軽元素を含む超伝導体の VUV レーザー励起高分解光電子分光 東京

軽元素を含む超伝導体の VUV レーザー励起高分解光電子分光
東京大学物性研究所 津田俊輔
これまで我々は高分解能光電子分光を様々な物性測定に応用してきた。光電子分光は
電子をプローブとして用いているため物質の表面状態に敏感であると考えられてきている。
これまで我々のグループでは VUV 領域の光を用いることでこの問題を大幅に軽減し、かつ
従来以上の高エネルギー分解能化を達成してきた。今回は軽元素を含む超伝導体への適
用例を中心に紹介する予定である。
Intensity (arb. units)
1) ダイヤモンド薄膜
ダイヤモンドは p 型半導体として、シリ
B-doped Diamond Thin Film
コンに代わる次世代の半導体としての興
味から様々な研究が行われてきた。昨年
hν = 6.994 eV T = 5 K
高圧合成により大量に硼素を添加したダ
-3
イヤモンドが超伝導転移を示すことが報
nB (cm ) =
21
告され注目を集めた[1]。その後 CVD 法
(1.1%)
1.9X10
20
を用いて作成されたダイヤモンド薄膜試
(0.10%)
1.8X10
19
(0.02%)
2.8X10
料でも超伝導転移が確認され[2]、物性測
定に耐えうる試料を得られるに至ってい
RT
る。これまでのところ転移温度(Tc)は最高
で 7K を越すところまで到達し、現在でも
上昇し続けている。この超伝導転移機構
0.6
0.4
0.2
0.0
は強い電子格子相互作用によるものであ
Binding Energy (eV)
ろうと考えられている。本研究ではダイヤ
モンドの超伝導転移機構を解明すること 図 1: 硼素添加ダイヤモンドの光電子スペクトル
を目的とし、CVD 薄膜試料について光電
子分光測定を行った。
図 1 に硼素濃度の異なる 3 つの試料について行った測定結果を示す。測定温度は
5K(常伝導相)である。硼素濃度 0.1%以上の試料について明瞭なフェルミ端が観測されて
おり、硼素添加によりダイヤモンドが金属的になっている様子がわかる。また、これら 2 つ
の試料では 150 × n (n = 1, 2, 3) meV に構造があることがわかった。ラマン分光等により、
光学フォノンが 150 meV 付近にあることが知られており、フォノンの寄与が光電子スペクト
ルに現れていることが伺える。
2) Mg(B1-xCx)2
2001 年に MgB2 の超伝導が発見され[3]、その後数多くの研究が、2 バンドであることが
特徴ではあるが基本的には電子格子相互作用による超伝導であることを示してきた。次の
ステップとして Tc を上昇させる方法を模索することになるが、これまでのところ純粋な MgB2
より明らかに高い Tc を示す系を発見するには至っていない。摂動を与えることで電子格子
相互作用をより詳細に明らかにするためには超伝導を担っているであろう B サイトを他の
元素で置換することが 1 つの適切な方法であると考えられる。そこで B サイトを置換できる
唯一の系である Mg(B1-xCx)2 を対象に光電子分光測定を行った。
図 2 に 3.5K で測定した Mg(B1-xCx)2 (x = 0.0, 0.02, 0.05, 0.075) の高分解能スペクト
ルを示す。縦線で示した部分に構造があり、明らかに 2 つのギャップが個別に観測された。
Intensity (arb. units)
これらの試料について温度変化を測定した。全体と
しては Tc と大きいギャップの大きさが比例し、一方
で小さいギャップはほとんど大きさを変えないことが
わかった。温度/ギャップサイズ/x の関係を単純なマ
ルチバンドモデル[4]で解析した結果、x の増加によ
りバンド間の混ざりが大きくなることがわかった。純
粋な MgB2 で見られる強い電子格子相互作用が炭
素置換により Tc が抑制されること、また 2 つのバン
ドの混成が増大していることが明らかになった。
x=
0.0
0.02
参考文献
[1] E. A. Ekimov et al., Nature 428, 542 (2004).
[2] Y. Takano et al., Appl. Phys. Lett. 85, 2851 (2004).
[3] J. Nagamatsu et al., Nature 410, 63 (2001).
[4] H. Suhl et al., Phys. Rev. Lett. 3, 552 (1959).
[5] K. Togano et al., Phys. Rev. Lett. 93, 247004 (2004).
[6] M. Sardar, and D. Sa, Physica C 411, 120 (2004).
[7] T. Yokoya et al., PRB 71, 155102 (2005).
Intensity (arb. units)
Intensity (arb. units)
Mg(B1-xCx)
0.05
3) Li2Pd3B
T
=
3.5K
Li2Pd3B は昨年 metal rich な 3 元系では初めて
超伝導が観測された[5]。この物質はゆがんだ Pd6B
0.075
八面体構造を持つことから所謂強相関的な電子状
態を形成する可能性が指摘されている[6]。実際に 12 10 8 6 4 2 EF -2
Binding Energy (meV)
は価電子帯および内殻における軟 X 線光電子分光
から band metal と考えられる[7]が、今回我々は 図 2: Mg(B1-xCx)2 の光電子スペクトル
VUV レーザーを用いてフェルミ準位近傍を測定し
Li2Pd3B
た。
Tc = 7.0 K
図 3 に測定結果を示す。挿入図は放電管で測定
した価電子帯のスペクトルであり、クーロン斥力を入
れないバンド計算と非常に良い一致を見せた。
5.4 K
Li2Pd3B は所謂 normal metal であると考えられる。
7.7 K
cal.
図 3 から明らかなように、フェルミ準位近傍の高分
解能測定では明瞭な超伝導ギャップが観測された。
HeIα
p-波や d-波を仮定するより等方的 s-波を仮定するこ
10 8 6 4 2 E0F
とでよく解析できることがわかった。ギャップの温度
Binding Energy (eV)
変化も BCS 理論とよく一致することから、Li2Pd3B
E0F -2 -4
8
6
4
2
は conventional な超伝導体であると考えられる。
Binding Energy (meV)
図 3: Li2Pd3B の光電子スペクトル
本研究は東大物性研/理研播磨辛グループ、東大
物性研渡部グループ、岡山大横谷教授、理研木須孝幸博士、早稲田大学川原田グループ、
NIMS 高野グループ、ISTEC/阪大田島グループ、NIMS 竹屋浩幸博士、平田和人博士と
の共同研究である。