き換わっています。 塩味は、ナトリウムイオンの作用で感じます。 上記の三つの神経のなかの味覚神経線維は、延髄の こそく 酸味は、水素イオンの働きで感知します。 こそくかく 孤束を通り、孤束核の吻側部に終わります。 うま味は、グルタミン酸が受容体に結合することで感 じます。 孤束核吻側部からの神経線維は、同側の視床にある後 内側腹側核の小細胞群に終わります。この神経核の軸索 甘味は、スクロースやグルコースなどがシグナル分子 として作用するために感じます。 は、大脳皮質の中心後回の外側溝に近い領域や島の味覚 領域に向かいます。いわゆる味を認識する経路です。 苦味は、カフェインやキニーネなどがシグナル分子と さらに、孤束核吻側部からの神経線維で、橋の きゃくぼうかく して働くために感知します。 脚 傍 核に向かうものがあります。脚傍核からの軸索は、 辺縁系や視床下部などに味覚情報を伝えます。この経路 表8-2 物 質 名 味を認識する閾値 は、感情と食欲などの自律神経系に影響を与えます。 味覚の種類 閾値(mmol/L) 塩酸 酸味 100 塩化ナトリウム 塩味 2,000 塩酸ストリキニーネ 苦味 グルコース 甘味 80,000 スクロース 甘味 10,000 サッカリン 甘味 23 1.6 ※サッカリンは、発癌性が疑われ、食品に添加することが禁止さ れていました。 - 114 - 第5節 嗅覚系 にお かいばぼうかい ヒトは、空気中に存在する「匂い」の化学物質を嗅覚 こう し、側頭葉では海馬傍回の鈎の領域にあります。 olfaction で感じることができます。 嗅皮質が受け取った匂いの情報は、図8-50に示すよう に最終的には、前頭葉の眼窩前頭皮質に伝わり、匂いの 同定や識別がおこなわれます。 1.嗅覚器官 また、嗅索からの情報は、辺縁系や視床下部にも伝わ きゅうじょうひ きゅうさいぼう きゅうもう においは、鼻腔の嗅 上 皮に存在する嗅 細 胞の嗅毛 に ります。そのために、においは、ヒトの感情や記憶に強 存在する嗅覚受容体に「匂い分子」(約千種類)が結合す い影響を与えます。よい香りは好感を与え、嫌な臭いは ることで、受容体と共存する G タンパク質が活性化さ 気分を害します れ、細胞膜のイオンチャネルが開き、嗅細胞の活動電位 が発生することから始まります。嗅覚受容体は約千種類 表8-3 が存在すると考えられています。嗅覚は、他の感覚系に におい物質 じゅんのう くらべても特に順 応しやすいものです。 2.嗅覚の伝導路 きゅうしんけい 鼻腔の嗅粘膜に存在する嗅細胞の軸索が嗅 神 経を構成 しばん します。嗅神経は、約20個の篩板の穴(篩孔)を通り、 きゅうきゅう 嗅 球に終わります。嗅球に存在する僧帽細胞の軸索は、 きゅうさく 嗅 索を後方に向かい、視床を経由せずに、直接に大脳皮 1㍑の空気中のにおい物質を認識する閾値 においの閾値(mg/L) エチルエーテル 5.83 クロロホルム 3.30 ピリジン(焦げ) 0.032 ペーパミントの匂い 0.02 酪酸(汗) 0.009 ベンゼン(灯油) 0.0088 硫化水素(腐敗臭) 0.00018 クマリン酸(新鮮な干し草) 0.00002 きゅうひしつ 質の嗅皮質に終わります。 がいそくきゅうじょう 嗅皮質は、前頭葉では外 側 嗅 条に隣接した部位に存在 第6節 皮膚感覚(触覚と温度感覚) 外界と身体との境界をなす皮膚には多数の感覚受容器 1.触覚受容器 が存在し、その受容器の働きによって体の外にある物体 が何であるかがわかります。例えば、硬い椅子に座って 外界と接触すると、過去の経験から椅子に座っているこ 次の5種類の皮膚受容器は、刺激が弱い場合は触覚と して感じますが、刺激が強いと圧覚として感じます。 とがわかります。 さらに、刺激が非常に強い場合は痛みとして感じます。 皮膚の感覚受容器は感覚神経細胞の軸索の末梢枝から 構成され、皮膚の上皮や結合組織の中に神経終末として また、自由神経終末は温度覚やかゆみも感受します。 ①触覚上皮細胞(メルケル) 存在します。皮膚の感覚受容器からの刺激は大脳皮質(中 毛が生えていない皮膚(無毛部)(手掌型皮膚)に分布す 心後回)の感覚野(3野、1野、2野)に伝達され、認識さ る特殊な皮膚の細胞で、口唇や四肢の遠位部、外生殖器 れます。 などに多く分布します。この感覚受容器は、低閾値で、 皮膚には特定の刺激に対する様々な感覚受容器があり、 身体の表面に様々な密度で分布しています。通常、皮膚 緩慢な適応を示します。 ②触覚小体(マイスネル) では、触覚と痛覚(侵害)、温覚、冷覚が区別できます。 指の先端や手掌、足底、眼瞼、口唇、外生殖器などの 真皮乳頭に存在します。この感覚受容器は、低閾値で、 早い適応を示します。 - 115 - 3.痛覚(侵害)受容器 ③層板小体 皮下組織や内臓、骨格筋、関節などに認められます。 Ad 神経線維と C 神経線維の自由神経終末は、痛覚の ④柵状神経終末 palisade ending 毛が生えている皮膚(有毛型皮膚)において、毛根の周 受容器として働き、皮膚のすべての領域と体内の多くの 囲を取り巻いています。 部位に分布しています。受容器の刺激が苦痛を感じるほ ⑤自由神経終末 free nerve ending ど強い場合は、受容器は身体の損傷を知らせる警報器(侵 害)として重要な役割を果たします。 神経鞘を持たない神経終末です。 痛みには、針を刺した時の瞬間的な痛みと、針を抜い てもおこる持続性の長い痛みのようなものとがあります。 2.温度受容器 前者を速い痛み(第一の痛み)といい、後者を遅い痛み(第 中枢神経系は、皮膚や体内のいたる所に分布している 二の痛み)と呼びます。 温度受容器から、体表面と体内温度に関する情報を絶え 痛覚受容器は、組織の損傷や炎症などの障害が起こっ ず受け取っています。ヒトには温覚受容器と冷覚受容器 た際に遊離されるプロスタグランジン prostaglandin や があり、10~45℃の温度を感知することができます。こ ヒスタミン histamine などの化学物質に反応します。 痛覚受容器が刺激されると、疼痛刺激は末梢神経(もし れ以外の温度では痛覚受容器が働きます。 Ad 神経線維(直径が1~5 mm)および C 神経線維(直 くは自律神経の神経線維)を経て、まずは脊髄に伝えられ 径が0.2~1.5mm で無髄性)などの自由神経終末は冷覚 ます。そして脊髄から視床を通り大脳皮質の体性感覚野 受容器として働きます。一方、温覚受容器には、C 神経 に伝えられ、ここで疼痛感覚が認識されます。 この伝達は脳から分泌される物質によって阻止された 線維の自由神経終末のみです。 温覚受容器は、30℃以上の温度で活動的になり、46℃ り、様々な程度に抑制されます(下行性抑制路)。この抑 制路は重要な意味があります。ベッド上で安静にしてい まで続きます。 冷覚受容器は、40℃では不活発ですが、それよりも温 度が下がると刺激され、約24℃まで活発になります。で るヒトに比べて、何かに熱中しているヒトは、痛みの感 じ方がはるかに少ないものです。 すが、24℃以下になると刺激が弱くなり、10℃まで低下 し続けます。しかし、10℃以下になると活動が止まりま す。 第7節 深部感覚 覚醒状態では、私たちは常に体肢の位置についての情 ②腱紡錘 報を得ています(位置感覚)。また、関節の動きも感知で 腱紡錘は、筋と腱との移行部にあって伸展刺激に反応 きるし(運動感覚)、骨格筋の運動に対する抵抗感覚(力 し、腱や骨格筋の過伸展を防いでいます。 覚)も持っています。 ③層板小体 骨格筋や関節、靱帯などの機械的(伸展)受容器によっ 層板小体は、関節包にもあり、関節運動などによる機 て伝達されるこのような感覚能を深部感覚(固有感覚)と 械的な変形を感知して、関節の状態を伝達します。 いいます。この感覚は、内耳に存在する平衡器官の助け らの情報の主要な調節中枢です。 を得ながら、役割を果たすことになります。 これらの受容器からの情報は、感覚神経によって脊髄 受容器には以下の種類があります。 に伝わり、脊髄を上行し、脳に向かいます。小脳は、こ ①筋紡錘 れらの情報の主要な調節中枢です。 筋紡錘は、骨格筋の特殊化したもので、骨格筋の伸展 状態を感知します。 これらの受容器の情報の一部は大脳皮質で感覚として 認識され、場合によっては随意運動として応答します。 - 116 - 骨格筋の緊張の維持や骨格筋の伸展・収縮の協調運動、 大まかな運動過程の調整は無意識下におこなわれ、これ に対する応答も無意識のうちに反射的におこなわれてい ます - 117 -
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